愛の妙薬
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第二幕その三
第二幕その三
「まあこうなると思っていたがな」
式はとりあえず休憩に入った。ベルコーレはそこから離れ広場に涼みに来ていた。
「俺は多分当て馬だろうな。あの娘の本命は別にいる。それは多分」
考えに耽っているところにネモリーノが来た。やはり肩を落とし絶望しきった顔をしている。
「家の何処にもないなんて・・・・・・」
彼は項垂れたまま歩いていた。
「どうしたんだ、何時使ったんだろう」
そうやら家にお金がなかったらしい。彼はこの時忘れていたがそのお金は全て隣の叔父さんに見舞いとして全て渡していたのだ。気がいいが物忘れの激しい彼はそれをすっかり忘れていたのだ。
「どうしよう、このままじゃ僕は」
「その本人が来た。また落ち込んでいるな」
ベルコーレはネモリーノを認めて呟いた。そして彼に声をかけることにした。
「おいそこの若いの、一体どうしたんだ!?」
事情はわかっている。
「そんなに落ち込んで。何があったんだ!?」
「いえ」
ネモリーノは顔をあげた。見ていられない表情であった。
「お金がなくて。どうしたらいいか」
「お金がない」
「はい。それでどうしたらいいかわからないんです。今すぐに必要なんですが」
「今すぐ」
(また馬鹿なことをしようとしているな)
ベルコーレはそれを聞いて思った。
(どうせあの娘のことだろう。何に必要なのかは知らないが)
だがここで見捨てるのも気の毒に思えた。彼は進んでこの喜劇に参加しているのだしネモリーノに対しても悪感情はない。ならば助けてやろうと思った。
(どうせ明日になればここを離れるんだ。ならばここは援助してやるか)
彼は決めた。そしてネモリーノに対して言った。
「そんなに必要なのかい?」
「はい」
彼は項垂れたまま答えた。
「どうしても今すぐ必要なんです」
「わかった」
ベルコーレは頷いた。そしてネモリーノに対して言った。
「ならばうちの隊に入るがいい。すぐに金が手に入るぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。二十スクードだ。どうだい?」
「二十スクード」
ネモリーノはそれを聞いて顔を下に向けて考えだした。
「今すぐ手に入るぞ。どうだい?」
(どのみちその体格じゃ検査しても受かるかどうかわからないがな。まあそれは経費で落としてやるか)
ベルコーレは彼の丸々と太った体格を眺めながら心の中で呟いた。とても兵隊になれるとは思っていなかった。
「うちの隊は軍楽隊だ。前線にも出ないしいいものだぞ」
「けれど僕は楽器は」
「荷物運びならいいだろ。どうだ、悪くはないだろう」
「はい」
彼は力なく答えた。
「それに軍隊には名誉と栄光があるぞ」
「はあ」
また力のない答えだった。臆病な彼は戦争も軍隊も嫌いであった。戦場に行って死ぬのは絶対に嫌だと思っていたし、そうでなくとも軍隊での厳しい命令で殴られたりするのも怖かった。やはり軍隊には不向きであった。
「しかも女の子にもモテモテだ。いいことづくめだぞ」
「けれど僕は」
「お金が欲しいのだろう?」
ベルコーレはここでまた問うた。
「確かにそうですが」
「なら迷うことはないだろう、すぐに入隊の願書にサインするんだ。それだけで二十スクード入るぞ」
「すぐに」
「そうだ。そうすれば明日から御前さんはもてもての軍人だ」
(絶対検査で落ちるに決まっているがな。その時は借金にさせてもらおう)
流石に善意で金を渡すつもりはないようである。わりかししっかりとしている。
(明日からここともお別れか)
ネモリーノは周りを見渡して思った。
(叔父さんとも、村の皆とも。そして)
やはり彼女の顔が頭に浮かんだ。
(アディーナとも。けれどそれしかないんだ)
彼でも現実はわかっていた。いや、わかっているつもりであった。
(アディーナを僕のものにする為には)
「どうだ、決めたかい?」
ベルコーレはまた問うた。
「すぐだぜ」
(そうでなきゃ借金にさせてもらうがな。二十スクード位何とかなるだろう)
彼はネモリーノを誘う。執拗な程だ。
(早く決めろ、そうすりゃ御前さんは助かるんだぞ)
心の中の言葉は決して言わない。ネモリーノもそれを知るよしもない。
「二十スクードなんですね」
ネモリーノはここで顔を上げて問うた。
「そうだ、二十スクードだ」
ベルコーレは答えた。それを聞いてネモリーノはようやく決心した。
「わかりました」
「よし」
ベルコーレはそれを受けて頷いた。そして懐から一枚の紙とインク、そしてペンを取り出した。
「これにサインしてくれ。そうすれば二十スクードは御前さんのものだ」
「はい」
ネモリーノはペンを受けた。そして書類を手にする。しかし。
「あの、すいません」
実は彼は字が書けないし読めないのだ。ベルコーレはそれを見てニヤリと笑った。
(これで落選は確実だな)
彼はここで嘘を教えることにした。
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