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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第七話 幼児期⑦



 春一番。おやつの桜餅をアリシアと食べながら、ぐだぐだしています。服装も長袖から半袖に代わり、暖かくなってきたなーと思う。

 しかしなんだろう、この胸に渦巻く衝動感。春空を見ているとなんかうずうずしてきた。なので、俺は自分の心に感じたことを素直に口に出してみることにした。

「そうだ、風を感じよう」
「かふぇ?」
『ますたーが、また突拍子のない変なことを言い出した』

 コーラルがすごく失礼だ。妹は口いっぱいにお餅を詰めながら聞き返してきた。ちゃんと食べてからにしようね。


 それにしても、そこまで変なこと言った覚えはないぞ。春ってぽかぽかしていて、季節的に最高なんだぜ。というか放浪するのにうってつけだ。新しい季節って感じがして新鮮さに溢れているしな。

 そんな陽だまりの中を、爽やかな風を受けながら身体いっぱいに感じる。あまい花の香りと青々とした草木の豊かさ、新しい命の芽吹き…。やばい、絶対にいい!

「やっぱり変じゃないだろ。合理的な考えに基づいた正当な理論だ」
『ますたーが……合理的な考え…?』
「おい、待て。なんでそこを疑問に思うんだ」

 俺ってちゃんと考えてから行動にうつすタイプだと思うぞ。まぁ、直感やノリで動くこともあるっちゃあるが。俺そんなにもはちゃめちゃな性格なのか?

『ますたーの場合、思考している途中でおかしな化学変化を起こしますからねー』
「お前、マスターに容赦ねぇな…」
『それほどでも』

 ほめてない。


「お兄ちゃん、風って楽しいの?」
「ん? あぁ、楽しいというより、気持ちがいいものかな」
「ふぇー」

 桜餅を食べ終わった妹から質問があったので答えてみた。ふむ、どうやら妹は風の良さを知らないらしい。それはもったいないことだ。これは兄として妹の世界を広げてあげるべきだろう。

 俺も前世ではよく、風を感じるために無意味に自転車を乗り回したものだ。河川敷にあるサイクリングロードを当てもなく走り続けたことや、唐突に自分の大学まで行ってみようと、県一つ越えて片道7時間を走ってしまったこともある。往復約14時間弱。頑張った。

 武勇伝として友人と家族に話したら、「絶対にお前はバイクの免許だけは取るな!」と社会人になってからも口酸っぱく言われるようになった。くっ、ちょっと楽しみにしていたのに…。今世では乗れるのだろうか?


「いいか、アリシア。風を感じるのはすごいことなんだぞ」
「そうなの?」
「もちろん。それに、とある世界にはこんなことわざまであるんだ」
「ことわざ?」
「あぁ。獅子の子落とし、または獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと言ってな。つまり、風感じてこいやァ! と我が子を元気よく落として、風の良さをその身で感じようという意味だ」
『それ絶対違う気がするのですが!?』

 本来の意味よりこっちの方が、俺はなんかいいと思う。どっかの海兵じいちゃんと主人公さんみたいなのよりましだろ。風船でふわふわ浮かぶのは、ちと憧れるが。アリシアは俺の説明を聞いて、ごくりと唾を飲み込んだ。

「風を感じるって……すごいんだね」
『え、納得するの?』
「そうだ。風を真に感じるのは大変だが、それを感じられた時の爽快感はたまらないものなんだぜ」
「風ぱわーだ」
「そうそう風パワーだ」

 さすが、我が妹。まさに以心伝心だな!

『もうこの双子の思考回路の方がすごい気がします』
「それほどでも」
『ほめてない』



******



 そんなこんなで、一緒に風を感じる方法を考えることにしました。

「風を感じられそうなのってなんかないかね」
「風…。あっ、鳥さんになれたら気持ちよさそう」

 おぉ、鳥か。確かにあんな風に大空を飛んでいる姿を見ると気持ちよさそうだよな。でもさすがに鳥にはなれないな。鳥人間コンテストとか、鳥人とかあったけど、参考にしたらまずいだろう。

「ここは1つ、いつもふよふよ浮いてるコーラルさん。風はどんな感じですか?」
『え、ここで僕に振るのですか。えーと、機械なのでそういうのはなんとも。むしろ風が吹いたらどっかに飛んで行きそうで大変な部分が多いですね』
「夢のないお答えありがとうございます」
『泣きますよ!?』

 冗談だ。リアクションが面白いからつい。


「あ、でも大きな鳥とかなら乗れるかね?」
「大きな鳥さん!」
「そうそう。あるいはドラゴンとかなら迫力もあって、もっとすごそうだ」
「わぁー」

 2人で想像を膨らませる。確か第3期でキャロさんがドラゴンに乗っていたはずだから、実現可能かといえば可能だよな。さすがは次元世界。召喚魔法とかもあったはずだし、やっぱりファンタジーって夢が広がるな。

「お兄ちゃん、私も乗ってみたい!」
「俺も乗ってみたいな。そしていつかこのセリフも言ってみたい」
「どんなセリフ?」

 ドラゴンに乗る時のセリフと言えば、あれだろう。

「サラマンダーよりはやーい」
「はやーい」
『……サラマンダーに何かあったのですか』

 いえ、本当にただの迷言です。



「というか、今できる話をしよう。俺は今日風を感じたいんだ」
『さんざん話を右往左往させたのは、ますたーじゃ…』
「……コーラルは何かいい案とかある?」

 なんだかんだ言って、一緒に考えてくれる相棒です。コーラルはしばし無言になったが、何かを思いついたのか、ピカッと緑の光が点滅した。ちょっとご機嫌そうな雰囲気だ。

『ますたー、ますたー! すっごくいい案がありました!!』
「おぉ、まじか! さすがは我が相棒。してその内容は!?」

 コーラルは自信を持って答えた。

『魔法で飛びましょう!!』


「…………さて、アリシア。なにか良い意見は思いつく?」
『あからさまにスルーされた!?』
「あ、高いところとか?」
『もはやいないもの扱い!?』

 コーラルがいじけてしまった。妹はその様子に不思議そうにしている。信じられるか、天然でとどめをさしたんだぜ。

 いやでもさ、実際魔法はやめとこうよ。また今度にしようぜ。飛行魔法って確か適正とかもあったはずだし、いきなり空飛ぶのは危ないだろ? なによりミッドの法律で勝手に空を飛ぶのは禁止されてるしね、とそう言ってなだめる。それに俺、今現在魔法は念話ぐらいしかまともに使えんし。とある理由でさ…。


『ようやく、……ようやくデバイスらしいことができそうだったのに…』
「まぁまぁ。でも高いところっていうのはナイスだ」
「やった!」

 というわけで、さっそく実行に移しましょう。風が俺たちを待っているぜ!

 コーラルは俺の肩にくっつき、俺は妹の手を握る。ミッドチルダで高いところといえば、やはりあそこだろうか。家のテレビなどにも映っていた景色であり、危なくないだろう所をイメージする。瞬間、俺たちを包み込むような光が溢れる。その光が輝き、一瞬にして俺たちの姿はかき消えた。



 そこは雲を突き抜けるような建物の上だった。第1管理世界ミッドチルダの首都、『クラナガン』。時空管理局の地上部隊の本部があり、次元世界にとって大きな影響を及ぼす場所である。首都ということもあり、周りには超高層タワーが幾重に立ち並んでいる。俺たちはそのタワーの1つである屋上に転移した。

 まず目の前に映ったのは、自分達のいるタワーよりも高くそびえる建物。その建物から下を覗けば、米粒のような人間が見られたであろう。もし余裕があれば、目の前に建っている建物をもっとじっくり見学できただろう。高層タワーからの景色の良さに感動したかもしれない。

 だが、俺たちがそれらを実感することはできなかった。突き抜けるような風が全身を包み込み、さらに吹き抜ける。目的を達することは難なくできたが、1つ問題があったからだ。

 転移した瞬間に双子の兄妹の心は1つになったのだ。風を感じた結果、己に生じた純粋な気持ち。俺たち2人は我慢できず、心からの思いを、この吸い込まれるような青空の下で思いっきり叫んだ。


「さ……寒い寒いさむいッ!! さむ、ふぇっくしゅんッッーーー!!!」
「はぁむぅいィィーーー!!!」
『ちょっ、ますたー転移転移転移!!! ふっとぶゥゥーーー!!!』
「てんいィィィーー!!」
「ま、まって! アリシア落ち着いて! 首締まってるからぁ!? 転移は連続使用できないからもうちょっと待ッ、ぐほぉッ…!!」
『アリシア様! 締まってる! ますたーの首締まってる!? ますたー、ますたぁァァーーー!!!』


 なんとか転移して、無事に家には帰れました。



******



「えらい目にあった」
『それ全員のセリフだと思います』

 人ってパニックになると、大変だって改めて実感しました。

 あの後、怒った妹にぽこぽこ叩かれた。だってミッドで高いところを思い浮かべたら、首都のタワーの頂上ぐらいしか思いつかなかったんだから仕方がないだろ。さすがにミッドで一番高い、管理局の本局に転移するのはまずいと思ってやめたけど。

「あぁー、それにしても癒されるー」
『ますたーってお風呂とか好きですよね』
「まぁね。というかいつも思うけど、機械なのに風呂場にいて故障しないのか?」
『問題ありません。デバイスにはコーティングがされていますからね。魔導師の戦いで、雨の中や時に水の中で魔法を使う場合もありますから』
「なるほど」

 そういえば、なのはさんが海の中に落ちてもレイハさん起動していたもんな。改めて思うけど、この世界の技術力ってすごいよなー。

 ふぅ…。それにしても身体が冷えたからお風呂に入ることにしたが、正解だったな。芯までぽかぽかしてきた。異世界に転生しても、こういう日本人の精神は受け継がれるものなんかね。

「にしても、アリシア遅いな」
『部屋の方で何かごそごそしていたみたいですね。もう少し時間がかかるのではないでしょうか』

 ……まぁどうせ風呂には来るんだろうし、大丈夫か。ならもう少し湯船を1人で堪能しておくかな。


「しっかし転移したら、少しとはいえ、ラグができるのはなんとかならないかなー」
『連続使用はできないとはいえ、破格のレアスキルだと思いますが』
「そりゃそうだけどさ。でも俺としては、影分身の術ごっことかしてみたかった」
『使い方しょぼッ!』

 うっさい。けど練習はしておくか。もしかしたら発動時間を短縮出来るかもしれないしな。

 日常生活とかなら問題ないけど、もし緊急事態や戦闘が起こってしまった場合、致命的なことになる可能性はないとはいえないんだし。……ん?


「お兄ちゃん見て見て! おもちゃ箱にあひるさんがいたんだよ!」

 アリシアが元気よく風呂場に突入してきた。部屋でごそごそって、お風呂用具を発掘していたのか。妹は黄色いあひるを両手に持って、にこにことこちらに走ってきた。うちの妹も結構風呂好きだから、はしゃいでいるなー。あはは……走ってきた?

「アリシア! 風呂場は滑りやすいから」
「あ」
「あ、じゃねぇぇェエエエェェ!!!」

 お風呂場ではしゃぐのは大変危険ですので、注意しましょう。



「ごめんなさい」
「たく、転移が間に合ったから良かったものの…」
『ますたー背中大丈夫ですか?』

 ちょっとひりひりするけど、大丈夫です。咄嗟にコーラルが防御魔法を展開してくれたから、そこまで痛くはなかった。俺の魔力を使うことで簡易なプログラムの魔法ならば、コーラル単体で発動することが出来る。インテリジェントデバイスさまさま。

「あひるさん、見せたくて…」
「わかったわかった。だから泣かなくていいよ。次からは絶対気をつけること、いいな」
「……うん」

 まぁ2人とも無事だったからいいんだけどね。もし怪我したって母さんが聞いたら、研究とか全部ほっぽり出して駆けつけて来ただろうな。……あぶねぇ、母さんなら絶対に来た。上層部なんて千切っては放り投げていたかもしれない。それはざまぁ。


 アリシアも泣きやんだことだし、俺は妹の髪をシャンプーで洗ってやる。妹はまだ1人でシャンプーができないため、いつも俺がしている。金色に輝く髪は腰よりも長く、アリシア自身もお気に入りらしい。母さんと同じぐらいの髪の長さ。色違いでも、せめて長さぐらいは揃えたかったのかもしれない。

「金髪に赤い目って下手したら厨二病なのに、似合っているよなー」
「むぅ? お兄ちゃんも私と同じがよかったの?」
「そういう訳じゃないんだけどね。金もいいけど、俺は黒色でよかったと思っているよ。アリシアはいやなのか」
「ううん。だってお母さんが太陽みたいって褒めてくれたもん」
「そっか。俺も好きだぞ」

 俺は妹の髪を下から上へ手で動かし、全体的に馴染ませていく。さらに均等に質量をのせていき、タイミングをはかり、バランスを保つ。これを何度も繰り返すことで、綺麗に出来上がるのだ。


「そういえば、アリシアっていつも同じ髪型だけど、変えたりしないのか?」
「んー。私は好きだけど、変えてみてもいいかも」
「じゃあ、今度俺が結んでもいいか?」
「え、お兄ちゃんできるの?」
「ちょんまげなら」

 無言で肘入れられた。バイオレンス。


『……あの、ますたー』
「なんだー、コーラル」
『アリシア様が目をつぶっているからといって、やりたい放題しすぎではないでしょうか』
「え?」
「あっ、待ってアリシア。もうちょっとで完成するから動かないで」

 そして、フィニッシュ! 俺はやり切ったぜ。シャンプーが目に入るのを嫌う妹は、洗っている間は目をぎゅっとつぶっている。しかし、出来上がったと同時におそるおそると目を開いた妹の前には自身を写す鏡。そこには満足そうな俺の姿と、とぐろを巻いた芸術作品があった。

「テテテテーン、バナナアイスクリーム!!」

 無駄に高い声が風呂場に響き渡った。


 丸1日ぐらい、妹が口をきいてくれなくなりました。

 
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