愛の妙薬
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第一幕その五
第一幕その五
「実は私はこの度皆さんに素晴らしい贈り物を届けにここへやって来たのです」
「贈り物!?」
村人達がそれに尋ねた。
「はい、こちらの馬車に入っているものですが」
そう言いながら隣にある金色の馬車に手を入れた。一目で妙な馬車だとわかる。だがやはりネモリーノはそうは見ない。
「随分立派な馬車だなあ。何か凄い人みたいだ」
「さてこの取り出したるこの薬ですが」
「薬!?」
「左様、この偉大な天才医師、天下に知られた博物学者ドゥルカマーラが発明した素晴らしい数々の妙薬のほんの一つに過ぎません」
「どんな薬ですか!?」
「はい、これは歯磨きです。これで磨けば虫歯もたちどころに治ります」
「それは凄い!」
だが村人達は何処か割り切っている。こうした口八丁手八丁のいささかいかがわしい者は度々村にやって来ているからだ。とどのつまりドゥルカマーラと名乗るこの男もそうした山師なのであろう。
しかし村人達はそれを心の何処かで承知しているから笑いながら見ている。彼等も楽しんでいるのだ。そして安ければ、話が面白ければ買うつもりだ。
ドゥルカマーラもそれは承知である。だから話を身振り手振りを交えて大袈裟に、面白おかしく続ける。
「さてさて今度は」
そして新たな薬を取り出してきた。
「水虫の薬、そして元気になる薬。そこのご老人も如何ですかな」
「いや、わしは」
話しかけられた老人は照れ臭そうにそれを断る。
「おやおや、ではまた気が向かれた時に。さてさて今度は」
そしてまた新たな薬を取り出した。
「これ若返りの薬、これは如何ですかな?」
「ううむ」
村人達はあえて考える顔をしてみせた。そして彼に問うた。
「お幾らですか?」
「値段ですか」
やはり本当は商売人なのであろう。ドゥルカマーラはその言葉にすぐに反応した。
「何しろこれはいずれも大層効果のあるものばかりでして。かなり値が張りますぞ」
「ええ!?」
村人達はそれに対して抗議の声をあげた。
「それなら止めておこうかな」
「ああ、お金もないしな」
「あいや、待たれよ」
ここで彼はそれを待っていたかのように皆を引き留めた。
「皆様のお気持ち、よくわかりました。それでは勉強して100スクードでどうですかな」
「高いなあ」
「それだととても買えないよ」
彼等はまた抗議の言葉を出した。
「左様ですか。では30でどうですかな」
「まだ」
「よし、では20、いやそれでは皆様の御厚意に答えられそうもありません。それでは」
彼はここでにい、と笑った。
「1スクードでどうでしょうか。流石にこれでは文句がありますまい」
「勿論!」
「流石太っ腹!」
結局その程度の効用しかないのであろうが話が面白いこともあり皆乗った。それぞれポケットや懐からコインを取り出す。
「俺は歯磨きを!」
「私は若返りの薬!」
「わしは元気の出る薬じゃ!」
「まあまあ皆さん落ち着いて」
ドゥルカマーラはそんな彼等を制して言った。
「薬はどれもたっぷりとありますから。幾らでもお好きなだけ手に入りますから慌てないで。ほら」
そう言って馬車から山の様な薬を出してきた。
「さあさあ順番に。御希望の薬とお金をどうぞ」
こうしたことは手馴れたものであった。こうして彼は村人達に薬を売っていった。
「凄い人だ」
皆大体わかっていたがネモリーノは違っていた。ドゥルカマーラを偉大な医者だと完全に思い込んでいた。
「あの人ならもしかして」
ここで彼はアディーナの顔を脳裏に思い浮かべた。
「僕を救ってくれるかも」
そして彼は皆が立ち去るのを待った。
皆薬を買ってその場を後にした。ドゥルカマーラは薬が売れたのでご満悦であった。
「ううむ、今回はかなり売れたのう」
彼は袋に収めたコインの山を見て嬉しそうに言った。
「これは当分遊んで暮らせるかもな」
「どうしようかな」
ネモリーノはここで迷った。
「僕の話を聞いてくれたらいいけれど」
不安に負けそうになった。逃げたくなる程であった。
「えい、勇気を出せ」
だが彼はここで己を奮い立たせた。
「ここでやらなきゃどうするんだ」
そしてドゥルカマーラに話し掛けた。
「あの」
オドオドとした様子であった。
「何ですかな」
彼はネモリーノに顔を向けてきた。
「先生は何でも不思議な薬を一杯持っておられるそうですけれど」
「ええ、その通りですぞ」
ドゥルカマーラは胸を張って答えた。
「何ならお見せしましょうか、私の持っている数々の薬」
そう言って馬車から薬を次々と出してきた。
「どれがいいですかな、水虫を治す薬も元気が出る薬も何でもありますぞ」
よく見れば単にガラスの瓶に水か酒か何かを入れているだけのようである。だがネモリーノはそれには目をくれない。
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