ブランク
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第一章
ブランク
もう十五年になる。
ライマン=ミッチェル身長二メートルに達する筋骨隆々のアフリカ系の彼は四十になる。かつてはプロレス界で名を馳せたが引退して何年にもなり今はニューヨークのオフィスビルの中で喫茶店を経営している。
店はビルの中のそれぞれの事務所や企業の弁護士やビジネスマンで賑わっている、それで彼はエプロン姿で言うのだった。
「今の生活に満足しているよ」
「収入はあるし評判もいいからだね」
「そうさ」
常連客の一人であるハウル=カッツェくすんだ金髪をセットしているブルーグレーの目でやや面長で彫のある顔立ちの痩せた一八一程のスーツ姿の彼に答えた。カッツェは洒落た店内のカウンターに座りミッチェルはカウンターの中に立ってコーヒーを淹れている。
「お客さんは皆紳士だしね」
「悪いことはないね」
「全くな」
笑顔での返事だった。
「不満はないよ」
「後は店の経営をしっかりしていくことか」
「努力してるよ、コーヒーの味も」
こちらもというのだ。
「日々な」
「実際に今日も美味しいよコーヒーが」
「それは何よりだよ」
「うん、しかしいつも思うけれど見事な体格だ」
カッツェはミッチェルの堂々たるそれを見て語った。
「元プロレスラーだけある」
「今もジムで汗を流してるよ」
「このビルの中にあるあそこでだね」
「日課にしているよ」
「だから今も体格がいいね」
「そして健康だよ」
「それなら」
カッツェはミッチェルのその返事を受けて言った。
「復帰するかい?」
「レスラーにかい」
「どうかな」
「俺はもう引退したんだ」
これがミッチェルの返事だった。
「だったらな」
「いいのかい」
「ああ、トレーニングは趣味で日課だからな」
そうしたものであってというのだ。
「やってるけれどな」
「復帰はしないんだな」
「ああ、今こうしてな」
「美味いコーヒーを出して」
「そして店の経営を頑張るよ」
笑顔で言うのだった、ミッチェルは実際に喫茶店の経営に専念していた。だがその彼のところにだ。
カーネル=オブライエン口髭を生やした赤い顔とくすんだ短い金髪に青い目の大柄ながっしりした男が店に来た、ミッチェルが所属していたプロレス団体の社長である。
彼を見てだ、ミッチェルはすぐに言った。
「まさかと思うが」
「そのまさかだ」
オブライエンはカウンターに座りコーヒーを注文してから答えた。
「戻って来ないか」
「引退したと言ったよな」
「ファンの声が凄くてな」
「俺の復帰をかい」
「人気があってな」
現役の頃のミッチェルはというのだ。
「惜しまれて引退しただろ」
「光栄だったよ」
ミッチェルは本音を述べた。
「本当にな」
「だがな」
「それでもか」
「お前の人気は衰えないでな」
注文したコーヒーが届く中で答えた。
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