| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星河の覇皇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三部第二章 緒戦その三


「それ以上に戦場ひいる者達のことをお考え下さい。彼等は命をかけて国家の為戦場にいるのです」
「・・・・・・そうだったな」
 他のサラーフの多くの国々と同じくオムダーマンも徴兵制を敷いている。厳密には選抜徴兵制であるがそれでも義務として定められているのは事実である。
「そうした兵士達のこともお考え下さい。我々は彼等の命を預かっているのですから」
「彼等を生きて帰す義務もあるということか」
「そうです。それも指揮官の務めです」
 彼等は一様に言った。アッディーンは決して冷酷な男ではない。感情豊かであるが兵士達にとっては寛容で気前のいいことで知られている。そして体罰を厳しく取り締まり威張った行動を戒めている。よく古参兵などに見られるが部下を虐待する愚か者は何処にでもいある。アッディーンはそうした弱い立場の者をいたぶることを特に嫌った。
「弱い者虐めは自分が弱い者であるということを公言しているのに他ならない」
 彼はそう考えていた。幼年学校においても理不尽な要求をした上級生に反抗している。下級生に対しては面倒見がよく優しい先輩であった。同級生に対しては公正であった。それを兵士に対しても同じ態度で接しているのだ。こうした時に出るのが人柄である。
「個人の好き嫌いは言ってはいられないか」
「そうも言えますね」
 ガルシャースプが答えた。
「勝利を収める為にはあらゆる手段を尽くさなくてはなりません。国家の為、そしてその中にいる国民や兵士の為にも」
「多くの命の為にか」
「はい、我々が預かっているのはそれだけ大切なものなのです」
「・・・・・・・・・」
 アッディーンは沈黙した。今まで彼は戦争に勝てばいいとだけ思っていた。だがそれだけではなかったのである。
 戦争は一人で行なうものではない。多くの者が命をかけて争う。そしてその者達の人生もそこには内包されているのである。それを忘れた時独善となる。
 だがそれを忘れる指揮官もいる。そうした者は将としても人間としても失格だ。彼はそのことを今知った。
「おそらくナベツーラもミツヤーンも他の者の命なぞ塵芥程にも思ってはいないでしょう。ですが閣下は違います。決してあの様な連中のようにはならないで下さい」
「将としてではなく人としてか」
「はい、そんな閣下でなければ我々も今までついてきませんでした」
 彼等は口を揃えて言った。彼等はアッディーンの下にいるのは軍務だからである。だがそれ以上にアッディーンの人柄と将としての才に惹かれているのだ。
「そのおとは忘れないで下さい。閣下の手には多くの者の命がかかっているということを」
「・・・・・・わかった」
 彼は頷いた。それを理解した彼は将としてまた一つ大きくなったのである。
「ところでだ」
 アッディーンはその話が終わると話を元に戻した。
「選挙は何時行なわれるのだ?」
「あと二ヶ月後です」
「そうか、近いな」
 彼はそれを聞いて少し考えを巡らせた。
「その間に援軍は到着しそうか」
「それは微妙ですね。着くか着かないかといったところでしょうか」
「そうか。もしかするとサラーフはそれまでに一度攻撃を仕掛けてくるかも知れないな」
「何故ですか?」
 今度は参謀達が問うた。
「それだけナベツーラ達の追い上げがあっては今の政権も選挙前に何か功績をあげなくてはいけないだろう。さもないと選挙に敗れる」
「成程」
「ましてやナベツーラ派にはマスコミの全面的なバックアップがあるのだろう?只でさえ形勢は不利な状況にある」
「そうですね、今の政権も失脚したくはないでしょうし」
「そうだ、ならばどうして功績を挙げるか。最も手っ取り早いのは今ここにいる我々を破ることだ」
「はい、外敵を打ち破るのは最も宣伝し易い功績ですからね」
「それも大々的なものを狙ってくるだろうな。最低でも一個艦隊を殲滅といったところか」
「それはまた」
「当初は焦土戦術を執るつもりでもそうした状況では止むを得んだろう。彼等にとっては失策だがな」
 その通りであった。焦土戦術は相手の疲弊を誘う戦法である。こちらから仕掛けるのはまず敵が疲弊しきってからだ。そうでなくては効果がない。
「問題は何処に攻撃を仕掛けて来るかだ」
「補給路ではないでしょうか」
「それはないな」
 アッディーンはバヤズィトに答えた。
「おそらくそのような地味なものではなく宣伝になるようなものだ。確かに補給路には常時二個艦隊を配属させているが」
「ではこのムスタファに攻撃を仕掛けてくるのでしょうか」
「それも考えられるな」
 彼は答えた。
「だがそれよりも効果的な方法がある」
「何でしょうか?」
「援軍を叩く。ミドハド方面からやってくる援軍をな」
 彼は言った。ミドハドからカッサラを経由するのは時間と距離がかかる。それよりもブーシルからミドハド領を進む方がずっと速いのだ。しかもその道筋はすでにアッディーンが押さえている。
「二月でのここまでの到着は微妙なのだろう?だがサラーフ領に入るのは確実だ」
「はい」
「その彼等を待ち伏せする。そして叩く。戦果は期待できる」
「しかしこちらの援軍もそれなりの備えはしておりますよ」
「地の利は彼等にある。油断してはいけない」
「ハッ、そうでした」
 参謀達はアッディーンの言葉に姿勢を正した。
「ブーシルからここまでの航路の偵察を強化しろ。そして時が来たら動く」
「はい」
「これは援軍を救うだけではない。サラーフを自壊させる為の戦いであるということも忘れるな」
 どうやら彼は政治的なセンスも備えているようである。外交官から説明を受けただけでここまで発展させて物事が言える者はそうはいない。
「次の戦いがこの戦いの行方を左右する、それを忘れるな!」
「ハッ!」
 参謀達は一斉に敬礼した。そして彼等は解散した。

 アッディーンはムスタファ星系の有人惑星の一つに置かれたホテルにいた。この星系は有人惑星が二つあり同じ軌跡を一八〇度離れて動いているのだ。
 彼はそのホテルの一室にいた。ロイヤルスイートである。
 しかし彼はその部屋をもてあましていた。どうも過ごしにくそうである。
「閣下、何かお困りですか?」
 鞭の様にしなやかな身体を持つ白い肌の男が問いかけてきた。黒い髪と鳶色の眼を持つこの青年もまた軍人である。アッディーンの秘書オマーム=ハルダルトである。階級は大尉である。
「そういうわけではないが」
 彼はやはりあまり晴れない顔で答えた。
「どうもロイヤルスイートというのは落ち着かないな」
「そうでしょうか。私には心地良い部屋に思えますが」
「それは君の感性だろう。俺はどうもこうした部屋は馴染まないんだ」
「そうなのですか?それは意外ですね」
「もっと普通の部屋はとれなかったのか?こうした豪奢な部屋は俺の性に合わない」
「そうは言いましてもこの作戦の総司令官であすから。それなりの部屋にいてもらわないと」
 総司令官以上の部屋には泊まることができない。これは止むを得ないことであった。
「それはそうだが」
 アッディーンはまだ不満そうである。そこでチャイムが鳴った。
「誰だ?」
 ハルダルトは呼び出し鈴の前に行き部屋の前に立っている兵士達に問うた。ホテルの中とはいえその警備は厳重である。
「ホテルのボーイです。食事を持って来ております」
「そうか。ボディーチェックの後で私が行く」
 彼はそう言うとアッディーンの方へ向き直った。
「閣下、食事が届きました。暫くお待ち下さい」
「ああ」
 ハルダルトは敬礼し部屋をあとにした。アッディーンは一人になると窓の外に顔を向けた。
「全く、こんな無駄に贅沢なところにいて何になるというのだ」
 彼は再び顔を顰めて呟いた。
「俺には似合わん。それよりもごく普通の部屋にいたいものだ」
 彼は公務員の両親の下に生まれた。そしてそのままごく普通の家庭で育った。幼年学校に入ってからは隊舎で生活していた。そして今は官舎と艦内の往復である。カッサラにいた時も官舎住まいであった。そしてブーシルでは殆ど艦内で暮らしていた。
 従ってこうした豪奢な部屋にいることは慣れていないのだ。それよりも艦内の居住区や官舎の方がずっと落ち着くというのが彼である。
 従ってその生活は派手ではない。将官として忙しいこともあるが私服も質素であり趣味も読書やスポーツ、それも一人でもできるランニングや陸上競技といったものばかりである。オムダーマンが誇る若き名将もその私生活はごく平凡なものであった。
「せめて食事は普通のものを頼んだが」
 そこで呼び鈴が鳴った。
「閣下、私です」
 ハルダルトの声であった。
「入っていいぞ」
 彼は言った。暫くして護衛の兵士がドアを開けハルダルトがボーイを連れて入ってきた。
「ご苦労、では食事にするとしよう」
「はい」
 彼はフォークとナイフを手にとった。サハラの食事はエウロパと同じくフォークやナイフ、スプーンを使って食べる。連合のように箸も使ったりマウリアのように手で食べたりはしない。だがその作法はエウロパのものとはかなり違っている。
 エウロパは料理を一つずつ出すがサハラでは一度に出す。そして食べる順番も自由である。
「そこのボーイにチップを渡してくれ」
 彼は食事前にハルダルトに対して言った。
「わかりました」
 彼は兵士達に命じてボーイにチップを手渡した。普通のより多めである。
「有り難うございます」
 そのボーイは笑顔で言った。彼にしても思ったより多かったらしい。
 彼は上機嫌でその場をあとにした。アッディーンは食事に向かった。
 料理もまたごくありふれたものであった。小麦のポタージュと香辛料をきかした若鶏の焼いたもの、野菜の炒めたものにチーズ、そしてパンとワインであった。サハラでは酒には五月蝿くない。イスラムがその信仰であるがこの時代は酒は飲み過ぎなくてはいいという教えになっている。
 意外にもイスラムにおいては酒もよく飲まれている。時代により違うだけである。時代によって飲んでよい時とはばかれる
時がある。ムハンマドはあくまで目標であり厳格に定めるような頭の固い男ではなかった。彼は生真面目で思慮深い反面意外な程話のよくわかる男であった。
「ではいただくとしよう」
 彼はまずポタージュを口にした。それから野菜を口にし鳥を食べた。そしてチーズとバターを食べ終えたあとでワインを飲んだ。こうして食事は終わった。
「閣下は食事もあまり派手なものを好まれないのですね」
「ああ。軍での生活が長いこともあるが」
 実際軍の食事は普通のレストランと比べて美味しくはない。給養員の腕もあるがこれは仕方がない。アッディーンも幼年学校から軍の食事を食べているが実家での母の食事の方がずっと美味しいと思っている。
「あまり豪華な食事に興味はないな。俺は腹が満たされればそれでいい」
「そうですか」
「だがここの料理は美味いな」
 どうやら味音痴というわけではないようだ。
「香辛料の使い方がいい。それにパンもワインも上等のものだな」
 意外と細かい。舌は鋭いようだ。
「シェフに伝えてくれ。いい味だったと。流石にこれだけのホテルにいることはあると」
「わかりました」
 ハルダルトは答えた。
「しかし注文されたメニューを聞いてシェフは驚いていましたよ」
「何故だ?」
「あまりにも質素だからです。以前このホテルに来たサラーフの提督とは大違いだと」
「サラーフの提督?誰だ」
「キヨハームとペタシャーン、モトキーラム、そしてエトンという連中だそうです」
「どういった者達だ?」
 連中というからには碌な人物ではないだろうと思った。
「ミツヤーンの一派です。何でもこのホテルを僅か四人でいきなり借り切ったとか」
「他の客はどうなった?」
「追い出されました。反論しようとする者はキヨハームとペタシャーンが殴り飛ばしたそうです」
「まるでヤクザかゴロツキだな」
「はい、そして四人ではメイドを押し倒そうとしたりホテルのものを破壊したりして暴虐の限りを尽くしたそうです」
「軍人とは思えぬな。まるで犯罪者だ」
「まるで、ではなくそのものだとホテルの者は言っております。かなりの損害が出たそうです」
「よくそれで軍の高官をやっていられるな」
「マスコミが握り潰しますから。何度も言いますがマスコミにとって彼等は既存の軍の存在や価値観の捉われない英雄なのです」
「・・・・・・どうやらこの国のマスコミというのは狂人の集まりのようだな」
「元々マスコミというのはそうしたものですが」
 ハルダルトはいささかシニカルに答えた。
「マスコミは自分達の思いのままに情報をコントロールできる状況にある場合幻影を作り出します。そしてその幻影で世界を支配するのです」
「それは一千年前の話だろう?」
 それはアッディーンも知っていた。だが昔の話であった筈だ。
「それが今サラーフに甦っているのです。この国は実質的にマスコミのその幻影に支配されています」
「奴等が作り出した紛い物の英雄を崇拝してか。愚かな話だ」
「それが滅亡への道とは露程もわからずに。いえ」
 彼はここで言葉をとぎらせた。そして少し考えたあとで言った。
「連中は今度は我々にでも媚び諂うかも知れませんね。解放者とでも言って」
「断る。我々は解放者ではない」
 アッディーンはその言葉に憮然とした。
「同じサハラの者だ。何が解放者だ」
 サハラの者の特徴として連帯意識がある。これは同じ宗教を信仰していることがもとになっているがその為にそれぞれの国に所属しているという意識と共に『サハラの者』という意識が無意識のうちにあるのだ。これはかってのアラブ人としての意識と同じである。
 だからこそアッディーンはそうした言葉を胡散臭く思った。嫌悪感を露わにしたのだ。
「もしもの話ですよ」
 ハルダルトはそれを見て苦笑した。
「そえでもいいそうだな、実際に」
 しかしアッディーンの表情は変わらない。
「それはそうですが」
 ハルダルトも顔を引き締めた。
「話を聞いているだけだが」
 アッディーンはその表情のままで話を続けた。
「そうしたマスコミは何かしらで潰しておいた方がいいな。サラーフを腐らした後はオムダーマンも腐らせてしまうだろう」
「ですがそれは言論弾圧になりますよ」
「それはそうだが」
 オムダーマンは共和制である。そして議会は普通選挙により選ばれる。言論や表現の自由も憲法で保障されているのである。
 従って彼等はそうした言論弾圧には敏感である。無論賛成なぞしない。
「よく考えるとオムダーマンではネットも発達している。その心配はないか」
「はい、それに連中の末路は私には容易に想像がつきますし」
「というと!?」
 アッディーンは尋ねた。
「それはこの戦いの最後にわかりますよ」
 ハルダルトはそう言うと満面に笑みをたたえた。
「そうか」
 アッディーンはそれがどういう意味かわからなかった。ただ秘書の話を聞くだけであった。
「我々が何かする必要はないということか」
「はい、連中はアッラーが裁きます」
 ハルダルトの言葉は的中する。そしてアッディーンは彼の才に大きなものを見ることになる。

 サラーフとオムダーマンの戦いは直接剣を交えるものではなくなっていた。だがそれは今のところではあってそれがすぐに剣を交えたものになるのは誰の目にもあきらかであった。
 サハラ各国はそれを注意深く冷静に見守っていた。特に北方にいるあの男は。
「そうか、ナベツーラ派が出て来たか」
 彼はその情報を訓練中の艦橋で聞いた。
「はい、今度の選挙の結果次第では政権を握りかねない勢いです」
 参謀の一人がそう報告した。
「選挙の結果では、か。では今の政権担当者達は相当焦っているな」
「はい、何とかして得点を稼ごうと躍起になっているようです」 
 その参謀はそう言った。
「ふむ、では近いうちに会戦があるな」
 シャイターンはそれを聞いて言った。
「得点を稼ぐには外敵を叩くのが最も効果的だ。そして丁度その外敵が領内にいる」
「それが一番でしょうね」
「そうだ。だがそれに失敗したら今の政権は確実に崩壊する」
 シャイターンの声は冷徹であった。
「そしてナベツーラが政権を掌握する。奴のことだ、軍も自身の息のかかった者達で固めるぞ」
 彼はナベツーラのことをよく知っていた。勿論いい話は聞いていない。
「そうなればこの戦いの行方は決まったも同然だ」
「つまり今度の会戦がサラーフの命運を決するのですか」
「そういうことになる」
 シャイターンは答えた。
「我々が動くのはそれからでいい。まずは」
 シャイターンはここで窓の外を見た。そこには幾千万の銀河の星々が瞬いている。
「ここでの基盤を固めなければな」
 訓練から帰ると彼はハルーク家の未亡人との婚約を発表した。これにより彼は北方での揺るぎない地位を手に入れることとなった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧