星河の覇皇
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第二部第一章 策略その一
策略
オムダーマン共和国とミドハド連合の戦いはオムダーマンの圧倒的な勝利に終わった。ジャースクでの戦いに敗れたミドハド軍はこれ以上の戦闘は無意味と悟り武装解除、投降をはじめた。オムダーマン軍はそれを快く受け入れた。
オムダーマン軍はミドハド連合の首都ハルツームに無血入城した。組織的な抵抗もなく彼等は悠然と降り立った。
そしてそミドハド連合の降伏が調印された。オムダーマンの使者が到着し式は滞りなく行なわれた。結果ミドハド連合はオムダーマン共和国に吸収されその軍及び施設、官僚機構は全てオムダーマンに組み込まれることとなった。法も国家システムも段階的にではあるが全てオムダーマンのものとされることとなった。ここにミドハド連合はその歴史に幕を降ろすこととなったのである。オムダーマンはこれによりその勢力を大きく伸張することとなった。
ただ問題があった。ミドハドの主席であるイマーム=ハルドゥーンの姿が見えないのである。今頃敵国の国家元首を裁判にかけたり処刑したりなぞはしない。その愚かさは二十一世紀でわかっていることであった。それに彼の国はもうこの銀河にはないのだ。
しかし彼がまだミドハドを諦めていないなら話は別である。仮にもミドハドの元首であった男である。その影響は大きい。そしてその行動如何が混乱を起こす怖れもあった。
オムダーマンの最も怖れることはそれであった。だからこそ彼の出身地ブーシルにアッディーンの艦隊を送ったのである。だが彼の所在はまだ掴めてはいなかった。
「問題は何処にいるかだな」
オムダーマンは彼の所在について必死に捜索していた。
「首都に残ってはいないでしょうか」
誰かがそう言った。
「それはないだろう。ここは彼の故郷ではない。隠れるには無理がある」
ミドハドは多くの星系から構成される連合国家である。従って国民の帰属意識はそれぞれの出身星系に強く連合中央政府には弱かった。
「彼が首都に隠れることは出来ない」
その通りであった。隠れるとすれば故郷であり地盤のあるブーシルしかないのである。
しかしまだ見つからない。余程上手く隠れているようだ。
「こうなったら彼にも行ってもらうか」
高官の一人がふと漏らした。
「彼といいますと」
それを聞いた周りの者が言葉を止めた。
「特殊部隊に連絡を」
その高官はそれには答えずそう言った。
「ハッ」
すぐに一人が敬礼し部屋を出た。そして誰かが新たに呼ばれた。
「もう少し長引くと思ったがな」
モンサルヴァートは司令部にある自らの執務室でオムダーマンとミドハドの戦争に関する資料を読みながら言った。
「ジャースクで終わりだとはな。もう一戦あると思ったが」
「将兵の士気が極端に下がっていたと聞いております」
緑の瞳に金色の豊かな髪を持つ女性が答えた。
見ればかなりの美貌の持ち主である。細長く形のいい顎を持つ整った顔立ちをしている。肌は白くまるで雪のようである。そして唇は薄く色は紅である。古の北欧の愛の女神フレイアの様な美貌である。
その官能的で整った肢体を赤と黒の軍服で包んでいる。ズボンからでもそのスラリとした脚がわかる。
彼女の名はエレナ=プロコフィエフという。エウロパ軍の中将にしてサハラ北方のエウロパ軍の参謀総長でもある。
さる侯爵家の長女として生まれた。彼女の他に子はなく彼女は幼い頃より家の当主となるべき教育を受けた。この時代は相当保守的な家でも女子が家を継ぐ事を認めていたのである。
士官学校に入り入学当初からその秀才ぶりを高く評価されていた。そして首席で卒業し参謀畑を歩んでいった。参謀本部等においてもその切れ者ぶりを遺憾なく発揮し瞬く間に昇進していった。そして先月このサハラのエウロパ軍に配属されたのである。冷静沈着にして広い視野を持つ人物として軍部では極めて評価が高い。
(私はさして女性に興味があるわけでないが)
モンサルヴァートは彼女を見ながら思った。
彼は特に女好きというわけではない。かといって男色家でもないが。普通に親同士が幼い頃に決めた許婚がいる。彼女はドイツの伯爵家の令嬢だという。彼はかっての名家とは爵位は持っていた。伯爵である。だから釣り合いのとれた婚姻であった。エウロパでは貴族制度が残っていた。これは容易には消せるものではなかったのである。
(やはり軍部で評判になるだけはあるな)
それ程彼女の美貌は際立っていた。彼女はこのサハラの軍でも評判になる程の美貌であった。しかし彼女に声をかける者は実はいない。
「あれだけ完璧だとね」
というのが理由だ。美貌の上に頭脳明晰、家柄もいい。隙がなさすぎるというのだ。人間とは完璧なものは案外好まないものなのである。
人間的にも悪くはない。部下に優しく自分に厳しいと言われている。実際に彼女を慕う部下や士官学校の後輩は多い。
(まだ二十代後半だというがな。そのわりには人間ができている)
そろそろ身を固めては、と言われる歳である。だが彼女はそれに対しては微笑みと共に断りを入れる。噂によると彼女も許婚がいるらしい。
(貴族の家にはよくあることだがな。結婚というものは元々は家と家を結ぶつけるものであったし)
これはどの国においてもそうであった。とりわけエウロパは現在オーストリア王家として復活しているハプスブルグ家に代表されるように政略結婚が盛んであった。貴族達は常に家と家を結び付ける為に互いに婚姻を結んでいたのだ。
「士気の問題か」
モンサルヴァートは軍事のことに思考を戻した。そして彼女に対して問うた。
「はい。三度に渡る敗戦によりミドハド軍の将兵の士気は著しく低下しておりました」
「だろうな。アッディーン提督にあれ程派手に破られてはな。だがまだオムダーマンに対抗できる戦力はあっただろうに。補給上の問題もなかった筈だしまだ挽回はできた筈だ」
「士気の他にもう一つ問題が起こったのです」
「それは何だ!?」
「上層部が早々と諦めてしまったのです」
「ハルドゥーン主席がか?」
「はい。彼はジャースクでの敗戦を知るとすぐに降伏を受諾するよう強く主張したということです」
プロコフィエフは背筋を見事に伸ばしたまま言った。姿勢も完璧である。
「わからないな。彼はそんなに諦めのいい男ではない筈だが」
彼は策謀家として有名である。執念深い一面もあるとも言われている。
彼は何度か失脚している。選挙に敗れたこともあれば政争に敗れたこともある。しかしその度に甦り権力の座に返り咲いている。そして政敵に対し報復し裏切った者に対し復讐してきた。彼が主席の地位に着くまでに多くの生臭い政争や駆け引きがあったのである。
「今までの経緯があるからな。彼にしてはやけに諦めがいいな」
「姿もくらましましたし」
「そうだ。政府と軍に降伏を受諾するよう言ってな。それだけでも妙な話だ」
普通は政府の首脳が条約に調印してはじめて降伏が成立する。だが彼はそれを首相に押し付ける形で何処かに消えてしまったのだ。これは外交儀礼上許されないことであった。
「あの男ならこの程度のことはやるにしてもだ。自軍を捨ててまで何故隠れたのだ?」
「それ以上の切り札があるのかと」
「切り札か」
彼はプロコフィエフの言葉を聞き考え込んだ。
「軍以上の切り札か」
少し考えられなかった。
「一体何だ」
「レジスタンスかと」
「レジスタンス!?」
モンサルヴァートはそれを聞いて思わず声を上ずらせた。
「降伏したというのにか」
「認めなければよいかと。少なくとも彼は調印していないのですし」
「指示したとしてもそんな事は言っていないと言えば済むことだしな。あの男ならやりかねん」
彼は顔を顰めた。
「しかしそれだと無害の市民まで被害に曝すことになる。まあそんなことを気にするような男でもないか」
彼の権力志向の強さと今までの政敵へのやり方を見ているとそれはよくわかった。
「そうですね。それに彼等以上の切り札を持っていると思われます」
「それはまさか・・・・・・」
「はい、サラーフ軍です」
「やはりな」
彼はそれを聞いて表情を暗くさせた。
「外国の軍を自らの権力維持の為に使おうというのか」
「歴史上よくあったことです」
「それはそうだが」
それは売国奴と呼ばれてもおかしくない行為である。
「名目は何とでも言えますから。問題はありませんよ」
「しかし」
「彼には彼の言い分があるのでしょう。何を言っても無駄です。そしてそれにサラーフが乗った、それだけなのです」
「そしてミドハドはサラーフの属国になると」
「その時には彼はまた考えを変えるでしょうが」
「だろうな。食えない男だ」
彼はそう言うと再び顔を顰めた。
「ですが国も人もそうして生き残る場合が多々あります」
「そうだったな」
春秋戦国時代でもよくあったことである。とりわけ群雄割拠の状況においては。
「そうして生き残るか。だが上手くいくかな」
「そこまではわかりませんね」
「まあいい。それはあの男次第だ」
モンサルヴァートはそう言うと席を立った。
「さて、これからの我が軍の行動だが」
「それについて私の意見をお聞きしたいとのことですが」
「うむ。何かしらよい提案があると聞いているのでな。悪いがわざわざ来てもらった」
モンサルヴァートは態度をあらためて言った。
「各艦隊の司令官達にも来てもらっている。早速話をはじめたいのだが」
その言葉と共に何人か入ってきた。
「長官、お呼びでしょうか」
そこには八人の男がいた。
まずはクライストとステファーノである。彼等はサハラ総督軍の第一及び第二艦隊の司令である。
その後に六人いる。第三艦隊を率いるニコライ=ゴドゥノフ。顔を濃い髭で覆った筋骨隆々の大男である。くすんだ金髪に灰がかった青い瞳をしている。猛将として知られている。
続いてホセ=ヴァン=マトク。砂色の髪に藤色の瞳をしている。かって僅か数百の艦で一千隻を越える敵艦隊と渡り合い守りきったことがある。防衛戦の名手である。彼はまだ二十代である。その名から貴族出身であるとすぐにわかる。
トーマス=ターフェル。赤い髪の茶の瞳を持つこの男は歴戦の人物である。まだ三十代であるが多くの戦いを経てきた。彼はその経験に裏打ちされた指揮により勝利を収めてきた。
シラノ=ジャースク。ダークブラウンの髪と瞳を持つこの人物はかなりの美男子で女好きでも知られている。だがその采配は意外にもバランスのとれたものである。
ドミトリー=ニルソン。金髪碧眼の長身のこの男は勇将として有名である。かなり短気なことで知られ決闘沙汰も多く起こしている。だが家庭は大事にする。かなりの愛妻家である。
最後にレナート=アローニカ。士官学校卒業後パイロットになりそこで活躍した。その経験からか彼は空母を使った作戦を得意とする。
この八人が総督軍の艦隊司令である。彼等はそれぞれ名のある人物でありまた武勲も重ねている。
「諸君、よく来てくれた」
モンサルヴァートは彼等が皆中に入ったことを確認すると彼等に対し言った。
「ハッ」
彼等は一斉に敬礼した。皆階級は中将である。プロコフィエフと階級は同じである。
「参謀総長」
彼はプロコフィエフに顔を向けた。
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