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星河の覇皇

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第二部第一章 策略その二


「はい」
 彼女はそれに対し敬礼した。
「皆集まった。それでは卿の話を聞きたい」
「わかりました」
 彼女は答えると手に持っていた一枚の地図を拡げた。そしてそれを執務室中央のテーブルに置いた。
 それはサハラ北方の三次元地図であった。ホノグラフィーで全ての星系が描かれている。
「まず今の我々の状況ですが」
 彼女は棒で赤く塗られたエウロパの勢力を指し示した。
「アガデス併合後その勢力はさらに大きくなっております。そして市民の入植も順調に進んでおります」
「それはいいことですな」
 ジャースクが言った。
「はい。ですが問題が一つ生じております」
 ジャースクの目が微かに光った。
「それにより北方のサハラ各国の反発が高まっております」
「それはいつものことだ。今更という気がするが」
 ゴドゥノフがその野太い声を出した。
「はい。それが一国ごとであれば問題はありません」
「一国ごとであれば、か」
 ターフェルはそれを聞くと顎に手を当てた。
「どうやら団結して我々に向かって来るということか」
「その動きが見られます」
 プロコフィエフはステファーノの言葉に対し言った。
「だが集まってもその総兵力は我等の半分程度。それ程怖れることもなかろう」 
 ニルソンはそれに対しいささか傲然と胸を張って言った。
「そうも言えないのではないか。もしここにハサンが介入してきたら」
 アローニカがニルソンに対して言った。ハサンは兵はあまり動かしたりはしない。交易に中心をおく彼等は無闇に兵を動かすことを好まないのだ。だがその兵力は決して無視できるものではない。その兵力はサハラにいるエウロパ総督軍を上回っているのだ。
「まさか。彼等が動くとは思えないぞ」
 クライストがそれに対して反論した。
「そうだな。今まで我々との交易に重点を置いていたのだ。今我々に刃を向けるとは考えられん」
 マトクもクライストの意見に賛同した。ここでモンサルヴァートが口を開いた。
「そう言い切ってよいとは思えないがな」
 彼はそう言うと一同を見回した。
「彼等もサハラの者だ。表向き我々を客として笑顔を向けていても内心ではかなりの敵愾心を持っている筈だ」
 サハラの者にとって彼等は侵略者だ。住んでいた星から追い出し自分達がそこに住む。忌むべき強盗である。
「彼等も思っている筈だ。いずれ自分達も侵略されるとな。これは事実だが」
 彼等はサハラ全土を自分達の植民地にすることを計画していた。これはサハラの市民達の権利を奪い蹂躙するものだという意見も多かったが結局はそれより僅かに大勢がこの植民の賛成した。
「そう考える彼等が我々に牙を剥いたとしても不思議ではない。むしろ今まで剥かない方が不思議だったのだ」
「・・・・・・・・・」
 彼の言葉を聞いた八人の提督達は沈黙した。
「そのことは常に念頭に置いて欲しい。さもないと急に足下をすくわれるからな」
「わかりました」
 彼等はその言葉に対し敬礼した。モンサルヴァートはそれを見て頷いた。
「わかってくれればいい。さて、参謀総長は続けてくれ」
「わかりました」
 プロコフィエフは頷き説明を再開した。
「その各国の動きですが」
 サハラ北方の北部、西部、東部は全てエウロパの領土となっている。本拠地は北部のアレクサンドリア星系に置かれている。かってこの星系はカイロという名でとある国の首都であったがエウロパに滅ぼされ彼等の領土となった。そしてアレクサンドリアに改名され総督府が置かれたのである。無論以前いたサハラの者達は追放されている。
「南部だな」
「はい」
 彼女はモンサルヴァートの言葉に対し頷いた。
 南部はその北方の残る三割程度である。アガデスも南部にあった。ここも次第にエウロパの手が伸びているのが現状である。
「アガデス併合に危惧を覚えた南部各国が団結しようとしているのです」
「今までは互いにいがみ合ってばかりだったというのにな」
 クライストが言った。彼の言葉通り南部各国もエウロパに対するよりも互いで争うことの方が多かった。これはサハラの特徴でありエウロパの侵攻もこれにつけ込んでいた。
「それが変わってきているのです」
「ふむ」
 アローニカはそれを聞いて思わず頷いた。
「我々の侵攻にようやく危惧を覚えたということか」
「人間は危険が目前に迫らないとわからないものだしな」
 ステファーノとジャースクが言った。
「そうした時は時既に遅し、という時が多いが」
 ニルソンは醒めた目で言った。
「そして今彼等はどう動いているのだ」 
 モンサルヴァートは再び尋ねた。
「今の段階では互いに連絡を取り合っている状況のようです。ですがその動きはかなり速いです」
「そうか」
 彼はそれを聞くと腕を組んだ。そして考える目をした。
「何かお考えだな」
 ターフェルはそれを見て思った。彼は考える時よく腕を組むのだ。
「マールボロ閣下は何と言っておられる」
 やがてモンサルヴァートは顔を上げた。そしてプロコフィエフに問うた。
「今のところは特に何も」
「そうか」
 彼はそれを聞くと頷いた。
「どうしますか?」
 マトクが尋ねた。
「動くのなら速いほうがよろしいかと」
 ゴドゥノフもそれにならった。それはモンサルヴァートもよくわかっていた。
「だが待て」
 彼は提督達を止めた。
「確かに敵は早く叩くにこしたことはない。だが速攻と拙攻を取り違えてはならない」
「ハッ」
「サッカーでも連合で盛んなベースボールでもそうだ。急ぐあまり雑な攻撃になっては無駄な損害を出してしまう」
 この時代でもサッカーやベースボールはある。細かいところは千年も経ているのでかなり違ってきているが。
「今は彼等の状況と地形を知ることの方が先だ。そして外交だ」
 ここで彼はプロコフィエフに顔を向けた。
「参謀総長」
「はい」
 彼女は落ち着いた声で答えた。
「卿はどう考えるか」
 彼女はその問いに対してその落ち着いて澄んだ声で話しはじめた。
「彼等が結託すれば確かに大きな勢力になります。おそらくその背後にハサン等が加わり我々にとって侮り難い勢力になってしまうかと」
「ならばすぐにでも」
「まあ話は最後まで聞け」
 モンサルヴァートはニルソンを窘めた。
「ハッ」
 彼女は話を続ける。
「ですがそれは確固たる連合になった場合です。一つ一つではさしたる脅威ではありません」
「ふむ」
 モンサルヴァートも提督達もそれはよく理解していた。
「よってこの場合まずは外交戦略により互いを対立させることがよろしいかと思います。そうすれば彼等は小勢力の集まり、一国ずつ倒していくのは比較的容易であると存じます」
「成程、外交で分裂させた後に各個撃破というわけか」
「はい」
「戦略の基本だな」
 モンサルヴァートはそれを聞き終えて言った。
「だがそれが一番いいな。よし、マールボロ閣下にそう進言しよう」
「お願いします」
「まずは同盟の動きを潰す。動くのはそれからだ、いいな」
「ハッ!」
 プロコフィエフと提督達はその言葉に対し敬礼した。モンサルヴァートはプロコフィエフの提案を彼女の名でそのままマールボロ提督に進言した。
「ふむ、流石はエウロパ軍きっての才女だけはあるな」
 彼はそれを聞いてニコリと微笑んだ。
「はい、私もそう思います」
 モンサルヴァートも彼に同意した。
「では本国の外交部と情報部にはそう打診しよう。すぐにスタッフが来るぞ」
「はい」
「彼女もこれに参加してくれるのだろうな」
「当然です」
「ならば良い。スタッフに美しい花がいるのは実にいいものだ」
 彼は頷きながら言った。
「私の妻と愛犬よりは落ちるがな」
「閣下、それは違うのでは」
 彼はそれを否定しようとした。
「ジョークだよ。私の国での嗜みだ」
 彼の国イギリスでは昔からウィットに富んだジョークが好まれる。これを解し操ることは知性のステータスシンボルの一つであり紳士としての嗜みであった。
「そうなのですか」
 モンサルヴァートの国はドイツである。昔からジョークには疎い。音楽や哲学に重きを置く。こうした文化風土はそうそう変わるものではなくいまだに残っていた。
「花といっても棘のある花だ。知性という棘のな」
「はい」
 これはわかった。今回の戦略においても彼女の存在は不可欠である。その洞察力と分析、状況判断力は大きな力になるだろう。
「その後は全て君に任せる。頼むぞ」
「わかりました」
 こうしてエウロパは再び動きはじめた。やがて南部に企業家やビジネスマン、船員達に混じって多くの工作員達が紛れ込んだ。彼等は闇に潜み暗躍を開始した。

 サハラの情報は連合にも伝わっていた。彼等はそれを新聞やネット、テレビニュースで知った。
「このアッディーンという人物は凄いようだな」
 時には冗談半分で、時には真面目に彼のことが語られるようになっていた。中には彼に断りなく刊行された研究本まであった。プライバシーというものを無視していい遠い国の人物の話なのでかなり好きなことを書いている。その内容はネットの書き込みと大差ないものであったが売れた。中々のベストセラーとなった。
「実際にはこの人はどういう人物なのですか?」
 八条も彼のことには関心があった。何しろ立て続けに武勲を挙げオムダーマンの力を増大させた人物である。興味がないと言う方が不思議である。
「私もよくは知らないのですが」
 八条の執務室にもう一人いた。黒と金の連合の軍服に身を包んだこの人物は壮年で口髭を生やしている。肌は浅黒いが黒人程ではない。サハラの者に似ている。
 彼はブワイフ=サルムーンという。トルコ出身の軍人であり階級は大将である。今は統合作戦本部にいる。
「幼年学校からすぐに軍に入りそのまま軍歴を重ねていたそうです。話によるとまだ二十を越えて数年程だとか」
「それで大将となったのですか。信じられませんね」
 連合においては階級の昇進はそれ程早くはない。戦争もないので当然であるがそんな彼等から見てサハラ各国やエウロパの軍人達の昇進の早さは信じられなかった。
「それだけ優秀であると見ていいのではないでしょうか。オムダーマンはご承知のとおり共和制でエウロパのように貴族制をとってはいません。それに戦う度に劇的な勝利を収めているのですから」
「カッサラでもカジュールでもミドハドでもですね。こうして見ると実に鮮やかですね」
 八条は手元にある資料を見ながら言った。
「はい。そのうえで補給や情報収集も忘れてはいません。そうしたバランス感覚も備えているようです」
「天才、ですかね」
「それはどうでしょう」
 サルムーンはそれに対しては異議を唱えた。
「まだわかりませんよ。彼は今のところ一提督に過ぎませんし。これからどうなるかわかりません」
 一瞬の煌きだけで終わることもよくある話である。そして以後は精彩を欠くということも。
「それはそうですが」
 八条は感じていた。この人物はより大きくなると。そしてこれ以上のことをすると。
「まあ今は遠いサハラの西の話ですね」
 サルムーンは言った。
「我々の影響になることは殆どありません。あちらの国々には中央政府の領事館さえ置いていませんし」
 連合はサハラの国とはあまり関係がない。東方のハサンとは国境を接しているだけあり交易も盛んで中央政府も各国も大使館や領事館を置いているがこの国だけである。他にはこれといって関係のある国はない。基本的に連合内だけで足りていた為これといって外に向けて積極的に外交や交易をする必要がなかったのである。
「ですね、今のところは」
 八条もそれに同意した。
「これからどうなるかはわかりませんが」
「そうですね。ただ」
 サルムーンは言葉を続けた。
「あらゆるパターンは考えていた方がいいでしょう。戦略として」
「はい」
 それは戦略の基本であった。
「サハラが彼のいるオムダーマンにより統一された場合も含め」
 八条が今言った言葉は後にある程度というレベルにおいて的中した。だがそれを知る者はいなかった。
「ですね。それもシュミレーションする必要があるでしょう」
 サルムーンはそれをあくまで起こりうる事象の一つとして考えていた。だがこれが後々になって生きる。
「今はハサンが健在であればサハラについては問題ありません。それを脅かすのはエウロパでしょう」
「ですね」
 彼等はここでもエウロパと対立関係にあったのだ。 
「しかしエウロパも何時まであのようなことを続ける気でしょう」
 サルムーンはここで顔を顰めた。
 
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