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ムゲン回廊の魔少女・限定版

作者:ジンカイ
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第三章第一節 晄と陰の暗闘(amnesia)

 ヴェラ=ルーシーはほむらが記憶をなくしたことを直ちにカナメ=クラウディアに報告した。TVチャットごしではあったがカナメの顔には不安の色がにじみ出ていたのがみえた。
「それでいま、ほむらはどうしている」
 ヴェラはほむらが記憶喪失になった直後の状況を説明し始めた。

「あなたたちは誰です。どうしてわたしは病院の外にいるんです」
「うそだろほむら、まさか本当に忘れちまったのかよ。あたしとさやかのことも。なあ、さやかのことは覚えているよな。あたしのことは忘れていい。でもさやかのことは忘れてないよな」
「さやかって、誰ですか」
「思い出せ。頼む、さやかのことだけでも思い出してくれ。じゃないとあいつのことを覚えているのは、あたしだけになっちまう……。あたしが死んだら、もうあいつのことを覚えている人間は誰も、誰もいなくなっちまうんだ」
「杏子、そのへんにしておけ」
 ヴェラが止めに入った。
「うるさい。お前にあたしの気持ちがわかるもんか」
「わかってねえのはおめえの方だ。これ以上ほむらを刺激すると、悪化するかもしれん、と言っとるんだ」
「悪化する」
 ヴェラはほむらに聞こえないようテレパシーで伝える。
〈これはあきらかに奴らの仕業だ。殺されなかったのが不思議なくらいだ。奴らはほむらの記憶を人質にとったつもりなのかもしれん。無理に記憶を呼び戻そうとするとほむらの記憶どころか、脳や身体に障害をおこすことも考えられる〉
「くっ、たしかに。お前の言うとおりかもしれない」
〈チェン、オレがこれから言うことをお前がほむらに伝えてくれ。今のほむらに対してお前がいちばん不信感と威圧感がなさそうだ〉
〈了解〉
 夏千慧(シャチェンフイ)はヴェラの言葉を伝えはじめた。
「ほむらさん、どうか落ち着いて。わたしの話をきいてください。ほむらさんは病状が急に悪化して意識をなくしてしまったんです。それでいったん治療をしたものの意識が回復しない。そこでお医者さまが『空気のいい場所につれていって様子をみたほうがいい』ということになりました。わたしたちは雇われの……大道芸人です」
(はぁ? なんじゃその設定は)
 杏子は訝りながらも黙って聞いていた。
「理由はえーと、ほむらさんが目をさましたときに愉しませるため、です。よく笑う人の方が心身ともに健康になるという医学的データがあって、それにもとづいたものです」
「……わたしが知らない服を着ているわけは」
「ほむらさんも一緒に混じって、愉しみやすいように、するためです」
「めがねがなくてもよく見えるわけは」
「コンタクトをつけさせて、いただきました」
「髪が切られている理由は」
「えーと、……治療の時に髪の毛がじゃまだったので。命にかかわる急を要する状況だったので。親御さんのご了承はとってあります」
「……そう、なんですか」
 ほむらは最後の理由だけさすがに納得できていない様子だった。
「最後に、このわたしの左腕にある円盤と、左手に貼りついているこの石はなんですか」
「円盤は、最新旅行用バッグで、見た目よりもたくさん収納できます。その石は……」
〈うーんと、どうすっかな。ここまではなんとか誤魔化せたが、ソウルジェムを外させるわけにはいかんからな。えーと……〉
「それは、最新の生命維持装置です。それがあるので病院の外でも苦しくないんです」
 チェンフイが最後にアドリブを利かせた。
〈ナイス。チェン〉
 チェンフイは得意げににこっと笑った。
「ということは、外してはいけないんですね。わかりました」
 一同はいったん胸をなでおろした。
「でも……」
(まだあるのかよ)
「めがねをつけてないとなんとなく、なんとなく自分じゃない気がするんです」
(ったく、めんどくせえ奴だな)
「円盤のなかにあるかもしれません。さがしてみては」
「このなかですか。あ、あった」
 ヴェラは最悪レプリカを作ろうとしたがめがねは見つかった。
「そのめがね、ちょっと貸してもらっていいですか」
 チェンフイはめがねを拭くふりをして伊達めがねに変えた。
「コンタクトを外しますからお待ちください。はいどうぞ」
「ああ、よかった。これでやっと安心しました」
 ほむらは赤いめがねを掛けほほえんだ。
(あっ、ほむらさんかわいい)
〈ふう。ほむらが単純でよかった。っていうか、魔法少女になる前のほむらって全然別人じゃねえか。どうしてああなったんだ〉
〈杏子、オレたちはサバトで聞いたが。時間遡行を繰り返し数え切れない地獄を見て、戦士として目覚めたらしい〉
〈地獄……か〉
〈そうさ。奴らの正体と目的を話しても信じてくれなかったって〉
 ここまで話しヴェラはしまったと思ったが遅かった。
〈……その「信じてくれなかった」中に、あたしもいたのか〉
〈……そう、らしいぜ〉
〈なんてこった……なんであいつを信じてやれなかった。あたしのせいか。ほむらがこんなに変わるまで、地獄の中を戦い続けた理由は。なんであいつを信じられなかった〉
 それは別の時間軸の話で今現在の杏子は関係ない。だがそれを言っても慰めにはならなかった。

「そうか、きみたちには苦労をかけたな」
 カナメはTVチャットで話を聞き終わっていったん安堵した。
「腫れ物にさわるようだったぜ。一応本人から聞いてはいたが、ここまで変わるとは思わなかった」
「それにしても不可解だ。殺されなかったのが不思議だ。逆にほむらを生かしてなにを狙っているかわからない分いっそう不気味だな」
「チェンが全身をスキャンしてもさっぱりわからない。止まった時間に襲いかかってくるアゲハチョウだの。記憶を消されただの。どうすればいいものかと。アゲハチョウの正体を確かめほむらの記憶を取り戻すまで見滝原から出られなくなったな。見事な足止めだ」
「今後はほむらの代行としてきみが指揮してくれ。奴らが今後どんな方法でくるか皆目見当もつかない。私はきみを信頼しているがくれぐれも気をつけてくれ」
「へへ、『斬り結ぶ、刃の下ぞ、地獄なれ』ってな」
「『身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ』か。そうだったな。この作戦が終わったら久しぶりにきみと兵法(ひょうほう)をゆっくり語りたいものだ」
「ほむらと杏子とチェンも入れてくれ。オレたちの強さの秘密を知りたがっていたからな」
「ぜひ指南させていただこう。ところでこの件はゲラルディーネの仕業ではないのか」
「オレのカンでは違うな。あいつが圧倒的に有利な結界の外に出るとは思えない。なにより記憶だけ消して殺さない理由がない。奴は殺す気まんまんだったからな。ちょいと発想が飛躍するが、悪魔の中で分裂派がいるのか。よほど実力と権力をもった奴が独断で行動したとか。そんなところだろうか」
「奴らに分裂派とは考えにくいが。もしそうなら妙な話だな」
 ヴェラの言葉は半分虚言で根拠はなかった。カナメにゲラルディーネの余計な詮索をさせたくないのが本音であった。
(いまのはでっち上げだが、もしかしたら本当に……。あの遠距離狙撃を受けたとき、実際に邪魔が入って助かったからな)「ん、まてよ。そうなるとその実力と権力をもった奴というのはもしかして、あの……」
「こころ当たりがあるのか」

 まどかとインキュベーターが、ほむらたちが向かう空港管制塔の頂上にいる。両者は普通の人間には不可視の存在であった。
〈ねえキュゥべぇ、あのレイチェルって魔法少女なんなのお〉
〈レイチェル=ドラグウェナか。彼女はイレギュラーだ〉
〈イレギュラー。おもしろーい。どうイレギュラーなの〉
〈彼女の願いは叶えられないものだった。よってボクは彼女との契約を拒否した〉
〈契約していないのに、なぜ魔法少女なの〉
〈以前何者かが「ソウルジェム排卵システム」の侵入遮断防壁を突破。侵入後アクセス許可を得た事故が起きた。彼女は自力で魔法少女になった疑いがある〉
〈へえ。それがあの子だったらおもしろいわね。ちょっと興味が出てきたかも〉
(レイチェル=ドラグウェナ、不可解でやっかいな相手だ。太古よりの因縁だけでなく、まさか暁美ほむらに接触するとは。こちらも強硬手段をとるしかないようだな)
〈ところでほむらちゃんの記憶がなくなった話題には触れないの〉
〈ああ、その件なら聞くまでもないからね〉
〈そうよねぇ、ふふ……〉
 まどかのほほえみに巨大な影がかかる。旅客機が滑走路に降りてきたところだった。

 ヴェラは臨時リーダーに任命されたことをほむらを除く少女たちに告げる。
 その後山岳の道を進んでいた。
(わあこの石、本当に生命維持装置なんだ。こんなにきつい山道がぜんぜん疲れない。それにとても綺麗。不思議な色をしてるのね)
 ほむらは自らの魂の結晶を見つめてニコニコしていた。急に体力がついたように思え何でもできそうな気がし、わくわくしてきた。こんな気分はいつ以来だろうか。この装置が毎日つけても問題なければ病のためできなかった沢山のことや憧れたことができるかもしれない。もう自分だけが惨めにならないかもしれない。怖れていた一歩を踏み出すことができ「新しい自分」に生まれ変わることが出来るかも知れない。期待に胸をふくらませ、ほむらの瞳は輝いていた。
(最新の医療技術ってすごい。まるで……魔法みたい)
 山岳を抜け平地に出る。そこにはすでに巨大ヘリから降りていたレイチェルら四人が待ち受けていた。
「ほむら。わたしの話をもう一度……」
 レイチェルが話し終わる前に杏子は黄色いワンピースの胸ぐらをつかんだ。
「お前か。ほむらの記憶を消したのは。話を聞かなかったから、その当てつけか」
「ひぃ。え、なんのおはなし」
「お待ちください杏子さん。ほむらさんの記憶を消したとは、どういう意味です」
 レイチェルの付添であるエリック=サーパンサが杏子を引き離す。
(杏子の名前まで。オレたちのことは調査済みか。まあ当然だな)〈杏子、たぶん違うぜ。そいつが犯人だとしたら筋が通らない。第一記憶を消しちまったら、そいつらの願いも叶えられなくなるんじゃないか〉
 ヴェラはレイチェルたちにほむらに聞こえないように説明した。
「うそ。ほむらの記憶が……」
「声がでかい」
「おっと失礼。えーと、じゃあ。わたしはどうすればいいの」
「お嬢様、チャンスです。僕たちが記憶を取り戻せば貸しを作ることができます」
「なるほど。それはいいアイデアだわ」
「……おい」
「なによヴェラ=ルーシー」
「お前ら本物のバカか。それともなめてるのか。なんで堂堂とそんな内容話してんだ」
「どっちでもないわよ。わたしの目的は、ほむらに願いを叶えてもらうことだから」
「お前らは何者だ。オレたちはともかく、なんでほむらの過去まで知ってる」
「我我たちは『ラープスケンジャ』。そして現在の頭首がこちらのレイチェルお嬢様です」
「なんだよラープスケンジャって。あたしは聞いたことがないぞ。ヴェラ知ってるか」
「オレも知らんね」
「そりゃそうよ。わたしたち秘密結社だもの。その情報網でほむらの過去なんていくらでも調べられるわ。ああ、それから聞かれる前に答えておくけど『ラープスケンジャ』は創設者で大賢人の名前なの。どう、かっこいいでしょ」
 レイチェルは得意げに答える。
「秘密結社? そんなイメージじゃないわね。むしろあんたたちの方が大道芸人みたい」
「ぷはははははは。チェンフイ、お前最高だ。いいこと言うな」
 杏子は大受けしていった。
「なあヴェラお前も、あれどうしたまじめくさった顔して」
 ヴェラに緊張した空気が流れていた。
〈そうかこいつらか。太古より魔法少女を支え続けてきた、謎の組織というのは〉
「なんだそりゃ」
〈オレとカナメが世界を転転としていた頃、ときどきこういう魔法少女がいた。「なるほど、あなたたちは信用できそうだ。だがわたしたちはすでにある組織の支援を受けている。もし同時に声がかかった場合、組織を優先させてもらう。組織の詳しいことは言えない」ってな〉
「ああ、それから聞かれないから答えるけど、あのハイキたちとわたしたちは敵対組織なの。あいつらは絶対に許せない。あの本物の悪魔たち、インキュベーターも敵よ」
「まじかよ。太古っていつからだよ」
「まあ数千年なんてものじゃないわね」
「えっ、中国より歴史古いの。第一そんなの歴史の教科書にのってないわよ」
「あらシャ=チェンフイ、歴史なんてあんなもの、国家の都合、権力を持つ特権階級に編さんされてるんだから。自国民を都合がいいよう教育し、操るためのもんなんだから」
「ムカツク。そりゃ祖国だけど信用できないのは知ってるわよ。それにしてもあんた、初めてまともなことをいったわね。そのぶん余計に腹が立つわ」
「なによ。本当のことを言っただけじゃない。あなた年下のくせに生意気よ」
 レイチェルとチェンフイの間に見えない火花が激しく散っていた。
「あのー、わたしの過去を調べたとか、どういうことなんですかぁ」
 しまったとみなが揃って思う。ほむらの存在を忘れていたことに気がついた。
「聞いてほむら。貴女がわたしの願いを聞いてくれるというのなら、わたしは貴女のどんな願いでも叶えることができる。貴女の力添えをお願いできないかしら。詳細は誰にも聞かせるわけにはいかないので、貴女と一対一になっていただく必要があるけど」
「あなた誰です。なんでわたしが必要なんです。怪しくて信用できないんですけど」
「ムカっ、控えめのくせにはっきり言うのね。まあそうでしょうね。そしてそれでこそわたしが世界中を探してみつけた人物。こんな申し出に対してすぐにイエスが返ってくるなんて、最初から思っていないわ」
『だったら言うな』
 ヴェラと杏子とチェンフイに圧倒されレイチェルはたじろいだ。
「ううぅ、でも必ずわたしは貴女にイエスをいわせてみせる。そのためにわたしは生まれてきた、といってもいいくらいなんだから」
「オレは話してみたいね。いろいろと聞きたいことがある。場合によっちゃ手伝ってもらおう」
「さすがヴェラ=ルーシー。じゃあ、いまこれからお茶を入れるからぜひ乗って」
 レイチェルがヘリの乗員に指示を出す。
〈大丈夫かよ〉と杏子。〈こいつら信用できるのか〉
〈オレたちをだまそうとするんだったら、もっと周到にやってくるさ。チェン、ほむらに言ってほしいことがある〉
 チェンフイはまた伝言をはじめた。
「ほむらさん、これは治療の一環なんです。あなたの病状が先日のように急に悪化しないように、ちょっとだけ問診が必要なんです。それで、えーとこいつ、じゃない、この人たちは派遣された医療チームなんです。ほむらさんと同じ病状で苦しんでいる患者さんがたくさんいます。そのひとたちの今後の治療に役立たせていただきたいので、ほむらさんにいくつかお話をさせてもらいたいそうです」
「そうですか。それでわたしのことを知っているんですね。わたしと同じ病状のひとたちのお役にたてるのなら……」
 ほむらはレイチェルを見てちょっとだけためらった。
「お役に立てるのならご協力します」
「やった。じゃあせっかくだから……」
「ではお嬢様、さっそく準備しましょう」
「ちょっと、エリック押さないでよ」
 エリックはせっかくいい方向に運んだこの状態がレイチェルの余計なひとことでぶち壊しになる前にさっさと引っ込ませた。
「そういえば、さっき秘密結社って……」
「よーし、いくぞほむら」
「えっ。あ、あれ」
 杏子はほむらの背中を押して中へせかした。

 ヘリの中は広く休憩室の内装には丸太が使われておりちょっとしたログハウスのように思えた。部屋のなかには組織のシンボルらしい淡黄色の旗がかべに掲げられていた。レイチェルたち四人とヴェラたち魔法少女八人が三角に並べられた高級インテリア風のテーブルに向かい合って腰掛ける。そのテーブルにいい香りとともに紅茶とケーキが運ばれてきた。だがほむらの席だけココアが置かれた。
「ん、なんでほむらだけあたしたちと違うんだ」
「わたしが紅茶を飲めないのをご存じなんですね」
「へっ、そうなの。お前紅茶飲めないの」(こいつらどこから情報を仕入れてくるんだ。気持ちわりぃな。あたしのこともみんな調べたんだろうか)
 レイチェルをみると「どう。よく調べたでしょ」といわんばかりに得意顔をしているのがみえて杏子はますます気分が悪くなった。
(にしてもこいつ、ぜんぜん平気そうな顔しているけど、そういうこと気にしないのか)
 ほむらは医療の一環だということを鵜呑みにしてまったく無頓着だった。初めて口にした高級なココアとケーキに舌鼓を打ちその美味と他の魔法少女たちとのおしゃべりに夢中になっていた。本来のほむらは引っ込み思案で他人とまともに目を合わせることすらできなかったずだった。だがそんなことを思うこともなくなぜか自然とうちとけていた。
 十分後あたりでヴェラとレイチェル、エリックだけが席を外しほむらに聞こえないよう別室へ移動しテーブルの席に着く。エリックから話しはじめた。
「この部屋は完全防音。そしてあらゆる通信を遮断する構造になっています。テレパシーも外に漏れません。つまりインキュベーターには絶対に聞こえません」
「じゃあさっそくだがほむらの治療、つまり記憶の回復について、お前らはいったいなにができるんだ」
「それはね、あー……エリック、お願い」
「はい、お嬢様。我我の施設でMRIスキャンをして異常箇所をまず調べます」
「そりゃムダだな。MRIスキャンより優秀なチェンのスキャンでも異常箇所がみつからなかったからな。ちょっとまて、」
 ヴェラは念のため近くにインキュベーターの気配がないことを確認する。
「オレはな、今回の件は鹿目まどかが主犯だとにらんでいる」
「あの映像の鹿目まどかですか。彼女はなにものなんです。我我の情報網を以てしてもなにも情報がえられなかった、あの少女の正体とは」
「オレたちにもわからない。それを知っている唯一の人物はほむらだけだ。だがそのほむらの記憶も消えちまった。オレが知っているのは本人から聞いたわずかな情報と、悪魔とのやりとりで聞いた断片的な情報だけだ。ところでお前らはどうやって情報を集めている。なんでほむらが時間遡行していたことまで知っている」
「お嬢様、よろしいのでしょうか」
「いいわよ話しても。彼女は信用できるから」
 レイチェルは紅茶を飲みながらこたえる。
「わかりました。この話はトップシークレット、他言無用でお願いします。我我はインキュベーターを生け捕りにしてスリープ状態、昏睡状態とでもいいましょうか、その状態になった個体を通じ奴らのネットワークにアクセスし、そこから情報を引き出しています」
「ほほお。そいつぁおどれえた。そんなことできるのかよ。ほんとうかどうか信じがたいな。まあ、ほむらの情報についてはヤツらしか知らないからな。とりあえず信じておこう」
「でももうほむらの情報はそれ以上手に入らないのよ。あいつらの中でもほむらは要注意人物になった証拠でしょうね。『災いの火種』ってタグがついているくらいだから。あの鹿目まどかによる映像が公開されてからというもの、急に暁美ほむらに関する情報へアクセスすることが難しくなった。情報を開くための権限が足りないっていうのよね。全部の個体がというわけじゃなく、一部からはかろうじて情報が拾えたから。あいつら見た目は一緒でもネットワークにアクセスする階級みたいなものがあるみたい」
「なるほど、『災いの火種』か。あいつにぴったりだな。おっと、鹿目まどかの話だったな。ほむらが言うには、ほむらを魔法少女として利用するための人形だったらしい。最初のうちは。だが見滝原に戻ってきて、普通の人形と違うということを、奴に聞いたところこう答えた『まどかは特別な存在だ。キミたちとは違う』ってな」
「特別な存在とはなんでしょう」
「ほむらはたしか、こう言ってたな。時間遡行を繰り返した結果、『因果の糸が絡まり続け、ワルプルギスの夜を一撃で倒すほど強大な力を身につけた』。奴らは『まどかを使って何か企んでいる』って。因果の糸ってなんだ。そういやお前らが最初に現れたときにもそう言っていたな。お前ら知っているのか」
「我我にもわかりません」
「あら、あれはたまたま口にした言葉だったんだけど、ほんとうに因果の糸が絡んでいたのかしらねえ」
 ヴェラはレイチェルをじっと見つめた。とぼけているのかそれとも本気でわからないのか。
「ついでに聞くがあのハイキとかいう魔法少女たちはなんだ。あいつらの話は本当なのか。自分たちだって魔法少女だというのに、人身売買に荷担してるのか」
「そうよ。あいつらは魔法少女とソウルジェムを売り物として私腹を肥やす、文字どおり悪魔に魂だけでなく人の心まで売り渡した連中なの。『ガルトラサッカ』それが奴らの組織の名よ。表向きは宝石や貴金属を扱う国際企業。実際には悪魔と取引する、人間とは呼べないサタニストね。三百年前には異端審問会を通じ教皇庁に吹き込んで魔女狩りを推奨して荒稼ぎとしたとか、十五世紀の大航海時代に黒人奴隷を大量売買して大もうけしたとか、もっと前にはユダヤ人迫害の原因をでっち上げて王に取り入ったともいわれている。とにかく、この世のありとあらゆる犯罪の裏には、こいつらの影がちらついているってことね」
 このはなしを聞きさすがにヴェラは驚倒した。そんな大昔から大犯罪を行ってきた闇組織があったとは。文字どおり人の心を売り渡し悪魔と手を結んだものたちがいたとは。
「どう、わたしたちの情報力は。もちろんあなたが魔法少女になったときの『願い』だって知っているのよ」
「ああん、だからなんだっつーの」
「お嬢様、先代にいわれたことをお忘れですか。調べられた方は気分がいいはずがない。だからなんでも知っているということを口に出すなと。彼女は気分を害されています」
 先代頭首であった父モルペスは病のため頭首をレイチェルに譲ったばかりだった。
「しまったそうだった。……ごめんなさいヴェラ=ルーシー。わたし言いすぎたわ」
 初めてレイチェルはヴェラに本気ですまなそうに謝罪した。
「ふーん。ま、素直に謝ったから許してやるよ。ところでお前のソウルジェムちょっと変わってないか。ジェムから発せられる波動がなんか不安定に感じるんだ。それからお前、あまりテレパシーをつかわないな」〈オレのテレパシーが聞こえるか〉
 レイチェルは答るのを一瞬ためらってから返す。
「ああそれはね、聞かれちゃったから答えるけど、」〈わたしインキュベーターと契約してないから特別なの〉
 そのテレパシーは軽いノイズのようなものが入り多少くぐもって聞こえた。
「どういう意味だ」
〈自力で魔法少女になったから、魔法少女としての能力をちょっとずつ身につけているの。テレパシーもまだ……練習中なのよね。このことは誰にもいわないでね〉
 またしても信じがたい話がでてきた。今度は自力で魔法少女になったという。ヴェラは思う。こんな奴を本当に信用してよいものだろうか。こんな怪しい奴はいままで見たことがない。インキュベーターを除いて。

 一方ハイキたちは上層部からTVチャットで指示を受ける。男は言う。
「インキュベーターから指示があった。レイチェル=ドラグウェナを始末しろ。ただし暁美ほむらには手を出すな。しかし事故であった場合はやむなしと。なにせ事故ならば仕方あるまいということだそうだ」
 ハイキたちは直ぐにレイチェル追跡の準備にとりかかった。 
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