| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ホフマン物語

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第一幕その四


第一幕その四

「よし、今日も飲むぞ」
「ワインにビールを」
 学生達は口々に言いながらそれぞれ空いた席に座っていく。
「リンドルフさん今晩は」
「今夜もとことんまで飲みましょう」
「うむ、待っておったぞ若者達よ」
 リンドルフはわざと芝居がかって学生達に対して声をかける。
「ジョッキの用意はできているか」
「今頼んでいるところです」
「ビールにワイン」
「ソーセージにチーズ」
「それが俺達の夜の相棒」
「とことんまで飲もう。朝までな」
「おう、朝までだ」
「潰れた奴はそれで放っておけ」
「残った者が飲み続ける。そしてこの店の酒を飲み干してしまえ」
 明るく唄いながら言い合う。そしてその中の一人が今届けられたばかりの錫の巨大なジョッキを片手に立ち上がった。
「さて、諸君」
「おお、ナタナエル」
 学生達はその巨大なジョッキを持つ黒髪の男に顔を向けてきた。彼は中央にいるリンドルフの側にまでやって来た。
「まずは乾杯といこうではないか」
「そうだな」
 皆ナタナエルの言葉に従うことにした。そしてそれぞれ運ばれてきた杯を手にする。ナタナエルは皆に回ったのを確かめてからまた言う。
「それでは今宵は側のオペラ座でドン=ジョバンニが上演されていることだし」
 モーツァルトの有名なオペラである。無類の放蕩児ドン=ジョバンニが繰り広げる恋愛活劇と言ってよい。モーツァルトの天才と言うしかない音楽がそれぞれの登場人物に鮮やかなまでの魅力を与え、動かしている。とりわけ主人公であるドン=ジョバンニのデーモニッシュな魅力は最早伝説ともなっている。
「モーツァルトに乾杯するとしよう。そしてもう一人」
「もう一人?」
「プリマドンナに乾杯」
「ステッラにだな」
「そうだ。我等が栄光の姫君の為に。ステッラに乾杯」
「ステッラに乾杯!モーツァルトに乾杯!」
 そう言い合って一気に飲み干す。学生達はそこであることに気付いた。
「あれ、今日は彼がいないな」
「ホフマンがいないぞ」
「彼は丁度今仕事を終えたところらしい」
「仕事を」
 ナタナエルが皆に説明した。
「ふむ、そうだったのか」
 リンドルフはそれを聞いて呟いた。
「よいタイミングじゃったわけじゃな。何もかも」
「そして今ニクラウスが呼びに行っているよ。さっき酒場に来たけどいなかったので呼びに行ったらしい」
「ニクラウスが」
「よく気が利くな、いつも」
 学生達は口々に言う。
「まるで女の子のようにな」
「ははは、それはいい」
 学生達はナタナエルの言葉に思わず吹き出してしまった。
「顔もそんな感じだしな」
「そうそう。何かホフマンといるとその筋の関係みたいだ」
「けれどホフマンはそっちには興味がない」
「それは何より」
 そこで扉が開いた。そこから背の高い一人の若い男が酒場に入って来た。
「おお、遂に」
「やって来たよ主役が」
「色男のお出ましか」
 リンドルフも彼の姿を認めて誰にも聞こえることのない声でこう呟いた。
 その男は黒いズボンに茶色の上着、白いシャツに薄茶色のネクタイを身に纏っていた。そしてその上から暗いクリーム色のコートを羽織っている。如何にも、といった感じの詩人の格好であると言えた。
 顔立ちは悪くはない。むしろ整っている。ゲルマン系にスラブが入ったような端整な中に精悍さも感じられる顔をしており髪は銀色である。そして同じ色の頬髯を生やしている。それが彼の精悍さをさらに際立たせていた。目は青く、まるで湖のようであった。澄んではいたが何処か哀愁を感じさせる目であった。
「今晩は」
「おお、ホフマン先生」
 学生達は彼を認めると彼に声をかけてきた。
「やっと来られましたな」
「ちょっと仕事が長引いてね」
 ホフマンは彼等にこう応えた。
「司法官という仕事は。思っていたより大変だよ」
「何なら詩人に専念されては」
「いや、そういうわけにもいかないんだ、これが」
 ホフマンは苦笑いを浮かべて言葉を返した。
「音楽や絵もあるしね」
「おっと、そちらでしたか」
「それに酒も飲まなくては。今日はどんな酒があるかな」
「黒ビールのいいのが入っていますが」
「じゃあそれをもらおうかな。さて、と」
「席ならもう用意してありますよ」
 学生達はそう言って彼とニクラウスに席を勧める。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧