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八条学園騒動記

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第百十四話 幼い日はその六


「うわ、彰子も言うわね」
「本当だね」
 話を聞いた皆は驚きを隠せなかった。
「そこまで言うなんて」
「しかも幼稚園の時で」
「凄いなんてものじゃないわよ」
「いや、全く」
「そうなのよね。私その時横にずっといたけれど」
 七海が皆に話す。だからこそ話せることではあった。
「その時はあまり何も思わなかったけれど」
「今なのね」
「ええ。今思うと」
 実際にこう皆に話すのだった。
「凄いわよね、やっぱり」
「そうよねえ」
「全く」
「妹さんのことをそこまで考えているなんてね」
「しかも幼稚園じゃない、まだ」
 その時からだというのに皆驚いているのだった。
「そんな時からそこまで」
「やっぱり凄いわよねえ」
「全くだよ」
 皆で言い合う。彰子に驚き感心することしきりだった。そしてそれを言い終わった後でまた七海に顔を向けて。また彼女に対して尋ねるのだった。
「それでね、七海」
「ええ」
 彼女もそれに応える。
「どうなったの?」
「それで彰子は」
「それでね」
 七海もそれに応えてまた話しはじめた。その後の展開は。
「本当に大丈夫なの?」
 幼稚園の下校時間。先生は彰子を気遣う顔で彼女に声をかけていた。
「彰子ちゃんが持って」
「はい、大丈夫です」
 その底抜けに明るい声で返す彰子だった。
「だって。明香の為ですから」
「明香ちゃんの為だからなのね」
「私、何だってできます」
 こうまで言うのだった。まだ幼稚園児だというのにだ。
「ですから」
「そう。わかったわ」
 彰子のその幼稚園児とは思えない強い意志に遂に折れた先生だった。困ったわね、という顔になった後ですぐに納得した顔になり。そのうえで彰子に対して言うのだった。
「じゃあ彰子ちゃん。頑張ってね」
「はい」
 やはり底抜けに明るい返事であった。
「私、絶対明香にクッキーを持って行きます」
「そうして。けれどね」
「けれど?」
「先生も一緒に行っていいかしら」
 こう彰子に言うのだった。
「先生も。駄目かしら」
「私車は」
「車は使わないわ」
 このことは前もって断った先生だった。
「それはね。彰子ちゃんのお家まで」
「一緒にですか」
「そう、一緒にね」
 何時しか先生も優しい笑顔になっていた。母親のものとはまた違う、あえて言うならば姉が妹に対して向けるようなそうした笑みで。彰子を見ての言葉であった。
「行っていいかしら」
「先生も一緒ですか」
「そうよ。駄目かしら」
「それは」
 彰子は一呼吸置いてから答えたのだった。
「いいです」
「そう、いいのね」
「はい、御願いします」
 ここで笑顔で言えるのはこの時からであった。
「一緒に。御願いします」
「わかったわ。それじゃあね」
「はい」
「彰子ちゃん」
 そしてこの時が運命だった。七海は自分から名乗り出たのである。これは誰かに言われたからではなく本当に自然に出てしまったのだ。 
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