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薔薇の騎士

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第一幕その十一


第一幕その十一

「何でしょうか」
「この家にいる娘だが」
「はい」
「マリアンデルという娘を知っているか」
「マリアンデル!?」
「この家にも出入りしているのだな」
「はい、そうです」
 それは事実である。ヴァルツァッキが頷いてきてみせた。
「それが何か」
「では知っているな。奥様のメイドで」
「メイドで」
「いるな」
「おい、アンニーナ」
 ヴァリツァッキは怪訝な顔でアンニーナに顔を向けて問うた。
「知ってるか」
「さあ」
 相方の問いに首を傾げる。二人が知らないのも無理はない。しかしそう簡単にお金の匂いから離れる彼等ではない。こう言い繕ってきたのであった。
「知っていますよ」
「あの娘ですよね」
「そうか、知っているのか」
 男爵もこれまたあっさりと二人に騙されてしまった。彼が一番知らないのだから無理もないことではあったが。
「知っているのなら頼むぞ」
「はい、それでは」
「是非」
 こうして彼等の話は終わった。二人は去り男爵はここで扉をノックした音を聞いたので入るように言う。するとすぐに彼のところに数人の男が来た。その中の一人は見れば男爵そっくりの若者であった。男爵もその若者の顔を見てにこやかに笑う。
「よく来たな、ロイボルト」
「はい、父上」
 彼もまたにこやかに言葉を返す。その息子というわけだ。
「あのケースを持って来ました」
「うむ御苦労。それではな」
「はい」
 こうして男爵の手にそのケースが渡った。彼はそのケースを夫人に対して見せたうえで述べるのであった。
「ここに銀の薔薇があります」
「その薔薇がですね」
「そうです。それで」
 またマリアンデルを探しだした。
「あの娘は」
「今忙しくて」
 こう彼に対して告げた。
「ですが御心配には及びません」
「そうなのですか」
「オクタヴィアン伯爵には私からお話しておきますので」
 このことに話を変えるのであった。
「それで宜しいですね」
「ええ、まあ」
 男爵としてもそれには異存はない。だから穏やかに頷いた。
「私の為にもあの方は貴方の騎士としてその薔薇を花嫁さんの所へ持って行く仕事を果たすでしょう」
「では私は安心していいのですね」
「そうです」
 こう告げて彼の関心をそちらにやる。
「ではこれでまた」
「そうですね。それではまた」
「御会いしましょう」
 こうして話を終えた。男爵は我が子と従者達ににこやかな笑みを見せていから夫人に一礼した後でその場を後にした。他の者達も去っていく。一人になった夫人はようやく静かになったことにほっとしたのかまずは溜息をついた。最初に呟いたのは男爵のことであった。
「全く。どうしたものかしら」
 今日の男爵のことを思って呟く。
「いつもいつも何かと騒がしい人。子供の頃から」
 実は二人は幼い頃からの知り合いなのである。
「あんな感じで。けれど私も」
 翻って自分のことも考える。
「変わらない。いえ」
 すぐに考えを改める。
「変わったわ。娘からもう」
 立ち上がりベッドのところにオクタヴィアンが置いたままにしてあった手鏡を取った。それで己の顔を見て憂いに耽るのであった。
「女になって。このまま」
 寂しく哀しい気持ちに覆われた。
「お婆さんになって。老マルシャリンになって」
 また呟く。
 
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