愛の妙薬
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第二幕その二
第二幕その二
「お見事!」
歌が終わると村人達はドゥルカマーラに拍手を送った。
「素晴らしい!」
「まさかこれ程までとは!」
「いやいや」
ドゥルカマーラはほくほくとした顔で村人達に応えた。
「私めは色々回っておりましてな。そこで多くの芸を身に着けておるのです。これはその中のほんの一つに過ぎません」
(一番得意なのは口でのやりとりじゃがな)
やはり食えない男であった。だが村人達はそれに気付きながらもあえて知らないふりをしていた。彼等も中々したたかである。
そこに公証人が来た。彼は書類を手にしている。
「丁度よいところに」
ドゥルカマーラが彼を迎えた。
「では早速サインをしますかな、御二人さん」
「はい」
ベルコーレはにこやかに頷いた。
「私は何時でもいいですよ」
「左様ですか。では花嫁さんの方は」
「私ですか?」
アディーナはドゥルカマーラの言葉に少しギョッとした。
「ええ。他にどなたがおられます?」
「そ、そうですね」
彼女は不意に視線を泳がせた。そしてその場を見回した。
(こんな時に限っていないわね)
そして内心舌打ちせずにいられなかった。
(いないと話にならないじゃない。折角ここまできたのに)
彼女は口の中を噛んで眉を顰めていた。如何にも不機嫌そうな顔であった。
「ん!?」
それに最初に気付いたのはベルコーレであった。彼はやはり、と思った。しかしそれはやはり心の中だけに留めておいた。
「どうしたんだい?」
そして不思議そうな顔を作ってアディーナに問うた。
「いえ、何も」
アディーナは咄嗟に誤魔化した。だが心中穏やかではない。
やはりネモリーノは見えない。アディーナはそれが気になって仕方がないのだ。
「どうも様子がおかしいのう」
それはドゥルカマーラも察した。やはり頭の回転は早い。
彼はアディーナを見ながら場の端にあるテーブルに座った。今のところ誰も彼に注意は払っていない。
「何時見てもこうした場はよいのう。若い頃を思い出すわい」
どうやら彼も結婚していたことがあるらしい。だがそれが結婚詐欺の可能性も否定できない。それが彼の胡散臭さであった。
その真相はともかく彼は気分よくその場で酒と食事を口にしだした。だがここで彼の肩をツンツン、と叩く者がいた。
「ん!?」
彼はそちらに顔を向けた。見ればネモリーノがいた。
「御前様も来ておったのか」
ドゥルカマーラは彼を認めて言った。
「一緒にどうかね」
そして杯を勧めた。だがネモリーノはとても酒を楽しむような状況ではなかった。
顔は真っ白であった。絶望に沈んだ表情で肩をガックリと落としていた。
「どうなされた、このような場でそれはあまりにも場違いですぞ」
ドゥルカマーラはそんな彼を励ます言葉をかあけた。だがネモリーノはそんな言葉は耳に入らないようであった。
「あの、先生」
彼はアディーナの方をチラチラと見ながら口を開いた。
「今すぐに愛される方法はありますか?」
(何かあったようじゃな)
ドゥルカマーラはそれがアディーナのことだとは知らない。だが彼の沈んだ様子を見て相変わらず恋煩いだとはわかった。
(どうせ間の抜けたことでもしでかしたのじゃろう。やっぱりこの若者は尋常でない間抜けじゃな)
そう思いながらも彼はネモリーノの相談に乗ることにした。自分の利益になるように。
「ではあの薬をもっと飲みなされ」
「それで彼女に愛されますか?すぐに」
「うむ、すぐにな」
(もうすぐこの村とおさらばじゃ。好きなだけホラを吹いておくか)
内心クスクス笑いながら答える。
「それでたちどころに女の子達に取り囲まれますぞ」
「よし」
ネモリーノは決めた。そして申し入れた。
「先生、もう一瓶!」
「わかりました」
そして彼は右手を差し出した。
「お代を」
「うっ・・・・・・」
ネモリーノはそれを聞いて言葉を詰まらせた。
「今持ち合わせが・・・・・・」
「では持って来なされ。酒場で待っておりますからな」
「本当ですか!?」
「さっきも言いましたがわしは嘘は言いませんぞ」
「わかりました」
ネモリーノはそれを聞いて大きく頷いた。
「では酒場で待っていて下さい。すぐにお金を持って来ます!」
そして彼は走り去った。
「やれやれ」
ドゥルカマーラはその後ろ姿を見送って肩をすくめた。
「気はいいがどうも頭の回転が鈍い御仁じゃのう。あれでは後々苦労するじゃろうな」
そう言いながらもネモリーノが気にいりだしていた。
そんな彼を少し待ってみる気になった。彼はゆっくりと席を立った。その前ではアディーナが公証人にサインを少し待ってくれるよう主張していた。
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