世界はまだ僕達の名前を知らない
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仲間の章
07th
ごめんな、そのニヤついた顔が気に入らないんだ!
「……………………」
トイレ男は誰も来ないと踏んで隠れた部屋にピンポイントで人が来た不運を嘆いていた。
「……………………」
隣の優男が身を硬くしたのが服越しにも伝わった。
足音と話し声から部屋に入ってきたのは二人の男であるとわかる。大柄な男と小柄な男だろうか。声からして大男と小男ではないが。
「えーと、隠し金庫はどの辺に置いてあったかな……お、あったあった、これだ」
大柄な男の方は二人の近くまで来たかと思うと、トイレ男が裏に隠れている箱の前にしゃがんだ。「…………」、近い。息遣いでバレないか怖い。
「よしよし……全部あるな。危ねぇ危ねぇ、全部衛兵に持ってかれるとこだった」
鍵が解かれる音と重い扉が開く音が順番にした。中をゴソゴソと漁る音もする。
「衛兵も小賢しいですね〜、バレないように襲撃しようとするなんて」
「ま、結局はバレてボスの俺様を逃がしちまう訳だが。ガーハッハ!」
どうやら大きい方はこの組織のボスらしい。小さい方は、側近とかその辺りだろうか。
「この金さえあれば、逃げた先で幾らでも子分を集めて再起できる。大人数じゃ逃げられねぇから、今居るお前以外の部下は置いてけぼりだがぁな」
「ケストルじゃぁ何します? また壷売りしやすか?」
「いや、誘拐を続ける。壷売りは続かねぇ。短期間での収入は誘拐より高いが、長期的に見れば誘拐の方が儲かる」
「でも今回みたいにすぐ見付かったりしやせん? あ、いや、ボスが失敗するっていう意味じゃないんですけど」
「いーや、心配ねぇ。ここを出る前に、誘拐した奴らを皆殺しにする。俺達に手を出したらどうなるかわからせてやるんだ」
「ヒャーッ! ボスったらカッコイー!!」
「ガーハッハ、もっと褒めろ」
会話の内容はそれはそれは酷いものであった。
「……………………」
トイレ男は思った。このままこの男を部屋から出せば、誘拐された人達が皆殺しにされてしまう。何とかしてこの部屋から出られないようにしなければ。
優男も同じ事を思ったようで、
「(どうする?)」
と訊いてきた。
トイレ男は少し考えて、
【僕が向こうの棚に移動するので、僕が棚を倒したら貴方もこの棚を倒してください。二人を閉じ込めましょう】
「(わかった)」
トイレ男は音を出さないように、しかし急いでしゃがんだまま歩いて移動した。
「流石ボス! 神!」
「ガーハッハ!!」
トイレ男は定位置に到着した。
「ガーハッハッハッハッ……さて、時間も無いし、そろそろ行くか。ナイフは持ってるな?」
「えぇ、ここに」
ボスと側近がそう言い、金庫に踵を返す⸺や否や。
ギィィ……グァッシャーン!
と、トイレ男は彼らに向かって棚を倒した。
「うぉ!?」
「ぬあ!?」
その直後に、優男が隠れる棚も倒れた。
ギィィ……グァッシャーン!
「あ"ぁ"!?」
「びっ」
二方向から棚に潰されたボスと側近はそんな情けない声を漏らした。
「何だ今の!?」
「物置からだ!!」
棚が倒れる騒音を聞き付けたメンバーがゴトゴトと足音を立てながら集まってくる音がする。トイレ男は逃げようとしたが、優男はそれを腕で制止した。
「くぁぁ、何だお前ら!!」
棚の下からボスがそう叫ぶ。
「さぁ、何だろうね」
優男は肩を竦めた。
「クソッ、さっきの会話も聞いてやがったな! この汚い盗み聞き野郎!!」
「その口でそれを言えるの、素直に尊敬するよ」
優男の返しに顔を赤くするボスだったが、感情的になってもどうしようもないと気付いたのか、ふぅーと深く息を吐いた。
「取引をしようじゃないか」
「へぇ? どんな取引だい?」
優男はさぞかし面白い事を言ってくれるんだろうなぁという表情で問うた。
「俺様の仲間にしてやる。ヒクラを捨てて、お前達二人を連れていってやる」
「っつぉ、ボスぅ!?」
こっそりと抜け出そうとしていた側近がそんな馬鹿なという風に手を滑らせていた。
「どうだ? いい取引だろう。お前達は俺様の下で安泰に暮らせるんだ、死ぬまでな。そっちが払う対価は、今ここで俺様を助けるだけ……どうだ? いい取引だろう?」
「うーんそうだね」
優男は真面目に思案するように首を傾げた。そして足音がだいぶ近くなってきた頃に結論を出す。
「うーん……ごめん、お断りさせてもらうよ」
「ッ、何でだ」
「そのニヤついた顔が気に入らない」
ドアが開け放たれ、複数の男達が部屋に雪崩込んできた。
「わ、棚が……ってボスぅ!?」
「どうなってんだこれ!」
「チクショッ、貴様らァ、侵入者だ! とっ捕まえろ!!」
ボスは押し潰されたまま、部下達にそう命じる。部下達は困惑した顔で優男とトイレ男を見て、困惑された優男は堂々と、
「私は、この人がお金を持って逃げようとしてたので捕まえただけです」
とボスを指差した。
「ほんとか!?」
「嘘だ! 侵入者の言う事なんか信じるな!」
「多分、今もまだ手にお金を握っていると思いますよ」
「確かめよう」
「なッ、くッ、来るなッ、あッ、ああああああああああ」
部下達がゾロゾロとボスの下に寄り、棚をどける。そして晒されたボスの手の中には溢れんばかりのお金があった。
「ほんとだ!」
「この野郎、俺達を騙すつもりだったんだな!」
「き、聞け! これは誤解だ! 俺はただ金を数えていただけでッ」
「ボスは嘘ついてるぞ! ほんとは一人で逃げるつもりだったんだ!!」
「ヒ、ヒクラああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
それからはもう大惨事だった。
ボスは殴られ蹴られの暴行を受け、更に大きくなった騒ぎを聞き付けた奴らが大勢やって来て、ますますボスが殴られ蹴られ、ついでに側近も殴られ蹴られ、果ては作戦開始時刻になった衛兵まで突入してきて何が何やらだった。トイレ男は隅っこの方で見てるだけだった。
「……………………」
狭い部屋とその前の廊下に人が密集していたので、本来は地下水路で構える本隊が捕まえる筈だった人数を陽動隊が捕まえなければならなくなり、手錠が足りず数人の衛兵が走っていった。
「あれ? ツァーヴァスじゃないか。こんな所でどうしたんだ?」
衛兵に混じって構成員を捕まえていた巨女がトイレ男に気付いた。
「……………………」
トイレ男は優男に見せたものにその後の事を書き加え巨女に見せた。
「……大変だったな」
巨女は大柄な男を三人押さえ付けながら読み、そうトイレ男を労った。
そうこうしている内に大量の手錠と共に本隊がやってきて、壷売り残党のメンバー達は騒ぎに乗じて逃げた極々少数を除き捕まったのであった。
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