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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
新元素争奪戦
  スペツナズ その2

 
前書き
 今週も遅れてしまいました。
二週続けて申し訳ありません。 

 
 函館空港を後にしたマサキたちは、市内の湯川町にある湯の川グランドホテルに来ていた。
 そこには、赤軍参謀総長と亡命してきたソ連人たちが、まとめて待機させられていた。
警備要員は一見して分からない様に、観光客を装って配置されていた。 
 マサキは、海岸沿いにある湯の川グランドホテルの立地条件を気にしていた。
小型潜水艇に取りついた工作員が、すぐに乗り込んで来れる場所だからである。
 警察の説明によれば、1キロほど先に陸軍の駐屯地があり、非常時には対応できるという。
また津軽海峡と、近隣の松倉川には海軍の警備艇を遊弋させているとの事だった。
  
 マサキは一人になって、じっくりと考えに耽った。
 心を落ち着かせようと、コーラをゆっくり飲み、タバコを燻らせた。
海岸沿いのホテルに参謀総長が滞在しているとなれば、ソ連にとって願ってもない好都合である。
 国際海峡になっている津軽海峡にソ連の駆逐艦を派遣して、そこから函館の街を艦砲射撃すれば済む。
あるいは原子力潜水艦から特殊工作員を送り込めば、簡単に暗殺できる絶好のポイントだ。
 マサキは紫煙を吐き出すと、椅子の背もたれに身を預けた。
 俺は、勘違いしていたのかもしれない。
何も外部からだけではなく、既にホテルに工作員が潜入している可能性がある。
そう考えたマサキは、大慌てで、警察署長たちの所に向かった。

 ソ連赤軍参謀総長の、突如とした日本亡命。
 この報道を聞いて、驚いたのは、なにも日本政府ばかりではない。
 また、米国も同じだった。
ワシントン時間の午前5時の早朝から、ホワイトハウスで臨時閣議が始まった。
 危機管理室の中は、各省の次官と軍の将官でいっぱいになり、彼らは壁際に立たされた。
 定例の挨拶が終わると、国家安全保障省(NSA)主導の会議が動き出す。
会議の冒頭、口を開いたのは副大統領だった。
「ソ連極東では極東(ヴォストーク)79という軍事演習が、近いうちにおこなわれるという話は本当かね」
 国家安全保障省(NSA)は資料に目を落としながら、応じた。 
「はい。
昨日、入ったの偵察衛星情報によりますと。
現在、ザバイカル軍管区のチタから太平洋艦隊のあるウラジオストックに向けて大規模な兵力の移動が確認されております」
 副大統領は、愛用するオランダ製のシガーに火をつける。
ジャワ葉を使ったヘンリー・ウィンターマンズの濃厚な煙が、ゆっくりと立ち上っていく。
「極東ソ連軍の戦力は……」
 NSA長官に代わって、陸軍情報局(MI)長が、答えた。
「一昨年までのデーターから類推するに、38個師団およそ40万人。
作戦機は戦術機320機、爆撃機70機とされております」
 副大統領はコーラで唇を濡らした。
周囲の官僚は、身構える。
一連の行為は、副大統領が不満を抱えているサインだったからだ。
「つまり、ソ連の都合によっては日本本土への急襲は可能という事かね」
 デイヴィッド・C・ジョーンズ統合参謀本部議長が、言をつないだ。
彼は空軍出身三代目の議長で、陸軍出身の戦闘機乗りだった。
「現在、沿海州のナホトカには独立空挺連隊と自動車化狙撃兵師団が展開しております。
そして北サハリンには、強力な装甲師団が2個ほど駐留しています」
 一斉に視線が、ジョンーズの方に向く。
「何も攻撃目標を北海道に限定した、今の日本政府の防衛計画では極めて危険です。
莫大な犠牲を伴う北海道侵攻より、新潟、あるいは舞鶴を通じて、京都への奇襲作戦を行うことが予想されます」
 終始虚ろだった大統領が身を乗り出してきた。
大統領は、この後、中国からの特使と会う予定があり、その事で頭がいっぱいだったからだ。
「先の東ドイツへのKGBの破壊工作を鑑みれば……
首都への空挺降下などの特殊作戦は、米国に対する牽制と西側諸国に対する心理的混乱は十分可能です」
 ハロルド・ブラウン国防長官が、助け舟を出した。
こうしなければ、意見が通らないとのみての行為だった。
 米政府内では、月面攻略作戦が最優先であり、続いて対中政策が外交課題になっていた。
比較的安定していた日米関係は後回しにされ、ソ連情勢は静観を決め込むつもりだったからだ。
「そうすると迎撃のために、第七艦隊を新潟にでも配備しろというのかね」
 CIA長官は納得した様に、頷いた。
ブラウン国防長官は様子を一瞥しながら、質問を続ける。
「たしかに裏日本の方面には、米軍基地が一切ない」
 FBI長官が、突然口をはさんできた。
「ソビエトの動きが見えぬうちに行動するのは、危険すぎませんかな。
わがFBIでは、合衆国内に居るKGBもGRUの動きを追っておりますが、これといった変化は見られません」
 CIA長官が突如として立ち上がった。
「つい先ほどですが、ウラジオストックにいる我らの資産(アセット)から、連絡が入りました。
なんでもチェルネンコ議長を始めとする党長老が引退を表明し、後継候補が書記長を継いだそうです」
 その場にいる何人かは、信じがたい顔をする。
CIA長官はいつも通りの不敵の笑みを浮かべ、続ける。
「確実なお話なのですかね」 
 FBI長官は顔を紅潮させ、訊ねた。
CIAに出し抜かれたことに激怒しているのが、ありありとわかるほどであった。
「KGBの無血クーデターと思われます」
「その情報源はどういう立場の人物なのだ?」
「KGB大佐とだけ申しておきましょう」
 大統領はCIA長官に目を向けていった。
「ソ連国内に居る資産を使って、混乱を起こさせることは無理か」
 CIA長官は頭を振った。
「無理です。大統領閣下(ミスタープレジデント)
ソ連国内に居る我らの資産は、直ぐに動ける立場の人間は数が多くなく、失われれば再建に十数年を要する存在です。
南米と違い、成功する保証はなく、得るものはほとんどないでしょう」
 大統領は、腕時計を一瞥すると、席を立ちあがった。
時計は7時を指しており、あと15分もすれば中国政府の特使である葉剣英元帥が来ることになっているからだ。
「では諸君、一時会議は中断する。
次の閣議は、17時の予定だ」
 一斉に閣僚が、立礼の姿勢を取る。
「分かりました、大統領閣下!」

 ホワイトハウスのヘリポートに、海兵隊のVH-3”シーキング”輸送ヘリコプターが降り立った。
VH-3は、シコルスキー・エアクラフトが開発した双発哨戒ヘリコプターSH-3を改造した特別仕様機だ。
 執務室には、閣僚たちと入れ替わるようにして、中国大使と政府の特使である葉剣英元帥が入ってきた。
まもなく、この会談を仲介したヘンリー・キッシンジャー博士とチェースマンハッタン銀行の会長が部屋に入る
中国特使と一緒に、彼等も会議に同席する。
 大統領とのちょっとした雑談の後、葉剣英は何杯かの(ぬる)いコーヒーを口にする。
火傷をしないようにとの配慮だったが、支那人の葉剣英にとってひどく不味く感じる味だった。
「ともかく……我が国はいつでも北ベトナムのハノイ傀儡政権を打倒する準備は出来ております」
 チェースマンハッタン銀行の会長が大統領に訊ねた。
「ご支援なされたらどうですか、大統領閣下。
国家レベルの事は、私共の様な商人(あきんど)よりも、首脳同士の話し合いで解決する。
これが世間の常識でしょう」
 葉剣英は、しわがれた顔を向けて、癖のある北京官話で大統領に声をかけた。
少し遅れて、国務省の通訳官が英語に翻訳する。
「大統領閣下!
貴国も我が中国も、今後の展望を見た時、両国のあらゆる分野において協力関係が必要になる……
違いますかな」
 大統領は、冷めて不味くなったアメリカンコーヒーに砂糖とミルクを入れた。
少しでも内心にある不安を和らげるための措置だった。
「それは、軍事的にもですか」
 老元帥の目が一瞬厳しくなった。
その表情は、かつて国共内戦時に停戦交渉をやった自負から来るものであった。
「勿論です。
対ソのため、我が人民解放軍にも近代化が必要です」
 キッシンジャー博士は、終始穏やかな表情のまま、問いかけた。
「大統領、今の貿易関係では日本が一番の相手ですが、いずれや中国との関係が進めば、彼らを重視せざるを得ません。
将来の投資と言っては何ですが、両国間の関係強化が必要なのです」
 キッシンジャーは、眼鏡の奥底から鋭い野獣のような眼光を輝かせる。
「そして、それは相互確証破壊による国際平和……経済の面からも合衆国民は貴方を支持することになるでしょう」
 わずかな時間、その場は沈黙した。
大統領は温いコーヒーを飲み干すと、静かにカップを置く。
「なるほど……」
  腕時計を見ると、会見予定の45分を既に15分ほど過ぎている。
一旦話を終わりにするべく、男は返事をすることにした。
「わかりました」
 大統領は立ち上がって、右手を葉剣英に差し出した。
老元帥は立ち上がると、かけていたサングラスを取った。
 男の顔を凝視しながら、力強い手で握手をして来る。
大統領は余所行きの笑みを浮かべて、この老将に握手を返した。
「では主席閣下によろしくとお伝えください。
北ベトナムの件は、中南海にご一任すると」 
 

 
後書き
 ご意見、ご感想よろしくお願いします。
 
 最近、公私ともに忙しく思うように話が進みません。
 土日の投稿が厳しい場合は、日曜の18時以降につぶやきの方で連絡をする予定です。
無理な場合は、事前に連絡をいたしますので、ご容赦頂ければ幸いです。 
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