俺様勇者と武闘家日記
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第3部
オリビアの岬〜海賊の家
その頃の舞台裏 〜シーラ視点〜
「マジであの陰険勇者は勝手すぎるぜ!」
「同感だよ。いきなりミオを連れて僕たちを置いていくなんて、傍若無人にもほどがある」
焼け付くような太陽の光がジリジリと、先頭を歩くあたしの皮膚を焦がしていく。
その後ろでは男二人が、勇者であるユウリちゃんに対する不平不満を交互に言い合っている。そんな出来れば一緒に歩きたくない雰囲気の中であたしは一人、真上にある太陽を恨みながら黙々と目的地に向かっていた。
突然ブチ切れたユウリちゃんに置いてけぼりにされ、結局あたしたちは3人でビビのところに行くことになったのだが、ナギちんとある意味当事者のるーたんは未だにブチ切れられた理由を理解できていない。それに関してはきっとあたししか気づいていないのでほっとけばいいかと思ったが、二人がいつまでも愚痴を言い合っている姿があんまりにもうざったくなったので、ビビのいる劇場まであと少しというところであたしはくるりと後ろを振り返り、やおら大きく息を吸い込んだ。
「はい、ストーップ!! いつまでもいない人の悪口言うなんて、性格悪いよ!!」
あたしの言葉に、ぴたりと二人の動きが止まる。
「二人のそういう一面があるってビビやミオちんが知ったら、どう思うかなぁ?」
『うぐっ!?』
痛恨の一撃を食らった二人は、それからすっかり大人しくなってしまった。沈黙が続く中、ようやくあたしたちはいつもの劇場にたどり着いた。
今は昼間なのでまだ開演時間には早すぎる。だけど演者や裏方は、舞台の袖で開園に向けての練習や準備をやってる最中だ。みんなの邪魔にならないように、あたしたちはこっそりと建物の裏口から入ることにした。
「シーラ、こんなところから入っちゃって、大丈夫なの?」
心配そうに聞くるーたんに、私は平然と答えた。
「大丈夫♪ あたし昔ここで働いててさ、ここのスタッフとは顔なじみなんだよね☆」
――ユウリちゃんたちと出会う前、ダーマを抜け出してからここに来るまで、あたしはずっと一人だった。
アッサラームでもしばらくは夜露をしのぐために当たり前のように野宿をしたりしていた。その間辛いことや悲しいことも数多くあった。
だけどあるとき、ここの劇場のそばの軒下で寝ていたら、アルヴィスに拾われた。そして住むところもないあたしを居候させ、お金のないあたしに就職先を探してくれたのだが、その就職先というのがここなのである。
当時のあたしってば、何でもかんでも自分のせいにして一日中メソメソ泣いてたり、自分にできる仕事はないって卑屈になってたり、そりゃあもうヒドかった。そんなダメダメなあたしを勇気づけてくれたのが、他でもないアルヴィスと、当時まだ新人だった踊り子のビビアンだった。
体力もなく、踊りもできないあたしにバニーガールの仕事を勧めてくれたアルヴィス。何でも後ろ向きな考えだった心を前へ向かせてくれたビビアン。入った当初はこの劇場のスタッフに色々なことを言われたりされたりしたが、そんなときに手を差し伸べてくれたのも二人だった。
その後二人のおかげでスタッフとは仲良くなり、バニーガールの仕事もやりがいを持って励むようになった。色々あったけれど、今のあたしがあるのは、ここの劇場での出会いがあったからに他ならない。
なんて劇場の裏口の扉の前で思い出に耽っていたら、突然勝手に扉が開いた。否、中にいるスタッフの一人が内側から扉を開けたのだ。
「うわっ!! ……って、なんだ、シーラじゃん。また来たの?」
この前ユウリちゃんたちと来たときに一緒に手伝ったバニーガールの一人だ。そんなに頻繁に出入りしているわけでもないのに開口一番そう言われ、私はつい反論する。
「またって何よう! こっちは日々魔物と戦って超忙しいんだから!」
「あはは、ごめんごめん。それにしてもイメチェンしたの? 似合ってんじゃん」
そう言えば、ここで賢者姿のあたしを見せたのはこれが初めてだったっけ。前にビビアンたちに見せたときは早朝だったから、他のスタッフは知らないんだ。まあ、ここであたしが賢者になったって言っても、賢者という言葉自体知っている人は殆どいないだろう。なのでここはただのイメチェンということで話を合わせることにした。
「座長に見せたらきっと驚くんじゃない? 今ならまだ部屋にいるから、行ってみれば?」
「う〜ん、先にビビアンに用事があるから、その後にでも行ってみようかな」
なんて濁しているが、会ったらきっと『うちの劇場に勇者御一行現る!』とかいってのぼりでも立てられかねない。面倒くさいことになりそうなので、早々に座長のことを頭の片隅に追いやった。
「なあシーラ、中に入らないのか?」
すると、今まで黙っていたナギちんがたまりかねて後ろから声をかけた。ビビのファンである彼は、一刻も早く彼女に会いたくてたまらないのだろう。彼女に相手にされていないにも拘らず、未だにお近づきになろうと必死である。
――なんで気づかないかなあ……。
ミオちん以上に超鈍感なこの男は、裏口を塞ぐように立つあたしたちを忌々しそうに眺めている。いっぺんどつき倒さないとわからないのかもしれない。
バニーガールの彼女と入れ違いで中に入ると、皆慌ただしく作業や準備に追われていた。あたしたちが入ってきても最初は誰も気づかなかったけれど、裏方の一人がこちらに気づくと、他の人も一斉にこちらに注目するようになった。
「やだーっ、シーラじゃない!! 久しぶり!!」
「本当にあのシーラか? 随分大人っぽくなったな」
「あ、もしかしてあのときの銀髪の人!? ナギさんでしたっけ。お久しぶりです!」
「へえ。あんたいい体つきしてるな。ここの仕事に興味はないかい?」
いつの間にかあたしたちは、スタッフの人だかりに囲まれていた。あたしとナギちんに関しては再会を懐かしむ声が、るーたんに至ってはその体つきを称賛する声がほとんどだった。しかもるーたんは、甘いマスクの下に筋肉質な体つきという、アッサラーム女子にはたまらない理想の男子であったため、ユウリちゃんやナギちん以上に女の子が色めき立っていた。この光景をミオちんが見たらどう反応するか見たかったけれど、本人がいないので仕方ない。
そして肝心のビビはというと……、残念ながらここにはいなかった。おそらく稽古場だろう。開演直前でも平気で練習を続けるほどの努力家でもある彼女は、だてに何年も人気ナンバーワンの座を維持していない。
「ねえ、ビビはまだ稽古中?」
「ああ。いつもの場所でやってるよ」
ビビの場所を尋ねるあたしの問いに、誰かが答えてくれた。それを聞いたナギちんはまるで人が変わったかのように人混みをかきわけ、急かすようにあたしに目で訴えてきた。「稽古場の場所を教えてくれ」と。その目があまりにも澄んでいて、毒気を抜かれたあたしは大人しくナギちんに従うことにした。
「ビビ、いるー?」
稽古場に顔を出してみると、彼女は入り口に背を向けて踊りの練習をしていた。後ろ姿からでも伝わる動きのキレと妖艶さは、さすがアッサラームの劇場一の踊り子と言うだけある。いや、あたしに言わせればビビの踊りは世界一だ。
「うおお、ビビアンちゃんの踊り……!! やべえ、手汗が止まんねえぜ」
……やっぱり会わせるのやめようかな。もう遅いけど。
「ん? その声は……、シーラ?」
ワンテンポ遅れて振り向いたビビは、あたしの姿を認めると満面の笑みを見せてこちらに近寄ってきた。
「シーラ!! 久しぶり!! 元気だった?」
「もちろん元気だよ!! ビビも相変わらず踊りが上手だね♪」
軽く挨拶を交わしてから、ハグをする。昔からあたしたちの中では恒例のやり取りである。それを一通り済ませると、ビビは今度は後ろの二人に目をやった。それにいち早く気づいたナギちんが突然姿勢をピンと正すと、顔を真っ赤にしながら口をパクパクし始めた。前は会うなりビビの寝間着姿に卒倒したけれど、今回はなんとか自我を保っている。うん、少しは進歩したみたい。
「あ、あああの、ここここの間はその、大変失礼というかその、オレ、ビビアンちゃんの踊りが好きで、その……」
すると、ビビはナギちんの顔を見て何かに気づいたようにポンと手を叩いた。
「あ、シーラの仲間のナギさんだっけ? お久しぶりです。シーラがいつもお世話になってるみたいで」
「いっ、いいいいいえ、めめ滅相もない!!」
うおおい、頑張れナギちん! 好きな女の子相手にそんなヘタレでどーする!!
ポンコツと化したナギちんを元に戻すため、あたしは一肌脱ぐことにした。
「こーみえてナギちんは、盗賊の腕も超一流で、何度もあたしやみんなのことを助けてくれたりしたんだよ☆ ね、ナギちん?」
「いっ、いいいいいえ、めめ滅相もない!!」
そこは否定しちゃ駄目でしょうが!!
あまりにアホな回答に思わず心の中で叫んでしまい、あたしは一気に全身の力が抜けた。せっかくのあたしのフォローを無に帰すなんて、さすがナギちん一味違う。
「ああもう、いつもはこんなんじゃないのに! ごめんるーたん、ちょっとナギちんの後頭部叩いてくれない?」
「え、大丈夫なの?」
戸惑いつつもるーたんはナギちんの後ろに回り、思い切り手を振り上げた。すると自力でポンコツ化を解除したナギちんは、ものすごい反射神経でるーたんの一撃をかわした。
「アホかっ!! こいつの言うことなんか真に受けるんじゃねえ!」
ちっ、気づいちゃったか。激昂するナギちんに、あたしは舌打ちをする。
「あれ? ミオたちはいないの? それに、その人……」
そんなあたしたちのやり取りを眺めながら、ビビは辺りを見回す。そして視線の先にいるるーたんを見て、彼女の動きが止まった。そう言えば二人は初対面だったっけ。
「あ、そうそう。この子、ミオちんの幼馴染で武闘家のるーたん。新しく仲間に入ったの」
あたしが紹介すると、半裸のままのるーたんは少し恥じらいながら一歩前に出て自己紹介を始めた。
「は、はじめまして。ルークと言います。こんな格好ですみません」
ところが、ビビの返事はなかった。聞こえないはずがない、と彼女の顔をまじまじと見てみる。すると、彼女もまた、ナギちんと同じく顔を真っ赤にさせながら口をパクパクと動かしていた。え、これってまさか……。
「えあっ、そ、その、はい、私、ビビアンて言いますっ!! はじめまして!!」
ナギちんよりはいくらかマシだが、ビビのこんな挙動不審な姿は初めてだった。最上級のルックスとスタイル、加えて色気を持ち合わせた彼女に言い寄る男の人は数知れず。だけど理想が高いビビのお眼鏡に叶う人は今まで誰一人いなくて、実は未だに彼氏が出来たという話は聞いたことがない。そんな彼女の今の様子から察するに、おそらくビビはるーたんに一目惚れをしてしまったようである。
そういえばるーたんは、サマンオサでも女の子を一人振ってたようなことを言ってたっけ。なんて罪作りな男の子なんだ。いや、実は一番罪作りな人は、そんなるーたんに想いを寄せられているミオちんの方なのかもしれない。
「ええと、ビビアンさんはミオとも知り合いなの?」
「はい!! 仲良くさせてもらってます!!」
「そっか。ミオにこんな可愛い友達がいるなんて、知らなかったよ」
「かっ、かかか可愛い……!?」
いよいよ目がグルグル回り始めたビビも、ナギちんに負けず劣らずポンコツと化している。ビビはまだ知らないけれど、るーたんの会話のおよそ七割はミオちん関係なので、会話していくうちに彼の気持ちに気づくのも時間の問題である。ここは今のうちにビビに釘を差した方がいいのでは、とあたしが心の中で作戦会議を始めたときだ。
「おいこらルーク!! 今オレがビビアンちゃんと話してるのを邪魔すんじゃねえよ!!」
いつの間にか我に返ったナギちんが、ビビとるーたんの間に割って入ってきた。その剣幕に圧倒され、たじろぐるーたん。
「そんなつもりじゃなかったんだ。ごめん」
そう言ってビビから離れようとするるーたんに対し、そうはさせじとビビが、慌ててるーたんの腕をがしっと掴んだ。
「え?」
「あ、えっと、その……」
るーたんを引き留めたのは良いけれど、何を言いたいのかわからずしどろもどろになる。もしかして、このままるーたんに告白でもしちゃったりして!?
と思ったのもつかの間、間が持たなくなったのか、突然ビビはパッと掴んでいた手を離した。そしてなるべく視線を合わせないようにしながら、
「ごめんなさい! なんでもないの!」
そう伝えると、そそくさとその場から去ってしまった。当然るーたんはビビの気持ちなどわかってない様子で、不思議そうに首を傾げている。ナギちんに至っては、せっかくビビと話す機会があったのに禄に会話もできなかったので、今頃になって名残惜しそうにビビが行った方を眺めていた。
うん、取り敢えず、男どもの方は放っておこう。それよりもビビだ。
「あたしちょっとビビと話したいことあるから、二人ともそこで待ってて!」
二人に言い残し、あたしはビビの後を追うことにした。
ページ上へ戻る