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幽幻の茶

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第一章

               幽幻の茶
 将軍徳川綱吉は能を愛している、ただ観るだけでなく自身が舞うのも好きである。それでこの時も政務と学問の間に舞っているが。
 その中でだ、彼はふと思いつき老中であり常に傍に置いている柳沢吉保に対してこんなことを言った。
「余が能を舞うか観る時だが」
「その時にですか」
「観る者達に茶を振る舞うか」
 こう言うのだった。
「茶道の茶をな」
「普通の茶ではなくですか」
「茶人達に茶器を用いて入れさせてな」
「能を観るその場で、ですか」
「うむ」
 その通りだというのだ。
「そうするか」
「それはまた」
「どう思うか」
「上様のお考えがわかりませぬ」
 柳沢は綱吉にいぶかしむ顔になって答えた。
「どうにも」
「そうか、それはやってみればわかる」
「能の場で茶道も行う」
「共にな。では今度の能の場ではな」
「その様に」
 柳沢は綱吉の言葉に頷いた、こうして実際に能と茶道の準備が為されていった、これには誰もが首を傾げさせた。
「能だけ、茶だけなら兎も角」
「そのどちらもとは」
「上様は何をお考えか」
「とんと見当がつかぬ」
「どうにも」
 首を傾げさせつつも言う通りにした、そして江戸城で能を催したが。
 誰もが能の幽幻の世界に入った、能の持つ独特のそれに入りこの世にいるのではない様に思えた。
「今日も見事だ」
「見事な舞だ」
「やはり能いい」
「この世にない様なものがある」
「これが幽幻だ」
 場に招かれた大名達は口々に言った、そしてだった。
 幽幻の中に己を入れてその世界を堪能している時にだ、さらに。
 茶人達が淹れた茶が出た、場にいる者達はその茶を受けてだった、それを飲むと。
「これはまた」
「実にいい」
「茶道はこれがいい」
「詫び錆びだ」
「これがある」
「茶道はだからいいのだ」
 茶道が持つそれを堪能した、そうしつつ能を見るが。
 ここでだ、彼等は気付いて言った。 
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