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ホフマン物語

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第一幕その五


第一幕その五

「こちらに。さあどうぞ」
「有り難う」
 ホフマンとニクラウスは彼等に勧められた席に座った。それからまた口を開いた。
「実は新曲ができたんだ」
「音楽の方ですか」
「うん。詩でもあるけれどね。題名は」
「何でしょうか」
「ほら、この前ちょっと言ったことがあるよね。鼠の歌だよ」
「鼠の歌」
「クラインザックの物語でしたっけ」
「そう、それだよ」
 ホフマンは上機嫌でそれに頷いた。
「やっと完成して。それで音楽社には届けたし」
「司法官の仕事以外にも?」
「うん。昼の間にね。かなり喜んでくれたよ」
「そうでしょうね。いい曲ですから」
「この前でどれだけできていたんでしたっけ」
「九割程だったかな」
 彼は考えながら述べた。
「九割ですか」
「残る一割も完成したし。それで披露したいんだけれど」
「是非」
「お願いします」
「よし、それなら」
 ビールのジョッキを空にしてから応える。そしてすっくと立ち上がった。
「じゃあ行くよ」
「はい」
「いち、にの」
 ナタナエルが指揮を採る。指揮棒はないので手で行う。ホフマンはそれに合わせて歌いはじめた。
「昔アイゼナッハの宮廷に」
「アイゼナッハの宮廷に」
 学生達もそれに合わせる。だがリンドルフとニクラウスは黙って座っていた。ニクラウスは微笑んで、リンドルフはホフマンを探る目で見ながら。それぞれ黙って座っていた。
「クラインザックというチビがおりました」
「クラインザックがおりました」
「そいつは毛皮の帽子を被り、いつも足をガクガクと鳴らしておりました。ほ、それがクラインザック」
「クラインザック!クラインザック!」
 シャンソンに似た歌に学生達が合わせる。
「お腹にはでっかいコブ」
「そしてそれはまるで袋のよう」
「そう、おまけに頭までカクカク鳴っている」
「カクカクカクカク!」
 学生達はさらに楽しそうに唄う。
「顔立ちは。そう」
 ここでホフマンも本格的に歌に入ってきた。調子が出て来た。
「素敵な顔立ちだった」
「素敵な顔立ち!?」
「そう、彼女が」
「何だ、彼女か」
「一瞬誰かと思ったよ」
 この時学生達は気付いてはいなかった。ホフマンがこの時はクラインザックを唄ってはいないということに。
「谷や森を抜け、彼女の父親の家に向かう。そこに彼女はいた」
「どんな彼女だい!?」
「黒々とした髪を編み上げ青い目はみずみずしく澄んでその眼差しを辺りに注いでいる」
「凄い綺麗な人みたいだな」
「そう、しかも首筋は優美でその身体は儚げだ。まるで夢の様な美女だった」
「クラインザックはその美女をどうしたんだい?」
「勝利の歌を贈ったのさ。二人で馬車に乗った時に」
「おお、それは何より」
「その時の言葉が今でも耳に残っている。木霊みたいにね」
「ふむ、そういうことか」
 リンドルフはそこまで聞いて頷いた。
「まさかこんなところで聞けるとはな。わしは運がいい」
「ちょっと待った」
 ここでナタナエルがまず気付いた。
「ホフマンさん、その唄だけれど」
「うん」
「前に紹介してくれた時と少し違っているけれど。変えたのかい?」
「いや、変えてはいないけれど」
 ホフマンはそう答えた。
「そうなのか。けれどそれってクラインザックの唄とは違うような」
「彼女の唄だが」
「彼女の!?」
 学生達もそれを聞いていぶかしみはじめた。
「クラインザックじゃなくて!?」
「あ、いや」
 ホフマンはここでようやく我に返った。慌てて取り繕いはじめる。
「何でもないよ。何でもね」
「そうなの」
「で、クラインザックの唄はこれで終わりなんだね」
「うん。それじゃあ本格的に飲むとするか」
「それじゃあ」
「ミューズに乾杯」
 ニクラウスが温度をとった。
「よし、ミューズに乾杯」
 ホフマンも学生達もそれに応えてまた乾杯をした。ホフマンはまたビールを勢いよく飲み干した。
「美味いね、このビール」
「ああ、何かいつもと違うね」
「そうでしょう。とびきりいいのを仕入れてきましたから」
 ホフマンの側にいたボーイがそれに答える。
「この黒ビールが」
「はい。仕入れるのには苦労しましたよ。けれど喜んでもらえたようで」
「うん。ソーセージもいいしね」
 ホフマンは今度はソーセージを食べながら言った。
「詰まらないことは忘れてね」
「詰まらないこと」
 ナタナエルがまた反応を示した。
「やっぱりな」
「どうかしたのかい?」
 学生達の中にはそれを聞いてナタナエルに声をかける者がいた。そして彼もそれに応えた。
「ああ、ホフマンのことだがな。彼は今恋をしている」
「ふむ」
 リンドルフはそれを聞いてニヤリと笑った。
「やはりな」
「相手は誰かまではまだわからないけれどな」
「面白いことを言うね」
 そしてホフマンもそれに乗ってきた。
「僕が恋をしているか、なんて」
「図星ですかな」
 リンドルフはここで彼に挑発を仕掛けてきた。
「ですから反応した」
「面白い仮説ですね」
 リンドルフはこれを予測したのであろう。ホフマンも乗ってきた。
「そうした洞察がないと政治家にはなれないのですか」
「いやいや」
 リンドルフはホフマンの問いに対して笑って返す。
「悪魔の噂をすれば角、といったものですかな」
「それは面白い例えです」
 ホフマンも笑みを作って返す。
「流石は政治家であられます。まるで不幸の鳥の囀りの様な御言葉です」
「法律は時として毒になりますな」
 政治家であるリンドルフを揶揄するとリンドルフも返してきた。
 
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