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ああっ女神さまっ 森里愛鈴

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美しく賢く育った娘 その1

ここは、神と人の間に許された、ただふたりのための部屋。
天界の静寂を紡ぎ、地上の時の流れを忘れるように――
あたたかな光が満ちる亜空間。そこに、布団の上で互いの体温を分け合う二人がいた。

螢一は仰向けに寝そべりながら、長く深い息を吐いた。
傍らにある、淡く香るベルダンディーの髪が、彼の胸にやさしく触れている。

「……お疲れさまでした。とても……とても、満ち足りました」
ベルダンディーの声は、羽のように優しく、どこか濡れていた。

その言葉に、螢一はかすかに苦笑しながら呟く。

「俺も……もうこれ以上は……無理かな?」

ふいに、二人の間にくすりとした笑いがこぼれた。
まるで、時間がそこだけ止まったかのように、ゆるやかに、静かに呼吸が溶けあっていく。

しばらく、言葉はなかった。
ただ、肌と肌が寄り添い、温もりが互いの心の奥へと沁み込んでいく。

やがて、螢一が天井を見上げたまま、ぽつりと呟いた。

「……もう、結婚して九年か」

ベルダンディーは微笑みを浮かべながら、彼の胸にそっと指を這わせた。

「ええ。そして……もう、あの子は六歳」

その指先は、どこか誇らしげに、螢一の胸に「愛鈴」の名前をなぞっていた。

「美しく、賢く……だけじゃない」
ベルダンディーの声は、今度はほんの少しだけ熱を含んでいた。

「心の強さ……その方が、むしろ、私たちより……」

言葉を結ばぬまま、彼女は目を閉じる。
そのまぶたの裏に映るのは、小さな手で困っている誰かに手を差し伸べた愛鈴の姿。
自分の力を、恐れながら、それでも誰かのために使おうとした娘。

「ねえ、螢一さん」
ベルダンディーの声が揺れる。

「……あの子に、“普通”って、ちゃんと伝えられているでしょうか?」

螢一は、彼女の言葉にすぐには答えなかった。
瞼を閉じ、自分自身に問いかけるように、静かに息を吸う。

「――あいつ、気づいてると思うよ。“普通”って、たぶん……俺たちにとっては目指すもんなんだって」

「目指す……?」

「ああ。天界でも地上でも、誰にとっても『普通』なんて違うだろ? でもさ、だからこそ、ちゃんと『普通』を選べるように……教えてやらなきゃなって」

ベルダンディーは、彼の言葉を聞きながら、ゆっくりと螢一に体を重ねるように寄り添った。
もう、行為は交わさない。だが、それ以上の親密さがそこにはあった。

まるで心を裸にするような静かな沈黙。

「……ふふ、あなたって時々、とても“父親の顔”をしますね」

「そう?」
螢一は照れくさそうに頭をかく仕草をしたが、腕はしっかりと彼女の背を抱いていた。

「でも……そう思ってくれて、うれしいよ」

二人はしばし、静かに目を閉じて、娘の未来に思いを馳せた。
外では天界の風が静かに流れ、布団の中ではふたりの心が、ゆっくりと結び直されていく。
 
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