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世界はまだ僕達の名前を知らない

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仲間の章
07th
  ゲーム






 案の定、トイレ男は風邪を引いた。

「……………………」

 打ち上げがあった日の次の朝である。巨女には昨日の内に優男と和解した事を伝え納得もしてもらったので、トイレ男の家に居るのはトイレ男と黒女のみである。トイレ男はくしゃみを鼻を摘んで我慢しつつ、床で寝たせいで痛む腰を摩った。布団は黒女が占領していた。

 今日は元々休日だったので、風邪を引いても青果店の方は問題無い。しかしトイレ男には、それとは別の用事があった。

 それは⸺



     ◊◊◊



 トイレ男は茶男の部屋の扉を乱暴に開けた。

「……何だ」

 茶男は朝食中だったのか、スープに付けなくてもフカフカのパンをもっしゃもっしゃと食べていた。トイレ男は朝食を食べ終えてすぐに来たので、今はまだ休日にしては早い時間帯なのだ。

【用があって来た】

「それはわかる。その用を言え」

 トイレ男は茶男の下までつかつかと歩み寄ると、先に用意しておいた紙を見せた。

【"約束"の内容を変えろ】

「……どんな風にだ」

【これから一切、仕事を請けるな。殺し以外のものもだ】

「……………………」

 茶男はトイレ男の腹を探るようにトイレ男の顔をジロジロと見た。

「……どういうつもりだ?」

【教えない】

「貴様の背後からか」

「……………………」

 敢えての沈黙。

 それから暫く睨み合った二人であったが、やがて茶男が溜息を吐いた。

「別に構わない」

「…………!?」

 案外簡単にイェスが貰えて逆に驚くトイレ男であった。何というか、腰抜けである。

「そもそももう請けるつもりも無かったからな」

「…………!?!?」

 トイレ男は驚愕した。何と、風邪に耐えながらここまで来た意味は無かったのである。「…………っ」、失意のあまり出てきそうになったくしゃみを我慢した。

【何でだ?】

「さぁ、何でだと思う? どうせ知ってるんだろう」

「……………………」

 ここでも敢えて返事をしない。

「"約束"したいというのならナコードを呼んでもいいが……」

「……………………(頷く)」

 トイレ男は約束師(なこうど)を呼んでもらう事にする。折角来たのにこれだけで終わりというのは割に合わなかったし、考えれば茶男が嘘をついている可能性も無いではないのである。ここでそんな嘘をつくメリットが特に思い付かないが。

「ハインツに呼びに行かせてくれ、二階に居る筈だ」

 そう言うと茶男は朝食を再開した。

「……………………(頷く)」

 トイレ男は美味しそうなパンを羨ましげに見つつ頷き、名残惜しそうに踵を返した。

 二階の、いつかリニングクスをした部屋に来ると、そこではやさぐれ男と白女、黒男トリオが朝食を取っていた。家から館まで道案内してもらった黒女も居る。茶男だけぼっちなようだ。

「あ、ツァーヴァス。お父様とのお話は終わった?」

「……………………(頷く)」

 頷きながらトイレ男は書いて、やさぐれ男に渡した。

【ジエクラがナコードを呼んできてほしいって】

「…………チッ」

 やさぐれ男はそれを見てめんどくさそうに舌打ちをした。

「何かツァーヴァス久しぶりだな」

 フカフカのパンを頬張りながら大黒男が言う。

「……………………」

 言われてみれば、優男に襲われた次の日、その次の詰所にこもっていた日、そして昨日と丸三日、黒男トリオとは会っていない事になる。

「そうだな……またリニングクスでもするか?」

「でもツァーヴァスはすぐズルするぞ」

【してねぇよ】

 トイレ男は断じて潔白である。断じて。

「するんなら早く食べてよね。お姉様もする?」

「……やろうかな」

「!?」

 白女は前回壁際から見てるだけだったので、今回も参加してこないものだと思っていたが、どうやら外れたらしい。背中を冷や汗が流れてきた。何か、こっちの手札を全部見透かしてきそう。

「……そんな事しない」

 思考を見透かされた。そしてその台詞回しからしてできはするらしい。怖い。

 黒男トリオが急いで食べ、白女がゆっくりとでも何故か黒男達よりも早く食べ終え、我関せずを貫きゆっくりと食べようとしたやさぐれ男がテーブルからどかされ、カードが用意された。

「じゃあ私から!」

 黒女が振り分けられたカードを手に持ち、ゲームが始まる。

「……………………」

 和気(あい)(あい)とゲームをしながら、やはりトイレ男は安心する。彼らは、壷売り残党のボスのような"悪人"ではないと。

 トイレ男はあのボスを見て、心が軽くなっていた。何故か。それは"悪人"を目の当たりにしたから。

 巨女は悪い事をしたからといって悪人とは限らないと言った。それがあんまりしっくり来なかったトイレ男であったが、ボスを見てとてもしっくりと来た。"悪人"とは、奴のような、自分の得しか考えない上にそれに周りを巻き込むような人間なのだと。

 それに則れば黒女達は悪人ではない。確かに彼女達は人を殺した事があり、その事を気にも留めていないかもしれない。だが、決してボスのような自己中な人間ではない。トイレ男の事を気にかけてくれるし、後ろめたい方法で利益を得たりも「あっディグリー今ズルした!」「チッ、バレたか! こうなったら仕方が無いッ……」、……ゲームは別だ。茶男に仕事を請けるなと言ったのは、これ以上彼女達に無自覚に悪行を犯させないためである。

 優男もまた然りだ。彼はややというかかなり早とちりしていた部分があるが、その行動の根源は巨女を守ろとうしてであり、決して自らの利益を追っての行動ではない。寧ろ限定的とはいえ他人を中心に考えているのなら善人寄りではなかろうか。

「次、ツァーヴァスの番!」

 楽しくなってきたのか、声が大きくなっているのにも気付かない様子で黒女がそう伝えてきた。

「……………………」

 トイレ男は手持ちのカードから一枚抜いて、それを机に叩き付けた。

「あぁーッ!」
「おいツァーヴァスそれズルだぞ!」
「卑怯よ卑怯!」
「まぁそこに僕がこう重ねる訳だよ」
「「「あぁーッ!!」」」
「なら私はこう……」
「「「「「ッッッ!!!!」」」」」

 トイレ男の一手により戦況が大きく傾き、あわやトイレ男と小黒男の決勝戦かと思われた所で更に白女がひっくり返した。彼女の一人勝ちである。

 負けを悔しみながら、トイレ男はゲームを心から楽しんでいた。





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 はい。これにて第二章『仲間の章』完結です。

 06thが終わった時点で既に一八話あり、「もしやこれ四〇話とかいっちゃうんじゃないか……?」と心配していましたが、杞憂でしたね。第一章と同じく三四話での完結となりました。

 個人的な所感。もっとプロットを作っとけばよかった……!! 今章はプロット無しの見切り発車だったので、所々というか全体的に構成をミスったなと思っております。でも不思議と書き直したいとは思わない。何だかんだ上手く纏まったと思ってるからかもしれない。

 さて、今後の予定。明日は登場人物紹介と今章全体の修正をして(誤字脱字とか表現の訂正とかで、ストーリーの変更は予定していません)、明後日から第三章に入ります。安心しろ、第三章は(途中まで)プロットがある!! 時間を用意できる限り毎日投稿でございます。

 それでは第三章『開眼の章』、是非ともお楽しみにしていてください。





















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 優男は夜道を歩いていた。何て事は無い、友人の家で飲んでいた帰りである。こんな時間に歩いていたら巨女とばったり会ったりしないかなという下心が無いとは言えないが、まっすぐ家に向かっている事は間違いない。

「…………、?」

 優男は道の先に誰かが佇んでいるのに気が付いた。

 暗い夜道はとにかく人が少ない。人が居れば『お、人だ』と驚くのが普通なぐらいである。優男も最初はそう驚いたのだが、その後で違和感を覚えた。

 そう、その人は()()()いるのである。歩くでもなく、落とした物を探すでもなく、佇んでいる。そして影の形的に優男の方を向いている気もする。

「……………………」

 優男は不気味に、そして怪しく思い、話しかける事にした。

「何をしているんだ?」

「その程度なのね」

 相手は優男のかけた言葉には到底似つかない返事を返した。いや、それは返事ですらない。優男の言葉に被せるように言われたのだから。

「…………何の事だ?」

「貴方の"愛"はその程度なのね」

「……………………」

 今度はちゃんとした答えが帰ってきたが、やはりよくわからない。だが、どうやら(けな)されているらしい事だけはわかる。

「君に僕の何がわかる。そもそも君は誰なんだ」

 やや怒気を込めて言うが、相手は答えず、ゆらりと揺れたかと思えば、ゆっくりと距離を詰めてきた。覚えず後ずさる。

「弱い。その抱える想いの重さに反して、貴方の"愛"はあまりにも弱い」

「何を言っているんだ。想いと愛は同じだろう」

「いいえ、違うでしょう?」

 気が付けば相手は顔が視認できる近さまで来ていた。

 若い女のようであった。白いゆったりとした服を着ており、その美しい顔はまるで闇に浮かび上がるようである。胸には黒いネックレスがかかっていて、その豊満さをより強調しているようである。

 平時であれば、優男も見蕩れの一つはしたかもしれない。だが、今は不気味さが勝った。

「貴方の"想い"は"愛"じゃないの。畏怖とか尊敬とか、そっち方向よ」

「だったら何だ。君には関係無いだろう」

 女は際限なく距離を詰めてきて、後ずさる事も忘れた優男は体を逸らした。が、バランスを崩して尻餅を突いてしまう。

 女はそんな優男を覗き込むように上体を傾け、

「えぇ、確かに、私には関係ないかもしれないわね」

「だったら、」

「でも」

 女はまるで優男にこれ以上ものを言わせるつもりが無いかのようであった。

「私はね、貴方には"愛"が要ると思うの」

「…………っ?」

「尊敬や畏怖ではなく、"愛"。それを持つ事、そして持たれる事が、貴方には必要なの」

 女の言う事は逐一訳がわからない。女の言葉に頻繁に登場する"愛"という言葉の意味がわからないからだ。

 だが、その言葉は、まるで優男の心の外殻の隙間を縫うように、スルリと入り込んできた。

「まず、私が貴方を"愛"してあげる」

「そしたら、貴方は私に"愛"で返す」

「私はその"愛"を受け取って、その分大きくなった"愛"で貴方を"愛"する」

 既に優男には、それが酷く甘美な言葉に思えていた。

「私と貴方で、"終わらない愛"を、築きましょう?」

 女の唇が、優男のそれに迫る。

 人っ子一人居ない暗い夜道で、濃厚で、虚しい口付けが交わされた。 
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