真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第68話 政争の足音の予感
霊帝の勅命を受けた私は議場を後にすると、歩きながら周囲を確認し直ぐ後ろから付いて来る揚羽に目配せをしました。
「正宗様、何か?」
揚羽は私の横に付くと話しかけてきました。
「揚羽、お前は今回の私の任官をどう見る?」
「明らかに何か意図があると思います。陛下は一見暗愚に見えますが、あれは奸臣に惑わされているためにそう見えるだけです。左将軍は九卿に比肩する官職。それに、意味もなく反乱の危険性を孕む将軍位と刺史の官職を兼任させるわけがありません。十中八九、面倒事に巻き込まれるでしょう」
揚羽は真剣な表情で私に言いました。
「任官の際、私も嫌な予感はしていたが……。陛下は私に何をさせようとしているか想像はつく。多分、皇子の世継ぎ争いに私を巻き込む気だな」
私は顔を少ししかめながら、空を見やりました。
「正宗様、御明察です」
揚羽は軽く頷きました。
「ならば、宮中に私がいなければ意味がないのではないか?」
「陛下は正宗様を文武官に影響力を持つ人物にしたいとお考えなのでしょう。正宗様は司隷校尉としての行政手腕は評価されていますが、軍務の実績は皆無です。宮中に上がる前に山賊を討伐していたことは参考程度で評価にならないでしょう。張譲が正宗様を推挙したのが良い例です」
揚羽は前方を見て、大したことではないように言いました。
「私が黄巾賊の討伐に失敗すると思って、張譲は私を推挙したという訳か……」
揚羽から指摘を受け張譲が私を推挙した理由が得心いきました。
「張譲が誤算だったのは、陛下が正宗様に将軍位と刺史を兼任させたことでしょう。ですが、将軍位と刺史を兼任させるのはあながち的外れではないです。これで冀州での兵・糧食の調達はいくらでもできますから、黄巾賊の討伐は楽になると思います」
「だが、分からないことがある。何故、陛下は私に白羽の矢を立てたのだ。忠臣なら俺じゃなくてもいいだろう」
霊帝が私を見込んだ理由が分かりません。
「陛下が正宗様を見込む理由は簡単です。正宗様は正義感熱く、文武に優れていると世に評されています。その上、由緒正しき前漢の皇族です。陛下はこの点を重視されていると思います。後漢の皇族では帝位を脅かされる可能性がありますから。それに今の朝廷にいる前漢の皇族のうち、若く、有能、人格が清廉、荒事に長けた人物は正宗様以外にいません。陛下も正宗様が漢室を滅ぼし、新たな漢を興そうとお考えとは夢にも思っていないでしょう」
揚羽は私しか聞こえないような小声で言いました。
「陛下は今回の任官と黄巾賊の手柄で、私に恩を着せようとしているのか?」
「そうでなければ、左将軍ではなく、雑号将軍でも良かったはずです。軍務の実績のない正宗様に黄巾賊討伐の功を立てさせ、あなた様に貸しを作りつつ、取り込もうと考えるのが自然です」
揚羽の言葉を聴いて、うんざりな気分になりました。
私は宮中の勢力争いは御免被りたいです。
そう言えば史実で霊帝は暗愚な劉弁より、いくらかましな劉協を皇帝したいと思っていたはずです。
そして、霊帝が死ぬ前に宦官の蹇碩に次期皇帝を劉協にと遺言を残します。
彼の死後、蹇碩は彼の遺言を実行すべく動き、劉協即位の障害となる何進を誅殺しようとしますが逆に殺されます。
完璧過ぎる程、死亡フラグ確定です。
事が起きたら真っ先に私が蹇碩の首級を上げねば私の身が危険に晒されます。
「陛下の意図は知らないが、私はこの機会を利用させて貰うだけだ。今回の出征には冥琳を軍師として連れて行く。揚羽は別駕従事に任じておく。機を見て冀州入りして治所の地ならしを頼む。そのとき、兵器工場の職人とその家族、機材全てを星の故郷に秘密裏に運び込め。兵器工場の痕跡は残すことの無いよう十分に気をつけておいてくれ。詳細については帰って詰める」
私は揚羽にしか聞こえないように言いました。
「正宗様、畏まりました。それと先程の後継者争いについてご存知の事があれば、対策を練っておきますので、全て話して置いてください」
揚羽は私の顔を詰問するような目で見て言いました。
「そんな目で見なくても全て話すよ。しかし、同じ刺史であれば、青州刺史にして欲しかったな」
「陛下は正宗様を完全に信用していないのでしょう。青州は正宗様の本貫ですから、危険だとお考えになったと思います。しかし、正宗様は何故、青州に拘られるのですか?」
揚羽は無表情な表情で淡々と話していましたが、急に不思議そうに私に質問しました。
「私が青州に拘る理由は、あそこには火薬の原料となる硝石の鉱床があるからだ」
「そういう理由であるなら、頷けます。銃を使用するには火薬は欠かせませんからね。正宗様が渇望する理由が分かります」
揚羽はウンウンと納得いったように何回も頷いていました。
「大事なことを忘れるところでした。麗羽殿の件は正宗様にお任せいたします」
揚羽はボソッと私が憂鬱になることを言いました。
「確かに……、それは私にしかできないことだな……。揚羽、麗羽の件はお前に頼めないか?」
私は揚羽の表情を伺いつつ言いました。
「無理です」
揚羽は短く言うとソソクサと早足で私の先を行きました。
私が自宅の屋敷に戻ると冥琳が出迎えてくれました。
「正宗様、お帰りなさいませ」
「ただいま、冥琳。陛下から勅命が出て私は左将軍と冀州刺史に任官され、近々、冀州へ黄巾賊討伐に出向かねばならなくなった。お前も来てくれるか?」
「左将軍でございますか? おめでとうございます。従軍の件ですが喜んでお受けいたします」
冥琳は私の任官に驚いた表情になりましたが、直ぐにそのことを喜んでいました。
「冥琳、ありがとう。左将軍の就任の儀式は後日と言われているが、早めに従軍させる人間を決めようと思う。お前に軍師を頼みたいのだが引き受けてくれるか?」
「身に余るお役目ですが・・・・・・。私が司馬懿殿を差し置いて軍師で良いのでしょうか?」
冥琳は揚羽のことを気にしているのか、尻込みをしていました。
「冥琳、気にする必要はない。私が冀州刺史に任じられたので、揚羽には私の名代として引っ越しをやってもらうことにした。だから、このことは揚羽は承知している」
「そういうことでしたら、この冥琳、謹んでお引き受けいたします」
冥琳は凄く嬉しそうに言いました。
「冥琳、ところで揚羽は何処にいる?」
「袁紹殿を呼びに行くと言って出て行かれました」
「そうか・・・・・・」
麗羽にどう説明すればいいのでしょうか?
彼女は虎賁中郎将なので、洛陽を離れるわけにはいきません。
そこの所から攻めてみましょう。
「正宗様、どうされたのです。体の具合でもお悪いのですか?」
冥琳は私を心配そうに表情を伺いました。
「体調は大丈夫。暫く、洛陽を離れることになるので、麗羽が私を大人しく送り出してくれるか心配なんだ」
私の言葉に冥琳は納得したような表情になりました。
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