星河の覇皇
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第八部第五章 宣戦布告その三
「バチカンの誘致にね。戦争そのものには何も言わないけれど」
「ぞれでも賛成のようですね。というか」
「連合の者は殆ど賛成しているのが実情だな。世論においても」
「はい」
賛成派は実に九割を優に越えていた。エウロパでもそれは同じであった。
「それを考えますと。やはり彼等も賛成なのでしょう」
「そうだろうね。しかし」
「しかし。何でしょうか」
「さっき政治と宗教の話が出たけれど」
「はい」
「難しい話だ、本当に。連合は政教分離がかなり確立されているけれど」
連合には実に多くの宗教が存在する。信教の自由が保障されている。政治が宗教に介入することは中央政府及び各国の法により禁じられているのだ。これはエウロパも同じである。これはそもそもキリスト教世界からはじまった。宗教が政治に介入するのを防ぐ為だ。近代国家はここから成立したとの見方もできるが確かに特定の宗教が政治に深く関わっていれば民主的な政治は行われにくい。そして幅広い政策もできなくなる。
「バチカンが相手となるとね。彼等は国でもある」
「はい」
バチカンは国家でもあるのだ。これは教皇領かってからあるが今のバチカンが形成されたのはバチカン市国からである。教皇領をイタリア王国に奪われローマにおいて『バチカンの囚人』となったがムッソリーニによりバチカン市国となりイタリアとも和解した。ムッソリーニは確かに独裁者であり自軍の強さを考慮に入れず戦争をして惨敗続きであったが政治家としては優秀であったのだ。そうでなければあそこまではならなかった。弾圧や虐待もナチスやソ連に比べて遥かにましではあった。少なくともヒトラーやスターリンよりは人間味のある人物ではあった。
「彼等の承諾も必要だ」
「戦いの後ではそれが何処まで本意であるかどうかはわかりませんがね」
「確かにな。だが一応はそういう形になる」
「はい」
外交においては表向きが非常に重要なのは何時でも変わらないことである。なおバチカンは歴史においては極めて外交が巧い。情報収集が優れており、謀略にも長けているからである。バチカンはその権力闘争故か謀略が絶えない一面があった。
「国の移籍ですか。連合はじまって以来ですね」
「人類の歴史でもなかったのじゃないかな」
八条は木口の言葉に首を傾げながらそう答えた。
「私は記憶にないな」
「私もです」
「戦いに勝った場合エウロパにはバチカンの移籍と賠償金を求めることになると思う。他はこれといって要求するつもりがないというのが外務省の方針だ」
「カバリエ外相の」
「外相だけではなく省全体でそういう考えのようだね」
「そうなのですか」
「エウロパを併合するつもりはない。だからその辺りが妥当だと思うよ、現実には」
「それもそうですね」
木口はそれを聞いて納得した。
「やはりそうしたところで妥協ですが。ただ」
「ただ!?」
「賠償金をどれだけ手に入れられるかですね。問題はそこです」
「それか」
八条はそこで考える顔をした。
「最低で我が軍が今回の戦いで使った軍事費位は勝ち取ってもらいたいな」
「はい」
「そうでないと話にならない」
「ですね。戦いには多額の費用がかかるもの」
「だからおいそれとはできないものだがやるとなればやるしかない」
「はい」
木口はまた頷いた。
「私もそう思います」
「サイはまずは一つ投げられた」
八条はここでまたテレビに目をやった。
「あと二つ投げられるが既に結果はわかっている」
「ですね」
「ならば我々がやるべきことは一つ」
「戦争に勝つことです」
「うむ」
八条はここでテレビを切った。そして木口にあらためて言った。
「これからだが」
「はい」
彼等は話をはじめた。落葉が見える窓を眺めながら二人は話を続けた。
アッディーンは自身の婚約について決断を迫られていた。マルヤムと結婚するかどうかである。これは彼にとって深刻な問題であった。
何故なら彼だけの問題ではないからだ。これによりオムダーマンとティムールの関係が大きく変わる。だからこそ彼は悩んでいたのだ。
大統領も両親も、そして外務省も彼に預けた。やはり彼の問題であるからだがもう一つ理由があった。それは彼の判断を皆信頼していたからだ。
「どうするかだ」
彼はシャイターン家の者との会談の場を設けることをとりあえずは決めた。シャイターン家に打診したところ快諾の返事があった。会談場所はこちらで指定して欲しいとのことであった。
それを受けて彼は会談の場をオムダーマンとティムールの境にあるカタール星系とした。ここは風光明媚な観光名所である。会談の場としては相応しいと思ったからである。
彼はアリーに乗りそこへ向かった。そして入ると会談の場であるカタール宮殿に入った。ここは元々サラーフ領であり王室の別荘もあった。宮殿はその別荘であったものである。
古風な作りの宮殿であった。円形のドームに白い大理石。モザイクで彩られ豪奢な絨毯が敷かれている。別荘だけありそれ程大きくはないが見事な宮殿であった。
「ナベツーラのあの宮殿とは大違いだな」
アッディーンは中に入り周囲を見渡しながらそう言った。
「あの趣味の悪さは一体何だったのだ」
「人間としての品性が出たのでしょうね」
すぐ後ろにいたハリージャがそれに答えた。
「あの男の品性たるや目をそむけたくなる程でしたから」
「確かにな」
アッディーンもぞれに同意した。
「よくもあれだけ下劣な輩がいたものだ」
「全くです。その下にいた連中も」
「酷いものだったな。あの時の戦いのことは今でも覚えている」
サラーフとの戦いのことはアッディーンの脳裏に焼きついていた。自軍を撃つ卑劣な者達のことを。それを見て呆れた
アッディーンは彼等をこそ攻撃したものであった。
「そして自分達は安全な場所に篭っておりました」
「そうした連中だったのだろう。あの時はティムールも参戦した」
「そうでしたね」
「あの時がはじめてだったな。シャイターン主席と会ったのは」
「主席もここに来られるですね」
「そう聞いているがな」
アッディーン達は宮殿の謁見の間に入った。そしてそこでティムールの者達を待つことにした。やがて一人の将校がアッディーン達の下にやって来た。
「シャイターン主席御一行が来られました」
「そうか」
それを聞いて姿勢を正す。そして彼等が来るのを待った。やがて赤い軍服に身を包んだシャイターンを先頭にシャイターン家の者達がやって来た。赤い壮麗な軍服のシャイターンの他にも皆それぞれみらびやかな服に身を包んでいる。その先頭にいるシャイターンがアッディーンに対してまず挨拶をした。
「どうも。サラーフとの戦い以来ですね」
「はい」
アッディーンはそれに応えた。
「お久し振りです。お元気そうで何よりです」
「いや、貴公こそ」
シャイターンはアッディーンの言葉に返事を返した。
「相変わらずのご活躍のようですね」
「私の力ではありません」
彼はサハラの儀礼で返した。
「全てはアッラーの御意志です」
「はい」
これがサハラの儀礼であった。自分の力ではなくアッラーの加護をまず言うのだ。シャイターンはそれを受けて間の中央に来た。そしてアッディーンにあらためて言った。
「閣下」
「はい」
「今回ここでお話することはもう御存知だと思います」
「はい」
アッディーンは頷いた。
「貴方と我が妹マルヤムとの婚姻のことですが」
シャイターンはそれを受けて話をはじめた。
「これについてどう御考えでしょうか。それをまず御聞きしたいのですが」
「私の考えですか」
「はい」
シャイターンも頷いた。
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