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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第二十一話 後


 時空管理局の人たちの話し合いも終わり、本格的な調査は明日から、ということで帰宅した僕は、親父を抜いた家族全員で晩御飯を食べていた。ちょっと前なら僕と母さんだけの寂しい食卓だったが、今はアリシアちゃんとアルフさんを加えた四人で食事しているため、寂しいというような雰囲気はない。ちなみに、秋人は昼間の散歩で疲れたのか、今は部屋で寝ている。

 座っている位置は、長方形の四角いテーブルに対して、長い一辺にアリシアちゃんとアルフさん、その正面に僕。短い一辺に本来なら親父、もう片方に母さんが座っている。

 アルフさんは目の前の食事をがつがつ食べ、アリシアちゃんが楽しそうに今日のことを話してくるのを聞きながら、そういえば、とふとあることを思い出していた。

「ねえ、母さん、今年のゴールデンウィークは特に用事はなかったよね?」

「そうね。まだ、秋人が小さいから今年も無理でしょうね」

 去年よりも大きくなったとはいえ、まだ秋人は一歳半ぐらいだ。そんな秋人をどこかに連れて行くのは無理があるだろう。いや、連れて行けるかもしれないが、本当に楽しめるかどうかは疑問である。だから、どこかに行く予定はなし、と。

 その後にチラリとアリシアちゃんのことを見たのは、彼女のことも考えてだろう。まだ、この家に着てから一週間も経っていないのだ。本人と話しているとそんなことは忘れてしまいそうなぐらいに馴染んでしまっているが。そんな彼女を慮れば、いきなり家族総出でどこかに出るよりも家で親睦を深めたほうがいいのだろう。

 しかし、よかった。もしも、何か予定を立てていたら、計画が崩れるところだったから。

「それで、ゴールデンウィークにアリサちゃんの家族から温泉旅行に行かないか、って誘われてるんだけど、行ってもいいかな?」

「アリサちゃんって、何度か家にきた女の子よね?」

 アリサちゃんとすずかちゃんは一応、母さんとは面識があった。過去に家に何度か遊びに来たときに顔を合わせているからだ。僕の家に来る友人は多いもののアリサちゃんの名前は、友人たちの中でも海外風ということもあって覚えていたのだろう。

「そうだよ」

「ご迷惑じゃないかしら?」

「一応、電話してみる?」

 流石に、他の家庭にお世話になるのに子どもだけの話で進めるのは拙いだろう。お世話になるのだから保護者同士の会話はどちらにしても必要だろう。アリサちゃんのお母さんは経営者で急がしいとは聞いていたが、夜に帰ってこられないというわけではないらしい。時々、一緒にご飯を食べているという話も聞いたことがある。だから、アリサちゃんに電話すれば、取り次いでもらえるだろう。

「そうね、後で電話してみましょう」

 話をしてくれるということは、どうやら反対ではないようだ。

 母さんの反応を見て、僕はほっと胸をなでおろした。アリサちゃんのあのときの顔をみれば、とてもじゃないが、行けないとは口に出せなかったからだ。電話の内容如何では、反対される可能性も考えたが、そもそも、誘ってきたのはアリサちゃんのほうなのだ。両親に対しても説得ができていると考えるのが妥当で、母さんが言い出したのも礼儀的な意味だろう。

「ねえ、お兄ちゃん、温泉ってなに?」

 僕がそんなことを考えていると、ご飯を食べながら僕と母さんの会話を聞いていたアリシアちゃんが不思議そうに聞いてきた。

「ん? ああ、アリシアは知らないのかねぇ? 大きなお風呂のことさ」

「へ~、大きなお風呂かぁ」

 アルフさんの言葉からきっと僕の家のお風呂をそのまま大きくしたような光景を思い浮かべているのだろう。

 本当なら僕が答えようと思っていたのだが、それよりも先にアリシアちゃんの隣に座っているアルフさんが、アリシアちゃんに答えていた。それを聞いたアリシアちゃんは何かを感心したような声を上げていた。アリシアちゃんが知らないのは、管理世界という別世界から来たからと思っていたが、それよりも、アルフさんが知っている事実に少しだけ驚いた。

「ねえ、お兄ちゃん」

 やけにきらきらと期待の篭った視線で僕を見つめてくるアリシアちゃん。それだけで、次の言葉が容易に想像することができたが、言葉を割るのも悪いと思い、そのまま続く言葉を聞く。

「私も、行きたいなぁ~」

「それは、無理」

 アリシアちゃんの言葉は予想通りすぎて、僕は間髪いれずに不許可の言葉を口にした。が~ん、とでも言いたそうにコミカルにしょげるアリシアちゃんを見て、少しだけ罪悪感に駆られるが、こればかりは仕方ないことである。

 もしも、これが僕らだけで立てた個人的なもの―――小学生という身分を考えると到底不可能だが―――であれば、アリシアちゃんを連れて行くという選択肢がありえるかもしれない。だが、今回の旅行は、アリサちゃんの家族旅行におまけで連れて行ってもらえるようなものだ。とてもじゃないが、アリサちゃんに対して、アリシアちゃんもお願いできませんか? なんて、ずうずうしいことはいえない。

 それに、温泉旅行ということは、どこかの旅館なのだろう。それを考えると子どもひとり分とはいえ、今更、一人増やすというのは不可能だろう。そういった事情を考えるとアリシアちゃんが僕と同行することはほぼ不可能だといえる。

「え~」

 そんな事情が分からないアリシアちゃんは不満の声を漏らす。しかし、不可能なものは不可能なのだ。さて、どうやって納得させるか? と考えているところに母さんから助け舟が入った。

「アリシアちゃん、ショウちゃんと一緒に行くのは無理だけど、母さんと一緒に銭湯に行きましょうか?」

「銭湯?」

「温泉じゃないけど、大きなお風呂のことよ」

 海鳴には公衆浴場という形で一つだけ大きな銭湯があった。仕事帰りや海辺をランニングして汗をかいた人たちをターゲットとしているらしく、客入りはそれなりだと聞いている。母さんは温泉の代わりにそこへ行こうといっているらしい。もっとも、正確にいえば、温泉と銭湯では、色々異なる部分が多いのだが、アリシアちゃんは、大きなお風呂という説明の部分に興味があったらしい。

 少しだけう~ん、と考えていたかと思うとすぐにぱあ、と顔を輝かせると、うん、と大きく頷いた。

 どうやら、彼女の中で、僕と母さんを天秤にかけた葛藤はどうやら母さんの方に軍配が上がったらしい。

 それはそれで、悲しいものがあるというか、なんというか、という感じであるが、あのまま、ごねられる、あるいは、最終的に泣かれるよりもいいか、と自分を納得させ、丸く収まったことを喜びながら、残りの晩御飯に手をつけるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 僕となのはちゃんがジュエルシードの捜索に協力するようになって三日が経過した。

 世間ではすっかりゴールデンウィークに突入し、僕たちの学校も9日という長い長い休暇に入った。この休暇に入る直前にアリサちゃんからは温泉旅行を絶対に忘れるな、と釘が刺されるし、夜には必ず一回メールが入ってくる。幸いなことにアリサちゃんとのお母さんと僕の母さんとの電話会談は円満に終わったらしく、快く了承を貰っている。

 さて、世間では行楽地が賑わっている、高速道路が渋滞している、新幹線の乗車率が100%を越えているなどの情報がニュースを賑わせている最中、僕たちは、というと――――

「おい、そっちいったぞっ!」

「任せろっ! オラオラオラッ!!」

「って、全然利かねえ……」

 僕の目の前で、大きな怪鳥を相手にするためにバリアジャケットに身を包んだ3人の武装隊の人たちが、空を飛びながら魔法をぶっ飛ばしていた。さながら、映画の怪獣大決戦のようだ。

 場所は、海鳴市の端の方に位置する森林地帯。そこでジュエルシードの反応を見つけた僕となのはちゃんは、武装隊の人たち6人とユーノくんと一緒に出撃していた。本来なら、暴走する前のジュエルシードを相手にする予定だったのだが、鳥の巣にあったジュエルシードを手にする直前に巣の主にその現場を目撃され、怪鳥が召還されてしまったのだ。

 ユーノくんの見立てでは、僕たちは宝物を横取りする敵と認識されたらしく、力を求めたため、怪鳥に進化してしまったらしい。野鳥なだけに本能に忠実であるらしく、比較的願いに添う形でジュエルシードが暴走してしまったようだ。今は、それを何とかするために前衛の3人の武装隊の人たちが頑張ってくれている。

「ショウ、次に動きが止まったときに一気に行くよ」

「分かったよ」

 僕は、ユーノくんの言葉に従って、タイミングを見定めるために僕のデバイスになって三日目の支給用ストレージデバイスをぎゅっと握った。

 この怪鳥退治の作戦は至ってシンプルだ。3人でかく乱し、動きが止まったところで、同じく3人のチェーンバインドで拘束。そして、最後は、僕たちの後ろで待機しているなのはちゃんの封印砲撃魔法で封印するというものだ。ちなみに、なのはちゃんには、武装隊の人が2人護衛としてついている。いや、力量で言えば、必要ないのかもしれないが。

 そんなことを考えている間に、連係プレイで怪鳥を上手いことかく乱していた武装隊の人たちの魔法弾の一発がいい具合に急所に入ったのか、怪鳥が一瞬、よろけて動きがとまった。

 その隙を見逃すほどユーノくんの判断は甘いものではなかった。

「今だっ!!」

 チェーンバインド、という拘束用の魔法を発動させる引き金を三人同時に唱和する。それと同時に怪鳥に向かって七本の鎖が飛ぶ。一本は白い魔法色、三本は翡翠色、三本は青色だった。それらは狙いを違うことなく、僕たちの呪文と同時に退いていた武装隊の人たちの近くを通って、目標であった怪鳥に絡みつく。まさしく雁字搦めという言葉のまま、ギャァァァァァといかにも怪鳥という声を上げて怪鳥がもがくが、さすがに五本のチェーンバインドを振りほどけるほどの力はないようだった。

「なのはちゃんっ!!」

 この隙を逃すわけにはいかない。

 僕は後ろを振り向き、後方で待機しているなのはちゃんに声を送る。振り返ったときに見えたいつもの白い聖祥大付属の制服のようなバリアジャケットに身を包んだなのはちゃんは、待っていました、といわんばかりに今まで集中のために瞑っていた目を開き、くるくるとレイジングハートを回すとその杖先をもがく怪鳥へ向ける。

「ディバィィィィン――――」

 杖先で桃色の環状魔方陣が魔力の増幅と加速を行い――――次の瞬間、その杖先からなのはちゃんの必殺の一撃が、光の濁流となって放出された。

「バスタァァァァァッ」

 光の奔流は、僕たちの真上をすごい速度で駆け抜けたかと思うとそのまま、寸分違わずチェーンバインドで拘束されていた怪鳥を貫く。なんだか、なのはちゃんのディバインバスターに貫かれる直前、怪鳥のもがき具合がより一層激しくなったような気がするのは、怪鳥もあの魔法の威力を悟っていたからだろうか。

 それは、ともかく、貫かれた怪鳥は、なんの抵抗をすることもできず、その巨体からジュエルシードを吐き出すと、おそらくもともとの大きさであろう鳥に戻り、そのまま、森に落ちていく。そのまま、落ちれば鳥にとって見れば大惨事だろうが、攻撃役だった武装隊の人たちの一人が鳥を上空でキャッチするとジュエルシードが入っていた巣の中へと戻していた。

 一方、怪鳥から吐き出されたジュエルシードは、まるで持ち主に従うように吸い込まれるようになのはちゃんの傍へと移動し、レイジングハートの宝石の部分に飲み込まれていった。

 なにはともあれ、これで封印完了である。

 僕は、やったね、という意味をこめてなのはちゃんに近づいて右手を高く上げると、今回はなのはちゃんも分かってくれたのか、にぱっ、という笑顔を浮かべると僕と同じように右手を高く上げるとパチンとハイタッチを交わすのだった。



  ◇  ◇  ◇



「ご苦労様。今回も上手く行ったようだね」

 僕たちがアースラの管制塔へ帰ると、それを待ち構えていたようにクロノさんがいて、僕たちの苦労をねぎらってくれた。

 あの事件から四日経っている現在、クロノさんも段々と魔法が使えるようになっているらしい。まだ本調子じゃないから、フルスロットルで魔法を使うわけにはいかないだろうが。

「お疲れさま。今回も上出来よ」

 クロノさんの後ろに立っていたリンディさんも僕たちをねぎらってくれるが、正直言うと、あまり疲れたという感覚はない。

 なぜなら、僕がやったことは、後ろのほうで見守り―――飛行魔法は、三日でなんとか覚えられた。幸いにして適正があったらしい―――ユーノくんの指示でチェーンバインドを一本だけ発動させただけだ。ユーノくんやもう一人の武装対の人たちとはどうしても見劣りしてしまう。そして、今回の作戦の中で一番危険なのは前線の武装隊の人たちだろうし、一番の肝は、封印魔法が使えるなのはちゃんだ。だからこそ、お疲れさまといわれても、あまりストンと胸に落ちないのだろう。

 そのようなことをリンディさんとクロノさんに伝えてみると、クロノさんとリンディさんは苦笑し、隣で聞いていたなのはちゃんは頬を膨らませていた。

「そんなことないよっ! ショウくんは、すごいもんっ!」

「え、いや……」

 あんな怪鳥を一発で封印できるような魔法を軽々と使えるなのはちゃんに言われても、と思うのだが、彼女の迫力に思わず納得してしまいそうになる。しかし、一部の冷静な部分が、そんなことないから、と彼女の言葉を否定することでなんとか平静を保つことができた。

 ふぅ、と落ち着くためにため息を吐いているとクロノさんがとんでもないことを口にした。

「いや、なのはさんの言うこともあながち間違いじゃない」

 僕の今の魔法の師ともいえるクロノさんが、なのはちゃんの言葉を肯定する。

「管理世界に来たことがない君は分からないかもしれないけど、いくら過程を飛ばし、デバイスの力を借りたからと言って、魔法を学び始めて一ヶ月で、そこまで魔法が使えるようになっているのはすごいよ」

 そうなのだろうか? 僕の見本がなのはちゃんしかいないから、できて当然という感覚が強かったが、どうやらそれは間違いらしい。クロノさんたちの世界で見てみれば、もしかしたら、僕も才能がある部類なのかもしれない。

「それに武装隊の人たちは専門の学校を卒業して、現場に何年も経っているような人だ。君が彼らと同等の働きをするようなら、彼らの立つ瀬がないだろうね」

 だから、悩むことはない。君は僕からみればよっぽど上出来だ、と現場に立っているクロノさんに言われて、ようやく、そんなものか、と思うことができるようになった。

「さて、それはともかく、ちょっと来てくれないか?」

 管制塔のテレポーターの近くに立っていた僕たちだったが、管制塔の奥―――エイミィさんが座っている大きなモニターがある場所へと場所を移そうとしているのだろう。リンディさんを先頭にして移動を始めた。そのちょっとした合間に僕はふと思い立ったことがあって、少し早足でクロノさんの隣に並ぶと、少し後ろを歩いているなのはちゃんに聞こえないように小声でクロノさんに問う。

「あの僕で上出来なら、なのはちゃんはどう表現できるんでしょうか?」

 すでにジュエルシードを封印できるような魔法が使え、クロノさんたちが来るまでにジュエルシードと同等に戦い、アリシアちゃんとも戦って、返り討ちにし、さらには大人モードになれば、クロノさんさえ圧倒してしまう実力の持ち主だ。クロノさんがなのはちゃんをどう表現するのかな? と単なる興味を抱いて聞いたのだが、僕がそう尋ねた瞬間、クロノさんは少し引きつった笑みを浮かべて、僕に答えてくれた。

「そ、そうだね、なのはさんを表現するなら―――非常識かな?」

 非常識―――なるほど、確かに僕のレベルで上出来というのであれば、彼女はもはや天才の域を超えているのだろう。彼らの常識が一切通用しない存在であるが故に非常識と称することになる。人につけるにはあまりにあれな内容ではあるが、思わず納得してしまうほどの説得力があるから不思議である。

「さて、これを見てください」

 僕がクロノさんのなのはちゃんに対する評価を吟味している間に全員がモニターの前についてしまった。モニターの前についたクロノさんは、僕の質問を振り払うように首を振るとエイミィさんに視線を合わせ、みんなの注目を集めるように手を振り、モニターへと注意を向ける。

 クロノさんの声と同時に映し出されたのは、海鳴市の地図といくつかの光点。その光点の数は15.現在集まっているジュエルシードの数と同等だった。あと、おそらく僕たちが捜索した範囲なのだろう。オレンジ色に塗りつぶされた部分が広範囲にわたって存在していた。

「翔太の地図の協力により、ジュエルシードの早期の発見に成功しました。残るジュエルシードは6つ。しかし、計算から鑑みるにジュエルシードはこの範囲以上から出ていることは考えにくい」

 モニターの海鳴市の地図に大きな円弧が描かれ、赤く塗りつぶされる。それは、海鳴市の中心街を中心としており、外円は、森林地帯から海の部分も大きく塗りつぶされていた。

「よって残りのジュエルシードは海の中と考えられます。しかし、地表部分と違って海の中は魔力探査が通りにくいので、少し時間が必要です。しかも、一つ一つでは効率が悪いのでここで一気に6つを見つけることにします」

 海の中のジュエルシードをどうやって封印するのか興味が湧いたが、それはどうやら後回しになりそうだった。まさか、なのはちゃんの砲撃魔法で海上から力ずくで封印するわけではないだろうから。

「これからの方針は以上です。なにか質問は?」

「しばらくってどれくらい必要なんですか?」

 僕が一番知りたいのはそこだった。今日は、9日しかないゴールデンウィークの初日だ。アリサちゃんとの温泉旅行を考えると一週間以上、かかるといわれると非常に困った事態になってしまう。

「そうだね。アースラの機能を全部探索に使うだろうから遅くとも二日後には見つかるはずだよ」

「そうですか」

 クロノさんの答えに僕は安堵の息を吐いた。二日なら余裕で終わっているはずである。ゴールデンウィークの宿題はすでに終わっているし―――配られるのはゴールデンウィーク前なので、休みに入る前に終わらせた―――温泉旅行まではゆっくりできるだろう。

「他に質問もないようですので、今日はこれで解散します。お疲れ様でした」

 お疲れ様でした、とその場の全員が重なって、僕たちはその場から解散した。

「ショウくん」

 ジュエルシードの捕獲に向かっていた全員が解散、あるいは、それぞれの役割に戻った後、なのはちゃんが僕に話しかけてきた。本来なら、この時間はクロノさんによる魔法訓練が入っていたのだが、今日はジュエルシードの捕獲が三件も入ったので中止となった。よって、訓練の後に入っていた予定を前倒しにしたのだ。

「分かってるよ。場所は……食堂を借りようか?」

「うんっ!」

 これから入っていた予定というのはなのはちゃんのゴールデンウィークの宿題を教えることである。なのはちゃんの成績は、理数系は極端にいいのだが、逆に国語や社会といった文系はお世辞にもいいとはいえない。本を読むのに何でだろう? とは思うのだが、悪いのだから仕方ない。それに同じクラスになるために協力するといったのは僕だ。教えて、と言ってくるなのはちゃんの願いを断わる理由はどこにもなかった。

 それになのはちゃんは文系科目が悪いとはいえ、第二学級だ。教え甲斐のない生徒などではなく、むしろ教え甲斐のある生徒だったため、僕も少しなのはちゃんに宿題を教えるのが楽しくなっていた。やはり、自分が教えることで、誰かが物事を理解してくれるというのは嬉しいものである。

 さて、今日はどんなことを教えようかな? と考えながら、僕となのはちゃんはアースラの食堂に向かうのだった。



  ◇  ◇  ◇



 ちゃぽん、という音共にラウンドガーターという360度包囲型の防御魔法に包まれた僕たちは海の中へと沈んでいった。目標は、この真下の海底にあるはずのジュエルシードだ。

 海底の捜索から二日経過した今日。クロノさんの言ったとおり、6つのジュエルシードが海底から発見された。反応からすると間違いないようだ。それらを封印するために僕たちは、シャボン玉に包まれるような形で防御魔法を展開して海底へと向かっていた。本来であれば、武装隊の人かユーノくんが防御魔法の役割だったのだが、封印魔法を使うなのはちゃんが僕を推薦したため、僕が出ることになった。

 万が一を考えれば、僕ではないほうがいいのだが、万が一がおきれば、なのはちゃんが何とかできるため、僕でもまったく問題がないようだ。それに水深などから考えれば、武装対の人では少し不安があり、ユーノくんは万が一のために海上に待機してもらっている。いざとなったら転移してもらうのだ。

 そんな万全な体制で、僕たちは今、海底への小旅行を楽しんでいた。海ならば水着になるのが妥当なのかもしれないが、目的が目的であるだけに僕は武装隊のバリアジャケット、なのはちゃんも聖祥大付属の制服のようなバリアジャケットに身を包まれたままだ。もっとも、旅行と言ってもアースラによる封時結界に包まれたこの海域は僕たち以外の生物はいないので海の景色しか楽しめないが。加えて、海という壁が海上の音も消してしまい、隣のなのはちゃんの呼吸する音すら聞こえてきそうなほどに静かだった。まるで、この世界には僕となのはちゃん以外には誰も存在しないようだった。

「なんだか、二人だけの世界みたいだね」

 僕がそんなことを考えていたからだろうか、あるいは、なのはちゃんも似たような感想を抱いていたのかもしれない。不意に、なのはちゃんが僕に向けて、何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべて言う。

「そう、だね」

 僕も似たような感想を抱いていたから、なのはちゃんの感想には頷くしかないのだが、なのはちゃんの嬉しそうな満面の笑みと違って、僕は嬉しいというよりも寂しいというような感情を持っていたので、なのはちゃんへの返事は歯切れの悪いものになってしまった。それを疑問に思ったのだろうか、なのはちゃんは少し小首をかしげて不思議そうに僕に尋ねてきた。

「どうしたの? ショウくんは、こんなのは嫌?」

「う~ん、嫌というわけじゃないけど……寂しいよね」

 なのはちゃんと二人だけになることは、最近は多いような気がする。勉強するときだって、なのはちゃんの部屋を使うこともあるし、勉強の後にクロノさんとは別に魔法の練習をすることだってある。そのときは、なのはちゃんとは二人きりだ。だが、二人きりというだけで、周りに誰もいないか? といわれるとそうではない。あくまでも二人だけの空間というだけで外には生活音に溢れている。だが、今のこの世界は、本当に二人だけの世界のようで、僕たちの他には気配も音もない。本当に二人っきりの、二人だけの空間だ。それは、いつも音に溢れている僕からしてみれば、とてもとても寂しい気分になってしまうのだ。

「……そうなんだ」

 僕の答えに少しだけ、残念そうに、しかし、何かを考えるような表情をするなのはちゃん。

 なのはちゃんにとって僕は初めての友達だ。しかも、一年生の頃から数えて初めてだ。つまり、丸々二年間でようやく得た成果とも言える。人なので成果というのは微妙だが。だからこそ、僕を手放したくないと考えるのも自然な流れだろう。つまり、なのはちゃんはこの状況を肯定してもらいたかったのかもしれない。

 その感情は今は仕方ないのかもしれない。求めていたものを手に入れれば、手放したくないのは当然だから。だが、それも今だけだろう。他に友人もできれば、その感情が向かう先が僕以外にも出てくる。そうなれば、きっとこんなことを考えることもなくなるはずだ。

「さあ、さっさと片付けてしまおう」

 残りは6つもあるのだ。さっさと片付けてしまわないと日が暮れてしまう。今は太陽が南中する直前だ。日が暮れた海には流石に潜りたくない。そんな僕の思いが通じたのか、先ほどまで思案顔になっていたなのはちゃんも笑みを浮かべてくれた。

「うん」

 それから、数時間後。僕たちは海底に沈んだ6つのジュエルシードを無事に封印することに成功し、ゴールデンウィークの中日である今日の夕方になのはちゃんのレイジングハートのジュエルシードを除けば無事に21個のジュエルシードの蒐集が終わったのだった。



  ◇  ◇  ◇



 ジュエルシードの蒐集が終わった日の夜。僕は、いつものように母さんが寝ている部屋に僕とアリシアちゃんとアルフさんで一緒に布団に入っていた。アリシアちゃんが真ん中の歪な形の川の字だ。最初の頃は、なんとなく後ろめたい気持ちがあったが、今ではもはや慣れてしまった。僕の部屋の存在意義は何なのだろう? と考えてしまうことがある。たまには部屋のベットも使ってやらないと、と思う。

「ねえ、アリシアちゃん」

「なに? お兄ちゃん」

 半分寝ぼけ眼になっていたアリシアちゃんに僕は話しかける。それは、不意に思いついたことだった。

「明日のお昼にちょっとしたパーティーをやるんだけど……アリシアちゃんも来る?」

 ジュエルシードを無事に収集し終わった記念の打ち上げのようなものだ。海岸で行うバーベキューがメインで、食材は月村家の人たちが集めてくれるらしい。武装隊の人たちも皆が集まって行うちょっと大規模なものだ。

 ただ、確かに全部終わったのだが、一つだけ、気にかかっていることは、アリシアちゃんのお母さんであるプレシアさんのことであるが、ジュエルシードを集めている間、まったく手を出してこなかった。下手をすると最後のジュエルシードのときに手を出してくるのではないか、とドキドキしたが、その襲撃もなかったため、アリシアちゃんを手放した以上、手札がなく諦めたのではないか? というのがリンディさんたちの見方だった。もっとも、気を抜くつもりはまったくなさそうで、すべて揃ったジュエルシードは20個をまとめてアースラのロストロギア専用の保管庫に収納された。その部屋は魔法防御、物理的防御がともに生半可のものでは破れないらしく、リンディさんは自信を持って大丈夫と胸を張っていた。ここはリンディさんを信じるしかないだろう。

 僕が悩んでいるのを余所に、アリシアちゃんは、少し考えた後、にぱっ、と太陽のような笑みを浮かべるとと元気に答えてくれた。

「うん、行くっ!」

 アリシアちゃんの答えを聞いて、アルフさんが微笑ましいようなものを見るような笑みを浮かべていた。アリシアちゃんの答えを聞いて僕は、安心していた。明日のパーティーには、父さんや母さんたちも呼ばれているのだ。だから、アリシアちゃんだけが残るわけにはいかない。

 それに、なのはちゃんと年齢が近いアリシアちゃんを紹介するいい機会だと思ったのだ。すずかちゃんは失敗してしまったが、アリシアちゃんなら、僕の妹というだけで、特に心配がなさそうだった。確かに襲ってきたという過去があるが、それは今のアリシアちゃんではない。そのことさえ、なのはちゃんに言って聞かせれば、アリシアちゃんが僕以外の初めての友人になれる可能性もないわけではないだろう。

「それじゃ、今日はもう寝よう。明日に差し支えるといけないからね」

「うん」

 もともと、彼女は眠かったのだろう。僕の言葉に素直に頷くと同時にうとうとと瞼を閉じ始めていた。僕はそれを微笑ましい小動物を見るような気分で見守っていたのだが、不意にアリシアちゃんの向こう側に同じように寝ていたアルフさんの耳がぴくぴくと動くとがばっ! と起き上がって部屋のある一点を睨み始めた。

「どうしたの?」

 突然の行動に驚いた僕はアルフさんと同じように身体を起こして聞いてみる。だが、アルフさんは、僕の方向を向くことはなく、警戒するようにある一点を見つめたまま、鋭く叫んだ。

「翔太っ! フェイトを抱いて下がってっ!!」

 ガルルルルと彼女が本来の姿である狼のように吼え始めたのを見て、僕は尋常ではない事態になることを悟って、眠そうにしているアリシアちゃんを抱いて、アルフさんの後ろに庇われるような位置に移動した。

 それと同時にアルフさんが睨んでいたある一点が、蜃気楼のようにゆがみ、紫色の魔力光によって部屋が包まれる。その魔方陣はクロノさんとの魔法の練習中に見たことがあった。僕の記憶が確かであれば、ユーノくんが実演してくれた転移の魔方陣だ。僕がそれを確信すると同時に、転移の魔法で転移された人物が姿を現す。

「こんばんはぁ」

 魔方陣から出てきたのは二人。一人は、紫の髪の毛を腰の辺りまで伸ばし、露出の高い服に身を包んだ女性。魔女という言葉を体現したような女性だった。そして、もう一人はその魔女に仕えるような形で半歩後ろに立っていた猫耳を生やした女性だ。

 魔女のような女性は、にぃというような意地の悪い笑みを浮かべたまま、僕を庇うように立っているアルフさんを一瞥すると面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「あら、ゴミの使い魔じゃない。どこかで野垂れ死んでいるかと思ったのに、こんなところで生きているとはね」

 ゴミ? どこかで、聞いたことがあるような表現だな……、と僕が思い出していると、突然、僕の胸に抱かれているアリシアちゃんが、自分自身を抱くようにきつく両手で抱きながらガクガクと病気のように震えている。

「ど、どうしたの? アリシアちゃんっ!?」

 突然、現れた女性も気になったが、それよりも、義妹であるアリシアちゃんのほうが気になった。明かりの少ない僕の部屋ではあるが、それでもはっきりと分かるぐらいにアリシアちゃんの顔は真っ青になっていた。しかも、眠そうにしていた目は今でははっきりと見開かれ、何かを呟いている。

 何を呟いているのか、と耳を寄せようとしたのだが、それが許されることはなかった。

「……アリシアですって? 坊や……今、それをアリシアと呼んだの?」

 心臓が止まりそうなほどの怒気を僕に浴びせながら、魔女の女性は問う。だが、僕には彼女の問いに答えられなかった。答えられるほどの余裕を持つことができなかった。アルフさんが庇ってくれているにも関わらず、それを物ともしない彼女の怒気が酷く恐ろしかった。

「坊や、それをアリシアと呼ぶの? 巫山戯ないでっ!! それは、ゴミよっ!! アリシアにも、人形にもなれなかったただのゴミっ!」

 僕には、彼女が何を言っているか、分からなかった。だが、魔女の言葉を聞いてさらにアリシアちゃんの震えが大きくなった。さらに自分を護るように二の腕まで回された手は自分を逃がさないようにきつく握られており、爪が食い込んだのかそこから血が流れ始めていた。しかも、呟いていた声が少し大きくなっていた。

「違う違う違う違うちがうちがうちがう、わたしはゴミなんかじゃない、贋物じゃない、捨てられてない、わたしはアリシア。フェイトじゃない、アリシアだ。お兄ちゃんの妹でアキがいて、アルフがいて、母さんがいて、わたしは、わたしは、わたしは……」

「バカを言うなっ!! おまえはアリシアなんかじゃないっ! あなたはただのゴミっ! 贋物にすらなれなかったただのゴミよっ!」

 アリシアちゃんの呟きが聞こえたのか、魔女の女性はアリシアちゃんの自己催眠のような呟きをかき消すような形相と声で、アリシアちゃんの声を否定する。アリシアちゃんのすべてを否定するように彼女は叫ぶ。

「あ、あ、あ、あああああああああああああっ!!」

 ぽろぽろと涙を流しながら、魔女の言葉に耐えるように叫ぶアリシアちゃん。僕はその姿を見ていられなくなって、思わずそのままアリシアちゃんを抱きしめた。だが、彼女は叫ぶことをやめず、僕にはどうしようもなかった。

「糞婆ぁぁぁ!!」

 彼女の言動が許せなかったのか、僕たちを護るように立ちはだかっていたアルフさんが動いた。そのしなやかな動きは、まるで狼が得物を仕留めるときのようにすばやいもので、誰も反応できないと思っていた。当の本人である魔女でさえ。しかし、この場にはもう一人いることを僕はすっかり忘れていた。

「チェーンバインド」

 その声と同時に黄色の魔力光の鎖に縛られるアルフさん。その魔法は間違いなくチェーンバインドだった。アルフさんもそれから逃れようともがくが、その鎖が外れることはなかった。

「アルフ、無駄ですよ。あなたに魔法を教えたのは誰だと思っているのですか?」

「リニス……あんた……」

 どうやら、従者のようにしたがっていた猫耳の女性は、リニスという名前らしい。しかも、アルフさんと既知のようだ。一体、どういう関係なのだろうか? と考えていたが、どうやらそんな暇はないようだった。

 チェーンバインドで繋がれたアルフさんを尻目に魔女が近づいてくる。

「そうそう、ゴミのことなんてどうでもいいのよ。本当の用事は、貴方なのだから」

「僕には、あなたに用事なんてありませんよ」

 彼女の用事はどうやら、僕らしい。僕は必死に抗おうとするが、恐怖に怯える本能の下にある冷静な部分では、彼女に抗うことは無駄だと判断していた。

「そう、でも、あなたの意思なんて関係ないの」

 すぅ、とリニスと呼ばれた女性に目配せすると彼女は、僕に近づいてきた。逃げようとするが、胸に抱いているアリシアちゃんを放すわけには行かない。よって、殆ど逃げられもせず、僕は彼女に首根っこをつかまれ、片手で持ち上げられる。僕がアリシアちゃんを抱いていた腕も、彼女の細腕からは考えられないほどの力で無理矢理振りほどかれた。

 僕に抱かれたアリシアちゃんは、ガタガタと震え、虚ろな目をしながら、ちがう、ちがうと壊れたテープレコーダのように繰り返すだけだった。

「翔太っ!!」

 アルフさんが叫ぶが、彼女たちはそれを意に返さない。僕も暴れるが、リニスさんの腕から逃れることはできそうになかった。

「申し訳ありませんが、少し大人しくしてもらえますか?」

 逃げられないとはいえ、うっとおしかったのか、その言葉の直後、アルフさんと同じようにチェーンバインドで僕も芋虫のように拘束されてしまった。

「さあ、もうここに用事はないわ。帰るわよ」

「はい」

 彼女の言葉と同時に僕たちの真下に彼女たちが出てきたときと同じような魔方陣が展開される。おそらく、これも転移の魔方陣だ。もしかして、どこかに連れて行かれるのか? と恐怖に駆られる僕を見て、魔女は、何か面白いことを思いついたように笑い、ゴミと呼んだアリシアちゃんの方に視線を向ける。

「ああ、そうそう。これでもう本当に会うこともないでしょうから言っておくわ」

 そういうと話を聞いていないだろうアリシアちゃんに向かって、魔女は意地の悪い、アリシアちゃんが壊れることが本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら、崩落の呪文を唱えるように口を開いた。

「おまえのことなんて、最初から大嫌いだったのよ」

 その魔女の言葉に反応して、アリシアちゃんは大きくビクンと身体を震わせると、虚ろだった目を見開く。

「あっ、あっ、あっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああっ」

 まるで壊れる間近の断末魔のような絶叫。それほどの不安に駆られるような声だった。

「フェイトっ!」

「アリシアちゃんっ!」

 呼ぶ名前は違えど、心配するような声が彼女に向かって僕とアルフさんの声が同時に飛ぶ。

 くそっ、と思わず悪態ついてしまう。

 こんなときに魔法を使えない僕が歯がゆい。今日のジュエルシードの探索で殆どの魔力を使ってしまったのだ。いや、正確にはあるのだが、これ以上、魔法を使っても発動しないだろう。デバイスがあったとしても同様だ。だが、なんとか抜け出そうと身体を動かすのだが、これも上手くいかない。アルフさんも同様に抜け出そうとしているが、やはりリニスと呼ばれた女性のチェーンバインドが解けることなかった。

 一方、魔女は、僕たちの行動が相当不快であるように顔をしかめていた。

「リニス、ゴミをアリシアと呼ぶような口は閉じてしまいなさい」

「はい」

 その声と同時に僕は、首筋に強い衝撃を受る。

 首筋から受けた衝撃は綺麗に脳を揺らしたのか、ものすごい眠気が襲ってきたように瞼が重くなってしまった。だが、それでも目の前で絶叫を上げ続けるアリシアちゃんを心配する。

 ありしあちゃん……。

 だが、結局、僕にはどうすることもできず、アリシアちゃんの断末魔のような絶叫を聞きながら、意識を一気に闇の中に落としてしまうのだった。

 
 

 
後書き
 プレシアさん、忘れた頃に登場。 
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