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世界はまだ僕達の名前を知らない

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開眼の章
10th
  フィリアの取引






     ︵︵︵︵︵



「⸺やろう、アマリア」

「っ…………」

 彼の決断に、彼女は息を呑んだ。

「でも、ニフロス」

「わかってる。でも……あの子をここで止めてあげないと、次に彼が行くのはヒースアだ」

「…………、そう、ね…………」

「カナタイさんやギースくんも賛同してくれる筈だ。残りの人達は、頑張って説得しよう」

「……………………」

 彼女は、彼の意見に頷いた。そうするしか無かったからだ。

 それ意外の方法なんて、探しても見付かる気がしなかった。



     ︶︶︶︶︶



「……………………」

 ダメだ。

 あれから部屋を幾つか漁ったが、どこにもトイレは見当たらない。やはりフィリアが隠し持っていたのだろうか。

「……………………」

 そして、それ以前に()()()()()()()()()()()。恐らく、フィリアに与えられた薬の効果が弱まってきて、【眼】が再び開きかけているのだ。

「……………………」

 全く関係無い情報が脳に流れ込んできては思考を妨害する。寒気を感じたと思ったら熱風に晒され、かと思えば布団の温もりに包まれ、直後にここはフィリアの家、やや肌寒いのだと思い出す。「…………」、思考なんてできたもんじゃない。これでも今はまだマシなのだ。早く何とかしないと、下僕達に拾われた時のように喚く羽目になってしまう。

 方法は三つだ。一つ目はそうなる前にトイレを見つける事。ただこれだと、戻った後に今回と同じように脳に大量の情報が流れ込み、今回と全く同じ状況になりかねない。デッドの襲来を予測できるのでマシにはなるかも知れないが。

 二つ目は再び薬を飲む事。ただまぁ、難しい。薬がどこにどんな形で保管されているかわからないからだ。また、一つ目と同じく戻った後に今回の二の舞になりかねない。

 最後の一つは、【眼】の制御法を覚える事。

「……………………」

 これが一番望ましい。戻った後に叫び喚く事にならないだろうからだ。【眼】を開いた状態を引き継げるのだから、それを制御できるという状態を引き継げてもおかしくはない。問題はその方法がわからないという事で、近所の大きなおじさんが……

「……っ」

 思考が撹拌される。頭痛も酷くなる。そろそろ限界かも知れない。

 トイレ男はもうヤケクソだと近くの部屋に入り込んだ。そして我武者羅に棚を荒らし⸺

「⸺っ」

 幸運を拾った。

 目の前にあるのは瓶だ。その中に錠剤が入っているのが見える。そしてご丁寧に、瓶にはこうラベリングがされていた。

 『一時閉眼薬』、と。

 名前からしてこれがフィリアに与えられた薬で間違いない。トイレ男は急いで蓋を開け、一粒口に放り込んだ。……何錠飲めばいいのだろう? 飲みすぎて副作用などが出てもそれはそれで困るので、一錠ずつ飲んで効果を確かめながら追加していく事とする。……幸いにして、一粒で足りたようだ。瓶の蓋を閉め直し、持ち歩く事にする。そして次回迷わないように、薬の場所をしっかりと記憶しておいた。

「……………………」

 さて、これで直近の問題は解決した。できれば制御したい所だが……全くわからない。開いた時のように力ずくで閉じればよいのか、それとも別のアプローチが必要なのか。それすらもわからない。取り敢えず、トイレを探そう。

 薬のあった部屋を探し終えて、やっぱり無かったのを残念がりながら、トイレ男は次の部屋に行こうと出口(ドア)の方を見た。

 そこにはフィリアが立っていた。

「!?!?!?!?」

 腰を抜かしてコケそうになった。

「驚かしてまって悪いけど、お願いがあるの」

 彼女はトイレを持っていた。

「……………………」

 どういうつもりだ? お願いとは何だ。

「戻ってくれない?」

 フィリアはトイレ男にトイレを差し出して、そう言った。

「……………………」

 唖然⸺する間もなく思考が始まる。

 何故フィリアがそれを知っている? トイレ男が巻き戻りの事を教えたのは巨女だけだ。フィリアになんて教えてないし、そんな記憶も無い。

「何でその事を知ってるんだって顔ね?」

 驚きのあまり顔に出てしまっていたらしい。

「私が知ってるのは、セッちゃんに教えてもらったから。それだけよ」

「……………………」

 セッちゃん?

 これまでも何回かフィリアがその名を呼んでいた気はするが、何を指しているかはわからない。人……なのだろうか。

「ほら」

「……………………」

 フィリアが急かすようにトイレを揺らす。

 ただ、トイレ男はまだそのトイレを取れずにいた。

「……まだ警戒を抜けないかしら?」

「……………………(頷く)」

 フィリアの狙いが全く読めない。何故彼女はトイレ男に時間を戻させたいのか?

「安心して。私は戻っても記憶を引き継いだりしないから。戻ったら貴方と会った事なんて忘れる……そんな事なんて無かった事になるし、罠とかでもないわ」

「……………………」

 フィリアは嘘をつかない。少なくともつかれた記憶は無い。無論これまでがそうだったというだけで今回もそうであるという事は無いし、隠し事は全然するのだが。

「……………………」

 理由を訊こうとして、紙とペンはあの部屋に置いてきた事を思い出した。

「理由?」

 だがフィリアは表情から内心を読み取るのが上手いらしく、そうトイレ男の意図を読んでくれた。頷く。

「それは勿論、私の下僕が殺されたから。デッドにね」

「……………………」

 下僕を殺されたままで居るよりは、トイレ男に時間を戻してもらった方がマシ……という事か。まぁ、わからないでもない。トイレ男も仲間が死んだら真っ先に時間を戻そうとする。フィリアがそんな感性を持っている事は意外だが。

「これで私の行動は納得してくれたかしら?」

「……………………(頷く)」

「なら、お願い。私は早くこの悲しみから解放されたいの」

 フィリアがトイレを揺らした。

 目的が一致しているとはいえフィリアのために動く事が癪でない訳ではない。しかしそれでも、今日の夕飯の干した布団を取り込んで

「!?」

 思考が()()()()。薬の効果が弱まっている。短くないか?

「……あぁ」

 フィリアは漸くトイレ男が片手に薬の瓶を持っている事に気が付いたようだ。

「その薬、最初はよく効くし長く保つけど、二回目からは効果がとても弱まるのよね。多分、巻き戻ったらまた効くようになるけど」

「!」

 先に言っといてくれ!

 トイレ男はまた思考の収集がつかなくなる前にフィリアからトイレを受け取ろうと、彼女に向かって走った。

 直後、彼女が横に吹き飛んだ。

「!?」

 何だ。

 彼女が居た場所には今、一本の細い腕があった。

「気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない」

 その腕の主が絶え間なく呟くのが聞こえる。

 揺らりとしながら、その人物はトイレ男からも見える位置に来た。

 デッドだ。

 何故? いや、彼がここに居るのはいい。わからないのは彼の肉体の事だ。彼にあんな身体能力は無い事は知っている。ある筈が無いからだ。デッドはその強力な騙界術の上に胡座をかくタイプだ。真面目に体を鍛えるなんて事はしないし、そもそも今のパンチの威力はあの巨女をすら上回っているように見える。ヒョロヒョロなデッドが出せる訳が無い。

「なぁフィリア」

 デッドはトイレ男に気が付いていないようだった。

「僕の何が気に食わないんだ? 僕は君と会うために、君のためにわざわざここまで来たんだ。君のために!! なのにさ、あんなっ、あー気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない⸺」

 そう廊下の先に居るであろうフィリアに話しかけている……のだろうか? 彼は答えなんて求めておらず、ただ自らの心の内を吐露しているだけにも見える。

「⸺気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない⸺もういい、フィリアなんて()()()

 デッドが拳を構えた。

 トイレ男はそんなデッドに、突撃した。 
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