| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星河の覇皇

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三部第二章 緒戦その二


「ナベツーラはサラーフの高官の一人です。非常に権力欲が強くまた独善的で全く人望がありません。しかもその政治能力は皆無ときております」
「よくそれで高官になれたな」
「出自がよかったので。ですが本人はそれに満足しておりません。自分こそがサラーフを治めるに相応しい者であると自負しております」
「よくいるタイプだな。決して国の中枢には置きたくない」
「はい、そしてミツヤーンは軍の高官です。ヒステリックで小心者、貪欲で陰険、しかも非常に嫉妬深いと言われております。そのうえ賄賂には目がありません。そして兵士達からの評判も最悪です。実はナベツーラの腹心でもあります」
「ほほお、よくそんな人間がいるな。絵に描いたような無能な人物のようだな」
「その通りです、兵を率いれば私腹を肥やすことばかりに腐心し戦いなぞそっちのけです」
「そうした連中がよく国の中枢にいるな。サラーフの政府はそれ程愚かだとは思えないが」
「ナベツーラがマスコミと仲がいいので。サラーフはマスコミの力が非常に強いのです。俗にサラーフ最大の権力と言われるまでに」
「それは結構なことだな」
 マナーマはそれを聞いて苦笑した。この時代既にマスメディアが権力を持った場合の弊害はよく知られるようになっていた。その為連合やエウロパにおいてはネットが極めて発達している。サハラは国家が大小に分裂して争っている為そうしたことが時として起こすのだ。
「で、彼等のことを知ってどうするつもりなのだね」
「かの国のマスメディアに囁くのです。この国難を救うのはナベツーラとミツヤーンしかいないと」
「そして彼等に作戦の指揮を執らせるのか」
「その通りです」
 彼はそう言うと言った。笑いはしない。まるで鉄仮面の様に表情を変えない。
「あの国のマスメディアはナベツーラとミツヤーンの提灯持ちに過ぎません。少し鼻薬を嗅がせてやればすぐに動き出します。当然我々の存在を疑われては駄目ですが」
「ふむ、有能な味方よりは無能な敵の方が有り難いというがな」
「ええ、古来より」
「そして彼等の取り巻きはどうした連中かね」
「それはもう。碌に補給や経理を知らない精神論だけの参謀や幼女趣味の提督、酒に酔って市民に暴行を働いた提督などばかりですよ。文官の方はナベツーラのゴマすりにしか過ぎません」
「面白そうだな、そうした連中がサラーフの中枢に入ると」
「そう思われますか」
「ああ。よし、わかった」
 マナーマはそこで大きく頷いた。
「その工作を許可しよう。すぐにサラーフのマスコミに働きかけてくれ」
「ハッ」
 その参謀はそれを受けて敬礼した。
「しかし面白いことを考えてくれる。ところで私からも一つ聞きたいのだが」
「何でしょうか」
「君の氏名及び階級を聞きたい。悪いがまだ覚えていないのだ」
「ムアーウィア=タルジークです。階級は大佐です。参謀本部におります」
 彼は自分の名、及び階級を答えた。静かで低い声である。それでいてよく澄んでいた。
 見れば全体的に細く血色の悪い顔立ちをしている。頬はこけ髪は多いが細い。
「そうか、タルジーク大佐か。覚えておこう」
「はい」
「では早速取り掛かろう。スタッフと費用は好きなだけ使ってな」
「わかりました」
 こうしてオムダーマンの工作は開始された。これは外交部も参加する大規模なものであった。なおタルジークはその中心的な役割を担うこととなった。そして彼は准将に昇進した。

 その頃ムスタファ星系はアッディーンの用意した工作艦によりその機能を急激に回復させていた。今ではその機能の五〇パーセント以上を回復させ駐留する艦もあった。
 そして物資は次々と運び込まれていた。その流れは河のようであり度重なるサラーフ軍の襲撃を退け順調に集まっていた。
 アッディーンはその運び込まれてくる物資を見ていた。それが自軍の生命線となるのだ。
「補給は順調に進んでいるな」
 アッディーンは後ろに控えるバヤズィトに対して言った。
「ハッ、全ては滞りなく進んでおります」
 彼は敬礼をして答えた。
「やはりここを補給基地にしたのは正解だったな」
 彼の目の前を補給艦隊が通り過ぎていく。そして惑星に次々と降り立つ。
「はい。やはり交通の要衝だけはあります」
 カッサラからここまでの距離、そして基地の規模を考えるとここは最適であったのだ。
「基地の修復状況はどうか」
「既にその機能の五〇パーセント程を回復させております。このままいけば一週間後にはその機能を全て回復させることになるかと」
「早いな。もう少しかかると思ったが」
「工作艦と乗組員達が頑張ってくれていますので」
「彼等には感謝せねばならないな。特別に報酬を弾むとしよう」
「わかりました」
 こうした信賞必罰は軍にとっては絶対である。そうでなくては軍規は定まらず士気も上がらない。
「ところでだ」
 アッディーンはここで話題を変えてきた。シンダントの方を見た。
「ミドハド方面から援軍があるそうだな」
「はい、四個艦隊が予定されております」
 シンダントは敬礼をして答えた。
「四個艦隊か。指揮官は誰だ?」
「一人は決定しております。ムラーフ提督です」
「おお、懐かしいな」
 かってアッディーンの旗艦アリーの艦長を勤めた男である。その将としての能力は期待できる。
「あとの三人についてはまだ聞いておりません。ですがそれなりの人物が就任するそうです」
「だろうな。かりにも艦隊司令だ。無能な人物をあてられたら困る」
 彼は言った。実際に艦隊を指揮する者として実直な意見であった。
「あとサラーフ内に潜入していく工作員の数が増えているな」
「はい、どうやら何か謀り事があるようです」
 情報参謀であるシャルジャーが答えた。見ればこの三人の階級章は少将のものになっている。
「そうか。それについて聞きたいのだが」
「それでしたら今外交部の者がこちらに来ておりますが」
 ガルシャースプが答えた。彼は中将である。
「よし、会おう。司令室に通してくれ」
「わかりました」
 アッディーンは参謀達を連れ司令室に入った。そしてすぐにスーツの男が入って来た。
「閣下、お招き頂き有り難うございます」
 その外交部の者は部屋に入ると頭を下げた。
「細かい挨拶はいい、早速話を聞きたい」
 アッディーンは彼に頭を上げさせ話を聞くことにした。
「近頃サラーフに対して何かと工作をしているようだな」
「はい」
 彼は答えた。
「一体何をしているのだ?是非教えてくれ」
「政権交代を画策しております」
「政権交代!?」
 彼はそれを聞き思わず声をあげた。
「はい、サラーフの高官であるナベツーラを首班とする内閣を組閣させる為の工作です」
「ナベツーラか」
 アッディーンは彼のことを少し聞いていた。
「はい、ですが彼はやはりサラーフのマスコミの支持は高いです」
「そしてその取り巻きも無能揃いだな」
「はい、まるでヤクザかゴロツキのような者ばかりだそうです。しかしサラーフのマスコミは彼等を侠気のある豪傑と評しております」
「狂気の間違いではなく、か」
 彼は珍しく皮肉を口にした。
「どうせ軍律を無視して蛮行の限りを尽くすのを英雄的行為とでも賛美しているのだろう」
「その通りです」
「・・・・・・どうやらサラーフのマスコミというのはサハラでも選り抜きの愚か者ばかり集めているようだな」
「マスコミというのは非常に狭い世界ですから。それに情報を独占して権力が集中し易いのです。しかもそれをチェックする機能がネット等しかありません」
「そのネットがない場合はそうなるのか。悪夢だな」
「少なくとも一千年前はそうでした」
 これは事実である。マスコミの作り出した幻想に騙されていたのが二十世紀後半の世界であったのだ。その中でも最も悪質な幻想は全体主義が理想社会であるというものえあった。これにより多くの人々が騙され血が流れた。だがマスコミは報道の自由、言論の自由を楯に責任を逃れた。後にそれが追求されマスコミの力を大きく衰えるとこになるのだ。それも道理であった。
「そういう意味ではサラーフは一千年遅れているというわけか」
「あながちそうとは言えません。単にマスコミの力が強過ぎるだけでして」
「それであのような輩共が大手を振って歩けるというのか。マスコミというのは怖ろしいな」
 彼はあらためてその影響を感じた。
「はい、そして今回は彼等を利用します」
 ここで外交官は口の端を歪めて笑った。
「わかったぞ、彼等にナベツーラ一味に政権、そして軍部の中枢を握るよう言わせるのだな」
「はい、サラーフの国民はマスコミに扇動されそれを支持するでしょう」
「今の政府及び軍のやり方では国が潰れる、ナベツーラやミツヤーンでないとサラーフを救えないのだ、と」
「そうです」
 外交官は嬉しそうに答えた。
「おあつらえむきに選挙間近です。サラーフの世論は我々の侵攻で今沸騰しております」
「ナベツーラ達は何と主張している?まあ大体予想はつくが」
「徹底した強硬路線です。退却なぞ恥だ、すぐさま大兵力を以って討つべしと」
「そうだろうな。おそらく連中は我々のことどころか戦争のことも知らないのだろう」
「はい、ナベツーラは軍歴がありません。家の力を利用して徴兵逃れをしたようです」
「話を聞けば聞く程嫌な男だな」
 アッディーンだけではなかった。その場にいた参謀達も皆顔を顰めた。
「ミツヤーンもその取り巻き達も戦場においては全くの無能です。碌に補給も経理も知らないのですから」
「それで掠奪や暴行は人並以上なのだな」
「はい」
「軍人というより人間の風上にも置けない連中だな。本当に思うがサラーフのマスコミには常識がないのか?」
 アッディーンは嫌悪感で顔を歪めていた。その整った顔が歪むのはいささか奇妙である。
「マスコミには良心は不要です。自分達の存在こそが絶対であり正義なのですから」
「・・・・・・それを普通独善というのだがな」
 怖ろしい話である。だが二十世紀はそれが本当の話だったのだ。サラーフにおいても本当の話である。だが人々は幻影に騙されているのだ。
「まあいい。そうした連中が権力を握るのは我々にとって好都合だ。有能な味方より無能な敵の存在の方が有り難いという言葉もある」
「それが今回の工作の趣旨です」
「そうか、では頼む」
「わかりました」
 外交官はそう言って頭を垂れると司令室をあとにした。あとにはアッディーンと参謀達が残った。
「確かにいい考えだな。これを考え出した人物は政戦両略の人物のようだな」
「はい、これが成功したならばサラーフとの戦いはかなり楽になりますね」
 ガルシャースプが答えた。
「そうだな。だが」
 アッディーンはここでもやはり顔を歪めた。
「俺としてはあまり好きにはなれないやり方だな」
「何故ですか?」
「正々堂々と正面から戦って勝ちたい。戦争はそうそう綺麗なものではないとしてもな」
 これは彼の気性そのままであった。彼は元々精悍な人間性の持ち主であり戦場での勝利を最も尊ぶ。そうした性格であるから策略を好まないのだ。
「ですがそれもオムダーマンの為です。この戦い勝たなくては意味がありません」
「ガルシャースプ参謀長の言われるとおりです」
 他の参謀達も言った。
「勝利にあたってはどのような策も用いるべきです。正面からの戦いばかりでは損害も増えましょう」
「それはそうだが」
 アッディーンはそれでも顔色を悪くした。
「閣下」
 参謀達はそんな彼に対し言った。
「閣下のお気持ちはわかります。軍人ならば正々堂々と戦い美しい勝利を手に入れたいというのは大なり小なり殆どの者が持っております。しかし」
 彼等は続けた。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧