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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
オリビアの岬〜海賊の家
  祠の牢獄 ~ルーク視点~


《ここは寂しい祠の牢獄……。ここに人が訪れるのは、何年ぶりでしょうか……》

 祠の入り口に、今にも消え入りそうなか細い声がむなしく響き渡る。その声の主は人の姿を保ってはおらず、青白い炎――いわゆる人魂の姿をしていた。

 その姿を見た瞬間、隣にいたミオが青ざめた顔で僕の腕にしがみついてきたが、僕には不思議とその人魂に恐怖をあまり抱かなかった。自ら寂しいと言った人魂が、あまりにも弱々しく見えたからかもしれない。
 
 その人魂は僕たちの周りをうろうろとさまよいながら、僕たちをさりげなく奥へと誘導した。もちろんその際の警戒は怠らない。僕もユウリもナギも、周囲に魔物がいないか辺りに気を配りながら、慎重に歩を進めた。

 石造りの祠の中は左右に分かれていて、細い通路の先には朽ちた扉が建っていた。とりあえず父さんを探すために、片っ端から扉を開けようとするが、何かの金属でできたその扉は鍵がかかって開かない。どうしようかと困り果てていると、後ろにいたユウリが無言で前に来て、鞄から何やら鍵のようなものを取り出した。そしてその鍵を使い、目の前にある鍵穴にそれを挿すと、いとも簡単に扉が開いた。

「これでいいか?」

 普段は僕を敵視しているユウリだが、この時ばかりは頼もしく見えた。僕は「ありがとう」と一言礼を言うと、先を譲ってくれたユウリをすり抜け、扉の取っ手に手をかけた。

 ギイ……、と軋む音とともに、扉が開く。人の気配はなく、壁の燭台には火さえ灯っていない。薄暗い部屋は驚くほど狭く、石畳の床には大の大人が寝るには小さすぎるベッドしかない。罪人というのは、こんな過酷な環境の中でずっと過ごさなければならないのだろうか。

《ああ、それは私の部屋です。看守の私は、ここで寝泊まりをしていたので》

「看守? あんたは、罪人じゃなかったのか?」

 ナギの言葉に、人魂は自らの炎を揺らし始めた。

《ここにいる罪人は、サマンオサで無実の罪に問われた哀れな英雄、サイモンしかいません。彼の部屋は祠の一番奥にあります》

 そこまで言うと人魂は、静かに僕たちの元を離れた。自分ではなく、サイモンに用事があると気づいたのだろう。

「祠の……一番奥だって」

 ミオが確認するように僕に言う。確かめるまでもない。ここまで来たら、父さんに会うしか道はない。

 覚悟を決めると、看守の部屋を後にして祠の奥へと向かった。



 僕には父親の記憶がほとんどない。あったとしてもそれは一緒に過ごしたものではなく、一瞬家に帰って来た時に交わしたあいさつ程度のものだ。それですら、何と会話したのかも思い出せない。

 それくらい父親との記憶が希薄であったが、どういうわけか彼の亡骸を目の当たりにした途端、体中の力が抜けるような感覚を覚えた。

「大丈夫!? ルーク!!」

 近くで、ミオの声が聞こえる。彼女はふらつく僕の身体を支えながら、懸命に僕の名を呼んでいる。いつもなら彼女の言葉やぬくもりに歓喜しているところだが、今の僕にはひどく冷めた心を動かす気力もないまま、重くなった体を彼女に預けることしかできなかった。

 思い出の中の父親は、確かに生きて動いていた。けれど今目の前にあるのは、かつて生きていた面影など微塵もなく、朽ち果てた白い骨のみ。何年もその状態のままだったのか埃はかぶり、頭蓋骨の眼窩からは虚ろな闇が広がっていた。かつて英雄とたたえられた人間の末路がこれだなんて、世の中はなんて非情なんだろう。

「ひどい……。こんなの、あんまりだよ……」

 涙声になっているミオの声だけが、僕の心の支えだった。いや、彼女だけじゃない。シーラやナギやユウリも、悲痛な表情を僕の父さんに向けている。死ぬ時ですら周りの人間に看取られず、最期まで孤独だったなんて、母さんが知ったら何て言うだろうか。

「ちくしょう……! なんでこんな……」

 壁にこぶしを叩きつけながら、ナギが吐き捨てるように叫んだ。シーラもなんと言っていいかわからないのか、目に涙を浮かべながら口に手を当て、嗚咽を漏らしていた。

 ふと朽ち果てた骸の傍に目をやると、埃にまみれた鞘付きの剣が横たわっていた。

「ねえユウリ、あれってもしかして、君が探していた剣かな?」

 僕が指差す方に視線を移したユウリは、その剣を見た途端、目を見開いた。そしてそばまで近づき、鞘から剣を抜いた。

「ああ、文献のとおりだ……。あれが、ガイアの剣……」

 ユウリたちが探し求めていた英雄の剣。それがこんな埃にまみれた古びた剣だなんて、皮肉もいいところだ。

「それじゃあもう用事は済んだよね。だったらそれを持って船に……」

「……まだ、サイモンの魂を見つけていない」

「え?」

 ユウリの言葉に、僕は無意識に振り向いた。彼はいつも通りの読めない表情で、辺りを見回す。

「看守でさえ天に召されずにここに人魂として残っている。サイモンの魂もきっとまだここに留まってるはずだ」

 そう言うとユウリは、僕たちを置いて別の場所へと一人で行ってしまった。

「なんだよあいつ! 勝手に行きやがって! ルークの気持ちも考えてやれよ!!」

 僕が抱いていた感情を、ナギが代弁してくれた。

「……ううん。きっとユウリも、ルークの気持ち、わかってると思うよ」

「……ミオ?」

 彼女がユウリの肩を持つなんて、意外だった。

「ユウリのお父さんも、ずっといなかったから。私たちの誰よりもわかってると思う」

 ユウリの後ろ姿を見つめるその真っ直ぐな目は、彼を心から信頼しているように思えた。……そのとき、いいようのない不安感が僕の胸中に広がっていくのを感じた。

 しばらくして、ユウリが僕たちを呼ぶ声が聞こえた。急いで向かうと、そこは牢屋とはまた別の部屋だった。おそらく食糧庫だろうか? 決して大きくない広さの部屋には、食糧が入っていたと思われる木箱や樽が積まれてあった。当然ながら中身はなく、また虫にも食べられず朽ちたままのものもあった。そんな場所で、僕の父さんは看守よりもいっそう弱々しい炎を宿していた。

「あなたが……、サイモンか?」

 先に来ていたユウリが人魂に話しかける。人魂はしばらく動きを止めた後、炎を揺らし始めた。

《誰だ、私の名を呼ぶのは……。私はいかなる脅しにも屈しない……》

 ああ、この声だ……! 幼いころ二言、三言しか話さなかったはずなのに、こんなにも鮮明に覚えているなんて。

「俺はユウリ。アリアハンから来た勇者だ」

《勇者……? 馬鹿な、勇者はこの私だ! 》

 そう言い放つと、父さんは僕たちから離れようと人魂の姿で後ずさりした。

《私を誑かそうとしているのか……? 愛する妻と息子から私を引き離した悪しき国の回し者が!! 》

 どうやら僕たちを、自分を罪人に仕立て上げたサマンオサの人間だと勘違いしているらしい。

「話を聞いてくれ! 俺たちは……」

《私を英雄に祀り上げた挙句、魔王軍に返り討ちにされた途端、国は手のひらを返したように冷たくなった! しまいには私に国家反逆罪といういわれなき罪をかぶせ、こんなところまで連れてこられた!! 私が一体何をしたんだ!! 》

 これが、父さんの本当の姿なのか。

 父さんの悲痛な叫びが、僕の心に鋭く刺さっていく。英雄でもない。ましてや罪人でもない。自分の境遇を呪い、他人に当たり散らす。父さんもまた僕らと同じ普通の人なのだと、まざまざと感じた。

「父さん!!」

 僕の放った声に、小さな炎が揺らめく。

 最期まで不条理な運命に抗いながらも、孤独だった父さん。そんな父さんの魂はまるで怯えているようにも見えた。

「父さん……、僕だよ」

 今度は優しく寄り添うように、声を掛ける。人魂はしばらく微動だにせず、やがて小さく揺らめいた。

《……まさか、ルークか? 》

「やっと会えたね、父さん!!」

《バカな!! どうしてここに……》

「ずっと父さんに伝えたいことがあって、ここまで来たんだ。……僕や母さんを守ってくれて、ありがとう」

《……! 》

 びくりと、父さんの魂が大きく揺れる。

「父さんが魔王討伐に挑んだこと、僕は誇りに思ってるよ」

 あの頃は、幼いながら自分のことで精一杯で、周りのことなど考えることができなかった。だけど、ミオたちと一緒にサマンオサを救い、色んな場所を旅してきて、ようやく僕は魔王討伐に赴いた父の偉大さに気がついたのだ。

《……そうか。ありがとう、ルーク。私がいなくなってから、きっとお前たちは相当な苦労をしてきたはずだ。私が不甲斐ないせいで、申し訳ない》

 その時、姿が見えないはずの父さんの姿が、一瞬僕に笑いかけたような気がした。

「る、ルーク!! サイモンさんの姿が……!」

 ミオの言葉に目を瞬かせる。気のせいではなく、本当にあの時の父さんの姿に変わっていた。

「どういうこと!? 父さん!!」

《ルーク……。お前に会えて、やっと私は心置きなく天国に行ける……。コゼットに伝えてくれ、ずっと愛していると》

「そんな!! 待ってよ父さん!!」

 やっとの思いでここまで来たのに、ここで別れなければならないなんてあんまりだ。

《ルーク。お前はお前の道を行け。私というしがらみに囚われず、自由に生きるんだ。それがお前に託す、たった一つの父からの言葉だ》

 そう言い残すと、柔らかな光を纏った父さんの身体は宙に浮き、そのまま光とともに消えていった。そこに人魂はなく、薄暗い食糧庫があるのみだった。

「父さん……」

 僕は父さんから託された最後の言葉を反芻した。幼いころから今まで、僕の置かれた境遇はすべて父さんのせいだと決めつけていた。だけどそれは、自分で変えようとせず諦めていた僕自身にも責任があったのだ。

「サイモンさん……。きっとルークに会えたから、未練がなくなったんだね……」

 ミオの言葉に小さく頷いた僕は、しばらくこの場から動けずに立ち尽くしていた。父さんとの最後の会話はこれでよかったのか、などといろいろ考えを巡らせる。

「おい。俺たちは先にガイアの剣を取りに行ってるからな。あんまり遅いと置いてくぞ」

「あ……、うん。わかった」

 ユウリをはじめ、シーラとナギも僕を残して行ってしまった。正直今は一人になりたい気分なので、ユウリがそう言ってくれたのがありがたかった。もしかしたら彼なりに気を遣ってくれたのかもしれない。

「ルーク……」

 けれどただ一人、ミオだけは立ち止まり、心配そうに僕を見つめている。その姿に心が揺らいだ僕は、思わず手を伸ばした。

「!?」

 近づく僕に戸惑う彼女の身体を、僕は縋るように抱きしめた。

――一人になりたいなんて、嘘だ。本当は、こういう時に誰かにそばにいて欲しい。寂しくて、どうしようもなく甘えたくて、僕は彼女を抱きしめたまま静かに泣いた。



 それからどれくらい経っただろうか。ひとしきり泣いたあと、ようやく僕は平常心を取り戻した。

――ミオの前で泣くなんて、なんて情けないんだ……。

 僕が泣いている間、ミオはずっと僕に寄り添ってくれた。優しい彼女のことだから、僕が情けない泣き顔を晒していても、あえて何も言わなかった。それが余計僕を落ち込ませた。

「ごめん、ミオ。そろそろ皆のところに戻ろうか」

「……もう、大丈夫なの?」

 僕を労るように話しかけてくるミオが愛おしい。だけど、今はそんな邪な事を考えてる場合じゃない。さすがにこれ以上ユウリたちを待たせるわけには行かないからだ。
 
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。皆が待ってるから急ごう」

 最悪の事態も想定していた。けれど、最期に父さんと会話することが出来て、今まで燻っていた心がスッキリしたような気持ちに変わった。色々あったけど、ユウリたちと旅をしてよかったと、改めて心から良かったと思えたのだった。
  
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