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ノルマ

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第三幕その五


第三幕その五

「私も二度と貴方の前に姿を現わさない。それを誓うのよ」
「嫌だ!」
 だがポリオーネはそれを拒むのであった。
「拒むというの!?」
「そうだ。僕は卑怯者ではない」
 彼も覚悟を決めていた。だからこそ毅然として言うのであった。
「だからだ。そんなことは誓えないのだ」
「誓うのです!」
「誓う位なら死んでみせる!」
「まだ言うというのね」
「僕の心は変わりはしない」
 恐れずに言うのであった。
「例え何があろうとも」
「何があろうとも。そう」
 ノルマは今の言葉を聞いて顔をさらに怒らせるのであった。目が真っ赤に燃え盛っていた。
「子供達を。子供達を」
「何が言いたい」
「子供達は生きているわ」
 それは保障する。
「けれどこの前には危うく。怒りで母親であることすら忘れて」
「恐ろしい女だ」
 ポリオーネはそれを聞いて言うのだった。そしてそのうえでまた言う。
「だが殺すのなら僕にするのだ」
「どうしても退かないというのね」
「そうだ。殺すのなら僕だけにするのだ」
 こうも言う。
「それで気が済むというのなら」
「ええ、ローマ人は皆殺しよ」
 怒りに燃えたその声を発する。
「そしてアダルジーザも」
「それが君の望みだというのか、ノルマの!」
「そうよ!」
 声がここでまた激昂した。
「アダルジーザを炎の中に放り込むのよ。。神々の怒りの炎を!」
「殺すのなら僕だけにするんだ!」
 彼はなおも叫ぶ。
「彼女は見逃すんだ!」
「いえ、貴方にも同じ苦しみを味あわせるわ!」
 ノルマはそれでも言う。
「この私の手で!」
「それが君の考えだというのか!ノルマの!」
「そうよ!罪を犯した女を裁く!」
 ここで何故か一瞬だけ目の色が変わる。しかしポリオーネはそれに気付かなかった。
「今こそ!出でよガリアの同胞達!」
 彼女がまた高らかに叫ぶとそれでまたガリアの戦士達が戻って来た。彼等だけなく僧侶達もいる。ノルマはその彼等に対して言うのだった。
「生贄が決まりました」
「生贄が!?」
「裏切り者は誰なのだ」
「一人の尼僧が神聖な誓いにそむきその祖国と神々を裏切ったのです」
「やはりそれは」
 ポリオーネは絶望するしかなかった。それが誰なのかわかるからだ。
「その尼僧を生贄にするのです」
「誰だ、それは!」
「裏切り者を許すな!」
 彼等はまた叫ぶ。何としてもその尼僧を生贄に捧げるつもりであった。
「火刑の用意を」
「はい、すぐに」
 兵士達の何人かがそれに応えた。
「ノルマ、やはり君は」
「そしてノルマよ」
 ポリオーネとガリア人達の言葉が同時にノルマの耳に届いていた。
「それは誰なのか」
「裏切り者とは」
「聞け!」
(けれど)
 言葉とは裏腹にノルマの心が揺れ動きだした。
(私の怒りの為に何の罪もないあの娘を責めるというのは)
 良心であった。ノルマをそれが止めるのでった。それは次第に大きくなり瞬く間に彼女の全てを包み込んでしまったのだった。彼女だけがそれに気付いている。
 
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