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八条学園騒動記

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第九十九話 先生の顔その八


「わしはこの世で最も偉大な科学者」
「はあ」
「医学者でもあり理学者でもあり化学者でもあり生物学者でもあり工学者でもある」
「理系ばかりですね」
「博物学もやっておったぞ」
 昔存在した学問である。
「博士号の数なぞどうでもいいのだがな」
「そうなんですか」
「問題は何をしたかじゃ」
 正論であった。ただし言っている人間が問題なのだが。
「わしは数多くの異形を達成してきておる」
「異形!?」
 野上君は今の博士の言葉は何かの間違いかと思った。
「偉業じゃないんですか、博士」
「異形の存在も作り上げてきた」
「ああ、そういうことですか」 
 そう言われてやっと意味がわかったのだった。
「化け物も作ってきたんですね」
「ライオンとドラゴンと蛇と山羊を合成させてな」
 博士は早速己の過去の悪事を誇らしげに野上君に話しはじめた。ただし話す博士の方はそれを悪事ではなく偉業だと本気で思っている。
「キメラを作ったりな」
「はあ」
「他にも鵺を作ったり。凄いじゃろ」
「連合中央警察は何してるんでしょうね」
 思わず呟く野上君だった。
「そんなことして捕まえに来ないなんて」
「警察!?そんなものを恐れていて科学はできんぞ」
 博士以外が言えば通用する言葉である。
「科学は時として国家権力の弾圧を受ける」
「弾圧ですかね」
 野上君にとっては正当な対処にしか思えないが博士にとっては違うのであった。
「しかしそんなものは叩き潰してじゃな」
「叩き潰すんですか」
「わしの崇高な発明や開発を害する者は誰であろうと許さん」
 完全に勘違いしている。
「そういうことじゃ。誰であろうとな」
「そのうち連合軍が来ますよ」
「連合軍!?ちょこざいわ」
 百三十億の大軍を前にしてもこの態度であった。
「かつてあの無敵皇軍とも五分で渡り合ったこのわしがあの程度の連中を恐れると思うてか」
「無敵皇軍って博士」
 野上君はそれが何なのかわかった。
「二十世紀の大日本帝国陸海軍のことですよね」
「見事な奴等じゃった」
 言葉に感慨が篭っていた。
「精強で勇敢、清廉でな。わしも奴等との戦いは楽しかった」
「そもそも博士は何歳なんですか」
「さて」
 その返答にはとぼけたようになった。
「幾つだったかのう。そういえば」
「何か話が余計に滅茶苦茶になってきましたけれど」
「気にするな」
「気にします」
 即答であった。
「人間は百十五歳が定命なんですよ」
「徳を積めばもっと生きられるぞ」
「それはそうですけれど」
 博士にそんな徳があるとはとても思えなかったのだ。それどころか何時天罰が下ってもおかしくはないとさえ思える野上君なのだ。
「少なくとも千年以上生きているなんて」
「平和なぞ詰まらん」
 またとんでもないことを言い出す。
「何が連合千年の平和じゃ。専念の堕落に過ぎん」
「堕落ですか」
「だからじゃ」
 博士のとんでもない発言は続く。
「わしは今こそ騒ぎを起こす。この堕落しきった世を正す為にな」
「正す為ですか」
「わしの偉大なる発明は破壊」
 これはその通りであった。
「堕落を壊しこの世に混乱と恐怖を巻き起こすな」
「それって全然駄目じゃないですか」
 野上君の突っ込みはここでも妥当なものであった。
「この世界が堕落しているかどうかはわからないですけれど混乱と恐怖は駄目ですよ」
「混乱と恐怖は世の中を動かす」
 普通の人が全く望まない方向において、である。ここが重要なのであるが博士の認識は普通の人間とは著しく違うのであった。
「今こそな。それでは今度は」
「今度は?」
「少し面白いことをしようぞ」
 今度は毒々しい赤と黄色の薬を掲げて高笑いする。その赤と黄色が博士の顔を照らしてとてつもなく恐ろしい彩色にしていた。
「このわしの最高の頭脳でな」
「また騒ぎが起こるんですか。困ったなあ」
 あくまで世の中に騒ぎを巻き起こそうとする博士を見て呆れるしかない野上君であった。この博士によって恐ろしい混乱が起ころうとしていたのだった。


先生の顔   完


                2008・8・9 
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