魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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XV編
第261話:握られた天下
颯人を1人残して地球へと帰還した奏達。彼女達が降り立ったのは、地球の何処かにある草原のど真ん中であった。
「う、お? 何処だ、ここ?」
日本では見慣れない草原、遠くに目を向ければ川なのか湖なのか分からないが広い水面が見える。テレポートジェムを用意したのがワイズマンなので、ワイズマンが利用するのに都合のいい土地なのだろうと言う事は分かるが肝心の場所が分からなかった。ただ遠目に見える幾つもの巨大な柱や、空を赤く染める光が異彩を放っている。
暫く周囲を見渡していると、奏達の通信機にあおいからの連絡が入った。
『あぁ、良かった! 皆、地球に帰って来られたのねっ!』
『でもどうやって?』
「アオイにサクヤか? すまない、俺達は今何処にいる? メデューサからテレポートジェムを奪って使ったから、何処に飛ばされたのか分からないんだ」
本部ではギアの反応から装者達の居場所を常にトレースしている為、今彼らが何処にいるかはすぐに分る。反応を追跡した本部からは、了子の驚きの声が聞こえてきた。
『ちょ~っと待ってね。え~っと…………えぇっ!』
「櫻井女史、どうしました?」
『お、落ち着いて聞いてね。今皆が居る場所はスウェーデンの南部よッ!』
「ス、スウェーデンッ! そんな所に私達は居るのッ!」
マリアも驚きはしたが、同時に別段おかしな事ではないと何処か納得もしていた。そもそもジェネシスの本拠地が日本とは限らないのだし、パヴァリア光明結社もヨーロッパに本拠地を構えていた以上驚く事ではない。
とは言え錬金術師とは犬猿の仲と言われる魔法使いの組織の本拠地が、同じヨーロッパのスウェーデンに存在していたと言うのは少し意外だった。尤もこの近くにあるのがジェネシスの本拠地とは限らないが、少なくともこの場所がジェネシスと全く無縁と言う訳ではないのかもしれない。
今回の一件が終わったら、この近辺を隈なく調査する必要があるとマリアが考えていると、通信機からはアリスのやや焦ったような声が聞こえてきた。
『皆さん、地球に帰還して早々申し訳ありませんがすぐに鎌倉の風鳴宗家へと向かってください。そこで輝彦さんやキャロルさん達がワイズマンと戦っています』
「お義父さん達がッ!」
『戦況はハッキリ言って不利です。ワイズマンを止めようとキャロルさんが無茶をした結果、大きな負傷こそしませんでしたがダウルダブラを失い戦力は激減しています。このままでは……』
ワイズマンを止めようと地球に残り奮闘した輝彦達、取り分けキャロルの窮地を聞いて響はすぐさま現場へと急行すべきと声を上げた。
「キャロルちゃんがッ!? 大変、直ぐ行かなきゃッ! 透君、ガルドさんッ!」
「分かってます!」
「皆、俺と透の傍に寄れ。もう一度転移するぞ」
地球に帰還してしまえばこっちのもの。この大人数を日本まで超長距離移動させるのは流石に骨が折れるが、それでも月と地球と言う途方もない距離を移動するのに比べたらずっと楽だ。
透とガルドがすぐさま右手の指輪を交換し、全員を纏めて転移させようとする。だがその時、響が呼んだ名前の中に颯人が居ない事に気付いたアリスが疑問を抱き声を掛けてきた。
『ん? ちょっと待ってください、颯人はどうしたんですか?』
「颯人ならまだ1人月遺跡に残ってる。ジェネシスの幹部が1人残って、バラルの呪詛を壊そうとしてたからな」
『えっ!?』
「大丈夫だ義母さん。颯人ならきっと遅れてやって来る。それより今はこっちを何とかしないとなッ!」
「行きますよッ!」
〈〈テレポート〉〉
〈プリーズ〉〈ナーウ〉
颯人が1人遺跡に取り残されていると聞いて焦るアリスを奏が宥めつつ、透とガルドの転移魔法により奏達はその場から一瞬で姿を消すのだった。
***
一方鎌倉では、戦えなくなったキャロルを安全な場所に退避させつつ輝彦とハンスの2人が果敢にカーバンクルファントムに挑んでいた。
「おおおおおっ!」
「おらぁぁぁぁっ!」
ハーメルケインで斬りかかる輝彦と、ファルコマントを装備して高機動を活かして戦うハンス。2人が互いにフォローし合いながらカーバンクルファントムを攻め立てるが、今のカーバンクルファントムには2人のいかなる攻撃も通用する事は無かった。何をされてもダメージは全て無かった事となり、しかも行動を遅延させようと輝彦が魔法を使ってもその魔力は吸収されて無力化されると言う有様だった。これでは勝負にならない。
「くっ!? 何とも厄介な……今の奴を倒すには、やはり神殺しの力が必要か」
「ふぅ、ふぅ……だがその力を持ってる立花 響って奴は月に居るんだろ? どうするんだよ?」
「残念だが、今は耐えるしかない……!」
そう、今の輝彦達に出来る事は、可能な限り攻撃を続けてこれ以上カーバンクルファントムに次の行動を許さない事だった。奴を放置しては、世界規模でのサバトが行われてしまう。そうなったら全てはお終いだ。
もう少し……もう少し頑張れば、きっと颯人達が駆けつけてくれると自分に言い聞かせカーバンクルファントムに挑む輝彦。だがカーバンクルファントムはそんな彼を嘲笑う様に攻撃を弾き、隙を突いてその首を掴むと輝彦に残されていた魔力を吸収し始める。
「ぐっ!?」
「よく頑張ったと褒めてやりたいが、ここまでだな」
「うぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
強制的に魔力を抜き取られ、変身も維持できなくなった輝彦が元の姿に戻る。ギリギリのところで意識を繋ぎ止めている状態の彼を、カーバンクルファントムはゴミを投げ捨てるように放り投げ、ハンスは地面に彼が叩き付けられる前に何とかその体を受け止めた。
「アブねッ!? おい、大丈夫かっ!」
「うぐ、ぅぅ……あぁ、すまんな。助かったよ」
「お前も一応キャロルの恩人だから助けただけだ。それより、どうする? 何かいい案は……」
正直このまま戦ってもジリ貧だ。こちらの攻撃は無力化されるし、同じ魔法使いであるハンスでは掴まれでもしたら最後輝彦同様変身も維持できない程魔力を吸い取られて捨てられる。無策で突っ込むのはあまりにも危険すぎるが、かと言って何もしない訳にも――――
「……ん?」
その時突如無数の砲声が響いたかと思うと、次々と砲弾がカーバンクルファントムに直撃する。当然全てが命中する訳ではなく、外れた砲弾はカーバンクルファントムの周囲に着弾し中にはハンス達の近くにまで迫る物もあった。
「何だ何だッ!?」
「いかん、彼女を連れて離れろッ!」
「言われなくともッ!」
ハンスは片腕で輝彦を担ぎながら、急いでキャロルの元へと向かうと彼女の事も優しく抱き上げその場を離れた。幸いな事に少し休んだ事でキャロルも多少は体力を回復させたのか、体が小さな少女に戻った事もあって案外とハンスには大した負担も無くその場を離れる事が出来た。
そして十分に離れた所で彼らが振り返れば、そこには何時の間にか海上に無数に存在している戦艦がその砲身を陸地のカーバンクルファントムにに向け砲撃を繰り返している様子が見て取れた。
「あれは、自衛隊か?」
「いや、旗をよく見ろ。あれは米軍だ」
何故こんな日本の領海内に無数の米軍艦が侵入し、剰え砲撃をしているのか分からず怪訝な顔になる輝彦達。その答えは通信機の向こうの弦十郎からもたらされた。
『どうやら在日米軍が動いたらしい。親父が……風鳴 訃堂が居なくなった事で睨みを利かせる者が居なくなったものだから、連中勝手に動いてこの事態の原因となった相手を自分達が始末する事で手柄を得ようとしているのだろう』
「そしてあわよくば日本に恩を売って関係改善を、か。日本の国土に砲弾をバラ撒いておいて何考えているんだか」
アメリカの浅知恵に輝彦が呆れている中、米軍艦隊からは揚陸艦も接岸し次々と兵隊が出てきた。米兵が揚陸艦から降りると艦隊は砲撃を止め、無数の砲弾で耕された地点を米兵が取り囲み銃口を向ける。
カーバンクルファントムが居た地点の周辺は砲撃の影響で土煙に覆われており、中心地がどうなっているのかは分からない状況であった。そんな場所へとゆっくり近付いていく米兵に、輝彦は危険だと彼らを引き留めようとした。
「くそ、アイツら……くっ!?」
「おいおい、無茶するなッ! 意識保つのでもやっとだろうが」
「くぅ……だが、あのままでは彼らが……」
大方あそこの米兵は、あれだけの砲撃を喰らっているのだから無事で済む筈がないと思っているに違いない。自分達の仕事は敵が粉砕された事の確認、寧ろミンチ以下になった敵の死亡確認の方が大変だとでも思っている筈だ。だがそれは大きな間違い。あの程度でファントムがどうにかなる筈がないのである。
何とかして危険を知らせようとする輝彦であったが、ハンスに続きキャロルまでもが無理をしようとする彼を引き留めた。
「無理だ。連中はお前の言う事など聞くまい。大体何よりも…………」
もう、手遅れだ。
突如として土煙に迫っていた米軍部隊の足元に亀裂の様な魔法陣が走ったかと思うと、彼らの足元から強い光が照らし上げる。その怪しい光に照らされた瞬間、彼らの体は次々と罅割れ悲鳴を上げながら崩れ落ち、光の粒子となったかと思うとそれが一か所に集まり片手より少し大きいサイズの魔法石へと変化した。優に数十人は居た米兵は跡形も居なくなり、後には崩れ落ちた人間の燃えカスの様な塵と彼らから生み出された魔法石……賢者の石だけが残される。
「あぁっ!?」
ここに軍隊を派遣したのはアメリカ政府だが、あそこに展開していた兵隊達はただ上からの命令に従って動いただけに過ぎない。場所が日本国内と知っていながら、いや、知っていても行動理由は世界を脅かし日本に危害を与える悪の首魁を討つと言う正義感を持っていただけの兵隊と言う可能性もある。必ずしも悪いとは言い切れない兵士達が無残に命を散らされその想いを凝縮されて賢者の石とされてしまった光景に輝彦が声を上げていると、土煙が吹き飛ばされ無傷のカーバンクルファントムが姿を現した。カーバンクルファントムは悠然と歩き、米軍部隊が居た場所の中央に残された賢者の石を拾い上げる。
「ふぅむ、こんなものか。まぁいい、あの程度の人数であればこれだけのものが出来れば上等だろう。そうは思わんかね?」
そう言って出来たばかりの賢者の石を手の中で弄びながらカーバンクルファントムが輝彦達が居る方を見る。文字通り死者の魂を弄ぶかのようなその行為に、輝彦が激昂し向かおうとするがすぐに足から力が抜けその場に崩れ落ちる。倒れた彼をハンスとキャロルが支える中、カーバンクルファントムは次の標的を未だ海上に漂う米軍艦隊へと向けた。
「さて、先程の礼をしておかなければな」
カーバンクルファントムが右手を掲げれば、そこに嵌められた腕輪に薄紫色の光が宿る。次に起こる事を察した輝彦は、弦十郎を通じて米軍艦隊に急ぎ退避勧告を促そうとした。
「い、いかんッ!? 弦十郎ッ! 急いで米軍艦隊を退避させるんだッ!」
輝彦は急ぎ米軍艦隊を逃がそうとしたが、言うまでもなく戦艦の機動力はお世辞にも高いとは言えない。巡行状態であればともかく、砲撃と揚陸の為海上に静止した状態では急いで機関を全力で動かしてもゆっくりとしか動けない。
危険を察知したのか米軍艦隊も転身しようと動き出したが、その時には全てが遅かった。
「ふ、はは……!」
次の瞬間カーバンクルファントムの右手から放たれた光線が米軍艦隊を薙ぎ払う様に一閃すると、爆発したかと思ったらその地点に巨大な氷の柱が立つ。埒外物理による世界法則への干渉、マイナス5100度と言う本来であればあり得ない超低温を超えた超低温による瞬間凍結だ。例えシンフォギアや魔法使いであってもただでは済まないだろう攻撃を、ただの兵器や人間が喰らえば一溜りも無い。艦隊に居た人間は漏れなく全員一瞬で凍結粉砕されて命を落としただろう。
多くの軍人が犠牲になった光景に、輝彦が力の入らない拳を握り締めているとカーバンクルファントムは手の中の賢者の石を片手でポンポンと投げては受け止めてを繰り返しつつユグドラシルへと向かっていく。
「ふむ、余興はここまでとしておくか。そろそろ本番に――――」
このままカーバンクルファントムを好きに動かしてはならないと、ハンスが決死の覚悟で挑みかかろうとした。
その時、ユグドラシルとカーバンクルファントムの間にミサイルを始め次々と様々な攻撃が突き刺さる。雷撃に光線、光の矢に鎌や丸鋸、竜巻に光る刃など本当に多種多様で様々だ。突然の攻撃の嵐に、カーバンクルファントムも思わず足を止める。
「むっ! んん~?」
カーバンクルファントムが足を止め、攻撃が飛んできた方を見る。そこには既にギアを纏った奏達装者や、変身した透とガルドの姿がある。
カーバンクルファントムの行く手を阻み立ち塞がった者達の中で、ガルドにマリア、そしてセレナの3人はカーバンクルファントムの姿に嘗ての記憶が呼び覚まされた。
「あ、あれって……!?」
「まさか、ガルド君を連れてった?」
「あぁ、忘れもしない……アイツがワイズマンだったのかッ!」
颯人を除き集結しカーバンクルファントムの行く手を阻んだS.O.N.G.の戦士達。その姿を前にしても、カーバンクルファントムは余裕を崩さなかった。
「ふむ、帰って来たのか。案外と早かったね?」
「あ? 随分と余裕だな。アタシらが月から帰って来てる事、驚かねえのか?」
「まぁ、予想はしていたさ。だからこそメデューサ達には予備のジェムをいくつか持たせておいた訳だしね」
つまりはこの事態も想定内。カーバンクルファントムにとっては予定調和の一つでしかなかったと言う事だ。言外に部下が失敗する事も予想している辺りに、カーバンクルファントムが部下を信頼していない事が伺える。
「そして、君らがメデューサ達を生かしておくだろう事も想定内……」
そう言ってカーバンクルファントムが指を鳴らせば、その周りには月遺跡から追い返したメデューサ達ジェネシスの幹部が部下のメイジと共に姿を現した。そう言えば同じワイズマン手製のテレポートジェムを使ったにも拘らず、メデューサ達は転移地点に居なかった。どうやら可能な限りジェムを安全に回収する為拘束をメインにしてあまり痛めつけておかなかった事が仇となったらしい。
睨み合う奏達S.O.N.G.とカーバンクルファントム達ジェネシス。地球人類の命運を掛けた戦いが今正に始まろうとしていた。
後書き
と言う訳で第261話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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