薔薇の騎士
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第一幕その十二
第一幕その十二
「どうして。歳を取ってしまうの。若さは永遠ではない。そしてその『どうして』の中に全部の相違があるのだから。本当に私はこのまま歳を取ってしまって」
「どうされましたか?」
「カンカン」
そこにオクタヴィアンが戻って来た。服も男のものになっている。優雅な白と銀の貴族のものであった。
「とても悲しそうですが」
「はしゃいだかと思えば悲しみに沈んだり」
そのオクタヴィアンからそっと顔を離して呟く。
「それが私だから。いつものことじゃない」
「いえ、僕にはわかっています」
だがオクタヴィアンはここで言ってきた。
「貴女は驚いて不安だから悲しいのですね」
「私が!?」
「そう、私のことが心配だったのですね」
彼はこう思っていた。
「だからですよね」
「少しはね」
こうは言うが彼がわかっていないことは言わなかった。
「でも私は心をしっかりさせてそんなに心配することはないと思うことにしたの」
「そうなのですか」
「実際にそうよね」
他ならぬオクタヴィアンに顔を向けての言葉であった。
「従姉としてですか?」
「そうかも」
その言葉に頷く。
「私は」
「奥様」
「今は駄目」
歩み寄ろうとした彼に対して制止の声を出して止めた。
「あまり抱くのが多過ぎては駄目よ。何でも長くは手に入れてはいられないものよ」
「けれど貴女は僕のもの」
それでもオクタヴィアンは歩み寄ろうとする。
「だから」
「今はそう情熱的にならないで」
また言うのだった。
「大人しく。他の殿方みたいにはならないで」
「他の殿方?」
「主人やさっきの男爵みたいには」
そういうことであった。
「だから」
「他の人がどうかは僕は知らない」
オクタヴィアンが知る筈もないことであった。
「けれど僕はわかっています」
「何をなの?」
「貴女を愛していることが」
こう言ってまた歩み寄ろうとする。しかしそれも夫人の手で制止された。
「ビシェット、他の人達が貴女を他人にしたのですか?私の貴女は何処に」
「私はここにいるわ」
「それなら私は貴女を逃しはしない」
オクタヴィアンは何とか彼女を掴むように言う。
「僕は貴女を抱いて自分で誰のものなのかわかるようにする。僕は貴女のものだし貴女は僕のものだから」
「頼むからわかって」
側まで来て抱き締めようとする彼から逃れての言葉だった。
「私の今の気持ちは違うのよ」
「違う」
「そうよ。時と共に流れていくものがどんなに弱いか」
こう彼に語りだした。
「感じないではいられないのよ。このことが私の心に深く入り込んできているのよ」
「貴女の心の中に」
「そう。何かを留めておくことも掴んでもいられないの。全てが指の間から漏れて手を出して捕まえようとするものは消えて」
「そして」
「霞と夢の様に消えていくのよ」
「そんな悲しいことを仰らないで下さい」
オクタヴィアンもそんな夫人の声を聞いて悲しみに包まれる。無念そうに首を横に振る。
「貴女にとって私が大したものではないとでも」
「カンカン、わかって」
(この子もいずれは私の前から去るのに。この子を慰めなければならないのね)
それが結ばれない恋の終幕である。わかってはいたが。
「今何と」
だが今の言葉はオクタヴィアンの耳にも入っていた。夫人は不覚にも己の心を言葉に出してしまっていたのだ。
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