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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第259話:決死の挑戦

 突如として世界各地に聳え立った謎の柱状の構造物、ユグドラシル。本来であれば神であるシェム・ハかそれに連なるものでしか扱う事が出来ないそれを、ワイズマンはシェム・ハから奪い取った神の力を持って起動させた。

 本来であればユグドラシルシステムは、惑星を改造し人類を始めとする生命体をも怪物へと改造してシェム・ハの尖兵とする為のシステムであった。
 ワイズマンはそこに目を付けた。地球上の全生命体へと干渉出来るのであれば、別にバラルの呪詛に拘る必要はない。ワイズマンがやりたい事とは、早い話が全人類を生贄にしてサバトを行い超高純度の賢者の石を作り出す事。どんな形であれ全人類を何らかの形で接続し、想いを一つに束ねる事が出来ればそれを成し遂げる事が出来るのだ。

 …………と言う内容を、弦十郎達は状況を察して慌てた様子のシェム・ハからの緊急通信で聞いた。

『急ぎあの男を止めなければ、奴の思い通りになってしまうぞッ!』

 月遺跡から見える地球の様子からユグドラシルシステムが起動した事を察したシェム・ハは、大急ぎで管制室に向かうと制御端末を通してS.O.N.G.本部に危険を知らせる。それを聞かされて、地上に居る者達は誰もがしてやられたと堪らず歯噛みした。

「クソ……我々は、まんまとワイズマンの手の平の上で踊らされていたと言う事か……!」
「ワイズマンの方が一枚上手だった訳ね。私達にはどの道選択肢が無かったわ」

 拳を握る弦十郎に了子がフォローする。そう、彼女の言う通り、颯人達には選択肢が無かったのだ。

 もし種子島で颯人がワイズマンからテレポートジェムを奪い取っていなければ、ワイズマンは自ら一足先に月遺跡に赴き遺跡を完膚なきまでに破壊してバラルの呪詛を解除していただろう。そうなれば今度は相互理解を通して全人類が繋がり、想いを一つに束ねるサバトが行われていた。あの時点でシャトルは破壊されていた為、そうなれば颯人達にワイズマンを止める術は無かった。そう考えれば今の状況は詰みとまではいかない、最悪だけは逃れられた状況であると言えた。

「ですが、状況は最悪と言う訳ではありません。颯人さんや奏さん達が地球に帰還するまではどうしても時間が掛かってしまいますが、地球が完全に無防備になった訳ではありません」
「そうですね。念の為、警戒しておいた甲斐があったというものでしょう。

 エルフナインの言葉に続けたアリスが、壁際の輝彦達の方に視線を向ける。その視線に輝彦は壁から背を離すと、帽子を被り直して一つ頷いた。キャロルとハンスもそれに続く。

 流石に司令である弦十郎はこの場を離れる訳にはいかないが、それでも戦力としてはこれ以上ない程頼りになる輝彦にダウルダブラを纏ったキャロルとビーストに変身できるハンスが居れば、例え倒す事は出来ずともワイズマンの足止め程度は出来る筈だ。その間に何とかして颯人達を地球に帰還させる事さえできれば希望はある。

 地球に残った戦力に希望を託すべく、朔也とあおいは急ぎワイズマンの居場所をあらゆるカメラの映像などを確認して特定した。幸いな事に、ワイズマンが映ったカメラは直ぐに見つかる。

「ワイズマンは、依然鎌倉に居る様ですッ!」
「鎌倉の監視カメラの映像で確認しました!」

 発令所の正面モニターには、埋没しつつあるユグドラシルの縁に立つワイズマンの姿がある。何らかの魔法を使ったのだろう、その身は妖しい光を放ち、ユグドラシルから放たれる光と連動している。ユグドラシルは天高くまで伸び、そこから更に細く枝分かれした柱が互いに繋がり合い地球全体を覆い赤黒い光を放つ。その光により、本来青い惑星だった筈の地球は月からは赤く光って見えていた。

「一刻の猶予も無いな。急いであそこに向かい、ワイズマンを倒す」
「あぁ。…………所で、一つ確認したいんだが?」
「何だ、今は忙しい。手短に済ませろ」

 この非常時に一体何が気になるのかと、輝彦がため息交じりに聞き返せば、キャロルはモニターに映るワイズマンの姿を見ながら問い掛けた。

「あの男、ワイズマンはお前の師であり父でもあると聞いた。奴を止めるのならばそれこそ殺すつもり出掛からねばならない訳だが……その事に対して、躊躇は無いのか?」

 未だ脈動を続けるユグドラシルとそれによる損壊の影響で、本部には断続的な振動が響いている。だが今この瞬間だけは、誰もがその振動など気にもならずただ輝彦の答えを待っていた。どんな理由であれ、彼はこれから父殺しをやろうとしている。それに対して思うところは無いのかが気になったのだ。

 それに対する輝彦の際その答えは、小さな溜め息であった。

「ふぅ……愚問だな」
「いいのか? 同情する訳ではないが、いざという時に躊躇されるとこちらが困る」
「何度も言わせるな、私はもうアイツの事を、師とも父とも思っていない。否、奴はとっくの昔に父ではなくなっていたんだ」

 輝彦の記憶にある父、つまり颯人の祖父は厳しい男であり厳格な魔法使いとして輝彦に接してきた。魔法が使い方を一歩でも間違えれば世界に混乱を齎す力である事を自覚していた明弘は、輝彦の事を精神面から鍛え続けてきたのだ。その父の姿に、魔力を覚醒させた輝彦は反感や恐怖も抱きはした。だがそれも全ては、魔法を正しい事に使う為と言う事を大人になるにつれて理解し、そして一人前として認められた時には明弘の事を尊敬する様にまでなっていた。

 だからこそその明弘がジェネシスと言う組織を起ち上げ、ワイズマンを名乗り世界の裏で暗躍し暴虐の限りを尽くしていると知った時は信じられなかった。何かの間違いではないかと奔走したが、結局はワイズマンは間違いなく明弘であり、どう言う訳か知らないが父であり師でもある男が悪に堕ちたと言う事を認めざるを得なかった。

 長い事その失望と混乱を胸に戦い続けてきた輝彦だが、成長した颯人と向き合い落ち着きを取り戻した事で漸く彼の視界は拓けた。そして気付いたのだ。何故明弘が突然悪の道に堕ちたのか。

「ワイズマンは恐らく、というかほぼ確実に父から生まれ落ちたファントムだ。どう言う経緯があったのかは知らないが、父は自らの魔力に破れてファントムに堕ちた。外道なのはそのファントムの方だったのだ。ならば、私がするべき事は1つ……!」

 明弘から産まれたファントムが、父の名誉を穢し世界に混乱を齎すのであれば、それを討ち父の無念を晴らすのが息子であり弟子でもあった自分の使命だ。輝彦はそう考え、そこに躊躇は1つも存在しなかった。

 輝彦の答えにキャロルは満足し頷いた。もしここで躊躇する仕草を見せるのであれば、多少強引にでもここに留め置き颯人達が帰って来るのを手助けさせようと思っていたがこの様子なら大丈夫そうだと悟ったのだ。

「ならば良い。頼りにしているぞ」
「こちらのセリフだと言わせてもらう。お前の騎士にも、存分に働いてもらうぞ」
「俺が従うのはキャロルだけだ。お前の指示なんか受けねえ」
「十分だ。さぁ、行くぞ」
〈テレポート、ナーウ〉

 反抗的な態度を見せるハンスをキャロルがやんわりと宥めている様子に、輝彦は小さく笑うと魔法でワイズマンが居る場所の近くにある崖に転移した。周囲を広く見渡せる崖近くであれば、何かあっても対処は容易だ。

 転移した3人は、ユグドラシルの縁に佇むワイズマンを遠目に見据えながら簡単に作戦会議をした。恐らく向こうもこちらの存在には気付いている。あまり猶予はない。

「で、どうやって止める?」
「手っ取り早いのはワイズマンを仕留める事だが、奴は今神の力を得ている。一筋縄ではいかないだろうな」
「神の力って、あれだろ? 受けたダメージを無かった事にするって言う」
「そうだ。本来であれば神殺しである立花 響が特攻になるんだが、生憎と奴は月の遺跡で缶詰にされてるからな」

 攻撃してもダメージが通らないのであれば、無策で戦ってもこちらが消耗するだけで勝負にならない。寧ろジリ貧だ。加えてワイズマンには恐らく他にも手駒が居る。それを呼ばれれば、ワイズマンの企みを阻止するどころの話ではなくなってしまう。

 どうするべきか……その問題に、一つの答えを提示したのがキャロルであった。

「一つ、策と言うか方法がある」
「それは?」
「分解だ」

 作戦はこうだ。兎に角どんな形でもいいからワイズマンの動きを止め、そこにキャロルがチフォージュ・シャトーの世界分解機能の限定的な再現で応用した錬金術による分解である。

「もしあれが小日向 未来に取り付いたシェム・ハであったのなら、人間としての構造だけを残してそれ以外の不純物を取り除くと言う手間をかける必要があったが、奴は存在全てを消し去っても構わないのだろう?」
「そうだな」
「ならば簡単だ。俺の錬金術で、奴の存在全てを消し去る」

 一つ懸念があるとすれば、それだけの力を使う際に求められる代償であった。例え限定的とは言え、神の力程の強大な存在を消し去る為にはかなりの力を必要とする筈だ。それこそ、想い出の焼却すら必要な程に…………

『待ってくださいキャロルッ! それほどの力を使えば、下手をしたら……』
「案ずるな、エルフナイン。俺だってそんなに向こう見ずではない。折角拾った命と時間、無駄にしたくはないさ」
「ではどうする?」

 幾らハンスから魔力を譲り受けても、果たしてどこまで持ち堪えられるか分からない。強大な力には莫大な代償が必要不可欠。等価交換の法則を何処から捻出するのかと問えば、キャロルは錬金術で取り出した堅琴に触れた。

「ダウルダブラだ。ダウルダブラの全能力を使い、奴の存在を纏めて消し去る。反動を全てダウルダブラで受け止め、それも纏めて錬金術として奴に叩き込んでやるんだ。そうすれば以下にワイズマンと言えども……」

 本気を出せば絶唱をも扱い、多数の装者達とも渡り合えるほどの力を持つダウルダブラのファウストローブだ。その全ての力を使えば、なるほど神の力を消し去ることも不可能ではないだろう。
 ただ問題があるとすれば、それほどの強力な錬金術に果たしてダウルダブラが耐えきれるかどうかだった。

「だが、それをすればダウルダブラは……」
「そうだな、良くて機能不全。最悪の場合はダウルダブラそのものが消失してしまう。が、まぁ仕方ないさ」

 そう告げるキャロルの顔には、隠し切れない一抹の寂しさが浮かんでいた。口では何だかんだ言っても、ダウルダブラは長年ハンスと共にキャロルの事を支えてきた切り札でもあったのだ。所詮は道具でしかないが、それでも愛着の一つは湧くのだろう。それを自らの手で壊さねばならないとなると、感傷に浸りもする。

 しかし状況は彼女に甘えを許してはくれなかった。3人の存在に気付いたワイズマンが、転移で彼らの前に姿を現したのだ。

「やぁやぁ、よく来たね。折角の催しなのに、観客が誰も居なくて少し寂しかったところだよ。いや、観客は居るか? 世界中にね。ただそれを私が見れていないのが残念で仕方ないよ」

 こちらを挑発し、嘲る様なワイズマンの物言いにハンスが露骨に顔を顰める。輝彦はそんなワイズマンを睨みつけながら前に出て、コートの裾を翻し右手をハンドオーサーの翳した。

〈ドライバーオン、ナーウ〉
「ワイズマン……貴様との因縁、ここで絶たせてもらう! 変身ッ!」
〈チェンジ、ナーウ〉

 輝彦が魔法使いの鎧を身に纏い、それに続くようにキャロルがダウルダブラを、ハンスがビーストの鎧を身に纏う。自身の前に立ち塞がる3人を前に、ワイズマンが舞台の上で演技するかのように鷹揚に両手を広げた。

「面白いッ! 出来るものならやってみるがいいッ!」
〈ライトニング、ナーウ〉

 先手必勝とばかりに放たれる雷撃の魔法。それは輝彦の前に滑り込んできたキャロルの張った障壁により容易く防がれた。

「この程度ッ!」
「キャロル、無茶するなッ! お前は作戦の要だろうがッ!」
〈ファルコ! ゴーッ! ファッ ファッ ファッ ファルコ!〉

 ワイズマンを分解・消滅させる為には少しでも多くの魔力が残っていた方がいい。ハンスはこれ以上キャロルに負担を掛けないようにする為、自らワイズマンに突撃し剣を振り下ろした。ファルコマントを纏って高速で飛翔したハンスによる、空中からの強襲がワイズマンに襲い掛かる。

「ハァァァッ!」
「おっと!」

 正しく猛禽類が獲物を狩る様に上空から振り下ろされた鋭い刃を、ワイズマンは普段使う赤い光刃ではなく、腕輪から発振した光の刃で受け止めた。魔力とは違う埒外物理を用いたのだろうその刃は、ハンスのダイスサーベルの一撃を苦もなく受け止めると逆に腕の一振りで弾き飛ばした。

「うぉっ!?」
「軽いね、この程度で終わりかね?」
「私が居る事を忘れていないか……!」

 ハンスの一撃を弾いた事で気を良くするワイズマンに、今度はハーメルケインを振るう輝彦が挑んだ。ダウルダブラのファウストローブを纏った事で身長が伸びたキャロルの背後から飛び出した彼は、地面を這うように身を低くして迫り下から掬い上げる様な斬撃を繰り出した。上に意識を向けていたワイズマンはこれに僅かに反応が遅れ、鎧の表面を薄く切られる。

「ぬっ、とと……危ない危ない。流石は我が弟子と言ったところか?」
「お前に弟子呼ばわりされる筋合いはない。父の皮を被ったファントム風情が……!」
「ははっ、流石に気付くか。いや、逆に時間が掛かり過ぎだな。もっと早くに気付くべきだったんじゃないかね?」
「あぁそうだな。風鳴 訃堂が言う通り、私は随分な親不孝者だったらしい」

 明弘と訃堂の関係性は分からないが、少なくとも訃堂は今のワイズマンが明弘とは違うと言う事に早い段階で気付いていたのだろう。故に、敢えて近付いた。明弘に扮したワイズマンに近付き、不意を打って打倒する為に。

「故にこそ、私はここで確実に貴様を倒すッ!」
〈エクスプロージョン、ナーウ〉

 強烈な爆破魔法を至近距離でワイズマンに浴びせる。爆発はワイズマンを取り囲むように起こり、小さなクレーターを作り出すほどの爆発は一時的にだがワイズマンから視界を奪った。勿論これはただ視界を奪う為だけが目的ではなく、ワイズマンに直接ダメージを与える事も狙った攻撃。立ち込めた砂埃が風に流されると、そこには至近距離で無数の爆発を浴びせられてボロボロになったワイズマンの姿があった。

「う、ぐ……」

 堪らず呻くワイズマンの姿に、ダメージ自体はしっかりと入っている事が確認できた。

「ちったぁ効いたか?」
「らしいが、しかし……」

 輝彦とハンスが見ている前で、ワイズマンの左右から無数のフィルムのように薄いワイズマンの姿が重なる。まるでパラパラ漫画のページが捲られるように重なると、次の瞬間そこには無傷のワイズマンが佇んでいた。その様子にハンスが忌々し気に舌打ちをした。

「チッ、鬱陶しいぜ」
「織り込み済みだろ、文句を言うな」
「俺に指図するなッ!」

 下らぬ事で言い合う輝彦とハンス。その様子にワイズマンは2人を小馬鹿にするように鼻で笑うが、実はこれ半分は態とである。敢えてワイズマンの意識を自分達に向けさせる為に下らぬ事で言い合い、キャロルから意識を逸らせているのだ。

 その輝彦達の意図に、ワイズマンが気付いた時には彼女は既にユグドラシルへと向けて一目散に飛翔している所であった。

「フン、愚かな…………うん? 待て、あの女は何処に……?」

 見当たらないキャロルの姿にワイズマンが周囲を見渡し、後方に目を向けた時にはキャロルは大分ユグドラシルに近付いていた。それに気付いたワイズマンは自身も飛翔しキャロルの後を追いかけた。

「そう言う事か、私ではなくユグドラシルを直接狙うとは考えたじゃないか。だがそう簡単にはねッ!」

 神の力を使っているのか、魔法も使わず空中に飛翔しキャロルの後を追いかけるワイズマン。自身が追跡されている事に気付いたキャロルは、反転すると後ろからついて来ていたワイズマンに向け錬金術の砲撃を放った。

「くっ!」
「フフッ!」
〈バリアー、ナーウ〉

 放たれた無数の砲撃を、ワイズマンは魔法で障壁を張り防いだ。

 幾らワイズマンが神の力を得たと言っても、キャロル程の力を持つ錬金術師の攻撃を受け止めるのは言うほど簡単ではない。防御の瞬間には流石に足を止めざるを得なかった。

 輝彦はその瞬間を狙い、魔法の鎖でワイズマンを拘束し更にはハンスもカメレオンマントを纏い、肩から伸ばしたカメレオンの舌でワイズマンの動きを妨害する。

〈チェイン、ナーウ〉
「ぬぐっ!?」
「捕らえたぞッ!」
「キャロル、今だッ!」
「アルカへストッ!」

 輝彦とハンスにより動きを封じられたワイズマンの周囲に、火・水・風・土・金の錬金術が展開される。その連勤じゅるがワイズマンと言う存在に干渉し、存在そのものを分解しに掛かった。ダメージを無かった事にする神の力も、拘束と言う手段に対しては無力だし錬金術による分解も止める事は出来なかった。

「まさか、こんな……!?」
「これで終わりだ、ワイズマンッ! あの世で父に詫びろッ!」

 何とかして拘束から抜け出し分解から逃れようとするワイズマンだったが、輝彦が拘束する為の魔法に更に魔力を流している為振り解く事が出来ない。
 その間にキャロルはダウルダブラを犠牲にし、ワイズマンと言う存在そのものを神の力毎纏めて消し去るべく力を籠める。力を込めていくたびに魔力が抜けていき、それに合わせて身に纏うダウルダブラのファウストローブも形を保てなくなりつつある。鎧の部分が剥がれ落ち、肌に張り付くボディースーツ部分も解れていく。

 長年自分に付き合ってくれた相棒とも言えるファウストローブが崩れていく感覚に、キャロルは申し訳なさを感じつつもその犠牲を無駄にはしない為限界ギリギリまで魔力をつぎ込み錬金術を叩き込んだ。

「ありがとう、ダウルダブラ……安らかに眠れ……!」

 ダウルダブラに別れを告げると同時に、トドメとなる魔力を送り込むとその瞬間、ワイズマンの姿が光に包まれる。その光の中からは、ワイズマンの断末魔の叫びが響いた。

「ぬ、ぬおぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ワイズマンを包む光が限界まで強まると、次の瞬間大きな爆発が起こった。その爆発の衝撃でキャロルは吹き飛ばされる。ダウルダブラを犠牲にして錬金術を放ったことで、キャロルは元の小さな少女の姿に戻ってしまう。それを見たハンスは急ぎキャロルの元へと駆け付け、彼女が地面に叩き付けられる前にその身を受け止めた。

「キャロルッ!!」

 落下ギリギリのところでハンスはキャロルを受け止める事に成功した。代わりに彼が地面の上を滑り、鎧が岩肌に擦れて火花を上げる。輝彦は落下した2人の元へと近付くと、ハンスの腕の中に全裸で包まれているキャロルの姿を見て魔法で毛布を取り出し被せてやった。

「大丈夫か、2人共?」
〈コネクト、ナーウ〉
「あ、あぁ、すまねえ。俺は何ともないが、キャロル……!」
「ぐっ……あ、ぁぁ……平気だ」

 毛布に体を包まれながら体を起こしたキャロルに、ハンスも輝彦も安堵の溜め息をつく。ダウルダブラと言う大きな代償は払ったが、それでもキャロルが無事である事には安心せずにはいられない。

 キャロルの無事を確認すると、続き輝彦は先程までワイズマンが居た方へと視線を向ける。未だその場所には黒煙が立ち込め、中がどうなっているのかは分からない。錬金術が完全に発動する寸前には、その影響からか魔法の鎖が千切れて消失したようだが…………

「やったのか?」
「そう願いたい。正直、これ以上はもう打つ手が――」

 キャロルの捨て身に近い必死の策。これが成功してくれなければこちらは戦力を徒に失っただけになってしまう。どう過去の策が実を結んでくれと願う輝彦とハンス、キャロルの3人であった。

 しかし運命の女神は何処までも残酷であった。

「ふ、はは…………ははははははっ!」

「「「!?」」」

 不意に黒煙の中から響く高笑い。その声にまさかと3人が目を見開いていると、黒煙を吹き飛ばす様に魔力が放たれ中からワイズマンの本体であるカーバンクルファントムが姿を現した。

「あれは……!?」
「ワイズマンかっ!」
「馬鹿なッ!? 何故、何故奴は分解されていないッ!? 俺の錬金術は確かに……」

 間違いなく発動した筈の錬金術。ワイズマンが居る場所を徹底的に分解し尽くした筈の錬金術が不発に終わっている筈がないと困惑するキャロルに、カーバンクルファントムはゆっくりと降り立って答えた。

「簡単な事だ。私の……このカーバンクルの能力は、魔力の吸収だ。ここまで言えばわかるだろう?」

 つまりカーバンクルファントムは、自身を拘束する魔力と分解しようとする魔力、その全てを吸収してしまったのだ。もしこれが純粋な力技であったのであれば、若しくは神殺しの力によるものであったのであればこうはいかなかったかもしれない。
 しかしキャロルはよりにもよって錬金術と言う、技術体系こそ違えど根幹には魔力を用いる技術で対抗しようとした。それこそがそもそもの間違いだったのである。尤も今の今まで、ワイズマンの正体であるカーバンクルファントムの能力を誰も知らなかったのだからそれに対処しろと言うのが無理な話なのであるが。

「クソ……!?」
「何てこった……」
「おのれ……!」

 キャロルは長年の相棒でもあったダウルダブラを失う覚悟で錬金術を使ったと言うのに、それが無駄に終わった事に言いようのない怒りを覚えて奥歯が砕けるほど歯を食い縛る。ある意味で自身の半身とも言える存在を自らの手で屠ってしまったと言うのに、それが無意味だったと理解し目には涙すら浮かんでいた。

「くぅ……!?」
「キャロル……」

 思わず涙するキャロルを気遣うハンス。カーバンクルファントムはその姿を見て愉快そうに手を叩いた。

「ハハハッ! イイね、イイ顔だッ! お前にもやはりそう言う顔が良く似合うよッ!」
「この、下衆が……!」

 他人の悲しみ絶望する様を嘲笑うカーバンクルファントムに、輝彦は改めてあれが己の父ではないと言う事を実感した。だが実感したところでもうどうしようもない。何しろこちらは万策尽きた状態なのだ。残る希望は月に旅立った颯人達に戻って来てもらう事である。

「何をしている、早く戻ってこい颯人……!」

「さぁ、ではそろそろ宴を始めようかッ!」

 この場に居ない颯人達を求める輝彦の言葉など聞こえていないかのように、カーバンクルファントムの声が高らかに響き渡るのだった。 
 

 
後書き
という訳で第259話でした。

キャロルのダウルダブラはここでお役御免です。原作では想い出焼却で未来からシェム・ハの存在を消し去ろうとしましたが、本作では想い出の代わりにダウルダブラを犠牲にする事で乗り切ろうとしました。相手が未来ではない為一切の容赦はありませんが、それでも神の力と纏めての分解には相応の代償が必要の筈なので。

ですがシェム・ハ同様、ワイズマン=カーバンクルファントムもただでは終わりません。カーバンクルファントムと言えば魔力の吸収が厄介な能力。本作ではその能力を用いて、キャロルの錬金術も無力化することで切り抜けました。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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