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無印編
第九話 裏 (高町家、なのは)
時刻は、子供の寝静まった真夜中。高町家のリビングでは、末妹のなのはを除いた全員がリビングに揃っていた。
「それでは、第五十回高町家家族会議を始める」
議長は、父親の高町士郎。書記は桃子だ。桃子の前にはB5のノートが広げられている。
大体、週に一回開かれている高町家家族会議もこれで五十回目。議題は、もちろん、末妹の高町なのはについてだ。
ゴールデンウィーク前は見守るという結論で落ち着いていたのだが、如何せんそれからなんの進展も見せない。もしも、なのはが自力で友人を作れればよかったのだが、その影も見られない。平日に帰ってくる時間は早いし、休日も外には出ているものの誰かと遊んできた気配もない。ただ、なのはの部屋の本は増えているような気がする。
さすがに二週間も過ぎると、このまま座して待っているわけにはいかない、とまず父親の士郎と母親の桃子が立ち上がった。彼らがなのはに手を出せないのは、どうしていいのか分からないから。ならば、分かる人間に聞けばいい。簡単な結論だった。
桃子の母親ネットワークも考えられたが、一度、母親たちに情報が流れるとそのネットワークを介して際限なく尾びれ背びれついて流れる可能性がある。それがなのはにとってプラスに働くか、マイナスに働くか桃子には判断できないため、そう簡単には聞くことはできなかった
ならば、専門家に聞くしかないだろう。幸いなことに士郎のかつての仕事の関係上、病院関係にはつてが大量にある。そこから、心理カウンセラーを紹介してもらうことは比較的簡単だった。
問題はここからだった。心理カウンセラーに相談するだけで問題が解決するようなら、世の中で引きこもりや不登校が問題になるはずがない。士郎や桃子が張本人でない以上、カウンセラーに出来ることは高町家に対するアドバイスだけだ。もっとも、高町夫妻にしてみれば、それだけでも十二分にありがたかったのだが。
ひとまず、彼らは、カウンセラーのアドバイスどおりに計画を実行した。彼らの子供である恭也と美由希も巻き込んで。彼らもなのはの状況を心配していた様子で、もろ手を挙げて賛成してくれた。
アドバイスの内容は比較的簡単だ。学校以外に同年代との交流を密にすること。もしかしたら、学校には気の合う、波長の合う人間がいないのかもしれない、という予想からだ。たとえ、自分の意見がいえないような内気な子供だとしても、案外数を当たれば波長の合う子が見つかる可能性がある。
そのアドバイスをもとに高町家は地域の子供の参加が多そうなイベントごとに参加した。
しかしながら、彼らは知らない。なのはが内気で自分の意見をいえないのではなく嫌われたくないがゆえに自分の意見が言えないのだ、と。それはたとえ、波長の合う子がいたとしても同じだ。
そして、知らない子であればあるほどのその特徴は顕著に現れ、友人など出来なくなってしまう。たまになのはに興味をもって近づいてきた子供がいたとしても、なのはが何もいえないのを見るとすぐさま興味を失って去ってしまうのだ。
それはいくつものイベントをこなした今でもそうだ。
何度目かの失敗で再びカウンセラーの下を訪れたとき、彼は言う。
「もしかしたら、お子さんは、考えがまとまらず自分の考えを言うのに時間がかかっているのかもしれません。もし、そうなら、じっと彼女が意見を言うまで待ってくれるような子が友達になってくれればいいんでしょうが、小学二年生の子にそれを求めるのは酷でしょう。しかも、臆病な性格なら尚のことです。仮に彼女が何かを言うまで待ってくれたとしても、その考えを否定されれば、彼女はさらに臆病になってしまう」
何か他に手はないのか、と問う士郎にカウンセラーは答える。
「直接、お子さんと話をしてカウンセリングするのもいいかもしれませんが、病院にお子さんを連れてくることはあまりお勧めしません。子供にとって病院は病気になったときに来るもので、恐怖の対象ですので。心の病気と告げられるとさらにショックを受けてしまう可能性も否定できないのです」
何も感じず、カウンセリングすることも可能かもしれないが、どちらに転ぶかは連れてきてみないと分からないというのだからが悪い。もちろん、何も告げずに騙してカウンセリングを受けさせるという手も考えられたが、子供である以上、敏感に感じ取ってしまう危険性があるため、却下された。その手に関して、子供は大人よりも敏感だ。しかも、下手をすると両親への信頼度がガクンと減ってしまう。
結局、一度、不登校という結果を目の当たりにしている二人は、連れてきて再度同じ状況になることを恐れて、病院にカウンセリングのために連れてくるという選択を取ることは出来なかった。
そして、気がつけば季節はめぐり、また春。彼らが努力を続けてもう少しで一年が経とうとしていた。しかし、成果はゼロ。未だに彼女に友達が出来た気配はない。
「でも、クラスが変わったから、新しい子もいるんじゃない?」
「その可能性は高い」
なのはのクラスは第二学級から変わることはなかった。なぜか、あの事件以来、理数系の教科は上がり、逆に文系教科は軒並み低下。平均すると前と同じぐらいになって、学級が変わることはなかった。だが、なのはがクラスを変わらなくても、第三学級から入ってきたり、逆に第一学級から入ってきたりして入れ替わり立ち変わりだ。そこにはなのはと関係のなかった新しい面々もいるだろう。美由希はそれに期待しているのだ。
「近々イベントもないし、新しいクラスに期待するしかないのか」
「そう、なる……か」
恭也が結論を出し、士郎は口惜しそうにそう呟くしかなかった。だが、これは仕方ないことだ。
年度初めというのはどこも忙しい。学校然り、仕事場然り。だから子供が関わるようなイベントが少ない。すぐ近くにゴールデンウィークが待っているのだ。少なくともそれまで目立ったイベントごとはなかった。ゆえに彼らは、新しいクラスでなのはに興味をもって、友人になってくれるのを期待するしかなかった。
無力、と思いひしがれながらも彼らは足掻くしかなかった。愛する末妹のために。
◇ ◇ ◇
そろそろ日が沈もうかという時間帯。なのはは一人屋上で佇んでいた。
彼女の視界には、フェンスの向こう側に今にも沈もうか、という太陽の紅に照らされ真っ赤に染まった広大な海が見えていた。
なのはがいる反対側のフェンスの向こう側からは、聖祥大付属小のグラウンドが見え、放課後ともなれば、男女混じってサッカーや野球に興じている姿が見えるだろう。一年前のなのはだったら、間違いなくそちらを羨望の目で見ていただろう。
だが、もはやそんなことはなくなった。今は広大な海を見ているほうが、この胸にしくしくと痛む寂しさを埋められるから。自分という人間がちっぽけに思え、胸の寂しさもちっぽけなものだと思えるから。
期待しないことと寂しいことは同価値ではない。期待しないからといって、寂しさがなくなるわけではない。むしろ、前よりも増したといっても過言ではない。いつか私もと期待してた頃なら、その想像で寂しさをある程度生めることは可能だっただろう。だが、今はもう期待していない。だからこそ、誰かが笑いながら遊んでいるところを見ると寂しくなる。もう叶わない理想の自分を見ているようで。もう諦めてしまった自分は、あそこに入ることはできないのだと分かるから。
だから、なのはこの海が好きだった。
大きすぎるから。小さな小さな自分を飲み込んでくれそうだから。
諦めたその日から通っていた学校に行き場所がなくて、放課後もすぐに家に帰ったとしても自分の居場所がなくて、偶然屋上に来たとき、目の当たりにした広大な紅い海を見たときそう思った。そのときから、この時間の海はなのはのお気に入りだった。
転落防止用のフェンスをガリッと握り、海を見つめるなのは。その脳裏に何が浮かんでいるかは分からない。ただ、一年前みたいに自分が誰かと遊んでいる姿ではないだろう。なぜなら、彼女はもうすべてを諦めてしまったのだから。
やがて、日が暮れる。それは、この場に佇める時間の限界を意味している。もう少ししたら用務員の人が屋上の鍵をかけにやってくるだろう。下手に残っていて教師に見つかると色々と厄介なことになる。すべてを諦めたからといってどうでもいいや、と投げやりになっているわけではない。無気力ならば、学校にさえ来ていない。だが、なのははこうして休むことなく学校に来ている。それは、最後の足掻きなのか、むしろすべて諦めているから言いなりになっているのか、それはなのはにも分からなかった。
なのははベンチに放り投げていた鞄を回収して屋上から去ろうとした。最後にその目に紅ではなく、すべてを飲み込んでしまいそうな黒になった海を見納めて。
◇ ◇ ◇
帰宅したなのはは、いつものように晩御飯を食べ、お風呂に入り、寝るだけという時間になった。
パジャマに着替え、後はベットにもぐりこむだけ、という瞬間、唐突に眩暈がなのはを襲う。それは、まるでマイクのハウリングを無理矢理聞かされたときのような感覚。しかも、頭の中に強制的に何かを刷り込まれるような感じだった。
―――僕の声が聞こえますか!? ―――
声が聞こえた。聞こえたというよりも頭の中に直接響いたというほうが正解だろうか。聞いたことのない男の子のような声だった。
―――僕の声が聞こえるあなた。お願いです! 僕に力を……僕に少しでいいですから力を貸してください! ―――
何か勝手なことを言っている。なのはは響いてくる声にそう思った。
―――お願いします! 時間……が―――
ブツンとラジオの電源を急に切ったような感覚で声は途切れた。同時になのはの眩暈も治まる。だが、先ほどまでの眩暈がなのはに負担を与えたのだろうか。ぱたんとベットに倒れこんでしまった。
―――今の声はなんだったんだろう。
なのはは考える。だが、思い当たる節がない。
だが、もしも、なのはに思い当たる節があったとしても無視していただろう。
なぜなら、彼女は自分が何も出来ないと知っているから。長年努力してきた。いい子であろうとしてきた。だが、失敗した。そして、一年前のあの日に己が望んだことをすべて諦め、いい子であろうとすることをやめた。
いくつのもしもを望んだだろうか。いくつのもしもを達成しようと努力しただろうか。
だが、そのすべてが実らなかった。もしも、そのうちのどれかでも実っていたとするならば、自分は何も諦めてなどいない。
そして、そこから導ける結論は唯一つ。
高町なのはは何も出来ない人間だ。
彼女が憧れた蔵元翔太とはまったく逆の存在だ。
彼は、何でも出来る人間。そして、自分は何も出来ない人間。
二人を足して二で割れば、普通の人間になるのではないだろうか、そんなことを考えたこともあった。
だが、彼を憎む気持ちはなかった。
羨望はある。嫉妬はある。だが、何も出来ない不甲斐なさはすべてなのは自身へと向けられていた。もしも、彼を憎むことができたらなのはの心はもっと楽になっていただろう。
もう、どうでもいいことだけどね。
蔵元翔太は相変わらずなのはの中では憧れだ。そうなれたらよかったのに、とは思う。だが、そうなろうとすることは諦めた。羨望半分、嫉妬半分で彼を見ていた一年前までのなのははそこにはもうなかった。
もう、寝てしまおう。明日からも学校だ。そう思い、ベットにもぐりこんで睡魔にすべてを任せようとしたとき、再びあのときの眩暈がなのはを襲った。
―――助けてくださいっ! お願いしますっ! ―――
うるさいうるさいうるさい。助けて欲しかったのはこっちだ。
なのはは、不法侵入のように頭に響く声に心の中で反論した。
助けてくれ。それは、なのはが長年心の中で叫び続けた言葉だ。その言葉は結局、誰からも気づかれることはなく、もはや助けてもらうことは諦めてしまったが。
その声は過去の自分を思い出させてしまう。まだ、諦めず、明日にはきっと、と明日を望んでいた自分を髣髴させる言葉だった。聞きたくない。
だから、なのはは無駄だと分かっていても耳を押さえてその声を無視しようとした。
はやく寝よう。寝てしまおう。寝てしまえば、この声はなくなるから。
頭に響く『助けてください』という言葉の連続に耐えられなくなったなのはは、それを無視して眠りに就こうとして、次の瞬間に聞こえてきた声に目を覚まされることになる。
―――こちら聖祥大付属小学校三年生、蔵元翔太です。これが聞こえる人がいましたら、お願いします。僕たちを助けてください。―――
最初はどんな冗談だ、と思った。
助けを求めている。あの蔵元翔太が。何でもできる、あの彼が。
なのはには、蔵元翔太が助けを求めている光景がとても想像できなかった。
さらに言葉は続く。
―――信じられないかもしれませんが、僕たちは今、バケモノに追われています。魔法でしか倒すことができないのですが、僕には無理でした。お願いします。この魔法の念話が使えるあなたにしかバケモノを倒すことはできないのです。どうか僕たちを助けてください。―――
その内容を理解するのになのはに少しの時間が必要だった。そして、繰り返される声の内容を理解したとき、なのはの腹の底からこみ上げてくるものがあった。
「あ、あは、あははははははは」
なのはは声を上げて笑った。こんな風に声をあげて笑ったのはいつ振りだろうか。
だが、久しぶりに笑える冗談だったのは確かだ。
あの、あの蔵元翔太が、友達も、勉強も、日常生活も、全部、全部、なのはにとっての理想を体現したあの彼が、無理だったといった。お願いしますといった。あなたにしかできないといった。助けてくださいといった。
友達も、勉強も、日常生活も、全部、全部なにもかも不可能だったなのはに向かって。
なのはは、自分がにぃと笑っているのを自覚しながら、パジャマから私服に着替える。
あの、あの蔵元翔太ができなかったことなのだ。もし、もしも、自分がそれをなしえたなら―――
一年前に諦めた希望が少しだけ首をもたげた。同時に興味がわいた。
あの蔵元翔太が無理だというものがどういうものか。それを見てみるのも一興だと思った。
むろん、あの蔵元翔太が不可能だったことなのだ。もしかしたら、とても危険なことなのかもしれない。それを理解してなお、なのはは行くことを決めた。
一年前、すべてを諦め、闇の中を彷徨い、どこをどう歩いていいのか分からないなのはにとって一筋の光になるかもしれないと、そう思えたから。
◇ ◇ ◇
なのはは夜の道を走っていた。蔵元翔太に会うために。
なんとなく場所は分かる。なぜ? と聞かれても分からない。なんとなくの方角が分かるのだから仕方ない。
それは理解ではなく感覚。彼女は今、魔法というものを考えるのではなく感じていた。
そして、その感覚が間違っていなければ、彼らはこの角を曲がった先にいるはずだ。
その予想は当たり、角を曲がるとそこにいたのは一人の男の子、蔵元翔太と彼の肩に乗る見たことがない動物、そして―――
――――GYAAAAAAAAAAAAAAN
真っ黒い見たこともないようなバケモノだった。
後書き
今時の小学生ってどんな感じなんだろうと思って『こどものじかん』を読んでみた。
なるほど、OK、理解した。こんな感じがリリカルなんだろうな。
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