八条学園騒動記
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第九十二話 アンジェレッタとの出会いその一
アンジェレッタとの出会い
ジョバンニは八条学園に入って間も無くの頃。学園の中のダンスホールに入り浸っていた。そこではタンゴが踊られる。アルゼンチン人である彼にとっては馴染みの場所だった。
「ああ、あんた今日も来たんだね」
「ああ」
店のマスターに応える。マスターといってもれっきとした学園の事務員である。このダンスホールは学園関係者に限り無料で言うならば娯楽施設である。表向きは情操教育の為の施設であるが。
「やっぱりここが一番落ち着くんだよな」
「そうなのか」
カウンターに座る。店の中は程よい暗さで赤い光で照らされている。その中で男女がリズムに合わせてタンゴを踊っている。踊っているのは大学生かそれ以上が多い。ジョバンニはその彼等を見て言うのだった。
「まあいい感じだな」
「いい感じかい?」
「悪くはないさ」
カウンターの椅子を回して彼等の方を向いている。そのうえでカウンターの中でカクテルを作っているマスターに対して話すのだ。高校生にしてはかなり不釣合いである。
「皆かなり踊っているよな」
「タンゴは人気があるからね」
「あるのか」
「あるよ、少なくともこの学校じゃね」
こう彼に告げてきた。
「あんた、アルゼンチンから来たんだよな」
「ああ、そうさ」
マスターの言葉に答える。
「その通りさ」
「じゃあタンゴは好きなんだ」
「タンゴを踊るよりも見る方が好きだな」
「観客ってわけない」
「そんなところさ。それに」
「それに?」
マスターはここでジョバンニの言葉を聞く。
「何かあるのかい?」
「あるさ。ここの料理は美味いからな」
「おや、それはどうも」
料理を褒められて機嫌が悪くなる人間はいない。このマスターにしろ同じだ。だから彼はここでは顔を綻ばせて笑うのだった。
「そう言ってもらえるとこちらも作りがいがあるよ」
「やっぱり牛肉だな」
ジョバンニはまた言う。
「ここのステーキはいいよな」
「そうだろ。アルゼンチンといえばやっぱり」
「牛だ」
彼は断言した。
「牛がなくちゃアルゼンチン料理じゃない」
「そうだよね、まずは牛で」
「次にワインだろうな」
この時代は高校生でも飲める。だから彼もその味を知っているのだ。だがその外見からはかなりかけ離れた言葉ではあった。
「その二つがないと話にはならないさ」
「わかってるね。通だね」
「別に通じゃないさ」
しかし彼はマスターにこう返すのだった。
「アルゼンチン人なら常識さ」
「そんなものかね」
「牛食えないならもう話にもならないさ」
彼の次の言葉はこれだった。
「言うだろ?人間肉がたらふく食えるうちはまず大丈夫だって」
「聞いたことがないね。何処の言葉だい?」
「アルゼンチンの言葉だよ」
こう答えはするがマスターはあまり信じていない顔である。少しいぶかしむものになっている。
「って知らないか」
「ああ、悪いけれどね」
「お袋に言われた言葉なんだがな」
「あんたのお袋さんも肉が好きなのか」
「親父もお袋も好きさ」
笑って答える言葉だった。アルゼンチンはまず牛なのだ。だからだった。
「それこそ何かあれば牛肉だったな」
「豚や鶏はどうなんだい?」
「まあ食べないわけじゃないな」
少し考えてから答えた。
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