星河の覇皇
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第四部第五章 英雄と梟雄その八
「それが誰の手によって為されるか」
アッディーンはそれを聞き思わず息を呑んだ。シャイターンの言葉はまるで麻薬の様に彼の耳に残った。
「それは私だけが知っています」
「貴方だけが」
「ふふふ」
シャイターンは不敵な笑みを漏らした。
「これはほんの戯れ言ですが」
だがすぐにそれを否定した。だがアッディーンはそう思わなかった。
(おそらく本気だ)
彼にもその程度は察知できる勘があった。伊達にここまで戦いに勝利を収めてきたわけではない。
「ただ時代は確実に変化してきているということはご了承下さい」
「わかりました」
アッディーンはとりあえずは頷いた。
「では夕食なぞ一緒にしませんか」
「では好意に甘えまして」
べつに断る理由もなかった。
夕食はエウロパ風のメニューであった。二人は食事を終えると別れた。
「また会える日を」
「楽しみにしておきます」
こうして二人は別れた。後日オムダーマンと北方諸国連合の間で正式に話し合いの場が持たれ両国は互いの勢力圏を定めた条約を結んだ。こうしてオムダーマンは旧サラーフの大部分をその領土とした。
すぐさまサラーフ各星系に対してオムダーマンの法及び行政区分が施行された。そしてサラーフの軍もオムダーマン軍に新たに編入されることとなった。
「これでまた我が国の勢力が強くなったな」
カッサラ星系に帰る途中でアッディーンは艦橋の中にいながら呟いた。
「はい。これで我が国はハサンに対抗できる大国となりました」
傍らにいるガルシャースプがそれに応えた。
「しかしハサンはまだまだわが国とは比較にならない力を持っている」
「はい」
ガルシャースプはアッディーンのその言葉に頷いた。
これでオムダーマンの人口は五百億を超えた。だがハサンは九百を優に越えている。
それだけではない。連合やマウリアとの貿易によりかあんりの利益を得ている。その国力はオムダーマンとは比較にならないものであった。
「およそ二倍の国力差がある」
アッディーンは言った。
「今連戦で疲れきった我が国にとっては辛い相手だな。ましてや彼等は連合やマウリアとの関係も深い」
「彼等が介入してくると」
「その可能性は否定できないだろう」
アッディーンは率直に言った。
「ハサンとことを構えるにしてももう少し先のことになるだろう。政府が今後東方に進出しようとしてもな」
「政府はそこまでは今のところ考えていないようですね」
オムダーマンの国家目標は西方の統一であった。今はそれがようやく果されたところである。
「数年はこのままだと思います」
「そうだろうな。その間に為すべきことはかなりある」
アッディーンの言う通りであった。オムダーマンはミドハド、サラーフをようやく倒したばかりでありその為に国力もかなり使っていた。
それだけではなかった。西方をオムダーマンの統治方式でまとめなくてはならない。比較的地方分権を執っているオムダーマンにしろこれは厄介な問題であった。
「当初からわかっていたことにしろだ」
アッディーンはそのことを考えながら言った。
「やはり実行する段階になると多くの問題が出て来る。予想していなかった問題も含めてな」
「そうですね。げんに軍の編成でも多くの問題が起きることが予想されています」
「軍の規模はどうなるのだ」
「かなり増強されると聞いています」
「そうか。大体四十個艦隊といったところかな。暫定的には」
「ええ、大体それ位だと聞いています」
「そうか。ハサンと比べるとかなり少ないな」
ハサンはおよそ七〇の艦隊を擁している。兵力においてサハラ随一である。
「それは仕方ありませんね。しかし兵や艦艇の数だけで戦争をやるわけではありませんし」
「それはわかっている」
アッディーンも補給や通信の重要性については熟知していた。
「国力に合った規模の軍でなければ何にもならんしな」
そしてこのこともよくわきまえていた。
「まあ暫くは大きな戦争もないでしょうね」
「そうだろうな」
アッディーンは頷いて答えた。
「その間に軍を整備しておかなくてはな」
「それですが閣下」
「どうした」
彼はガルシャースプに顔を向けた。
「どうやら閣下にかなり重要な役職が任されるという話が出ております」
「重要な役職!?」
「はい、宇宙艦隊総司令官の役職です」
「まさか、それはないだろう」
アッディーンはそれを全面的に否定した。
「あれは上級大将がなれる役職ではない」
宇宙歓待司令長官はオムダーマンにおいては国防大臣、統合作戦本部長、参謀総長等に並ぶ要職である。軍の基幹戦力である宇宙艦隊を統括し、その指揮を執る言わば実戦部隊の長とも言える役職である。その為責務も大きく、オムダーマンにおいては元帥でないと就くことができない。なお国防大臣は原則として文民が就くことになっている。制服組では統合作戦本部長、その参謀総長に並ぶナンバー3の要職であった。
「はい、どうやら今回の功績で閣下は元帥に任命されるそうです」
「元帥か」
彼はそう聞いても今一つピンとこなかった。
「夢のような話だな。ついこの前まで大佐だったのに」
「サラーフ攻略の功績によるものかと」
「サラーフのか」
「はい、どちらにしろ正当な武勲で手に入れたものです。誇りに思われてよろしいかと」
「うむ」
アッディーンはとりあえず頷いた。
「しかし二十代で元帥というのはそうそうない話だぞ」
「昔なら高貴な出身でなければ有り得ない話でしたな」
オムダーマンには貴族はいない。
「それは特に思わないがこうも昇進が早いと流石に自分でも信じられない」
「ミドハドとサラーフを倒したことを考えると当然だと思いますが」
「それでもだ」
ガルシャースプに言われてもまだ戸惑っていた。
「喜んで受けられるべきだと思いますよ、私は」
ここでラシークが口を挟んできた。
「ラシーク少将」
アッディーンは彼に顔を向けた。
「自らの功績によるものは喜んで受けるべきです。それが邪なことにより得たものでない限り」
彼は言った。
「アッラーもそれを否定したりはしません。それに閣下にはまだやるべきことが山のようにあります。元帥になるのはまだその途中の些細なことに過ぎません」
「やるべきことか」
「はい、これは私の予想に過ぎませんが」
ラシークはそう断ったうえで言葉を続けた。
「閣下はこれからも戦い続けることでしょう。このサハラにおいて」
「それは俺も望むところだ」
やはり彼は戦いを愛していた。
「元帥になったからといって戦場に立つのを止めるつもりはない。それぞれの考えがあるだろうが俺はやはり戦場にいたいのだ」
「それはわかっております」
ラシークも上司のこうした性格は熟知していた。
「そうでなくては閣下は閣下たりえませんから」
「よくわかっているな」
アッディーンはそれを嬉しそうに聞いた。
「やはり俺にはそれが性に合っている。戦場にいることがな」
彼は機嫌をよくした。
「それはわかります。しかし」
ラシークは言葉を続けた。
「それだけでは何時かは駄目になってしまうこともご承知下さいね」
「それもわかっているつもりだが」
アッディーンは少し不機嫌な顔になった。
「ナポレオン然り」
ラシークはここで十九世紀のフランスに現われた英雄の名を出した。彼はコルシカの貧乏貴族に生まれフランス軍の士官学校に入った。ここではごく平凡な学生であった。だが数学と歴史には強かったという。
砲兵将校になり革命の中で頭角をあらわした。そして遂に皇帝にまで登りつめたのだ。
皇帝になってからも彼は戦争を続けた。彼にそって戦場とは己の名誉と栄光を手に入れる場所であった。
だが最後には負けた。ロシア遠征で、ライプヒチで、ワーテルローで。そしてセント=ヘレナ島で遂に死んだ。一代の風雲児としては寂しい最後であった。
「ナポレオンのことは知っているが。しかし」
アッディーンは口を少し尖らせた。
「俺はナポレオンとは違う。ましてや皇帝なぞではない。一介の軍人だ」
「それは私もわかっております」
ラシークは言葉を返した。
「しかし要職に就くとそうそう軽率な行動もとれないのも事実です」
「それもわかっているつもりだ」
アッディーンは反論した。
「だが戦場のことは戦場にいないとわからないものだ。それはわかっているだろう」
「はい」
「ならいい。俺は必要な時には戦場に出る。それはいいだろう」
「ええ。ただしご自身の責務はよくお考え下さい」
「ああ」
やはりアッディーンは不機嫌な顔で答えた。こうした話は好きではない。
彼はやはり戦場に身を置くことが好きだ。そしてそれを最後まで続けたかった。だがそれも時と場合を選ばなくてはならないようだ。
「難しいものだな。役職というものは」
彼は言った。
「仕方ありませんよ。職務には責任が伴うものです」
「それを理解するのもまた難しいものだな」
「しかし閣下は今それがおわかりになったようですね」
「恥ずかしい話だが」
そう言って苦笑した。
「しかし遅い話ではありません」
ガルシャースプが言った。
「それを何時までも理解できない者も多いのですから」
「ナベツーラ達のような連中か」
「例えとしては最悪ですが」
しかしガルシャースプはその言葉を肯定した。
「ですが格好の反面教師ではあります」
「そうだな。そうそうあの様な輩はいないと思うが」
アッディーンは最後までナベツーラ一派を嫌悪していた。
「だが副司令の言う通りだな。俺もあのようになっては駄目だ」
「はい」
アッディーンは前を見た。そこには星の大海が拡がっている。
「この大海を進むにはまだ俺は学ばなければならないことが多い。それも心に留めておかなければならない」
ガルシャースプとラシークはその言葉に頷いた。
アリーは彼等を載せたままカッサラに戻る。そしえ新たな戦いに備えその翼を休めるのであった。
第四部 完
2004・8・22
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