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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第二十八章―邂逅の果て―#18


「さあ、眠りましょう────(マスター)リゼラ」

 お風呂から戻った私の手をとり、ノルンが告げる。

「え───眠るって…、まだ10時半だよ。早過ぎない?少し、調べ物を…」
「駄目です。通常通りに午前4時に起床するなら、5時間半しか睡眠をとれません。全然、早くないです」

 ノルンはにべもない。

「ようやく一緒に眠っても良いと許可が出たのに、(マスター)リゼラに無理をさせたと(マスター)ルガレドに判断されてしまったら、許可を取り消されてしまいます。だから、(マスター)リゼラ───今日はもう眠りましょう?」

 私の部屋着を握って、瞳を潤ませて上目遣いに言うノルンに、私は「うっ」と言葉を詰まらせる。これは逆らえない…。

 ここ最近、ノルンはカデアに添い寝させてもらっていた。やっとレド様のお許しが出て、今夜は久しぶりに私と眠る。

「解った。今日はもう眠ろうか」

 諦めてそう答えると、ノルンは憂い顔から一転、満面の笑顔となった。喜んでくれるノルンに、私も嬉しくなる。

 ノルンと並んでベッドに横たわり、ダウンケットを被る。

 私たちの遣り取りを傍で見ていたヴァイスがベッドに乗り上げ、私を挟んでノルンとは逆側に寝そべった。

 続いて、あまり一緒に寝ることのないネロが、珍しくベッドに跳び載って私の胸の上で丸くなった。

「あれ、今日は一緒に寝るの?」
「ダメ?」

 顔を上げて可愛く首を傾げるネロに、思わず私は笑みを零す。

「勿論、いいに決まってるよ」

 ネロは、自分のもふもふの毛皮に再び顔を埋めた。ノルンが私の二の腕に額を寄せて、眼を瞑る。その口元は未だ緩んだままだ。ヴァイスのしなやかな背中が私に寄りかかり、ダウンケット越しにその温もりが感じ取れた。

 これじゃ、身動き取れない。レド様の包囲網は恐ろしいな────なんて考えつつも、何だか幸せを感じて、また笑みが零れた。

「ふふ…、それじゃ、皆───おやすみなさい」

 私の言葉を受けて、部屋の灯りが溶けるようにして暗闇に呑まれる。ノルンとヴァイスの返事を聞きながら、私はそっと瞼を閉じた。


※※※


 邸の地下に設けた調練場で、ルガレドはジグを伴い佇んでいた。そこへレナスが現れて、ルガレドに歩み寄る。

「リゼは眠ったか?」
「はい。ノルンにせがまれて、ベッドに入りました。ノルンとヴァイスと…、今日はネロも一緒のようです」
「そうか…」

 リゼラに添い寝できるノルンやヴァイスを羨ましく思いつつ、レナスの報告を聴き終えると────ルガレドは、レナスから他の仲間たちへと視線を移した。

 ラムルを始めとした、皇城内で共に暮らす仲間たちが集まっている。

 勿論、エデルもだ。リゼラはエデルを一時的に預かっているだけのつもりだが、エデルがリゼラの許に留まる心づもりでいることを仲間たちは理解している。

 ラギとヴィドは雇用契約はしたものの、まだ孤児院を引き払ってはいないため不在だ。

「後は、エルたちが来るのを待つだけだな」

 時間的に公演はすでに終わっているから、そろそろ来るはずだ。そう考えたとき────ちょうど隅に設置されている【転移門(ゲート)】が眩い光を放ち、エルとウォイド、ベルネオと思しき影が浮かび上がった。

「お待たせ致しました、ルガレドお兄様」
「いや。疲れているところを呼び出してすまないな」
「いいえ、お気になさらず。────それで、お話とは?」

 一瞬、エルの双眸に訝し気な色が過ったのを、ルガレドは見逃さなかった。おそらく、リゼラがいないことに違和感を覚えたのだろう。

「全員揃ったことだし、話を始めよう。────ジグ、時間をずらしてくれ。一番低いレベルでいい」
「かしこまりました」

 ジグが【転移門(ゲート)】の側に向かい、右隣に設置されている魔術式を起ち上げる。

 “時間のずれ”は三段階あり、一番低いレベルだと、ここで1時間過ごしたら外では30分しか経っていないという程度の“ずれ”だ。

 時間をかけたくないので、一番高いレベルにしたいところだが、そうすると相当量の魔素が必要となる。

 リゼラ曰く、邸を収めているこの“拠点スペース”には、“城塞クラス”の拠点を運営できるだけの魔素が常に充填されるらしいので、足りなくなる心配はない。

 しかし、万が一リゼラが目覚めた場合、魔素の流れを感じ取られてしまう恐れがあった。


 戻って来たジグが傍らで立ち止まったのを確認して、ルガレドは口を開いた。

「これから話すことは他言無用だ。特に…、リゼには絶対に話さないで欲しい」

 重々しいルガレドの声音とその内容に、仲間たちが戸惑う。

「俺の前世のことは────全員、聴いているな?」

 ファルリエム辺境伯家出身の者は勿論、新参者である仲間たちも一様に頷く。

「聞いての通り、俺は死したのち時を遡って生まれ直し、つい最近、地下遺跡に施されていた魔術によって前の人生の記憶を取り戻した。話というのは、その記憶に関することだ」

「前世の記憶に関すること───ですか?」

 ディンドが、代表して訊ねる。

「ああ。確認だが────前の人生で俺が公開処刑された後…、絶望した母上は落とされた俺の首を抱えて自害した。────そうだな?」
「はい」

 ルガレドの質問に答えたのは、ディンドではなくラムルだ。ラムルは、セアラから直に事情を聴いている。

「その後、母上は“深淵”に堕ちて…、そこで“大賢者ガルファルリエム”に出逢い────時を遡って生まれ直す方法を授かった。────間違いないな?」
「そう聴いております」

 ルガレドは、ラムルからの返答を得ると、レナスを見遣る。

「レナス───前世のお前は、前世のリゼと同じ役目を担う一族の生まれだったな。“深淵”とは、誰にでも訪れることができるものなのか?」

「……前世のオレは、神は地下深くに住まうと聴かされておりました。“三途の川”と呼ばれる現世と“冥土”───死者の国を分かつ大河が注ぎ込む先に、神の住まう場所がある───と。
“深淵”という名称の意味からすると、同じ場所を指しているように思えます。もし、同じであるならば────答えは否です。
“三途の川”の上流付近の対岸に広がる“冥土”に行くことはできても、下流の先にあるという神の住まう場所には踏み入ることは勿論、近づくことすらできない。だからこそ────神が御座(おわ)すことのできる“神域”までお越しいただくのだと…、そう聴いております。
神の住まう場所に招かれることがあるとすれば…、それは、リゼラ様のような────本当に特別な存在だけでしょう。オレたちが立ち入ることができたのは、リゼラ様がいたからこそで────あれは、かなり特殊な事例かと」

「やはり、そうか……」

 レナスの答えを受けて、ルガレドは自分の推論を続ける。

「前世での母上は…、ロレナ前皇妃の親衛騎士を任されていただけあって────敵の攻撃を掻い潜れるだけのしなやかさと素早さに加えて、爺様を凌駕する膂力を持ち────暗殺者の集団や巨大化した魔獣すら、単独で討伐できるほどの実力を誇っていた」

「それほどまでに…?」

 呟いたディンドだけでなく、亡きファルリエム辺境伯の実力を知る者は、驚きを隠せずに愕然となった。

 脆弱なセアラの儚げな姿を見ているなら一入(ひとしお)だろう。尤も───前世でのセアラも、リゼラ同様、細身で武力など持ちえない相貌ではあったが。

「別にありえないことではない。母上の魔力量は、今の俺やリゼには届かないものの、人並外れていた」

 ルガレドのその言葉の意味に、ジグが真っ先に気づいた。

「つまり…、セアラ様は魔力で身体能力を底上げしていた、ということですか?────リゼラ様のように」
「ああ。リゼと同じく…、常に魔力を循環させていた」

「【魂魄の位階】が低い“人間”には、魔力を操作することは不可能です。
それができたというのなら…、セアラ様は、位階の高い魂魄の持ち主だった────そういうことですか?」
「俺はそう考えている。それに…、前世でも今世でも、母上はとても運が良かった覚えがある。偶然が重なって暗殺を免れたことも一度や二度ではない」

「確かに────セアラお嬢様は強運の持ち主でした」

 思い当たる節があるらしく、カデアが同調する。

「それは…、つまり────義姉(あね)上は“祝福”を授かっていた、と?」

 ディンドの問いに、ルガレドは頷く。

「おそらくは。だからこそ────リゼのように加護と祝福を授かった身だからこそ…、“深淵”へと踏み入ることができたのだと、俺は思っている」

 そうでなければ────いくらガルファルリエムに方法を伝授されたのだとしても、時を遡って生まれ直すことなどできるはずもない。

「ですが、そうなると────ルガレド様が処刑されたのも、義姉上が暗殺者の手によって命を落としたのもおかしくありませんか?祝福を授かっていたのなら、回避できたのではないかと思いますが…」

「確かにそうだな。だが…、今のこの状況が────処刑されて、こうして生まれ直したことこそが、祝福の結果なのだとしたら────?」

 ルガレドは、いまいち話を呑み込めていないラムルに向かって訊ねる。

「先代ベイラリオ侯爵は、生まれつき肺に不具合を抱えていた。それが死因か?」
「はい。調べた限りでは、医師はそう判断したようでした」

「前世でも、先代ベイラリオ侯爵はその不具合を抱えていた。咳が出るとしばらく止まらなくなり、呼吸が乱れることも多々あった。だが、あるときを境に、その症状を見せることが一切なくなった。噂では、先代ベイラリオ侯爵は、神代に作られたという伝説の“霊薬”を手に入れて、病を克服したらしいとのことだった」

「……今世では祝福の効果でその“霊薬”とやらを手に入れることができなかった、ということですか?」
「勿論、その可能性もあるが────俺は、逆に考えている」
「逆?」

「あの噂が真実なら───先代ベイラリオ侯爵は…、俺を処刑に追い込み母上を自害させるために、死ぬはずだったところを“霊薬”によって生かされたのではないか───と」

「つまりは────前の人生でのセアラ様やルガレド様では対処できない“何か”を回避する…、あるいは対抗するために、セアラ様とルガレド様は時を遡って生まれ直した、と…?」

 ディンドが、ルガレドの推測を言い換えた。

「そうだ」
「その“何か”とは────もしかして…、あの黒いオーガや魔獣に関係しているとお考えですか?」

「ああ、その通りだ。前の人生での俺は、騎士団と辺境伯軍を統括する立場にいた。黒いオーガや【魔導巨兵(マギアギガス)】という存在には関知したことはなかったものの────魔獣討伐に向かわせた部隊が全滅したということがあった。前情報では、それほど巨体でもなく、火や雷などの魔法を扱う様子も見られないとのことだったが、念のため、魔獣討伐を任せるに十分な実力のある中から、3個小隊を派遣したにも拘らずだ。
それから────それとは別に…、二足歩行の魔物とは違う“異形の人間”に遭遇したとの報告が寄せられていた。それは、こめかみから大きな角を生やした黒ずんだ肌の人間だった、と。目撃証言によれば、肌色が濃いわけではなく、黒い色が滲み出たような────“黒ずんだ肌”だったそうだ」

 その報告を聴いた当時はそれがどういったものか想像がつかなかったが、スタンピード殲滅戦であの異様なオーガを目にしたとき、これがそうかと思い当たった。あれは、まさに“黒ずんだ肌”だ。

「それに…、まるで伝承に残る“エルフ”のように────耳が長く、先が尖っていたとも話していたらしい」

 この符号が、偶然なはずがない。

「詳しく追究しようとしたところで、ミアトリディニア帝国の侵攻が起こったために、どちらも詳細は不明だが────とても無関係だとは思えない」

 思考を回らせているからだろう、ディンドは眉をきつく寄せ、疑問を口にする。

「確かに、あの【魔導巨兵(マギアギガス)】という存在は、今のところ、リゼラ様の持つ【聖剣】でしか討伐することは不可能です。
ですが、だからといって────わざわざ生まれ直す必要性があるようには思えません。そのままでも、リゼラ様と契約を交わす状況に持っていくことは、いくらでも可能だったのではないかと思いますが」

 お互いに一目惚れだったのだ。リゼラがルガレドの親衛騎士に選ばれさえすれば、【契約】は成功した確率は高い。

「それは無理だ。リゼはいなかったからな」
「え?」
「前の人生では────イルノラド公爵家に次女は存在していなかった。いや、生まれなかったと言った方が正しいか。
レミラ=アス・ル・イルノラドは、第三子を妊娠して5ヵ月目に亡くなっている。育ちきっていなかった第三子は、そのまま夫人と共に命を落とした。
だから────あの人生で、俺がリゼと出逢うことはない」

 ルガレドの語った事実にディンドすら言葉を失い、重い沈黙が降りる。

 リゼラがルガレドの“一度目の人生”では生まれていなかったということは────何かが違えば、今世でもリゼラは存在していなかったということだ。

「……では────リゼラ様は…、死産だったところを義姉上の祝福によって生まれることができた、と?」

「いや…、おそらく違う。リゼが生まれたのは、母上が亡くなってからだ。まあ、母上が亡くなる前に何かしら作用して、レミラが生きながらえることができたという可能性もあるが────俺は…、リゼは死ぬはずだったところを生かされたのではなく、母上に()ばれ────死産となるはずだった胎児に宿ったのではないかと考えている」

「招ばれた…?」

「リゼは“深淵”という場所を見知っていた。それも、そこが“深淵”と呼ばれていることも知っていた。
つまり、前世で関わったという異界の神ではなく────リゼが“白炎”と名付けた神とは別の…、この世界の神とも関わったことがあるということだ。
だが、リゼにはそんな記憶はないらしい。ただ、“深淵”という言葉を初めて聞いたとき、ふと昏く何もない場所が思い浮かんだのだそうだ。
だから、もしかしたら────“深淵”を訪れたのは、前世で亡くなった後の…、この世界に生まれ落ちる前の肉体を得ていないときだったのではないか、と」

「それなら、リゼラ様を招いたのは、義姉上ではなく、その神なのでは?」
「その可能性もあるが────母上が亡くなったのが、ちょうどレミラの妊娠5ヵ月目あたりに重なるんだ」
「……それは」
「俺には単なる偶然だとは思えない。母上がリゼを俺に引き合わせてくれたのだと────俺は…、そう思っている」

 ルガレドは、ラムルに顔を向ける。

「ラムル───リゼは、何故、冒険者たちに“戦女神”などと呼ばれている?お前のことだから、事前にリゼの経歴を調べてあるのだろう?」

 唐突に問われて、ルガレドの推論を咀嚼(そしゃく)していたラムルは、すぐに反応できず数瞬だけ間が開いた。

「……リゼラ様が“戦女神”と称されているのは────リゼラ様が係わった魔獣討伐や集落潰しでは、死者はおろか再起不能となる者さえ、一度として出たことがないからです。調査に当たった者によると、これまでリゼラ様が携わった護衛任務の方も、確認できたものはすべて、護衛対象は勿論、味方側に死者は一人も出ていないとのことでした。
リゼラ様と共闘した冒険者は、いつになく戦闘に集中できて危険を察知できたと一様に語っているらしく────それが徐々に広まって、“戦女神”と呼ばれるようになったようです」

「やはり、そういう所以(ゆえん)か…。リゼは自分の実力を過小評価しているわけではないのに、自分の実力が抜きん出ている自覚がないのは疑問だったんだ。周囲を過大評価しているということか」

 これまで、共闘した冒険者や貴族の私兵たちに、死者も目立った大ケガをする者もいなかったから─────

「今回のスタンピード殲滅戦でも、貴族家の私兵、“デノンの騎士”、冒険者───いずれの陣営にも、ケガ人は出たものの、死者及び再起不能となった者はいない。数的不利に加えて、異様な武具を振るう身体能力を強化した変異種に襲われて────死者どころか、再起不能になるような大ケガを負う者すらいないというのは、奇跡としか言いようがない」

「……つまり、リゼラ様がいれば死者は出ないということですか?」

 それまでルガレドたちの遣り取りを黙って聴いていたヴァルトが、やや懐疑的な表情で口を挟んだ。

 “深淵”での件を伝え聴いているだけで、白炎との面識もなく、“祝福”や“加護”の恩恵を十分に実感していないヴァルトには、突拍子もない話に思えるのだろう。

「冒険者ギルドで緊急会議に出席した後、リゼはラギとヴィドと話すために、待機していた冒険者たちの中に入っていった。あのとき…、俺は妙なものを感じて、【神眼】で視てみた。辺りの空気は、その場にいた冒険者たちの不安で澱んでいた。だが────それがリゼに触れた途端、澄んだものに変わったんだ。そして、不安を吐露したラギとヴィドにリゼが言葉をかけた瞬間、それは一気に霧消した────」

 ルガレドはそこで言葉を切って、改めてヴァルトに眼を向ける。

「お前たちとディンドが共闘したという集落潰しでも、緊迫していた中にリゼが入った途端に空気が変わったと聴いている。ヴァルト────お前はどう感じた?」

「……あのときは、Aランクパーティーが出払い、Bランカーのみという状況で、100を超えるオーガの集落を潰すということに────ワシも含め皆、不安で緊張していました。確かに…、リゼラ様が来られて────重苦しかった雰囲気が消え失せたように思います。それに言われてみれば、あの集落潰しでも────集落の規模が大きかった上、魔獣に急襲されたにも拘らず、死者だけでなく再起不能になるような大ケガを負った者はいませんでした」

「レナスが言ったようにリゼが緊張感をものともせず揺るぎない態度を見せたことや、ラギとヴィドにかけた激励の言葉も一役買っていたのだろうが────それだけではなく、リゼには、そういった負の感情を浄化するような力があるのだと思う」

 ルガレドの発言をレナスが肯定する。

「リゼラ様は“巫女(かんなぎ)”ですからね。“禍”や“穢れ”を祓うことのできるあの方には、負の感情によって澱んだ空気を浄化することなど、造作もないでしょう」
「カンナギ?ミコではなく?」

 確か────リゼラの神託は“ミコ”だったはずだ。

「ええ、“巫女(かんなぎ)”です。“神を()ぐ者”という意味合いで────オレたちは、リゼラ様のような…、神と交流し、神を鎮め、時に“穢れ”を負った神を浄めることのできる女性を、そう呼んでいました」

「負の感情を浄化する────なるほど…。確かに、リゼラ様のお傍にいると不安が解消され、前向きになれるように思います。
しかし…、それならば、何故、イルノラド公爵家の面々にはそれが発揮されなかったのでしょう?」

 ラムルが不思議そうに言う。

 この10年会っていなかったイルノラド公爵と夫人はともかく、公女や諸悪の根源の一人である家令とは、何度も顔を合わせている。

「リゼの感情に左右されるのだろう。そうでなければ、これまで対峙した悪党どもも例外なく改心していたはずだ」

 ようやくルガレドの言いたいことを呑み込めたらしいディンドが、ラムルに替わって口を開く。

「ルガレド様のお考えの通りならば、リゼラ様が命と引き換えにしてでも招くに値する存在であるということは理解しました。
ですが────それはとりもなおさず、義姉上が命を引き換えにしなければならないような…、リゼラ様のそのお力が必要となるような────騎士団や辺境伯軍だけでは太刀打ちできない事態が起こるということになります。それも…、“エルフ”という得体の知れない存在が絡んでいる。
本来ならご自分が存在していなかったということに、ショックを受けられるだろうとは思いますが────それでも、リゼラ様に打ち明けるべきなのではありませんか?」

「いや───黒いオーガや【魔導巨兵(マギアギガス)】、それにバレスの話で、リゼは十分に危機感を覚えている。“異形の人間”や討伐隊の全滅に関しては話すつもりでいるが────俺の推論については打ち明ける気はない。やむをえない事態にならない限り、リゼには話したくない」

「俺も、ルガレド様の意見に賛成です。リゼラ様には、この話はしない方がいい」
「オレもそう思います。リゼラ様は…、ルガレド様が前世の記憶を取り戻したことだけでなく、ヴァムの森の集落発見時に弟分たちが大ケガを負ったことで、ご自分を責めていました。セアラ様がお命を落とされたことも、きっとご自分の責のように感じてしまわれると思います」

 ジグとレナスが、すかさず賛同する。

「レナスの言う通りだ。リゼは────母上の命と引き換えにしてまでリゼが招ばれたことの必要性を理解して、頭では自分のせいではないと判っていても、俺が母上の死を悲しんでいる以上、きっと気に病む。
それに、自分がこの世界に生まれることによってレミラが生き延びたことにも、罪悪感を持ちかねない」

「確かに────リゼラ様ならありえますね」

 ルガレドが記憶を取り戻した際のリゼラの落ち込みようを思い出したらしく、ラムルが首肯した。

「まあ───レミラの影響がなくても、ファルロもファミラも幸せそうではなかったがな…」

 つい漏れ出たルガレドの独り言を拾い、エルが首を傾げる。

「リゼがいたわけではないのに────前世でのイルノラド公爵家について、随分、お詳しいのですね?」

「前の人生では、ファミラと婚約していたからな。婚家の内情を詳しく調べ上げるのは当然だ」

 ルガレドの言葉にその場にいる全員が驚愕して、ルガレドに刺すような視線を向ける。特に、リゼラと親しい女性陣からの視線が鋭い。

「言っておくが、政略だぞ?それと、ファミラは、俺が【神眼】で他人の心を読んでいるという噂を信じていて────俺のことを嫌厭していたからな。パートナー同伴の夜会などは仕方なく傍にいたが、それ以外は決して近寄ろうとしなかった。当然────そんなファミラに、俺もいい感情は持っていなかった」

 レミラほどではなかったが、“神託”に拘っていたイルノラド公爵は、『剣姫』という“神託”に反して剣術の才覚がなかったファミラに落胆したらしい。

 そのせいもあって、前の人生でのファミラは、かなりコンプレックスを拗らせていたようで────それを知られたくないのだろうと、セアラは言っていた。加えて、皇妃の親衛騎士を務める自分と接するのも嫌なのだろう、とも。

 護衛としてつけていた“影”によれば───父親とうまくいっていない反動か、ファミラは死んだ母親に夢を見ていて、自室で一人になると、『お母様が生きていればこんな婚約は反対してくれたはず』だの、『お母様さえいてくれれば社交界でもっと上手く立ち回れたのに』だのと嘆いていたそうだ。

 結局、母親が生きていても望むようにはなっていないどころか、もっと悲惨な状況になったことには憐れみを覚えないでもなかったが────リゼラにした仕打ちを思えば、怒りが勝る。

 これから先、ファミラがどんな苦境に立たされようと、ルガレドが手を差し伸べることはない。

「関係性は良くなかったとしても、リゼには話さない方が良さそうですわね」
「勿論、話すつもりなど毛頭ない」

 ルガレドは溜息を()いてから、カデアを始めとした女性陣に振り向いた。

「リゼは敏い。どんな切っ掛けで、俺と同じ推論に辿り着くか判らない。もし、辿り着いてしまったそのときは────リゼのフォローを頼む」

 ラナ、アーシャ、セレナ、カデアが力強く頷いた。事情を一通り聞かされただけで、まだよく解っていないはずのミュリアも迷いなく頷く。

「この話を全員にしたのは、皆にも用心して欲しいからだ。エル、ウォイド、ベルネオには情報収集を頼みたい。どんな些細な情報でもいい。異変を感じたら、すぐに報せてくれ」
「「「かしこまりました」」」

「俺は、起こるであろう事態に備えるためにも、なるべく早くこの国を安定させたい。新年度には、ロウェルダ公爵共々動き出すつもりだ。どうか────皆の力を貸して欲しい」

 仲間たちは、一斉に片膝をついて(こうべ)を垂れる。そして、見上げた眼差しには強い意志を湛えていた。

 それを受け止めながら、ここにはいないリゼラを思い浮かべて、ルガレドは決意を改める。

(絶対に皇妃一派から国を取り戻し────母上が繋いでくれた未来を護ってみせる)

 こうして、自分に付き従ってくれる仲間たちのために────
 何よりも、添い遂げることを誓ってくれたリゼラのために────
 
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