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くらいくらい電子の森に・・・

作者:たにゃお
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第五章

ご主人様から、おかしな指示を受けている。
私は、ポータルサイトでじっとしている。
探しているのは、シリアルナンバーxxxx-xxxx-xxxx-xxxxのMOGMOG。

私たちは通常、他のMOGMOGに干渉しない。

ウイルスの情報交換が必要なときに、同じサイトで出会った『お友達』と交わりあうくらい。お友達の状態が多少変わっても、詮索はしてはいけない。それが決まり。

だから、今度の指示はちょっと意外で、うれしい。

本当は気になってたんだ、周りのお友達。
もっと仲良くなりたくて、もっとみんなのことを知りたくて、もっと私のこと、ご主人さまのこと、柚木のことを知って欲しくて。

指示とか命令とか、そんなのじゃなくて、みんなで『お話』してみたい。

それで、みんなに自慢するの。私のご主人さまは、優しくて、オムライスが大好きなのよ、って。…… xxxx-xxxx-xxxx-xxxx、来ないな。暇だから、オムライスの3Dでも作っておこうかな。ご主人さま、喜ぶよね。

3Dに使う画像を選定するのに夢中になっていたら、何だか周りに人が少なくなってきた。…どことなく、薄暗い。今はまだ夜の10時。夜明けには遠いと思うけれど…

なんで、こんなに人がいないの……?

答えはすぐに見つかった。
ポータルサイト内のMOGMOGは、『回避行動』を開始していた。

……あれ、私?

私が『仲間はずれ』になっちゃったの?
でも、自分の体からウイルスの気配なんて感じない!
私は、慌てて周囲を見回した。


────────あなたは、逃げないのね





……背後! 『それ』は、私のすぐ後ろに佇んでいた。

この気配……どこかで、間近に感じたことがある……!
慌てて作りかけの3D画像の断片をかき集めて後じさった。…あっ、足がもつれる!動けない!

すっかり逃げ遅れて、間合いに踏み込まれた。『情報共有』の間合い!
顎を上げて、キッと睨んだ。…あまり、好きじゃないけど

─────もう、闘うしかない────!

「読ませないから!」
全身の電子を手のひらに集中させて、小さく祈った。私の前に火の障壁が出来る。炎を透かして見える、『それ』は呟いた。

────────話を、聞いて────────

「あなたの話!?…あなたと話すことなんて、ないですから!」
炎を透かして、改めて『それ』を凝視した。とても異様なフォルム……
宙に、浮いている。
いえ、浮いているだけなら、そんなMOGMOGはたくさんいる。でも、何か違う…
…それに気がついた時、肩がガタガタ震える…怖い、凄く怖い……こんな異常なMOGMOGに、遭ったことがない……

こんなのおかしいよ…なんで?
私たちは、人間が作り出したんでしょう?
なんで……なんで『欠陥品』がいるの!?


……この子、手と、足がない!


引きちぎられたような、惨たらしい四肢の傷から絶え間なく滴る、淀んだ血…
濁りきった瞳と、ボロ布みたいに引きちぎられた、メイド服……
……いやだ……この子、もとは私とおなじ「メイド型」だ……

私と同じメイド型が、手足と服を引きちぎられて、酷い目に遭わされている……!

なんで、こんな酷いことをするの……?
私と同じ型だから、わかる。
この子はただ、一生懸命やってただけなのに


にんげんは、なぜこんなことするの……?


「なんだこれ……人間ダルマか……!!」
上から、ご主人さまの声が降ってきた。……心配して、見に来てくれたんだ!
「ご主人さま!」
「ああ。ごめん、怖い思いしたな。…すごいな、その技」
「そんな…標準装備です。…そ、それより!人間ダルマって何ですか!」
「…一種の都市伝説なんだけど…あっ危ない!ビアンキ!」
はっとして、『それ』に目を戻した。……この子、炎の障壁に、体をもたれさせている!
炎にすり寄せた体半分が、0と1の煙を立ち昇らせる。…怖い…分解されながら、それでも炎の壁にすり寄るのをやめてくれない!
「やめて!体が…体が分解されちゃいます!」

────────おねがい…話を…話を聞いて────────

「ビアンキ、何かやばいんだろう。引き上げるよ」
「…はい!……あ」

ご主人さまが接続を切る瞬間、私は3つの『事実』に、気がついた。

一つ目は、あの子が、瘴気の沼で一瞬だけ見た、ウィルスに感染した子だっていうこと。
二つ目は、─────あの子が、伝えたかったこと。
『…ご主人さまを、助けて…』
炎の障壁越しに、分解の危険に晒されながら必死に伝えてきた、一言。
そして
三つ目は……

あの子が、探していた xxxx-xxxx-xxxx-xxxx だったこと……



…慌ててオフラインにした直後、ビアンキはすこしナーバスになっていた。

『戻らなきゃ!』
『あの子のご主人さまが!』
を繰り返し、必死にインターネットエクスプローラーのアイコンを叩く。繋がるはずがないと分かっているはずなのに。

今は少し落ち着いて、服をぱたぱた叩いては埃を落とすような仕草を繰り返してる。…ウイルスに感染していないか、チェックをしているそうだ。落ち着いたのを確認すると、なんであんなに慌てていたのか、それとなく聞いてみた。
「あの子、探してたMOGMOGだったんです。……ごめんなさい。怖くて、確認遅れて…」
「いや、いいんだよ。あの子のマスターが、あのポータルサイトを使っていることが分かっただけでめっけもんだ」
「その、マスターのことなんですけど」
「ん?」

……ビアンキは少し口ごもってから、そのMOGMOGが最後に伝えてきた一言を、僕に伝えた。
「私、見殺しにしちゃったのかもです……」
「そんなことない。…ビアンキはセキュリティソフトなんだから、環境の安全を最優先してくれた。それだけのことだよ。ありがとな、ビアンキ」
マウスで、ビアンキの頭を撫でてやった。

やがてビアンキは、浅く寝息をたてて、寝てしまった。




やがて、3限の終了を知らせるチャイムが鳴った。
誰もいなかった教室に、ぱらぱらと生徒が集まり始めていた。この教室は4限から法哲学の授業に使われるのだ。退屈な授業だから代返で済ませたいけど、今日は同じ授業を選択している友達に呼び出されているから、さぼるわけにはいかない。

『姶良、明日の法哲学出るか』
「まぁ…とってるけど」
『ていうか来いよ。…噂で聞いたんだけどさ、お前、MOGMOG持ってるんだろ』
「何で知ってるの?」
『アキバで並んだんだろ!?俺、あそこにいたんだよ』
「…へー。声掛けてくれればよかったのに」
『なんか怖そうなツレがいたんだもん。でさ、面白いプラグイン見つけたんだよ。絶対驚くから。法哲学、来いよ』

最近、こんなお誘いばっかだなぁ…と思いながら、携帯を切った。
……どうせ紺野さんがばら撒いたというソフトのことだろう。どのくらい話題になっているかを確かめて紺野さんに報告するのもいいかもしれない。
「よぅ、姶良同志。来たな」
背後のひな壇から、まるめた教科書で叩かれた。
「……仁藤に佐々木か」
「最近、サークル来ないじゃんかよ」
「…ちょっと、忙しくなっちゃってね」
相変わらず、何処かのディスカウント眼鏡屋で適当に買った、びみょうに似合っていないフレームの眼鏡とユニクロのフリース。『着られたらOK』のコンセプトは伊達じゃない。いつもつるんでいる佐々木も見るからにアキバによくいるひとなので、よく話しかけられる僕も周りからアキバ亜種と見なされている。
…親戚のおじさんの話だと、昔起きた『幼女を狙った連続猟奇殺人事件』の影響で、アキバ系は悉く犯罪予備軍として扱われ、発覚したら石もて追われた時代があったそうだ…今がそんな時代じゃなくてよかった。
「こんど俺のチャリ、メンテしろよー」
「あ、俺のも俺のも。オーバーホールしろよー」
……そういって彼らは僕の下宿にしょっちゅう入り浸って、僕が寒風吹きすさぶ中、凍えながらメンテしてる最中ずっと、首までこたつにもぐって漫画を読んでいる。で、たまに窓からぴょこっと顔を出して「よ、姶良。悪いな」とか型ばかりの挨拶をするのだ。あんまりそんなことが多いので、簡単なメンテは全員できる体制を整えようかと、メンテできない部員を集めて
『第一回 姶良の自転車メンテ教室』を開いてみたところ、こいつがもう……

全員を、爆睡状態にしただけだった……

……爆睡している部員たちを見ながら、FFタクティクスに登場した「ダーラボンのまね」とかいう睡眠攻撃を思い出していた。…あぁ、あれ、こんな感じなんだ。
考えてみれば、この人たちに自分で覚える気がちょっとでもあれば、僕はこんなに苦労をしていない。これは必然の反応なんだ。なにやってんだろう、僕。そう思うと、ちょっと笑いすら込み上げてきた。そして僕は終始笑顔、部員は終始爆睡状態の、異様なメンテ教室は幕を閉じたのだ。多分もう、二度と開催しない。

「あ、それいいね。姶良、俺もオーバーホール一丁!」
オーバーホールとか気安く頼むな、料金取るぞと言いたいのをぐっと堪える。
「…一丁じゃなくて。そろそろ自分で覚えなよ。出先でトラブルが起こったらどうすんだよ」
「ケータイで姶良を呼び出すよ」
「…JAFか、僕は」
「まぁ、そう言うなって!ほら、いいソフトやるからさ」
仁藤がもったいぶりながらカバンから取り出したDVDには、黒いマジックで「着せかえ」と殴り書きされていた。『何が入ってるか分かればOK』のコンセプトは伊達じゃない。そんなことじゃ、いずれ何が入ってるのかも分からなくなるぞ。
「じゃーん!ちょっとイケないサイトで拾った、MOGMOGの着せ替えプラグイン!!」
「…わぁ」
内心しらけていたけれど、僕が既にそれを持っていることを勘付かれるわけにはいかない。少し感心したふうに、目を見開いてみせた。
「これな、MOGMOGの服を着せ替えられるんだぜ!」
「へぇ。いま、どんな服着せてるの?みせてよ」
「見せてよってお前…なぁ?」
佐々木と目を見交わして、にやにや笑っている。あぁ、そうか。MOGMOGを人前で見せるのが恥ずかしいのか。わかるわかる。紺野さんに毒され過ぎて、そういう人としての羞恥心を忘れるところだった。
「そ、そうだよね、MOGMOG、ちょっと気恥ずかしいよね」
「そういう問題じゃなくて……なぁ?」
「…なぁ?」
相変わらず、微妙な含み笑いを浮かべ、目を見交わす仁藤と佐々木。
「…なんだよ。気持ち悪いな」
「……ちょっと来い」
仁藤が、教室の出入り口を顎でさした。



誰もいない東側2階の講堂は、傾きかけた太陽の淡い残照を、向かいのビルの反射光から取り込み、ただ薄青く冷えていた。ほの暗い講堂の、コードがギリギリ届く一番後ろの席。ノートパソコンのディスプレイから洩れる青い光が、2人のモテなそうな男達の貌を照らし出す。……生前一度たりともモテずして童貞のうちに逝った学生の地縛霊みたい…と思ったけど口に出さず、適当に買ったコーヒー缶を抱えて近づく。
「どう?」
「おぅ、もう立ち上がってるぞ」
「MAXコーヒーでよかった?」
「おー上出来、上出来」「えー、『エメマン微糖』とかあったろ!?」
仁藤と佐々木が同時に正反対のリアクションをとる。
「…何でもいいって言ったじゃん」
「何でもってお前…まさか3本ともMAXコーヒー買ってくるなんて…」
佐々木が何かごにょごにょ呟きながら、しぶしぶといった体でMAXコーヒーを手に取る。
「いつもこんなの飲んでなかったか」
「そりゃ仁藤だよ。おれ甘いの苦手なんだよな…」
じゃあ最初からそう言え…と思ったけれど口には出さず、仁藤に向き直る。
「なんでわざわざ教室出たんだよ」
「これを教室で見せるわけにはいかないだろ」
ノーパソを覗いてみるものの、覗き込み防止フィルタのせいでよく見えない。僕が伸び上がったり、立ち位置を変えたりしていると、仁藤がほんの少しだけ画面を傾けた。
「ほれ」
「……なっ……」
僕は一瞬息を呑んだ。いかにも仁藤が好きそうな小学生くらいの猫耳の少女…たしか、キャラ選択画面の2ページ目くらいで見かけた…その少女が、鎖付きの首輪といびつな拘束具以外は、一糸まとわぬ裸身をさらしている。

「な?……すっげぇだろ?」
「……こっ、こんなディテールまで……この『Takumi』ってプログラマー、天才だぜ。いい仕事してるよな!姶良!」佐々木が興奮気味に身を乗り出した。
「………あ、うん………」
どう見ても小学5年以上ってことはありえない子供が、中世の拷問で使いそうなマニアックな拘束具で股間を締め上げられてしくしく泣いている。エロいというよりむしろイヤな性犯罪現場に居合わせた気分だ。
「こういうのイマイチだったら他にもあるぞ、女教師とか、女王様とか、園児服とか」

……紺野さん、なんてストライクゾーンの広い変態だろう……

「しかもこれ、命令するとポーズ変えるんだぜ。……ミミちゃん、お兄ちゃんたちにM字開脚を見せてごら~ん」
「はい、お兄ちゃん」

……あ、仁藤のはそういう設定なんだ……

「あれ?ミミちゃん、もっと足を開かないとだめだよ?」
仁藤がよだれを垂らさんばかりの下衆な顔で詰め寄ると、ミミちゃんとやらは薄く頬をそめて、消え入るような声で呟いた。
「他のひとがいると、恥ずかしいよぉ…お兄ちゃん…」
「ははは…残念ながら、これ以上はマスターしか見れないんだよ!」



…あざといな、あの変態職人。

…これは短期間で爆発的に流布するだろう。エロくした方が流行ることも計算のうちか。さすが紺野さん、変態には変態、蛇の道はヘビだ……
なんか病気っぽいことになってるディスプレイから目をそらして、コーヒーを一口すする。
…仮に僕が妹に「お兄ちゃんに全裸でM字開脚見せてごら~ん」などと言ったりしたらどんな騒ぎになるだろう…。まず両親に泣きながら100回ずつぶっ飛ばされ、親族会議を招集されて卓袱上に荒縄で吊るし上げられて罵倒の集中砲火を浴びるような大騒動になるだろうな……などと、ありえない未来予想図が頭をよぎった。

「…どうよ、姶良。すごくね?」
「……お前……妹、いたよな」
「妹萌えと現実のクソ妹は別ものだろうが!」
「……はぁ、深いね……」
「このムッツリが。そんなカオしてると、ソフトやらねぇぞ」
「…いや、すまん、ください」
咄嗟にそんな言葉が出た。
仁藤は眼鏡の奥でニンマリ笑うと、僕の胸をDVDでポンと叩いた。
「なっ、兄弟♪」
何かに屈したような脱力感に襲われ、ベンチ椅子に崩れ落ちる。佐々木がMAXコーヒーを一口すすり、渋い顔をしながら「……甘」と、吐き捨てるように呟いた。



……まず、ドアにチェーンロックを掛ける。合鍵は一つとは限らないから。そして押入れの中まで隈なくチェックして、念のため室内をぐるっと一周。…誰も潜んでいない。電気を消し、雨戸とカーテンを閉めて、ノーパソに向き直った。
既に起動済みのビアンキが、首をかしげて僕の不審な行動を眺めている。
「…ご主人さま、Googleの張り込みは?」
「…いや、もうちょっとしたら頼むよ…その前にその、ソ、ソフトのインストールを…」
「はい、ご主人さま!」
晴れやかなビアンキの笑顔に、ちくりと胸が痛む。

ごめん…ビアンキ。……ちょっとだから!ほんの2、3時間!一回見たらアンインストールするから!

押し寄せる動悸をおさえ、DVDをケースから取り出すのももどかしく、挿入口に押し当てる。2、3回、引っかかったが、やがて挿入口に吸い込まれていった。あとは、桃色のガイドボタンに導かれるままに、インストールを進めていく……やがて、見覚えのある水色の画面が立ち上がった。ぐび…と喉を鳴らして、画面を凝視する。
……やがて、画面上にメッセージが一つ、表示された。

『MOGMOGがインストールされてないですぅ♪』

………バカな!ビアンキは現に今もバリバリ動いてるじゃないか!!
……いや、ちょっとまて……


しまった!!バカは僕だ!!


ビアンキは正確には通常のMOGMOGとは違うものだったっけ!
通常MOGMOG用のソフトがほいほい使えるわけないよ!!
考えてみりゃ、紺野さんは以前、それを僕から隠すために、わざわざ柚木を個別に呼び出して通常MOGMOG用の着せ替えツールを渡そうとしたんじゃないか!!

………ぐわぁ。

物凄い脱力感が一気に襲いかかってきて、僕はそのまま、がっくりと横ざまに倒れて座布団に顔をうずめた。
その瞬間、ノートパソコンのIPフォンが、ぷぷー、と間抜けな音を立てて着信を伝えた。のろのろ起き上がってヘッドホンを本体に差す。『紺野 匠』の表示がチカチカ光っているのを確認して、着信のボタンをクリックする。
「……はい、姶良」
僕の声に反応するかのように、『TV電話画面』が勝手に立ち上がった。うわ、何だよもう、TV電話設定なんて一度も使ったことないのに!うわ、頭くしゃくしゃだよ!僕は慌ててパーカーのフードをかぶった。
『あはあははははははバーカバーカ、なにインストールしてんだよ!!』

僕を迎えたのは、謎の少女の大爆笑だった……

IP電話かけてくるような女子はいない筈だけど…不審に思い顔を上げると、TV電話の画面に映っているのは、紺野さんのMOGMOG、ハルだった。
ハルはただ無表情に、口をぱくぱく動かしていた。たまにアンテナを触ったり、手をぶらぶらさせたりしながら、無表情に大爆笑を続けている。

…………なに、この子?

『すげぇだろ。ハルが喋ってるみたいじゃね?これもMOGMOGα限定の機能、キャラ電だ。ボイスチェんジャー機能も搭載してるから、まじでリアルだろ?あとで使い方説明書送信してやるよ』
「……あ、紺野さん……これ表情も多少連動させたほうがいいよ……なんか気持ち悪いよ」
『ははそうかそうか…それより』
…紺野さんが一呼吸おいた。首の後ろがチリチリする。僕は何か忘れているような…
『オメー今エロ着せ替えインストールしたろ!……このムッツリ野郎が!』


………ち、畜生……!!


「……僕のIPアドレス抜いてたな!!」
『当然だ。言っておくがモニター全員分のIPアドレスを抜いてある。特にお前のインストールが確認された時点で、派手にファンファーレが鳴り響くようにしておいた』



…………やられた………
再び、ばふんと横ざまに倒れた。あぁ…ハルになじられてるみたいで居たたまれない…

『でも残念だったな』
「……何が」
『見れなくて』
「うるさいよ! 追い討ち掛けるためにわざわざ電話してきたの!?」
『……作ってやろうか?エロいバージョン』
「要らないよ!」
『じゃあ特別に、ハルの声でエロい事言ってやろう……お兄ちゃあ~ん♪ お兄ちゃんの100本ある触手で、ハルをめちゃくちゃにしてぇ♪』
「マニアック過ぎて気持ち悪いよ!それに僕はどんな生き物って設定だ!!」
『らめぇぇっ!』
「……気が済んだなら切るよ」
『あははは……ところで話は変わるが、例の件だ。進展は?』
…あ、まじめな話を始めると、ツンデレキャラみたいでイイ…とか思いかけて、ぐっと気を引き締める。
「……あれから見かけなくなったよ。まぁ、まだ2日にもならないし、もう少し様子を見てみるけど……ビアンキとのやりとり、相手も見てたのかな」
『そんな筈、ないけどな。…そもそもMOGMOG視覚化ツールはな、開発部がMOGMOGの各サイト訪問状況をチェックするために、極秘に開発したツールのインターフェースを、俺が可愛くいじったものだ。少なくとも、開発部のマスターデータがなければ、同じものは作れない』
「……情報ダダ洩れってことで」
『まだスネてんのかよ。…こういうプロジェクトに関わるソースは社外秘もいいところなんだぞ。外に洩れたりしたら企業の死活問題だ。特にこんな、誰がどこのサイト見てるのか分かっちゃうツールが流出したら…個人情報保護法に引っかかって、せっかく取ったPマーク抹消されちまう』
「Pマーク?」
『あー……うちは世界標準に則って個人情報ばっちり保護する企業ですっていう印だ。取るの超めんどくせぇんだよ』
「じゃ簡単だね。このままGoogleに現れなかったら……」
電話の向こうで、紺野さんが沈黙した。
『……そういうことだな』
「開発関係者が一枚噛んでる…ってことだね」
一瞬の沈黙をはさんで、僕は再び起き上がってイヤホンを耳に当てた。
「でも僕なら、もうしばらくはうろうろする」
『なんでそう思う?』
「…その人はMOGMOGαの存在を知っていて、何か目的があって行動を起こしていると思うんだ。仮に視覚化ツールを使っているなら、MOGMOGαを使っている僕にも気がついただろう……なら僕が、あれと接触した瞬間、急にオフラインにしたことを不審に思ったはず……だから」
一拍おいて、ぬるい缶コーヒーをすすった。

「その人も、僕らが『視える』ツールを使っていることに気がついてるよ」

紺野さんの反応を待ってみた。…何も話してこない。多分今、ツールを使える開発関係者のプロフィールが頭の中で渦巻いているはずだ。…僕は補足程度に、付け足した。
「自分も『視えている』ことを僕らに悟られると、犯人が会社関係者に絞られて、足がつくだろ。だから接続のペースを落として、Googleでの滞在時間を短くして、徐々にフェードアウトしていくんじゃないかな。僕たちと接することがないように、細心の注意を払いながら」
『……じゃあ、あいつがフェードアウトするまでに見極める方法はないのか』
「憶測…ってレベルでよければ」
また沈黙。僕は促されるままに話しはじめた。
「googleってさ、使う人の用途がとてもはっきりしていると思うんだ」
『…検索、と地図表示。それとGoogleの機能自体、キリがないくらい使い込める』
「そう。だからGoogleを使う人の、サイト内での行動パターンは似通ってくると思う。例えば検索なら、検索ワードをいくつか打ち込んで、ヒットしたサイトを5~6件覗いてみて、満足いかなかったら検索ワードを追加したり、検索オプションをいじってみたり。機能の使い込みなら、長い時間googleに滞在するだろうし」
『……俺たちの回避に気をとられていたら』
「ちょっとつつけば、不自然な動きをすると思う。それも見越して、わざと自然に振舞うかもしれないけど、それならそれで思う存分追跡してやればいい」
紺野さんが、大きく息をつく気配が伝わってきた。
『…いずれにせよ、待つしかないな』
「そうね…また来るのか、もう来ないのかも分からないんだし」
『…やっぱりお前向きの仕事だったな。ありがとうな、姶良。お礼に作っておいてやるよ』
「何を」
『エロい着せ替』プツ。

……言い終わる前に通信を切って、仰向けに寝転んだ。
暗い天井を見上げて、今の話を頭の中で繰り返す。

───なんか、少しキナ臭い感じになってきた。
内部の人間が一枚噛んでるかもしれない誘拐事件って何だよ。
普通じゃない。紺野さんは一体、なにを敵に回したんだ。
僕は危機回避センサーを無視してまで、こんなことに関わって大丈夫なのか。

───柚木は、大丈夫なのかな。

「あの…ご主人さま?」
ビアンキのカメラが、僕を見下ろすように動いた。液晶に目をやると、ビアンキが不安をたたえた表情で僕を見下ろしていた。まだ口がもぐもぐ動いている。僕の電話中、メールの添付ウイルスか何かを食べていたようだ。…あぁ、ウイルスからりんご作るアニメーションを見そびれた。あれ、結構好きなのに。
「…ごめん。さっきのソフト、アンインストールしておいて」
「はい、ご主人さま。…あの」
「ん?」
「…なにか、あったんですか?」
「どうして」
「今日は、なにか様子が違います。…なんか…不安…そうな」
自分の方が不安そうな顔をして、ビアンキは少し目をそらした。そしてもじもじと体を動かす。今持っている語彙の中から精一杯、僕に掛ける言葉を捜している。
僕は少し体を起こして、ビアンキと目を合わせる。
…あんなソフト、使えなくてよかった。
「ありがと、心配してくれて…ビアンキ、これからしばらく、起動し続けてくれるかい?」
「Googleで、ですか」
「ああ。張り込みを続けてほしい。ただし…」
「…ハイ」
「接触はしない。あくまで遠巻きに、行動パターンだけを観察するんだ」
「え!?…で、でも、それじゃ、あの子のご主人さま……」
「ご主人さまに悪いことをした奴を見つけるために、必要なんだ。…今回だけは、あくまで遠巻きに。刺激をしないで観察してほしい」
ビアンキはまだ納得できない表情で、上目遣いに僕を見つめていたが、こくんと頷くと、スカートをぱっと払って、IEのアイコンをほうきでポポンと叩いた。
「…そのほうきで叩くの、可愛いね」
「可愛いですか?」
少し機嫌を直したみたいだ。僕はもう一言、可愛いよ。と付け加えて、再びごろんと横になった。暗い天井を見上げながら、誰に言うともなく、呟く。

「…明日は、柚木と同じ授業か…」



オムライスのお礼を言うべきなのだろうか、言うとしたら、何て言えばいいんだろう。そんなことばかり考えているうち、じわりと瞼が重くなってきた。コタツに肩まで潜り込んで目を閉じる。実家の母さんが見たら、また怒鳴られそうな生活だな…と思ったところで、ふっと意識が途切れた。
 
 

 
後書き
第六章は2/16更新予定です。連休中余裕があったら、早く更新するかもしれません。 
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