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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
グリンラッド〜幽霊船
  その頃の2人 〜テンタクルスの頭上にて〜


 海上に突如現れたテンタクルスと再戦するため、俺はシーラの呪文で乗っていた船からテンタクルスの頭上へと降り立った。

 ぬめぬめとした体皮は足場が悪く、ブーツの底に細工を施していなければ一瞬で滑り落ちてしまうだろう。だが俺が履いているブーツはあらかじめ靴底に滑り止めの細工を施している。

 なぜそんなことをしているのか。それは以前アープの塔へ向かう道中、川の中での戦闘で足を滑らせたことがきっかけだった。その反省を踏まえて、俺はその頃同行していたスー族のジョナスに靴底の細工の仕方を教わり、濡れた床や水辺、足場の悪い岩場や坂などでも通常通り動ける術を身に着けた。

 前置きはさておき、とにかく俺は常人ならすぐに海へと滑り落ちるような状況の中、臨戦状態のテンタクルスと対峙していた。

 敵もまさか頭の上に攻撃対象がいるとは思わなかったのだろう。当初は俺の存在に気づかず、ただひたすら触腕を振り回しているだけだったが、俺が剣で魔物の体を傷つけている間にようやく気がついたらしく、今では自身の身体に攻撃を与えながらも俺を海へ叩き落とそうとしている。

 そんなテンタクルスの攻撃を、俺は余裕で躱していた。前以上に戦闘の経験を積んだことで、以前の失態を払拭するかのような立ち回りが出来ている。

 これなら俺一人でも倒せる。そう、今までの旅で、こいつに勝てなかったことが唯一の汚点であり、魔王を倒すためには絶対に克服しなくてはならない壁だった。その壁を今、越えようとしているまさにその時だった。

 ビュオオオオッッ!!

 突然凄まじい突風が眼前に襲いかかった。あまりの強風に巨体であるはずのテンタクルスでさえ、一瞬動きが止まった。

「なっ!?」

 そして予想外の出来事に、思わず俺は声を上げてしまった。突風とともに現れたのは、間抜け女の幼馴染であり、サイモンの息子でもあるルークだったのだ。

「うわっとっとっ……」

 俺と同じくテンタクルスの頭の上に降り立ったこの男は、当然俺のように靴に細工など施しているはずもなく、あっという間に足を滑らせていた。だが奴はとっさの判断ですぐに靴を脱ぎ、裸足になった。

 いや、そんなことはどうでもいい。なんでこいつがここまでやってきたんだ!?

「すごいね。ユウリはその靴履いてて滑らないんだ」

 素足で器用に体を斜めに傾けながら呑気に俺に話しかけると、奴は半透明の足元を見た。

「このイカ、随分防御力が高そうだね。僕の攻撃が通るかな」

「おい、なんでお前がこんなところにいるんだ」

 そう言い放つと、ボケ男はキョトンとした顔で俺を見返した。

「ええと……、ミオが君のことを心配してたから、加勢に来たんだ」

「なんだと!?」

 あの間抜け女!! こいつに余計なことを吹き込みやがって!!

 大方前回の俺の醜態を思い出して心配になったみたいだが、余計な世話だ!! お前ら一般人と一緒にするな!!

 ……などと今までの俺なら頭ごなしに怒鳴っていたところだが、俺も数々の冒険で経験を積んで少しは大人になったつもりだ。伝えるべき相手がいない今、俺はあらゆる不満を飲み込み心を落ち着かせた。

「別にお前の助けなんかいらん。そもそもお前、もしこいつを倒したらどうやって船に戻るつもりだったんだ」

「ええと、泳いでかな?」

 なんでそっちが疑問形なんだ。かたや俺はルーラを応用させて船に戻るつもりだったが、こいつは何も考えてなかったのか?

「じゃあ今すぐ泳いで帰れ。こいつは俺一人で充分だ」

 すると、この男の存在に気づいたのか、テンタクルスが突然触腕を上下に振り始めた。さらに頭も動かし始めたので、俺達のいる場所が大きく揺れた。

「うわっ!!」

 さすがのボケ男も、この状況では立っていられないのだろう。案の定足をすべらせ、海へと真っ逆さまに落ちていく、はずだった。

 なんとこいつは海面すれすれの所で、丁度目の前にあったテンタクルスの足の表面にある吸盤に手足を引っ掛けたのだ。

――こいつ――!!

 足の付け根辺りまで続く吸盤を使い、まるで木登りが得意な獣のようにするすると登っていく。こいつはもともと『勇者』の職業として生まれたそうだが、この身体能力の高さはその職業故か。基礎体力が平均の俺が努力で培われたのに対し、こいつは生まれながらの天才型なのかもしれない。別に悔しくはないが。

 ボケ男が無駄な動きをしている間、俺はテンタクルスの目の辺りに移動しようとしていた。奴は主に視覚を使って獲物を見つけ出す。それを封じてしまえば、あとは容易に倒すことが出来るはずだ。そう考えていたら――。

「ユウリ!! もし一人で倒せるって言うなら、僕と勝負しない?」

「は!?」

 あまりに唐突な発言に、俺はつい間抜け女のような返事をしてしまった。

「僕とユウリ、先にこの魔物にとどめをさせたら勝ち。負けた人はミオのことを諦める」

「な……」

 何を言っているんだ、この男は。

 その時、テンタクルスの触腕が俺の頭上めがけて振り下ろされるが、紙一重で飛び退く。

「何を意味のわからんことをほざいてるんだ」

「しらばっくれるなよ。彼女のことが好きなんだろ?」

「――!!」

 ぶちぶちぶちっ!!

 その一言に、俺の体の中にあるあらゆる血管が音を立てて浮き出たのを感じたが、怒りと動揺を悟られないよう必死で平静を装う。

「戦いの最中にそんなふざけた冗談を言える度胸は褒めてやる」

「僕は本気だよ。彼女のためなら君を蹴落とすことも厭わない」

 駄目だ、今のこいつに何を言っても通じない。そんな事を考えていると、色ボケ男の体を締め付けようと背後からテンタクルスの触腕が襲いかかる。だがこいつは振り向きもせずその場でジャンプし、別の足に飛び移った。

「ちなみにこの前、彼女に告白したよ」

「――!!」

「返事はまだだけれど、満更でもない様子だったかな。だから、諦めるなら今のうちだよ」

――その瞬間、俺の意識は暗転した。

 あいつへの想いは断ち切ったつもりだ。あいつが色ボケ男に何を言われても俺には関係ない、そのはずなのに。

 血が逆流し、抑えていた感情が爆発する。

「なんでお前ごときに譲らなきゃならないんだ!!」

 そう口走りながら俺は、テンタクルスの攻撃をジャンプしながら次々と避けていく。腸が煮えくり返るほどの怒りは、知らぬ間に自身の回避能力の向上を促した。

「言葉が間違ってるよ。『譲る』ってのは自分のものを他人に渡すことだろ。ミオは君のものじゃない」

「お前のものでもないけどな!」

 間抜け女の横にいるときのこいつは、ただの優男にしか見えないが、本性はこんな事を平気で言い放つほどの腹黒男だったのか。しかも俺を見下すような言い方しやがって、余計に腹が立つ。

 この男が間抜け女に告白したという事実は、本当なのか。虚栄を張ってる可能性もあるかもしれないが、わざわざ確認するのも馬鹿馬鹿しい。テンタクルスの吐き出した墨を躱しながら、俺は疑念を払い除けた。

「まあ冗談だと思ってる君には関係ないかもしれないけどね」

 俺の心を覗き込んだのか、こいつはまたしても俺の逆鱗に触れるようなことをほざく。さらに、邪魔者をはたき落とそうとその触腕で何度も海面を叩きつけるテンタクルスの攻撃を苦も無く躱し続けながら、掴みどころのない笑みを浮かべている。自信めいた様子をあえて俺に見せつけている姿が余計に腹立たしく思えて、俺は怒りの矛先をテンタクルスに変えて魔力を掌に集中させた。

「イオラ!!」

 色ボケ男――の後ろにあるテンタクルスの眼球に向けて、俺は呪文を放った。魔物は人間には聞き取れない声を発しながら、のたうち回るように激しく動き出した。振り落とされないよう、俺は足元に力を込める。

 揺れが収まった瞬間、俺は深く足を踏み込むと、弾力のあるテンタクルスの体を利用して勢いよくダッシュした。

 矢のように駆け出した俺が目指すのは先程呪文を当てた眼球。剣を構え直し、あと数歩の所で間合いまで詰め寄った瞬間、突然視界の脇にいた色ボケ男の姿が消えた。

「なっ!?」

 反射的に上を見上げると、色ボケ男が跳躍した。その瞬間、奴は俺と同じ標的に向かって飛び蹴りを放っていた。

 鋭い衝撃音とともに、テンタクルスの眼球から血液のようなものが噴き出される。なかなかにグロテスクな光景だが、それよりも今の俺には悔しさが胸のうちに広がっていた。

――あいつに先を越された――。

 奴が俺よりも魔物に近い距離にいたからというのもあるが、奴も俺と同じ狙いを定めていた事が悔しかった。俺よりレベルの低い人間が自分と同じ思考をしていることが、俺のプライドを傷つけた。

 一方、完全に片方の視界を潰されたテンタクルスは、再び声なき声を上げながら、痙攣を起こしたかのように激しく体を震わせている。だが何本もある足は先程よりも動きを鈍らせ、次の行動になかなか移さない。どうやら今ので致命傷に近い傷を負ったようだ。

「もしかして、僕の勝ちかな?」

 警戒しながらも嬉しそうに目を輝かせる色ボケ男を、俺は白い目で見ていた。魔物を倒した喜びだけではないだろうことは容易に想像がつく。

 だが、この魔物のタフさを侮ってはいけない。まだ余力があるだろうと踏んだ俺は、再び剣を構え直して走り出した。

「もう魔物は倒したはずじゃ……?」

 ボケ男の戯言など聞いていられない。それよりも今の殺気に気づいたテンタクルスが、最後の力を振り絞らんばかりに所構わず触腕を振り回してきた。その広範囲かつ無差別な攻撃は、さすが『海の魔神』と称されるだけある。

 だがそれでも、以前の俺とは違う。あれから幾度も強敵と戦い、勝利した。その経験は技術だけじゃない。自信もついた事でこれまで以上に力を発揮することが出来るようになった。そしてそれは、ここにいる一般人風情では到底身に付けられないものだ。そんな奴に、この俺が劣るはずがない。

「ライデイン!!」

 剣に雷撃の呪文をまとわせ、テンタクルスの眼球目掛けて振り下ろす。以前から試してみようと思った戦術の一つだ。バカザルの母親から、この剣が『稲妻の剣』だと知り、もし本物なら剣に雷撃を纏わせることができるのではと考えた。未だに本物かどうかは分からないが、この様子を見る限り、ただのナマクラではなさそうだ。

 雷をまとった剣から繰り出された閃光は目を灼き、刃からは大量の体液を飛び散らせた。

 幸い雷撃は魔物の体までは至らず俺たちまで感電することはなかったが、それでも局所的にダメージを与えたことで相当の深手を追わせることができた。現に今の攻撃により、さらにテンタクルスの動きが鈍くなった。もがく体力すらなく、視界も奪われ、もはや虫の息となっている。

 そんな瀕死の魔物を足場にしながら、俺は躊躇うことなく次の呪文を唱える。

「イオラ!!」

 トドメに今回最大出力の爆発呪文を魔物に浴びせると、テンタクルスは断末魔の悲鳴を上げながら完全に事切れた。

 だが、当然ながらテンタクルスを足場にしていたため、テンタクルスが死体となった途端、足元が沈み始めた。

「!!」

「ユウリ!!」

 色ボケ男の声が俺の耳に届く。しまった、余計なことを考えていたせいで、足場が……!

 俺は色ボケ男より先に、海へと落ちた。そして水面から上がるより先に、色ボケ男の顔が視界に入った。

――こんな奴に助けられるなんて、屈辱だ。

 俺は近づいてくる色ボケ男の手を取ると、水面から浮上しすぐさま呪文を唱えた。

「ルーラ!!」

 本来なら魔力がある程度集まっている町などを目的地として、使用者の記憶を介して移動する呪文だが、今回は特定の魔力保持者――この場合はシーラのことだ――がいる場所に移動するように応用した。俺が呪文を唱えた直後、二人の身体がふわりと宙に浮くやいなや、凄まじいスピードで上空へと飛び上がり、あっという間に船へと帰還した。

「ユウリ!! ルーク!!」

 真っ先に駆け寄ってきたミオに先に名前を呼ばれ若干の優越感に浸るも、奴の手を未だ握っていることに気づき、瞬時に手を離す。

「二人とも大丈夫!? 怪我はない?」

「ふん。俺があんなデカブツごときに怪我なんてするわけ無いだろ。それよりもそこの色ボケ男の心配でもしたらどうだ?」

 目を合わすことなくミオの横を通り過ぎると、俺は敵に塩を送るように、彼女を色ボケ男に託した。

 いつの間にか雨は止み、風も穏やかになっていた。ふと海原に視線を移すと、倒れたテンタクルスはすでに海底へと沈んでしまったのか影も形も見えず、雲間から覗く日光が空と海の両方を照らし出していた。

「ユウリ!! ……さっきは助けてくれてありがとう」

 無視しようかと思ったが、珍しく色ボケ男が俺に礼を言って来たので、ピタリと足を止めた。振り向くと、ミオの傍らで俺の反応を待つかのようにこちらを見つめている。

「……今回は引き分けだな」

 ぼそりと一言そう伝えると、色ボケ男はふっと笑った。

「じゃあ、お互いまだ諦めないってことだね」

 それには答えず俺は僅かに口角を上げると、二人の前から立ち去った。程なくして背後からミオの問う声が聞こえたが、構わず歩みを進める。

「おい、ユウリ!! お前凄いな!! ルークもだけど、2人であんな化け物倒しちまうなんて凄えよ!!」

 いつの間に船に戻っていたのか、バカザルが俺の方にやって来てバカみたいに声を上げた。その横ではシーラがバカザルを心配そうに見上げている。

「ナギちんったら、体温低くて動けないのに、ユウリちゃんたちのことが心配でずっと甲板に張り付いて見てたよね」

「なっ、なんだよシーラ!! 本人目の前にしてそーいうこと言うなよな!!」

「なんだバカザル。ガラにもなく照れて気持ち悪い奴だな」

「お前は相変わらずひでえ言いぐさだよな!! こっちは心配してやったのによ!!」

「別に頼んだ覚えはない」

「こ・の・や・ろ・おおおおお!!」

 今にも掴みかからん勢いのバカザルを必死で抑え込むシーラ。いつもと変わらないやり取りに、どこか安心している自分がいた。

「……お前のお陰でこいつの杖を失わずに済んだ。その点は褒めてやる」

「うっ……!? な、なんだよいきなり!! お前の方が百倍気持ち悪りいんだけど!!」

「ベギラマ」

 ぼおおぉぉん!!

「ぎゃあああ!!」

「ユウリちゃん……。ナギちんに対しても、もーちょっと素直になれないかなぁ?」

「ふん。これでも素直になった方だ」

 因縁の相手を倒すことが出来て、心のつかえが若干取れた気分だが、別の問題も生まれた。

 今まで蓋をしてきた感情が、今や自分では制御できないくらいに膨れ上がっている。だが、魔王を倒すためには不要なものだ。自分の感情と向き合うことで決意が揺らぐ中、俺は束の間の勝利の余韻を噛み締めていたのだった。

 
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