薔薇の騎士
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第二幕その二
第二幕その二
「他にもお嬢様の新しい親族となる方々も来られています」
「私の」
「そう、お嬢様の」
マリアンネの言葉は素直に祝福する言葉であった。
「今召使達が並んでいます。あちらの従者達も来て」
「そう、ついに」
「皆銀色の服を着て天使みたいです」
「ああ、天の神様」
天使と聞いて祈るゾフィーであった。
「どうか御加護を」
祈る間にオクタヴィアンの従者達が白に薄緑の制服を着て現われる。これはロフラーノ家の色である。他には曲がった剣を腰に持つハンガリーの騎兵や白い鹿皮の服に緑の駝鳥の羽を帽子に着けた走り使い達もいる。その中でオクタヴィアンがその銀の服を着ている。周りの従者達が彼の帽子や銀の薔薇を入れるモロッコ皮のケースを持っている控えている。薔薇は他ならぬ彼が持っていた。持ちながら前に進み遂には家の中に入って来た。そうして緊張した面持ちで厳かな声で前にいるゾフィーに対して声をかけるのであった。
「フロイライン」
「はい」
ゾフィーも頭を垂れて彼に応える。
「気高くも美しき花嫁にレルヒェナウという我が縁者の名に於いて」
「レルヒェナウの名に於いて」
ゾフィーもその言葉を繰り返す。
「愛の薔薇を捧げます。その名誉の役を僭越ながら私が務めます」
「貴方様の御好意」
ゾフィーは顔をあげてその薔薇を受け取った。それからにこやかに笑って述べた。
「かたじけのうございます。何時までも忘れません」
「はい」
「それにしてもこの薔薇は」
ここでゾフィーは薔薇から本当に香りがするのに気付いた。
「香りがするのですね」
「ペルシャの薔薇油を一滴入れてあります」
オクタヴィアンはこう答えた。
「それでなのです」
「そうでしたか。地上のものとは思われぬ天界の聖なる薔薇の香りですね」
「おそらくは」
ゾフィーのその言葉に答えた。
「堪え忍ぶにはあまりにも強い香り。ますで心に鎖をかけて引いていくように惹き付ける」
「それ程までにですか」
「まるで幸福の様に」
薔薇の香りでもう恍惚としていた。
「何時ここまで幸福だったことがあったでしょうか」
「私もです」
何故かここでオクタヴィアンは彼女に同意するのだった。
「けれど私は」
不意にゾフィーの顔が曇った。
「元の世界に帰らなくてはならない。遠い道を歩いて」
「遠い道を」
「そうです。けれど私は忘れません」
また恍惚とした顔を見せたのだった。
「この時を。永遠に。例え死んでも」
「私は子供だった」
オクタヴィアンは不意に呟くのだった。
「この人を知らなかった。この人を知らない私は何なのか」
自分に対して問う。
「どうしてこの人に出会ったのか。ここに来たのか。私が男でないのなら消え去りたい。けれど」
そのうえでまた呟く。
「この幸福の瞬間を一生忘れない」
「従兄様」
ゾフィーは顔を見上げてオクタヴィアンをこう呼んだ。これは貴族の呼び方だ。二人の周りでは従者達がそれぞれの動きをして世界を作り上げていた。その中で二人はじっと見詰め合っているのだった。
「私は貴方を前から存じていました」
「従妹様」
オクタヴィアンもそれに応えてゾフィーをこう読んで応えた。
「私を以前からですか」
「そうです、系図の木の描いてある本はオーストリアの名誉の鏡と申しますね:
「はい」
俗にこう言われてきていた。
「私はその本を夜寝床に入れて私の未来の親戚の方々を調べていたのです」
「そうだったのですか」
「貴方がお幾つかも存じています」
これはオクタヴィアンにとっては思いも寄らないことであった。
「十七歳と二ヶ月」
「そこまで」
「洗礼名もですよ」
「私自身もそこまでは詳しく知りませんでしたが」
これには正直に驚いていた。しかもそれを隠さない。
「貴女は。そこまで私を」
「その他のことも存じています」
ここでゾフィーは顔を赤くさせていた。
「カンカンという仇名も」
「それもですか」
「親しいお友達を貴方のことをそう御呼びになるのですね」
「はい」
その通りであった。驚きを隠せないまま答えた。
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