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星河の覇皇

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第八部第五章 宣戦布告その四


「全ては貴方次第なのですから」
「私次第」
「そうです。何故ならマルヤムの心はもう決まっております」
「決まっているとは」
「貴方が望まれるなら喜んで妻になるとのことです」
 サハラにおいては恋愛結婚はあまりない。家と家との結び付きを強める為、未亡人の救済の為といった色合いが強いのだ。なおサハラにおいては寡婦は非常に少ない。理由は言わずもがな、である。妻を四人まで持ってよいからだ。元々そうした寡婦を救う為の戒律なのであるから当然であった。ちなみにムハンマドは十一人の妻がいた。妻が四人までとなったのは彼がその十一人の妻の調停に苦労したからだというジョークもある。
「そうなのですか」
「ええ。では返答を」
 シャイターンは詰め寄るようにしてアッディーンに対して言った。アッディーンはそれを受けてシャイターンの目を見た。何処となく赤さが混じった漆黒の瞳であった。それを見ているだけで彼に魅入られそうであった。不思議な目であった。
「待って下さい」
 だが彼はここで踏み止まった。
「何故でしょうか」
 シャイターンは顔を離してアッディーンに問うた。
「そのマルヤム殿ですが」
「はい」
「一度御会いしたいのですが。写真は見せて頂いておりますが」
「本人と会ってお話をしたいと」
「そういうことです」
 彼はそれに頷いた。
「私は彼女が一体どの様な方かまだ御存知ないですし」
「はい」
「それに一度御会いしたいと思っておりました。宜しいでしょうか」
「勿論です」 
 シャイターンは微笑んでそれに答えた。
「そう仰ると思いこちらにも呼んでありますよ」
「そうなのですか」
「はい。これ」
 彼はここで傍らにいる将校の一人に声をかけた。
「マルヤムをここに」
「ハッ」
 その将校は敬礼で応えた後部屋を後にした。そして暫くしてマルヤムが部屋に入って来た。
「おお」
 アッディーンは彼女を見て思わず息を飲んだ。その髪も顔も姿もまるで絵画の様であった。幻想的な美女がそこにいた。
「閣下」
 シャイターンはあらためてアッディーンに声をかけてきた。
「我々は暫く席を外します。マルヤムと二人でお話下さい」
「はい」
「邪魔者は去らなければ。それでは」
 彼はそう言うと他の者を連れて部屋を後ににした。アッディーンに従う者達も部屋を後にした。そしてアッディーンとマルヤムだけが残った。
「あの」
 アッディーンが最初に口を開いた。マルヤムに声をかける。
「はい」
 彼女はそれを受けて顔を上げた。見上げたその顔はまるで天界のペリのようである。ペリとはイスラム教でいう天使のことである。アッラーに光から作られたと言われている。なお人は土から、そしてジンは火から作られたとされている。
「何と言えばいいのか」
 アッディーンは言葉に詰まった。歴戦の名将も女性には決して強くはなかったのである。今まで軍務ばかりでこれといった交際はなかったのである。この点は何処か八条と似ているかも知れない。だが大きく違うのは八条は女性が周りにいて何をしても全く気付かないのに対してアッディーンはおそらくそこまで鈍感ではないということである。連合軍には女性の将兵も多く四割を越えているがオムダーマン軍には一人もいないのだ。サハラはムスリムの国々である為その将兵は皆男なのであった。女は戦場に出ることはまずない。そして軍服を着ることも稀だ。アラブにおいては女はヴェールでその身体を包まなければならない、ムハンマドの頃からある戒律だがこれを忠実に守っている国もまだ多くあるのである。サハラにおいてはイスラムの戒律は連合各国、そしてマウリアにいるムスリム達と比して遥かに厳格に守られている。豚肉が連合各国ではアッラーに許しを乞えばまあ食べられるのに対してサハラではそうそううまくはいかないのもこれの一つである。
「貴女の兄君が仰ったことですが」
 アッディーンはマルヤムに対して言った。
「はい」
「私との婚礼についてですが」
 話が何処かぎこちなかった。アッディーンは自分でも緊張しているのがよくわかっていた。だがそれでもそれをほぐすことが
できなかったのだ。
「貴女の御考えですが」
「それは兄上がもう申されたと思いますが」
「はい」 
 それは事実であった。彼女はそれを承諾しているのである。儀礼であっても。
「貴女の妻になりたくここまで参りました」
「そうですか」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。そしてまた口を開いた。
「それでは」
「はい」
「とりあえず外に出ませんか?ここでは何かとお話しづらいですし」
「外にですか」
「はい。この宮殿は庭園でも有名でして」
 アッディーンは彼女に説明をはじめた。
「そこを歩きながらお話したのですが。宜しいでしょうか」
「わかりました」
 マルヤムは頷いた。そして彼等は庭に出た。そこは左右均等に揃えられた緑の豊かな優美な庭園であった。何処か欧州の庭園を思わせる。
 連合とエウロパの庭園にはある程度違いがある。エウロパの庭園は左右対称である。これは常にそうである。イギリスの貴族もフランスの貴族もそれにおいては同じであった。かってフランスにあったベルサイユ宮殿なども庭園は左右対称であった。これに対し連合の庭園は必ずしもそうではないのである。
 中国や欧州からの移民が多いアメリカ等では確かに左右対称である。これは都市の設計にも現われている。だが日本では全く違う。そして日本文化の影響を受け連合では庭園も左右対称ではない場合が多いのだ。これも連合の文化の多様性であった。
 サハラにおいては元々アラブが砂漠が多いということもあり庭園自体があまりない。またサハラにある惑星は砂や岩の惑星が。その為庭園といったものが少ないのだ。だがこの宮殿には庭園があった。この宮殿を作らせた当時のサラーフ王カリム二世がエウロパ趣味であったせいである。その当時はエウロパとサハラは対立関係にはなかったのである。
 二人はその中を歩いていた。暫くは何も話さず庭園を見回っていた。だがここでアッディーンが口を開いた。
「あの」
「はい」
 マルヤムは何処かぎこちない彼をフォローするようにそれに合わせた。
「それでお話ですが」
「はい」
「貴女は宜しいのですよね」
「ええ。それは先程申し上げた通りです」
「そうですか」
 アッディーンはそれを聞いて頷いた。
「だとしたら」
「何か」
「いえ」
 だがアッディーンはここで言葉を打ち消した。
「それは」
「それは?」
 彼は何かを言おうとしているが言えないようであった。何かしら少し戸惑っているようであった。
「貴女の写真が私のところに送られてきました」
「はい」
 だが勇気を振り絞るようにしてそう言った。マルヤムはそれに応える。
 
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