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かゆみ

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第一章

                       かゆみ
 朝鮮戦争になって特需でやっと日本が蘇ってきた頃のことだ。浅草で落語をやっている美作朝八は酒に女が好きだった。特に好きなのは女である。
 とにかく足繁く赤線に通い日々遊んでいた。その彼に対して師匠である美作朝一はいつもこう言っていた。
「女は確かに芸の肥やしだよ」
「落語でもですね」
「そうだよ、何でも芸ならな」
「女は肥やしですね」
「それでもだよ」
 朝一はここで言う。
「何でも過ぎるとよくないんだよ」
「酒と同じですか」
「勿論女もだよ。いいかい」 
 朝一は飯屋で定食を食いながら朝八に話す。朝八は天丼を食っている。
「あたしがいつも言ってるだろ」
「女はカンナですね」
「そうだよ。身を削るものだよ」
「だから程々にしろってんですね」
「御前さんいい加減にしねえと身を滅ぼすよ」
 その女でだというのだ。
「あたしはそんな奴も見てきたから言うんだよ」
「溺れることはしてませんよ」
 朝八は笑ってこう師匠に返した。
「そこまでは」
「殆ど毎日通ってて貢がせてるのにかい
「助六ですよ、助六」
 歌舞伎きっての男伊達の名前も出して言う。
「あたしはそれですから」
「まあ確かに御前さんは顔はいいよ」
 男前といっていい顔だ、それにだ。
「キップもいいね」
「溺れるんじゃなく満足させてますから」
 相手の女をだというのだ。
「大丈夫だっていうんだね」
「へい、そうです」
「まあねえ。御前さんはとにかくもてるし遊びも知ってるよ」
「だから問題はないですよ」
「どうだかね。落とし穴ってのは見えねえから怖いんだよ」
「そうですかい」
「そうだよ。本当に気をつけなよ」
 朝一はまた朝八に言う。
「女はカンナだよ」
「肥やしでしょ」
「肥やしでもありカンナなんだよ」 
 朝一は気楽な朝八にまた言った。
「本当に注意するんだよ。肥やしだってやり過ぎたらかえって駄目だからねい」
「そういうものですかね」
「そうだよ。とにかく気をつけることだよ」
 こう弟子に注意した。だが朝八の女遊びは止まらない、まだ所帯を持っていないこともいいことにして遊郭に入れあげていた。
 そんな中急にだった。彼はしきりに身体を掻く様になった。その彼を見て周りは妙に思ってこう尋ねたのだった。
「どうしたんです?最近やたら掻いてますけれど」
「蚤か虱ですかい?」
「馬鹿言いねい、蚤や虱がいる男がもてるかい」
 不潔な者はそれだけで論外なのはこの時代でも同じだ。
「ちゃんと毎日風呂に入ってるよ」
「遊郭で、ですかい?」
「そっちで」
「そうだよ、毎日入ってるよ」
 こう言うのだった。
「ちゃんとね。それにだよ」
「それに?」
「それにっていいますと」
「褌も毎日かえてるよ」
 そちらも清潔にしているというのだ。
「出征中も身奇麗にしてて蚤や虱は涌かさなかったよ」
「そうですかい」
「奇麗にしてたんですね、その時も」
「それに今も」
「しかも石鹸を使っているよ」
 そこまでして奇麗にしているというのだ。
「それで蚤や虱が涌く筈がないだろ」
「じゃあ何ですかね」
「どうして痒いんですかね」
「さあねい。あたしにもわからないよ」
 こう言いながらしきりに身体を掻くjのだった。だが。
 その彼に朝一はある日楽屋で深刻な顔をしてこう言った。
「おい、ちょっと上着脱ぐんだよ」
「いきなり何ですかい?」
「いいから脱ぎねい、いいね」
「あの、あたしは男、、ましてや師匠とは」
「安心しな、あたしもそっちの趣味はないよ」
 朝一もこのことは断る。 
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