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ヒーローは泣かない

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第四章

 凶器を出してきて使い反則技も平気でする、その彼に対して。
 ケツアルコアトルは正々堂々と闘い続ける、ヒーローとして。
「頑張れ!」
「そんな奴に負けるな!」
「ケツアルコアトル勝つんだ!」
「絶対に!」
 子供達はその彼を応援するのだった。
 試合は何ラウンドも続く、そして十ラウンドが終わった時にだった。
 マネージャーが深刻な顔で彼に言ってきた。
「あの」
「まさか」
「はい、お母さんが」
 この言葉だけだった。
「もう」
「そうか」
「試合はどうされますか?」
 状況が状況だ、だからこその問いだった。
「もう」
「続けるよ」
「いいんですか?」
「最後まで」
 今も子供達の声援を受けている、そのうえでの返事だった。
「やるから」
「本当にいいんですね」
「うん」
 こう答えるのだった。
「最後までね」
「それでいいんですね」
「僕は戦士、そしてヒーローだから」
 それ故にだというのだ。
「最後まで闘うよ」
「わかりました、じゃあ」
 マネージャーも彼の心を受けた、そしてだった。
 確かな顔でこう告げた。
「勝って下さい」
「そうしてくるよ」
 こう言ってそのうえでだった。
 ケツアルコアトルはリングに戻った、そうして。
 最後のラウンドで必殺の延髄斬り、日本のプロレスから学んだそれを相手に浴びせてそうしてである。そのうえで。
 ロメロスペシャルを決めた、それで勝負は終わった。
 ケツアルコアトルの手が掲げられる、その彼に。
 ジャガーマンは誰にも聞こえない声でこう囁いた。
「ナイスファイト」
「有り難う」
 彼も応える、このやり取りの後で。
 祝勝会を兼ねた打ち上げ会となった、相手の団体と共同でだ。
 彼等は共に楽しみ飲み食いをした、その中でもだった。
 ケツアルコアトルは笑顔で参加していた、話はマネージャーしか知らない。 
 そのマネージャーが彼にそっと囁いたのである。
「あの」
「いや、これもね」
「ヒーローだからですか」
「リングから降りれば仲間だよ」
 そうだからだというのだ。
「仲間と共にいるのもね」
「ヒーローだからこそ」
「最後まで出るよ」
 これもだというのだ。
「それじゃあね」
「そうですか」
「最後まで出てからだから」
 笑顔で言うのだった。
「そうさせてくれるね」
「はい、それじゃあ」
 マネージャーはここでも彼の心を受けた、そしてパーティーが終わると。
 ケツアルコアトルはそっと場を後にした、そのうえで仮面を脱ぎ母の前で泣くのだった。
 次の日から暫くオフを取り母の喪に服した、だがそれが終わると。
 事務所にマスクとスーツの格好で来てマネージャーに尋ねた。
「次の試合だけれど」
「あの、もういいんですね」
「全て終わったよ。今の私はね」
「ケツアルコアトルですね」
「そう、ヒーローだよ」
 それに戻っているというのだ。
「だからね、闘うよ」
「そうですか、じゃあ」
「すぐに着替えるよ」
 トレーニング用のジャージにである。
「それじゃあね」
「はい、じゃあまずは」
「それで次の試合だけれど」
「今度は事務所の中でしますので」
 それで興行をするというのだ。
「若手が相手になります」
「ふうん、誰かな」
「二人で一人はヒール、もう一人はベビーフェイスです」
 その二人だというのだ。
「どっちも有望株ですから」
「相手をする際はだね」
「いつも通りお願いしますね」
「うん、闘うよ」
 マスクの中から笑顔で話す。
「それじゃあね」
「頑張って下さいね」
「ヒーローとしてね」
 笑顔で話す彼だった、そのうえで今もヒーローとして生きるのだった。


ヒーローは泣かない   完


                     2013・1・30 
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