ソードアート・オンライン 穹色の風
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アインクラッド編
亀裂は不安を呼んで
前書き
や、やっと更新できた……
更新を待っていてくださった方々、いらっしゃいましたら本当に申し訳ありませんでした。
これからは出来るだけ更新速度を上げていきたいと考えておりますが、何分遅筆なため、どうなるか分かりません。そんな駄作者ではございますが、これからもこの小説を読んでいただければ幸いです。
「……せっ!」
マサキは振り下ろされた無骨な手斧を柳葉刀で右に払い、その隙に剣を返して右下から左上へと《ライトネス》で斬り上げる。斧で防御することが出来ない《ルインコボルト・トルーパー》がダメージで仰け反り、
「スイッチ!」
という掛け声と共にトウマがマサキの前に出た。手に持った黒の片手用直剣を思い切り振りかぶり、光芒を纏わせながらモンスターに叩きつける。ノックバックしていた《ルインコボルト・トルーパー》は何も出来ずにその体を淡い光に変え、耳をつんざくような破砕音とともに散らし、それと同時に、陽気なファンファーレが一帯を包んだ。もうすっかりと耳に慣れたレベルアップのサウンドエフェクトだ。
マサキは淡々とウインドウを操作し、ボーナスステータスを振り分けようとする。と、ここで、
「いよっし!!」
と、目の前でトウマが、レベルが1上がっただけにしては些か過大とも言えるガッツポーズを決めた。
(ああ、そういえば、これで“あれ”が解禁になるのか)
マサキはすぐさまその理由を見つけ、納得する。マサキは再びウインドウに視線を戻し、ステータスを割り振る。全てのステータスを敏捷値へと振り終えたマサキがウインドウを閉じると、そこには満面の笑みを湛えたトウマの顔があった。
「……顔が近い」
「別にいいだろ? ……ひょっとして、マサキって実はそっち系?」
「……で、何の用だ?」
「無視かよ。……まあいいや、これが目に入らぬか!!」
マサキが眉をひそめながら問うと、トウマは自らのステータスウインドウをマサキの前で広げて見せた。
――正確には、ステータスウインドウ内のスキル欄を。そして、その内の一つに《両手剣》の文字が浮かんでいるのを、マサキは見逃さなかった。
《両手剣》は、最も初期に手に入るエクストラスキルの一つであり、開放条件どころか存在すら疑わしい《刀》スキルとは違い、入手条件も判明している。条件はごく簡単で、筋力値を20まで上げることだ。マサキとトウマの現在のレベルは11で、トウマは今まで筋力:敏捷を2:1で割り振っていたため、ようやくその条件を満たしたのだ。ちなみに、筋力値でなく敏捷値を20まで上げた場合、細剣が出現することとなる。
マサキがウインドウから目を離すと、見ている方が少し苛立つほどに嬉しそうな表情を浮かべたトウマの顔が、またもや視界に入る。
2日目以降、マサキはトウマが笑顔を見せる回数が日に日に増えていると感じていた。
《シャドーハントウルフ》を狩ったあの夜に何か感情の変化があったのか、あるいはただ単に初日の緊張が解けただけなのか、マサキは判断することが出来ずにいたが、少なくとも今まで見てきた連中のように、その笑顔が何らかのマイナス的感情を含んでいるとは思えなかったし、その笑顔を鬱陶しいと感じることもなかった。これまた珍しいことだ。
(……しかし、気まぐれにしてはずいぶんと長く続くものだな)
初めてトウマと出会ったときの感情に、マサキは未だ気まぐれ以外の名前をつけることが出来ていない。だが、その感情はマサキの心の一部分を依然として占めており、それどころか、少しずつではあるものの、日に日に肥大化してさえいる。だが、それとは正反対のベクトルを持つ感情が、その肥大化を妨げていて、結果、数日前からその肥大化は止まっていた。――別に、それはマサキにとってさほど重要ではなく、だから何だと訊かれれば、「何でもない」と答える以外に選択肢がないというのもまた、事実ではあったが。
「マ~サ~キ~、聞いてんのか?」
「聞いてるよ。……もしそれが目に入ったら、代わりに二度とその目の中に光が入ることはないだろうな」
「……お前、もうちょっとこう、ノリをよくと言うか、空気を読むと言うか、した方が良くないか?」
「余計なお世話だ。……行くぞ」
「行く? 何処に? それよりも、せっかくだから使ってみようぜ、《両手剣》」
マサキが憮然としつつトウマを一瞥して言うと、トウマは首をかしげ、分からないことをアピールした。マサキはそれを見て一度溜息をつき、返していた踵を再び反転させる。
「お前、どうやって《両手剣》スキルを使う気なんだ?」
「どうやってって……、そりゃ、装備を変えて使うに決まってるだろ」
「……その変える装備は?」
「……あ」
「…………」
マサキが呆れたように目を伏せながら首を振ると、トウマは悪戯を咎められた子供のように苦笑いし、頭を掻いた。
「いや、ほら、ようやく欲しかったスキルが手に入ったから、舞い上がっちゃってさ。……さ、そうと決まれば思い立ったが吉日だ。さっさと買いに行こうぜ」
トウマが作り笑いを浮かべながらマサキの背中を押し、市街地へと連れて行こうとする。マサキはもう一度トウマを睨みつけると、諦めたように迷宮区の出口へと足を向ける。すると、トウマもそれを理解したのか、マサキの背を筋力パラメータの最大値で押していた手を離し、マサキの隣に並び、歩を進める。
迷宮区を出るまでには、さほど時間は掛からなかった。元々距離がそこまで長くなかったのに加え、早く新しい剣を手にしたいトウマがいつになく速く歩いたためだ。
――尤も、歩きながらトウマに聞かされた、“新しい剣はどんなものがいいか”というタイトルの演説によって時間が引き延ばされたマサキには、その恩恵はほとんど感じられなかったのだが。
迷宮区を抜けると、青々とした草原の草をなびかせながら吹き渡った風が、二人の頬を撫でた。陰湿な迷宮区の、どんよりと濁ったような空気とは比べ物にならないほどに爽やかな空気が、呼吸によって取り入れられる。――正確には、そのように感じる、あるいは錯覚する。
その爽やかさと危険な迷宮区を抜けたと言う安心感から伸びを一つしたトウマを横目で見つつ歩き出そうとしたところで、マサキの眼前にメールが表示された。差出人はアルゴ。二人が初日に出会った情報屋だ。
文は極めて短く、指でウインドウをスクロールさせることもなく読了した。マサキがウインドウを閉じると、すかさずトウマが尋ねてくる。
「何だったんだ?」
「……どうやら、お前の剣を選ぶのは後回しになりそうだ」
「えー!? 何で?」
「あれが午後4時からに決まったらしい。……ほら、行くぞ」
明らかに不満そうな顔をするトウマに言い放ち、マサキは歩き出す。トウマはまだ不服そうな表情を覗かせていたが、それなりの理由があるのだろうと察し、黙ってマサキの後を追いかけたのだった。
マサキたちが迷宮区から南に歩き始めてしばし経った頃、二人は迷宮区に最も近い谷あいの町、《トールバーナ》に到着した。巨大な風車塔が立ち並び、谷間を吹きぬける風が風車の羽をゆっくり回転させていく風景がそこかしこで見られる、のどかな田舎町だ。
二人が北門をくぐると、眼前に《INNER EREA》の文字が表示され、その瞬間、トウマが安堵の溜息をついた。マサキも右手を左肩に当て、首を左右にコキコキと折る。門から街の中央を目指して歩き始めたところで、マサキの目は右側の路地に金褐色の巻き毛を捉えた。
「マー坊とトー助、遅かったじゃないカ」
「何だ? その呼び名は。俺は二人合わせて発動機製造会社になるつもりはないし、君と僕とで天気予報をするつもりもないんだが」
「こいつはオイラの癖みたいなもんサ。オイラが呼びやすいからこう呼んでるだけダ。気にしないでくレ」
「変な癖はその髪の毛ぐらいにしておいてほしいもんだ」
「にゃはは、全くだナ」
金褐色の巻き毛を揺らしながらふてぶてしく笑うアルゴに、マサキは溜息を一つついて続ける。
「……で、アルゴ。お前は出迎えか?」
マサキが言葉をかけると、アルゴは特徴的な三本線のペイントの下にある唇を不敵に歪めて言った。
「二人はオイラが認めた金の卵だからナ~。死なないようにしっかり面倒見ないといけないだロ?」
「……そりゃどうも。……まあ、だったらもっと速く情報を送ってほしかったが」
情報とは、この町で約一時間後に開かれる第一層フロアボス攻略会議のことだ。マサキがメールでアルゴに情報が手に入り次第知らせてくれるように依頼していたのだ。――ちなみに、代金の200コルは前払いである。
マサキがそう言うと、アルゴは珍しく悪びれた声を響かせた。
「あー、そいつは悪かったヨ。こっちもイロイロ忙しくてネ」
「まあいいさ。それじゃ、俺たちは会議に出てくるから」
「オイラも後から行くつもりダ。……まあ、頑張って来イ」
「ああ」
マサキはアルゴに手をひらひらと振りながら歩き出し、町の中央へ足先を向けながら、完全に空気と化していたトウマに目をやった。
「お前、いつものキャラはどこに行ったんだ?」
「いや、俺あいつのこと苦手で……」
何となく歯切れが悪いトウマの返答に「ふうん」と見かけ上納得して、マサキは再び前を向いた。
「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます!」
《トールバーナ》噴水広場に爽やかな声が響き渡り、途端にその場が静まり返る。二人が中央に目を向けると、声と違わぬ爽やかな青の長髪とシャープな顎のラインを持った一人のプレイヤーが噴水の縁に飛び乗った。
マサキたちは噴水を囲む段の上から二つ目に座り、二言目を待つ。青髪の片手剣使いは周囲がすっかり静まったのを確認すると、再び軽やかに言った。
「今日は、俺の呼びかけに集まってくれてありがとう! 知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! 俺は《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
その一言で噴水近くの一団がどっと沸き、いくつか声も上がったが、マサキの心中は彼らとは正反対だった。
――馬鹿馬鹿しい。
それが、マサキが持った彼への第一印象だった。マサキはこれまでホワイトハッカーとして多くの依頼を受けてきたし、会議にも出席してきた。また、その中には他のホワイトハッカー達と協力したり、高度に連携しなければいけないものもあった。だが、その会議と今の会議の状況は、まるっきり正反対と言ってよく、淡々と伝達事項が伝えられるだけのものであり、そしてマサキはその方式を気に入っていた。
協力というのは、突き詰めて言えば自分の役割を100%果たすことであり、味方のフォローやリカバリーといったことも、結局は自分の役割だからだ。そして、そのフォローのレベルを決定するのは自身の判断力であり、相手に対する好感度などでは、決してない。それどころか、仲間意識だけが無駄に高い連中で協力した場合、自分の一番重要な目的すら忘れて味方の救援に向かうことも考えられる。そうなってしまえば、その連中に待つのは敗北だけだ。
以上の理由から、マサキは今行われているような会議は嫌いだったのだが、それを指摘することはなかった。今ここでそれを指摘すれば、ここにいる全員の士気が下がることは火を見るよりも明らかだったからだ。そして、それではこの方式の唯一とも言っていいメリットを自ら手放すことになる。周りのプレイヤーが冷ややかならば一考の余地はあったかもしれないが、彼らが一同ディアベルに向かって拍手喝采を送っているところを見ると、彼のリーダーシップの性質的にはこちらの方が合っているのだろう。ならば、この方式を選んだこともあながち間違いではない。
マサキが半ば無理やりに納得したところで、
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
低く、ドスの利いた声が響いた。直後にその声の発信源と広場中央の間の人混みが真っ二つに割れ、一人の男性プレイヤーが現れた。とはいえ、その外見は神話とは全く異なり、小柄でがっちりとした体格だ。
彼は一歩前に出ると、その容貌に見事なまでに一致した濁声をその場に響かせた。
「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
突然の乱入者だったが、ディアベルは僅かに表情を崩しただけで、そのプレイヤーを中央に呼び寄せ、名を名乗るように要求した。男もこれに従い、鼻を一つ鳴らすと、噴水の前に立ち、辺りを見回した。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
その言葉が広場を駆け抜けたのと同時に、キバオウと名乗る男の双眸がギラリと鋭く光り、途端にマサキの右に座っていたトウマが身を震わせた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
マサキが問うと、トウマは笑って見せたが、その笑みはどこか引きつっていた。
マサキがその意味を推察しようとすると、広場中央からいくつかの怒鳴り声が聞こえてきて、マサキはそちらに視線を戻す。中央では、キバオウが元βテスターを糾弾する持論を展開しようとしていたところだった。
――彼の言い分はこうだ。
βテスターはこのSAOがデスゲームと化した途端、はじまりの街で右往左往していた初心者たちを見捨て、自分たちだけが強くなろうとした。
そしてその結果、このゲームのことをよく知らないプレイヤーが死に至った。
だから、この場にいるβテスターは責任を取って謝罪と賠償を行え。
「…………」
その支離滅裂な理論に、マサキは溜息しか出なかった。彼はプレイヤーが死んだ原因をβテスターに押し付け、現実逃避しているに過ぎない。彼に何かがあったのか、またはそれが彼の元からの考えなのかは知らないが、それをβテスターのせいだと断定して一方的に糾弾するのは、ただの負け犬の遠吠えと変わらないではないか。それに、“プレイヤー全員で情報と利益を共有しよう”などといった考えは、“リソースの奪い合い”というこの世界の原則を真っ向から否定している。そしてそれは、物理法則とシステムによって管理されているこの世界で魔法を使おうとするのと、何ら変わらない。つまり、不可能だということだ。
マサキが右ひじを右足に乗せて頬杖を突きながら冷たい目でキバオウを眺めていると、穏やかな声と共に、長身のシルエットが姿を現した。チョコレート色のスキンヘッドや屈強な体格は日本人離れしていて、マサキは外国生まれではないかと推測する。
新たに登場した大男は自らを《エギル》と名乗り、尚も糾弾を続けようとするキバオウに向かって、一冊の本を取り出した。ネズミを図案化したマークが描かれているそれは、マサキたちも持っているアルゴの情報書だ。
「このガイドブック、あんただって貰っているだろう」
「貰たで。――それが何や」
「このガイドブックは、俺が新しい街や村に辿り着いたときには既に置かれていた。つまり、情報の速さからして、情報屋に情報を提供したのは、βテスト参加者以外にはありえないんだ」
その張りのあるバリトンに、観衆は思わず息を呑んだ。今まで剣呑な眼差しでエギルを睨んでいたキバオウも、これには驚きを隠せなかったようだ。――この中で唯一、マサキだけはそれを推測していたため、逆に彼らがそれを知らなかったことに対して驚いたのだが。
その後はエギルとディアベルの演説会だった。エギルが至極全うな論理でキバオウの屁理屈を論破すると、すかさずディアベルがβテスターの断罪を見送る方向で話をまとめ、キバオウを宥める。キバオウは反論することが出来ず、一つの鼻息と共に、ボス攻略後に元テスターを改めて糾弾するとだけ言い残して引き下がった。
「結局、あれだけか」
噴水広場を後にしながら、マサキは呟いた。“第一層フロアボス攻略会議”などといった大仰な名を冠したそれが、結局のところ三人が持論を展開しただけで終わってしまったからだ。尤も、まだボス部屋がある最上階へと続く階段が発見されただけに過ぎない以上、ある程度は覚悟していたが、もう少しは身のある議論にしたかったものだ。
マサキが頭上を見上げると、太陽は大分地平線に近付いてきていて、空の大部分が赤みの強いオレンジ色に染まっている。トウマの剣を選ぶために、マサキが店へ向かおうとすると、トウマはそれと反対方向に歩き出した。
「おい、トウマ。剣を選ぶんじゃなかったのか?」
「ああ、いいや。……なんか、今日は疲れちゃってさ」
そう言って口角を上げるが、そのスポーツ少年然とした爽やかな顔に浮かんだ笑みに力はなく、瞳には初日に見せた不安や動揺の色が色濃く浮き出ていた。
後書き
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