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最期の祈り(Fate/Zero)

作者:歪んだ光
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変わらぬ瞳

 
前書き
お待たせしました 

 
. 空気が死ぬ、とは実に痛快で的確な表現だろう。空気が凍り付くのでは無い。死ぬのだ。凍り付いてもそこには何らかの生の暖かみがある。しかし、死んでしまえば唯一の生の証であるその温もりすら剥奪され秩序の無い暗闇に落ちていく。今の一夏のクラスの雰囲気を表現するのにこれ程までに的確な比喩もなかろう。
. 「……」
. きょう衛宮切嗣がこのクラスに帰ってくる。それは本来ならもろ手を挙げて喜び、その帰還を祝福すべきであろうしされるべきだろう。
「なあ、一夏。第一声は何と言えば良いと思う?」
「……正直、解らない」
しかし、そうはならない事情があった。セシリアの一件以来、ある意味「切嗣」の名前は禁句のような意味合いを持っていた。誰かが彼の名を口にするとクラスに気まずさや緊張が流れ、空気が凍り付くのだ。
「……この際、電話でもいいから話をしておくべきでしたわね」
「アイツ、携帯持ってないぞ」
はぁ、そんな溜め息が聞こえた。
未だクラスには一夏、箒、セシリア、本音、その他切嗣と親しかった女子数名しかいない。意図的に来るのを送らせているのだ。
. 時計の針が少し傾いた頃
「……久しぶり、かな」
件の人物がやって来た。ボサボサの髪に、多少撚れ始めた白い制服。グレーの中にポツンと光を宿さない黒い瞳。それは2週間前と寸分変ることのない衛宮切嗣、その人がいた。
「あ、ああ……」
何とか一夏が絞り出すように、生返事を返す。今この瞬間、クラスは活き返らされた。……必ずしも肯定的意味合いを持つとは限らないが。
. しかし、今回に限っては文字通り活き返ったで正しい。
「ケリィー!」
喝を入れるかの如く、本音の一声が響き渡った。それを一夏達が認識した瞬間には彼女はもう、切嗣の体にしがみついていた。
「う……えぐ……」
ただ、彼の腹の辺りに顔を擦り付け嗚咽を漏らす。
「おいおい、どうしたんだい、本音ちゃん?」
「心配で……!」
喋る切嗣の声は、前と少しも変わらず暖かく優しさに満ち溢れていた。
「切嗣……!」
堪えきれなかったのか一夏が切嗣駆け寄る。一夏が見た今の切嗣は記憶通りの切嗣だった。最後にアリーナで見た彼の雰囲気と今の有り様は似ても似つかない。
「良かった……」
だから、一夏は心の底から彼との再開を喜び、その肩を抱き締める事ができた。
――――――――――――――――――――――――
. そこからは、ぎこちないながらも会話が続いた。
「切嗣は、今までどこに?」
「フランス。序でにそこの代表候補生に観光案内をして貰ったくらいかな」
「うっ……俺が鈴と戦っているときに……」
「鈴?」
「ああ、俺のセカンド幼なじみ。もうそろそろ来る筈なんだけど……」
噂をすればなんとやら。新たに教室のドアを開けて入ってくる人物がいた。
「おはよって、人少なすぎない?何か有ったの?」
その人物は入ってくるなり、クラスの揃いの悪さに唖然とした。
「あー、鈴。後で説明するから」
切嗣を気遣って一夏が先を制する。
「とりあえず紹介するぞ。こいつが衛宮切嗣。二人目のIS操縦者だ」
一夏の言葉を聞いて、漸く目の前に見知らぬ男が居るのに気付いた。
「あ、本当に二人目がいたんだ……まぁ、いいわ。凰鈴音よ。宜しく」
そう言うと、何の気負いも無く右手を差し出した。
「衛宮切嗣。呼び方は何でも構わないよ」
差し出された右手を、切嗣もまた特に気負うことも無く握り返した。
. 「で、あんたはさっきから何で黙りっぱなしなのよ、セシリア?」

そう言うと、くるっと体を90゜回転させ先程から何か言いたそうな顔をしていたセシリアに向き直った。
「な……そんなこと」
「そんな顔してれば嫌でも解るわよ」
ぐっ、と黙り込むセシリア。確かにさっきから彼女は切嗣に何かを言おうとしていた。していたのだが、いざ話しかける時になると何か躊躇う様に口をつぐんでしまっていた。
「はぁ、あんたはそんなタマじゃ無いでしょ」
「し、失礼な!私だって女性ですのよ!少しくらい躊躇うことも有ります……」
セシリアと鈴音の付き合いは2週間に満たない。しかし、その短さを補って余りあるほどのぶつかり合いをした。実際、一夏と鈴音との戦いが終わって後、セシリアと鈴音は訓練と称して度々戦っていた。それがあってか、お互い相手の事を気にかけるようになっていた。それ故、今では、顔を見るだけで何となく相手の考えていることが解るようになっていた。
鈴音からすれば、今のセシリアは「放ってはおけない」状況にある。
「セシリア、一体……」
「少し屋上に行ってくるよ」
鈴音が何かを言おうとした突如、何を思ったのか切嗣は席をたつと教室を出ていった。
「気を使わせちゃったかな……。とにかくこれでゆっくり話せるわね。一体何があったの?」

side 切嗣
. 屋のベンチに座り五分程空を見ていると、人の気配が感じられた。
おずおずと此方を窺うように扉の隙間から見ていたようだが、覚悟を決めたのか姿を表した。現れたのは、案の定セシリア・オルコットだった。
「隣、宜しいでしょうか?」
消え入りそうな声で尋ねる。
「構わないよ」
すると、少し緊張がほどけたのか声に艶が戻った。
失礼しますと、頭一つ分のスペースを残し隣に人の気配が生まれた。しかし、そこから会話が続かない。
「最近、何か変わった事は無かったかい?」
仕方無しに、特に当たり障りの無い質問をする。意外な事に、話を振ってみたところオルコットは積極的に話をしてくれた。」
.
.
.
.
「謎の無人IS……」
「ええ。一夏さんが何とか倒しましたけど……切嗣さんはどう思われます?」
最も本当に近況報告のようなもので、特に明るい話題という訳では無いのだが。しかし、穏やかな話じゃないな……
「明らかに陽動の線が強いな」
「陽動?」
「仮にだ。もし、この学園に敵対する集団がいたとしよう」
いや、いる。新学期早々の教師達が最も忙しい時期を狙って侵入してきた人物が。だが、断定は出来ない……
「そいつ等がわざわざ貴重なISのコアを一つ潰したんだ。何か無い方がおかしい」
「言い換えると、コアを失ってでもしなければ為らない用事がこの学園にあった、と言うことですの?」
断定は出来ないけどねと返す。
改めて正面を向く。
相変わらずそこは殺風景な場所だった。灰色のタイルに安全のための銀色の柵。
さて、と切り出す。
「済まなかったな、オルコット」

side セシリア
. 「……へ?」
我ながら間抜けな声を出してしまう。その……予想外だった。てっきり今までの私の態度を糾弾されるものと覚悟をしていたら、ある意味それ以上のインパクトを貰った。脳が認識し、理解するより早く彼の話は進んでいく。
「事情は話せない。だけど、僕は君を撃った。その事については言い訳出来ない」
だからごめん、と。
「怒らないのですか……?」
今までの私を。
「うん。まぁ、嫌な思いをしたことにはしたけど……君は僕の何かに怒っていたんだろ?」
ええ、勘違いでしたけど。
「ならいいさ。その怒っていた理由までは僕は否定出来ないし」
曰く、過去に自分も似たような事をしてしまったと。自分の信念とそぐわない相手を拒絶し、無視し、理解する事をしなかったと。
「もう少し、彼女と会話をすれば良かった」
そう言う彼は、非常に老いて見えた。
……正直、今の衛宮さんを見ていると、そんな事をする人に見えないから驚きだ。しかし、同時に頷ける。私を撃った際の衛宮さんは凄く怖くて、まるで命を量としか見なしていないようだった。そんな人物なら頷ける。どんな非道な事をしてもおかしくないと。

「人にはちっぽけに見えても、当人からすれば生死よりも重要な問題なんて山ほどあるんだ。それは頭ごなしに否定されるべきじゃない」
先程、鈴音さんに話を聞いて貰ったが十中八九あんたが悪いと返された。最も、後の彼の奇妙な行動には首を傾げていたが……
だが、衛宮切嗣は相手の退引きならない事情を考慮し、何とか歩み寄ろうとしている。
「……そうだとしても、謝らせて下さい」
だからこそ自分が赦せない。自身の確固たる信念を持つ人を勘違いで自分の父と同類に見なしてしまった自分を。実際のところ、私の考え方は一切変わっていない。弱い男は嫌いだし、彼の目も好きとは言い難い。ただ、彼もそこらの男性とは違うと分かっただけだ。……それが全てで、フェイタルだ。要するに、私は偏見……それも第一印象という曖昧な物差しでもって人を判断してしまったのだ。近くに織斑一夏という希有な存在が居たことを差し引いても、許される事ではないし、赦そうとも思わない。
. だから
「今までの非礼、本当に申し訳ありませんでした」
私は頭を下げる。これに関しては赦してもらおうなどとは思っていないし、そもそも自分が赦せそうにない。正直、思いきり罵倒して貰った方が助かる。
「じゃ、おあいこでいいよ」
「……それは」
しかし、衛宮切嗣はそんなセシリアの思いを知ってか知らないでか優しく返す。
「僕は君を傷つけた。なら、それでお互い様だ」
いや、この男は薄々セシリアの考えに気付いている。いっそ、罵って貰った方が救われる。切嗣が何度も体験した事だ。知って尚、相手を責めない。言外の意味するところは、「甘えるな」という事だ。それは個人の問題であり、彼の介入するところでは無い。彼女自身が自分自身の力で変わり、乗り越えなければならない壁だからだ。
「思っていたより、厳しい方なのですね……」
それを覚り、微笑みながら、でもどこか辛そうに返す。
「誰かに何か良いことを言うほど立派な過去を持ち合わせていないだけだよ」
そう言う切嗣の顔は安らいでいた。
「さぁ、そろそろ教室に戻ろう。少し、面白いニュースがあるし」
悪戯っ子のように笑いながらもと来た道を辿っていった。
.
.
.
.
.
「突然だが、このクラスに新たに2名転入生が来ることになった」
朝のホームルーム、何だかんだで結局クラス全員が出席した。理由は「織斑先生」で大体伝わるだろう。
「フランスの代表候補生、シャルル・デュノアです。宜しくお願いします」
「ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

しかし、さっきから全員口が半開き状態だ。……切嗣を含めて。殆どが三人目の男性パイロットに対して。切嗣はもう一人の少女に対して。
(い……イリ、ヤ)
その……余りに似すぎていた。ラウラ・ボーデヴィッヒ。出身も同じドイツ。髪の色も儚い雪を彷彿させるような白銀。……何より、成長が止まってしまったとしか思えない体つき。二度と会うことが叶わないと思っていた愛娘に瓜二つの少女がいた。唯一の差異を産んでいる眼帯すら痛々しい……
. しかし、そんな追憶は窓を割らんばかりの叫び声にうやむやにされた。
少し精神的に疲れるから詳細は省くが、ライオン達の檻に生肉を放り込んだ状況を想像してもらったらいい。まさしくそれだ。この場合、生肉はシャルロットでライオンは……
「ええい、静かにせんか馬鹿供!!」
全くだ。心の中でひっそり呟く。
見ると、シャルは完全に涙目で切嗣をじっと見ていた。
「え、シャルル君切嗣君の方を見てる?」
「嘘……本当だ」
あ、不味い。火の粉が飛んできた。
「ねえ、シャルル君とはどういう関係なの?」
「あ、ああ。フランスで観光案内して貰った仲だよ」
「それ以上の関係は!?」
「いや、無いから……って、何故そこで涙目になるんだシャルル!?」
特に深い中では無いと言った瞬間、シャルルの顔が一層歪んだ。いや、今はシャルロットでは無く、シャルルとして認識されているからな。今ここでただならぬ関係に在ると認識されたら、お互い特別なレッテルが張られるぞ?というか、さっきの僕の説明で正しいだろうに……
色々言いたいことは山ほどあった。しかし、突如切嗣はいずまいを正した。
「貴様が……織斑一夏か!」
その場に似つかない、余りに剣呑とした声が響いた。
見ると、先程転入したばかりの生徒「ラウラ・ボーデヴィッヒ」が無表情で椅子に座る一夏を見下ろしていた。その剣幕に怯んでか、一夏は何も言うことが出来ず唯彼女の顔を見つめるばかりだ。
「ぐっ……!」
しかし、彼女は一度大きな殺意を込めるとそっぽを向いてしまった。
「失礼しました、教官。指示を」
「ここでは織斑先生と呼べと……まぁいい。デュノア、ボーデヴィッヒ、あそこの空いている席に座れ」
頭が痛いとでも言うかのように額に手をやる千冬だが、それでも教師としての職務を果たす。

. 少し、興奮の只中に鋭くナイフを突き刺されたためクラスが騒然とする。
「やれやれ、また面倒な事になるな」
ラウラの抱える感情を考えると、心労が耐えない千冬が誰に言うでも無く一人ごちた。
.
.
.
.
. 人の怒りは限界を真に超えた瞬間、そこに一切の感情を抱かせなくなる。一つの防衛本能と言っても言い。
今回の一夏に対するラウラの行動は正に好例だ。そこには様々な感情がある。怒り、嫉妬、矛盾によるやり場のない憤怒……
. それらが秩序たるコスモを造るならまだいい。コスモならほどくのは容易い。しかし、カオスを形成してしまった場合、殺意より強烈な言語化する事すら困難なドロドロしたモノを抱かせる。やり場のない感情は相手を傷付けるという行為すら無価値に貶め、それを悪循環と為しより一層の暗闇へと人を誘っていく。
. これより織斑一夏が挑む事になるのはそんなカオス。こればかりは一人で越えられる壁では無い。一人では…… 
 

 
後書き
駄目だ……最近自分の中の切嗣と実際の切嗣に隙間が出来始めてきた。少し距離をおくべきなのかな……? 
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