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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第八話 幼児期⑧



「ねぇ、お兄ちゃん。前に私の髪型変えてみないかって言ってたよね」
「ん、おぉ。確かに言ったことはあるな」

 春先のことだったから、梅雨が明ける前の話だな。もちろん、覚えていますとも。

 俺の目の前にはにこにこと笑みを浮かべる妹。いつも通り金色の髪の両サイドを二つ括りでまとめており、後ろはそのままストレートに流している。「ツーサイドアップ」という名前が一応付いていたはずだが、俺個人としては「凛ちゃんヘアー」と名付けている。わかる人にはこれで一発だろう。

「それでね。せっかくだから変えてみようかなって思ったんだ」
「え、そうなのか?」
「うん!」

 へぇ、まじか。どんな髪型にするんだろう。妹の髪はいつも母さんが整えてくれているから、間違いなくかわいく仕上がるだろうな。ポニーテールとかみつあみも悪くないし、そのままストレートにしてみてもいいかもしれない。

 短くしても可愛いだろうが、たぶんそれはないか。妹は長い髪を気に入っているし。それに、アリシアは4歳の誕生日プレゼントにもらった緑のリボンがお気に入りで、それを使うことが多い。妹なら髪とリボンが両方映える方を選ぶだろうな。


「今から変えるから、まずはお兄ちゃんに見てもらいたかったの」
「ん、今から? 母さんにしてもらうんじゃないのか。アリシアだけで出来るのかよ」
「簡単だよ。ねぇ、お兄ちゃん。こっちだよ、ついてきて」
「アリシア?」

 なんだろう、何か違和感がある。そう思いながらも俺はアリシアについていく。リビングの広いスペースまで移動し、そこで妹はくるりと一度回り、俺の方に身体を向けた。にっこりとほほ笑む妹の顔。その笑みはどこまでも無邪気で、好奇心が旺盛な妹らしいものだった。

「あのね、お兄ちゃん。前に私の髪の毛をタワーみたいにしたことがあったでしょ?」
「タワーって…あの盛ったやつか。あれは悪かったって。お兄ちゃんとしては長い髪を見ると、どうしても試してみたくなっちゃって―」
「私、それが気に入っちゃったの」
「もうやらないから怒らな…ぃ……え」

 まだあの時のことを気にしていたのかと思い、謝ろうと思った。女の子にとって髪は命とかいう言葉もあったはずだし、また口きいてくれなくなるのは寂しかったしね。うんうん。

 だから今妹が発した言葉は、きっと俺の聞き間違いだ。気に入ったじゃなくて、気にしてたが正解だろう。まったく、俺ってばおっちょこちょいだな。これじゃあ、妹にまた怒られちゃうよ。あはは! とりあえず、トルネードヘアーから話を逸らそう。

「お兄ちゃんとしては、おだんごヘアーも悪くないなーって思うんだ」
「ありがとう、お兄ちゃん。あれのおかげで私、新しい自分を見つけられたよ」
「あれ? 会話の流れが俺の想定外な方向に突き進んでいる」
「それでね、どうせならお兄ちゃんもお母さんもすごいって言ってくれるような、さらなる髪型を私は考えたんだ!」
「これはもう俺が謝ればいいのか。もはや土下座しろってことなのか」
「いくよ、ボリュームヘアーのバリエーション! これがわたしの全力全壊!!」


 現実逃避しかけていた俺の前で、妹からなにやらオーラのようなものが身体から溢れていた。立ち込める熱と威圧感、アリシアの金色の髪がうねりをあげ、勢いよく逆巻いている。なにこれ。

 どうしよう、展開にまったくついていけない。いや、もう正直置いていってほしい。なんで妹の目がキュピーンって感じに光ってるの。あ、今「ボッ」という音と共にアリシアの髪が天井を突き抜けた。

 わぁ、あれはもう立派な武器だ。硬質とか破壊力とかが半端ねぇよ。これは……ユニコーン……ゲイボルグか、いや―――ロンギヌスだ!


 妹の全力全壊を見届けた俺は、静かに目を伏せる。おかしいな、瞼の奥が熱いや。俺のキャパシティを超えた出来事が連続して起こった気がする。というより起こってはいけない何かが起こってしまった気がする。

 あぁそうだ、叫ぼう。もやもやしたものを溜めたら身体に悪いよね。うん、そうしよう。さっそく俺は大きく息を吸い込み、我武者羅に声をあげることにしました。


「…………おかあさぁあああぁぁん!!! アリシアがァァーー! アリシアさんにィィイイィーーー!!!」


 めっちゃくちゃ取り乱した俺は、きっと悪くないと思う。



******



「という夢を見た」
『……うわぁ』

 うん、俺もうわぁ、しか言えなかった。もはや、なんだこれとしか思えなかった。これが夢だとわかった時の安堵感は計り知れないものだったよ。

「……悪夢だった」
『ますたーが、本当に落ち込んでいる』

 ふふふ、今ほど俺の想像力に涙したことはなかったよ。髪だけだったのはなによりもの救いだった。あれでもし肉体も変化していたら、俺もう駄目だったかもしれない。ムキムキの妹。僕、ウマ子との接し方なんてわからないよ。

 お昼寝の時間だったため、いつも通り眠っていたら突如起こった悲劇。まじで泣きながらうなされていたらしい。コーラルも軽く引くぐらいの勢いだったようだ。素晴らしい頭突きで起こしてくれたので、感謝の言葉を伝えながら、俺も勢いよく放り投げさせてもらったよ。もちつもたれつ。


「だめだ、完璧に目が覚めた」

 いそいそとお昼寝用の布団から出る。ベランダから差し込む太陽の光に温かさを感じながら、大きく背伸びをする。リビングに布団を敷いて寝るのが、俺たちの毎日の日課である。さすがに幼児にはお昼寝は必須項目だからね。放浪するのは大抵午前中か、お昼寝後の午後にしている。

 だが、どうやら今日の俺のお昼寝はここまでのようだ。まぁさすがにあれからすぐ、2度寝する勇気もないけれど。妹は何食わぬ顔でお昼寝続行中。ちょっと鼻を摘まんでやろうかと思ったが、余計なことをして、またなんか夢に出たらいやなのでしばらく自重しようと思う。俺えらい。


「というわけで、暇なのでなんか面白いことやってコーラル」
『いきなりの無茶ぶりッ!?』
「あ、なんかゲームしたくなってきた」
『ますたーって、本当に自由人ですよね…』

 俺の通知表の所見には、必ずマイペースとは書かれていたな。



******



「いくぜ! 白き大地に黒き稲妻舞い降りる!」
『くッ!? 我が白き大地が漆黒に染まっていくだと!』
「みんな、みんな染まってしまえば良いんだ……!」
『まだだ、まだ終わらんよ!』
「ふふっ……もはやあなたは、俺の掌で踊るのみ。さぁ、駒を進めようではないか!」
『あいにくだが僕の駒はただの駒じゃない…! 盤上の計算通りに倒せると思ったら大きな間違いだと教えてあげましょう!!』


『……もういいですか。左から3列目。下から3つ目で』
「えー、せっかくノッてきたのに。はいはい」

 しぶしぶコーラルが言った場所に打っていく。まぁ、なんだかんだでノッてくれたからいいか。最近はようやくコーラルも、ある程度ネタを仕込ませることができるようになった。デバイスってすごいよな。記憶メモリー半端ない。今度フ○ーザ様のお言葉でも仕込んでみるか。

『ますたーがデバイスをどうしたいのかわからない』
「ネタ貯蔵器」
『ぶっちゃけた!?』

 おっと、口滑らせた。


「まぁまぁ、気にしない気にしない。とりあえずここにパチンッと」
『目覚ましにネタ貯蔵器なデバイスって…。右から4列目。下から3つ目』

 なぬっ、そうくるか。俺は腕組して盤上とにらめっこする。なかなかいい勝負だ。

 コーラルのテンションはさておき、現在俺たちはオセロ勝負をしている。妹は隣で未だお休み中。時々妹からむにゃむにゃとかわいらしい寝言が聞こえてくる。ほっぺを指で押してみたら、ぽひゅー、っと空気が抜ける音がした。面白かった。


『……あのますたー。今更ですけど、なんでデバイスの僕がオセロしているのですか?』
「え? デバイスでもオセロできるだろ。ほい、ここもーらい」
『それはまぁ、ますたーが代わりに動かしてくれたら、僕はしゃべるだけですし。あ、右端で上から4つ目です』
「うわっ、そうきたか。じゃあいいじゃん。気にすんな。ほれ」
『……盗撮したり、オセロしたり。デバイスとして自信なくなってくるのですけど』

 俺は助かるからいいんだけどな。話し相手にも、遊び相手にも困らないし。

 しかし、昔はこいつもレイハさんみたいな英文しゃべりだったのに、いつのまにか流暢に話すようになったんだよな。母さんが「なんで?」とコーラルを見て、まじで疑問に思っていたから、普通のインテリジェントデバイスとはなんか違うのかね? むむぅ。

 そんな風に考えていたが、コーラルの声が聞こえなくなっていたので不思議に思い、盤上から顔を上げる。俺の対面には、ふよふよ浮いているコーラル。俺は静かになったコーラルの態度に首をかしげた。


「どうした? コーラルの番だぞ」
『ねぇ、ますたー。僕はますたーのデバイスですよね』
「そうだな」
『僕は魔法を使うための道具です。それなのにこんなことでいいのでしょうか…』
「え、だめなのか? コーラルはデバイスだけど、俺にとって大切な家族なんだから好きにしたらいいんじゃね。俺はお前とこんな風に一緒にいるの好きだしさ」

 別にデバイスだからって、おかしくはないだろ。コーラルが本当にいやがるなら、俺はおしゃべりもオセロも遊びにも誘ってないと思う。というか、家にあるパソコンゲームでキーボードの上で高速タップダンスしながら積みゲーするようなデバイスだぞ。今さら何言ってんだか。

『……ますたーって、時々天然ですよね』
「は?」
『なんでもないですよー。悩むのが馬鹿らしいですし、もう僕は僕で好きなようにやっちゃいます。ますたー、左から2列目、上から5列目で』

 なんじゃそりゃ。雰囲気的にどうやら機嫌が良くなったみたいだけど。よくわからんが、なんか復活した感じらしい。まぁ、よかったのかな。


『ところでますたー。暇なのでしたら、魔法の練習でもしましょうよー』

 ……いらんところまで復活しやがった。

「あー、また今度な。はい、ここ」
『それ前も言ってませんでしたか。そろそろデバイスとしての本願を果たさせてくれてもいいじゃないですか。本当にお願いしますよー。右から2列目。上から3つ目』
「大丈夫だよ。魔法ならいつかするから、いつか。あ、すみっこもーらい」

 そう言いながら盤上のはしっこに、黒をパチッと音を立てながら置いた。くるりとひっくり返っていく白の陣地に満足しながら作業を終える。


 またしても静寂が訪れた。だが、この感じは覚えがあるな。コーラルと過ごしてもうすぐで2年になる。なので、おおよその相手の性格傾向を把握している訳だが……あ、そうだ嵐の前の静けさってやつだ。

『いつかって…』

 あ、来る。疑問が解消してすっきりしたところで、俺は慌てて耳を手で塞いだ。


『いつかっていつなのですかァァ!? なんでそんなに魔法使わないのですか! ますたーは魔法の素質は十分すぎるほどあるのに! もう防犯ブザーでも拡声器扱いされても諦めましたから、せめて念願の魔導師の補佐らしく、かっこいいことぐらいさせてくれてもいいじゃないですかッ!! というかすみっこ取られたァーーー!!!』

「……うっちゃい!!」

『ぶほぉッ!?』

 すげぇ、クリティカルヒット! あ、さらに追撃に追い打ちだと! 同僚さんに教えてもらったという痴漢撃退法が華麗なるコンボで決まっていく! 使用武器座布団によるラッシュラッシュ倍プッシュ!!

 ……さて、実況もここまでにしておいて。おーい、妹よ。コーラルがうるさかったのは認めるが、そろそろ座布団攻撃はやめてやれー。母さんが本気で同僚さんとの付き合い考えそうだからー。


 妹様就寝。


「おーい、生きてるかー?」
『…………』
「返事がない、ただの残骸のようだ」
『無茶苦茶ひどいッ!?』

 お、復活した。今の声に妹が起きなかったことに安堵しながら、ふらふらと飛んできた。まぁなんというか……どんまい!


 一応コーラルの言い分もわかるといえば、わかるんだよね。魔法が使える世界に転生するなら、やっぱり魔法使ってみたいじゃん。これが余のメラだ、とか真顔で言えるんだぞ。キリッ、とか効果音付かないんだぞ。

 実際母さんに見てもらったら、俺はなかなかの魔力量を持っているみたいだった。さらに、魔導師ランクSの母さんの素質も受け継いでいるらしい。

 たぶん俺が母さんの子どもとして生まれた要因の1つが、『魔法の素質は高めがいい』とお願いしたことだろう。魔力量はわからないが、魔導師としての素質は遺伝的なものも大きいため、親の能力を子が受け継ぐこともあるからだ。


『それよりも、本当にどうして魔法を使わないのですか? 初めの頃はあんなにも喜んでいたのに』
「いや、そのさぁ…」

 確かにデバイスをもらった時は喜んだ。魔法が使えると思ったら嬉しかったさ。だけど、まさかあんな落とし穴があるなんて思わなかったんだよ。俺は、魔法を甘く見ていたんだ。

「あのな、コーラル。俺もさ、本当は魔法を使いたいんだ。だけど、初めて魔法を使った時、俺は現実を知ってしまったんだ」
『現実? 正直ますたーは魔力量も素質も高いです。魔導師として大成できるだけの能力があるからこそ、僕もますたーに魔法を覚えて欲しいと思っているのですよ』
「魔法の才能だけじゃ、乗り越えられないものがあるって気づいたんだよ」

 俺の自嘲を含んだ声音に、コーラルも押し黙る。いくら才能があっても、世界は厳しいものだった。ただそれだけのことだ。前世から俺を苦しめてきたものが、まさか今世でも俺に牙を剥いてくるとは思ってもいなかったんだ。


『……僕はますたーの相棒です』
「コーラル?」
『ますたーを支えるのが僕の役目です。だから僕がますたーを助けます。どうか諦めないでください』
「でも、やっぱり俺は…」
『教えてください。どうしてますたーが魔法を避けるのかを。僕もますたーと一緒に、それと向き合っていきますから』

 お前、そんなにも…。コーラルが本気なのだと、俺にもその気持ちが伝わってきた。今でもあれと向き合うのは嫌だ。でもそんな臆病な俺と一緒に、向き合ってくれると言ってくれた相棒がいる。

 ……わかった、俺も真実を話すよ。


「俺が魔法を使わない理由はな」
『……はい』


「俺が、……理数系が壊滅的だからなんだ」
『…………はい?』

 俺は溜まっていたものをぶちまける。どうしてこの世界の魔法は、ファンタジーじゃなくてオーバーテクノロジーなんだッ!!

「わけわかんねぇんだよ。魔法使ったら数式やらプログラムやら計算やら複雑怪奇なものが、頭の中に流れてくるんだぜ。解けねぇよ。魔法の構築や制御なんか泣きかけた。物理とか公式とか見ただけで悟り開きかけた。むしろ見るのもいや。コーラルが処理してくれても、自分の頭にプログラムみたいなのが羅列するし。なんか酔うし、積極的にやりたくない。魔法は使いたいけど、嫌いなことしたくねぇよ!」

 ほんとに世界はこんなはずじゃなかったことばっかりだよ! なんでなのはさんたちも、二次小説の方々も普通に使えるのさ!? 俺がへなちょこなだけなのか?


『そ、そんな理由ぅーーー!!??』
「そんなとはなんだ!? 俺にとっては死活問題だぞ!」
『ますたーが、勉強頑張ったらいいだけの話じゃないですか!?』
「おまッ、あんなにも感動的な台詞言っといてこっちに丸投げ!?」
『もうすぐ2年経つのに、僕未だに念話しかできないなんていやですよー!!』
「文系と体育だけが友達なんじゃーー!!」

「うるちゃぁああい!!!」

「『ごめんなさーい!!!』」


 ここにジャンピング土下座を含む、様々な土下座が繰り広げられたという。



******



『今度から理数の勉強もやりましょうね』
「えー、ほら俺4歳なんだし」
『ますたーって昔から自分に都合が悪くなると、すぐ年齢だしてきますよね』

 デバイスに駄目だしされた。後日一応頑張らせていただきます、と約束していじめないでもらった。


「しかし、梅雨が明けるとすぐ暑くなるな」
『そうですね。もうすぐ夏ですか』
「夏のイベントと言えば、……あぁそうか、もうそんな時期になるのか」
『もうすぐ2年ですものね』

 俺がコーラルを受け取ったのは、3歳の誕生日のことだ。それからもうすぐ2年。俺たちの5歳の誕生日がもうじき訪れることになる。

「5歳か…」
『今年もお出かけされるのですか?』
「たぶんね。母さん、俺たちの誕生日は絶対に休むだろうし。家族で出かけるの、アリシア好きだからさ」

 俺たちの誕生日には、毎年ピクニックに行くのが定番となっている。今年もおそらくそうなるだろう。去年は水遊びをしたから、今年は山かな。緑がすごくきれいなスポットとか探しておこう。情報収集は欠かせないよね。やっぱり。

『楽しみですね』
「……そうだな」

 コーラルの言葉にうなずきながら、俺は駆動炉をただ静かに眺めていた。



『……ますたー』
「なんだ」
『いじめない?』
「そぉい」
『アァーー!』

 ちなみにオセロは四隅すべて俺が確保。コーラルがなんか言っていた気がするが、スルーした。

 
 

 
後書き
リリカルWikiより

数学や物理といった理系的な知識が魔法の構築や制御には重要になる。ミッドチルダとなのはたちの世界では数学も物理もほとんど変わらないため、ミッドチルダ式の魔法構築や制御などは、なのはたちの世界の理数系に該当する。なのはは元々算数や理科が得意。フェイトに至っては、高校生の美由希の数学の問題を解いてしまうほどである。「魔法とは、自然摂理や物理作用をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで、作用に変える技法である。」(小説版)

ちなみに作者の好きな土下座の種類はスパイラルです。神です。 
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