| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

冥王来訪

作者:雄渾
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第三部 1979年
新元素争奪戦
  硝煙 その3

 時間は数刻前に戻り、場面は、ソ連極東にあるウラジオストックに移る。
視点をソ連側に移して、彼らの動きを見てみることにしよう。
 ソ連共産党臨時本部が置かれたウラジオストックでは、あわただしい動きがみられた。
KGBの作戦が失敗したとの報告を受けて、次の作戦の準備に取り掛かっていたのだ。

 KGBが亡命した赤軍参謀総長の奪還の機会を、執拗に狙うのには理由があった。
参謀総長が、ソ連の核弾頭を正確に使用できる数を知っているからだ。
 ソ連では1973年のBETA侵攻以降、核弾頭の新造が難しい状態に陥っていた。
ウランを算出する、ウクライナ、ウズベク、カザフの各地域で、激戦を行っていたからだ。 
 大量の技術者は無論の事、緒戦にて鉱山と採掘設備を失い、20000トンの年間生産量が手に入らなくなった。
 その為、インドのジャドグーダや北鮮の順川に技術者を派遣し、ウランの生成を急ぐほどであった。
インドにはスカッドミサイルの技術提供を、北鮮には年間7万トンの重油支援を行うことで、核ミサイル1000発に必要なウランを集める腹積もりだった。
 だが今年7月に起きた順川鉱山での落盤事故を発端とする鉱山の爆破と、最高指導部の大量事故死の為、計画の全てが水泡に帰することとなった。
 インドの件は、先のスリランカ事件の為と、パキスタンとの関係悪化を恐れたインド政府による遅延策の為、何一つ成果は得られていない。
 核戦力が不足するという恐れに、KGBは焦りを覚えていた。
チェルネンコ以上にKGBに協力的なミハイル・ゴルバチョフを書記長に選出し、ソ連を今まで以上にKGBの専制体制に移行させるつもりだったのだ。
 そういう矢先に起きた軍部のクーデター未遂と参謀総長の亡命は、それまであったソ連の慎重な対日工作を一変させる一大事件であった。

 党本部についたドミトリー・ヤゾフは、出迎えの将校に案内されて、執務室に入った。
 ゴルバチョフは、補佐官や、その他大勢のスタッフとともに待っていた。
 年は50歳ぐらい。
絨毯が敷き詰められた部屋で椅子に座っている姿からは、とてもソ連全土の支配者とは思えなかった。
「同志書記長、只今到着いたしました」
 ヤゾフは頭を深く下げた。
 それまで視線を落としていた書類からゴルバチョフは顔をあげ、目の前に立つ将官の服を着た男を見る。
ソ連人としてはやや小柄な170センチ弱ではあるが、精悍な風貌に厚い胸を持つ、緑色の目をした壮年の男が立っていた。
「ご苦労様でした。同志ヤゾフ将軍、私から話すことはありません。
あなたから仰って下さい」
「同志書記長、まず私が言いたいのは、もはや手をこまねいている時ではないという事です。
ご存じのように、米国は既に新型のG元素爆弾の実用化に成功いたしました。
日本での諸問題を解決した後、直ちに月面にあるG元素を奪取するべきです」
 ヤゾフはそう言いながら、心の中で亡命した参謀総長の姿を思い浮かべた。
国防省人事総局長の席から閑職(かんしょく)の蒙古駐留軍第一副司令官に追放した赤軍参謀総長への復讐心が、新たに燃え上がって来るのだった。
「函館空港を占拠し、参謀総長を抹殺し、日本側の鼻を明かしてやるのです。
そうすれば、戦争の回避を望む日本側は、戦う理由は無くなるでしょう」
 側に近侍する補佐官の一人である、ゲオルギー・シャフナザーロフの顔色が変わった。
KGBの潜入工作員ではなく、正規軍の部隊を派遣するという事がどういう事を意味するか。
 ソ連共産党国際部副部長を務めた彼でなくとも、理解できることだった。
ソ連が建国以来苦心して模索してきた、日本の中立化構想を根本から覆すものだったからだ。
「よろしい」
 それまで黙っていたゴルバチョフは言った。
「これより直ちに、GRUの空挺コマンド部隊を函館に出発させなさい」
「はい、同志書記長。そう致します」
 

「そろそろ、日本野郎の出迎えが来る頃だな」
 GRUの空挺部隊を運ぶ飛行隊長は、周囲の空を見渡しながらつぶやいた。
函館までおよそ10キロ。
編隊は、高度150メートルから200メートル辺りに展開している。
 眼下には、真っ青な海面が絨毯さながらに広がる。
 300メートル以下を飛ぶのは、奥尻島にあるレーダーを警戒しての事だった。
日本海軍に艦載されているOPS-11レーダーや、最新鋭のAN/SPS-39でも対空網に引っかかることはないだろう。
 男は操縦席にあるステアリングを左に切った。
イリューシン76の巨体が傾き、左に旋回した。
 編隊は指揮官機と副官機の司令部の他に、その後に4機からなる飛行小隊3体が続く。
みな、生還を望まぬ決死の部隊であった。
「後続機、どうか」
「第一小隊、順次左に旋回します」
 函館市街に入ったが、対空砲火はない。
日本側は昨今の反戦感情が邪魔をして、防空システムの配備が遅れているのかもしれない。
 ――飛行場の周りに集中しているのかもしれんな――
飛行隊長は考えを巡らせた。
 恐らく対空砲は、重要度の高い空港や基地に集中配備されているのだろう。
その内に、函館空港の2000メートル弱の滑走路が目に入ってきた。
「各部隊、空挺降下準備!」
「左前方、敵機」
 男の指示と重なるように、後方を飛ぶ友軍機より連絡が入る。
 男は左前方に目を向けた。
 2から3機前後の機影が見える。
既にこちらに狙いを定めているのだろう。
 男は空挺降下の準備をしながら、敵機を凝視した。
「ファントム?フリーダムファイター?」
 敵機の名称を叫んだ。
「何だ、あいつは!」
 後方の友軍機の叫びが、レシーバーを通じて耳に響く。
敵機がまじかに迫り、手に持つ突撃砲から青白い閃光がほとばしる。
 男は目を見張った。
過去に前線で見たF4ファントムやMIG21バラライカが放つ20ミリ弾とは明らかに違う。
 まるで棍棒のように太い砲火だ。
 敵弾は、後方に消えていく。
「ボリス1(二番隊の一番機の意味)、被弾。落伍していきます」
 ソ連軍ではNATO同様にフォネティックコードが決まっていた。
だがキリル文字を使用し、ロシア語の人名に由来したもので、使いづらいものだった。
(今日のロシア軍にはNATOコードに対応したロシア語の呼びかけは存在する。
古い方式と新しい方式が混在していると考えてもらえばいいだろう) 

 46.59メートルの巨体が火を噴き、墜落していく。
「見かけの割には素早い機体だ」
 過去に見た西側の機体とは違う。
全体的に細長く、肩アーマーの形状が長方形から台形になっている。
何よりも目立つのは、膝から太腿に向けて飛び出した膝当てだ。
 同様の機体は、ソ連にも存在する。
ミグ設計局が作ったMIG-23チボラシュカだ。
 だがイリューシン76の目の前に現れた機体は別だった。
全体の印象も、運動性能も、搭載する機関砲も違う。
「ワシーリー(三番隊)、2機被弾。
火災発生!」
 喪失機はこれで3台。
降下する空挺部隊員を含めて、300名近い人員が空中投下前に犠牲になった計算だ。
「F‐15イーグルだ。米国で試験中の戦術機だ」
 操縦席に入ってきたGRUスペツナズの隊長が答えた。
 米国の各企業が開発している機体にGRUも情報入手に勤めており、野戦指揮をする尉官まで知らされている。
それらの中にはマクドネル・ダグラスで開発中のF‐15まで含まれている。
 その機体が、日本軍の機体として登場したのだ。
 米国は1974年のファントムショック以降、日本への最新鋭機の引き渡しを拒んできた。
米国の大統領ハリー・オラックリンは、日本の対米独立志向を鼻持ちならないと嫌ってきたが、それ以上に対ソ静謐を掲げる日本の武家政権を嫌っていた。
 最新鋭のF‐15が日本に配備されたという事は、米国政府内でその方針が変わったという事か。
 これはソ連が何よりも恐れている、日本の完全な親米国家への変化の一助ではないか……
「敵機正面!」
 ほぼ絶叫に近い機長の叫び声に、GRUスペツナズの隊長は顔を向ける。
視界一杯に移るF‐15の右手から閃光が煌めいた。
操縦席の風防がけたたましい音とともに割れ砕け、全身に衝撃を感じる。
連続した発射音を聞くと同時に、男の意識は消し飛んだ。 
 

 
後書き
 ご感想お待ちしております。

 申し訳ありません。 今年の夏も公私ともに多忙なので、7月から11月ぐらいまで連載ペースを第2,第4日曜日のみにさせていただきます。
 現状4000字弱の所を2000字弱しか執筆できないので、少し時間を取ってまとめて投稿しようと思います。 それに伴い、ハーメルンも7月から当面の間、月2回の更新にするつもりです。  
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧