八条学園騒動記
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第五十四話 門が開いてその五
「はい。何度も生まれ変わりまして」
「輪廻転生か」
ギルバートはそれを聞いてすぐにそれを出してきた。
「そういうことなのか」
「そうです。何度も生まれ変わり修業しているのです」
「ううむ」
「何か凄い話」
皆それを聞いて何と言っていいかわからない。それで差し障りない言葉を出すのだった。
「そういうカルマらしくて。今はイギリス料理を修業中です」
「イギリスって」
「あそこは」
エウロパにある国だがそれでもイギリス料理とは何なのかは連合においてもよく知られている。つまり猛烈にまずいということが。
「イギリス料理もいいそうです」
それでもセーラはそのにこりとした笑みを崩しはしない。
「フィッシュアンドチップスと紅茶が」
「それだけらしいよな」
「なあ」
誰もエウロパには行ったことがないから詳しくは知らないがそれでもサハラ、マウリア経由で話は聞いている。そのどうしようもないまずさを。
「凄くいいそうでそれで修業しているそうです」
「それで何年位なの?」
彰子がセーラに尋ねる。
「イギリス料理の修業は」
「もう九年です」
そう彰子に答える。
「あと一年だそうです」
「ふうん。そうなんだ」
「特に紅茶が素晴らしいそうです」
「だからそれだけなんじゃ」
「イギリスって」
クラスメイト達は密かにそう突っ込みを入れる。やはりイギリスといえば紅茶だ。というよりはそれしかないのであるが。他は壮絶である。
「その後はまた和食だそうです」
「うちの?」
「はい。おそばを」
これもポピュラーな料理だ。連合全土で知られている和食の代表格だ。とりわけ天麩羅と一緒に食べると美味しいと評判である。
「修業したいと言っていますが」
「そういえばおそばもあったわよね」
先程のオードブルにそばもあったのだ。ざるそばが。
「あれかなりよかったわよ」
「まだはじめたそうです」
彰子に対して述べる。
「まだまだ修業が足りないそうで」
「そうなんだ」
「何でも最初に知ったのが二千年前だそうで」
「その時代蕎麦あったかしら」
アンネットがそれを聞いて首を捻る。
「なかったような」
「とりあえず百年程度の時間の誤差はどうでもいい国だけれど」
カトリが言う。
「それでも千年ってねえ」
「まあその程度もねえ」
アンネットが何かを達観して言う。
「マウリアだし」
「それ言ったら御仕舞でしょ」
もっとも本当にセーラにとってはそんなことはどうでもよかった。何はともあれセーラは彰子に蕎麦についての話をしていた。
「どうでしょうか。我が家の蕎麦は」
「美味しいっ」
この一言で充分だった。
「コシもあるし風味もいいし。それに」
「それに?」
「おつゆもいいわ」
最高だというのである。彰子は満面に笑みを浮かべていた。
「これは昆布に椎茸に鰹節に」
「はい」
セーラは笑って彼女に応える。
「薬味はお葱に生姜。最高の組み合わせね」
「おつゆは上方風にしました」
「そこまで知ってるんだ」
「詳しいな、やけに」
ベッカーもローリーもセーラの詳しさに流石に驚いている。上方とはかつての日本の大阪や京都のことである。昔は首都はそこにあったのでそちらを上方と呼んだのである。
「如何でしょうか」
「うん、それがいいの」
彰子はにこにこと笑って彼女に答える。
「ほら、やっぱりあれよ」
「あれですね」
話が通じている。あれというだけで。
「お醤油と大根卸しだけじゃ寂しいから」
「お蕎麦もやっぱり上方ですよね」
「天麩羅もね」
上機嫌で天麩羅も食べる。海老やキス、烏賊とこちらもかなり豪華である。
「いいわ。やっぱりお蕎麦には天麩羅だし」
「御気に召されて何よりです。それで」
「それで?」
「皆さんメインディッシュも召し上がられたようですし」
「食った食った」
誰かが言った。見れば恐竜もステラーカイギュウも鯨も全部食べられていた。怖るべきは彼等の食欲であった。まさに底無しである。
「それでは次は」
「次は」
「まさか」
オードブル、メインディッシュと来れば次は決まっている。一つしかない。
「デザートです」
「よしっ」
「それは別腹だよな」
皆デザートと聞いて意気上がる。最後のデザートなくして御馳走とは言えないのはこの時代においても同じことなのだ。
「それでは皆さん」
セーラはまた一同に告げる。
「どうぞ。デザートを」
「さて今度は」
「何が出るか」
期待と不安が入り混じる。彼等はその二つの感情をまるで絵の具の二つの色が混じるようにして待っていたのであった。
門が開いて 完
2007・9・3
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