ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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Part3/ミノタウロスを追え
タバサの提案した作戦というのは、イルククゥを可能な限りジジの容姿に近づけて囮にして獲物を引きずりだろうというものであった。イルククゥの髪はタバサよりも深い青色だったのだが、今はジジそっくりに仕立てるために彼女の衣服を着込まされ、空や水を思わせる深い青色の髪も茶髪に染め上げられていた。その上生贄らしい演出のために縛り付けられていた。
当然ながらイルククゥはこの案に乗りつつも不満が顔に表れていた。いつかタバサに噛みついてやろうとその顔が物語っている。
「いいのかい?こんな手口で」
茂みの中から、洞窟の前にて縛られ放置されたニセジジ、もといイルククゥを見ながら、シュウはタバサに言う。
「他に手はない。私ではジジに化けきれない。あなたたちにもジジを演じることはできない」
「そうだな。さすがにスクウェアクラスの魔法〈フェイス・チェンジ〉でも顔は変えられても、声色や体形までは変えられないからな」
「…やむを得ないか」
いくら少女二人の身を想っても、シュウには女装をするという屈辱までは背負えなかったし、ラルカスも背負いたくてもそれができない。イルククゥがかわいそうだが、シュウとラルカスも他に案がなかった以上、タバサの案をありがたく受け入れる以外になかった。
洞窟は高さ5、幅3メイルほど。中は光が全く差さない真っ暗闇。奥から今にもスペースビーストでも飛び出してきそうなくらいの恐怖感を煽ってくる。イルククゥもおそらく怯えているだろう。かすかに息遣いがそれで荒くなっているのが聞こえる。
すると、がさっと草木が揺れる音が、シュウとタバサ、そしてイルククゥの耳に入る。洞窟の中ではなく、だ。
来たか、とシュウとタバサは茂みに隠れたまま身構える。
月明かりと共に、それは姿を現した。手に大きな斧を握った、大きな牛の顔をした異形…
ミノタウロスだ!その姿を見てイルククゥは悲鳴を上げだした。
「助けてなのね!お姉さまぁ!」
「…」
シュウは銃…ディバイドシューターを手に握り、茂みの中からミノタウロスに銃口を向け構える。ラルカスも杖を手に握っていた。だが、タバサがまだ撃つなと言うように杖の先を、二人の前に突き出す。
「まだ撃たなくていい」
茂みの外から聞こえるイルククゥの必死の命乞いが聞こえているはずなのだが、彼女は全く慌てていなかった。シュウも一瞬、イルククゥの助けを求める声に反応しかけていたが、タバサが全く慌てずにいる理由をすぐに理解した。
「あれは…なるほど」
ラルカスは凝視して、どこか納得した声を漏らした。
現れたミノタウロスだが、その姿は…シュウの想像を超えるどころか、それ以上に随分小さいものであった。せいぜい2メイル…身長2m程度しかない。それに、ナイトレイダーという仕事柄、夜目に慣れていたこともあったかもしれない。目視しているミノタウロスが…異様に手作り感のある着ぐるみにしか見えなかった。
そういうことか、とシュウは察した。ジジの一家が受け取ったあの手紙の内容と、タバサたちの知るミノタウロスの生態知識……おそらく、少なくともあのミノタウロスは…まがい物だ。
縛られたままのイルククゥは、そのミノタウロスに担がれて洞窟の奥の方へと歩いていく。タバサは連れが連れて行かれたのを見ても、まだじっと動かなかった。シュウもそれに合わせて、銃を構えたまま茂みに身を潜める。イルククゥたちの姿が洞窟内へ完全に入ったところで、タバサが先に茂みから出ていた洞窟入り口の淵へ、シュウも後に続いてその反対側の淵へ移動。中にいる偽のミノタウロスに見つからないように隠れつつ中を覗き込む。
奥の方でぼうっと松明の灯りが灯る。耳を澄ませると、話し声が聞こえる。男の声だ。
「こいつ、ジジじゃねぇぞ」
「ってことは、付けられたか。おい、どうするよ?この女エズレ村の回しもんじゃねぇか??」
ニセジジの正体がバレたようだ。
やはりかと、シュウは先ほどのニセミノタウロスを見た時の予想が当たったことを確信した。連中はジジを狙う人売りだった。タバサが先に茂みから出て先行する。
「私が先行する。あなたは銃撃で援護、ラルカスはミノタウロスの出現に備えて待ってて」
「了解」
シュウは援護の依頼を引き受け、麻酔弾を装填したディバイドシューターを構えなおす。だが一方で、ラルカスから何故かすぐに返事が返ってこなかった。
「ラルカス?」
「…っぐぅ!!」
タバサが顔を覗き込んだ途端、ラルカスは頭を抱え、苦悶の燃えを漏らし膝を付いた。
「大丈夫ですか?」
シュウがラルカスの顔を覗き見ながら容体を尋ねる。夜であるせいで伺いにくいが、月の光でラルカスの脂汗で塗れた青ざめた顔が確認できた。
「…ん?あぁ、済まない。持病の頭痛癖だよ。以前ミノタウロスを退治したとき以来からずっとこんな調子だ。何、独自で開発した頭痛薬を常備しているから心配いらない」
そういいながら、ラルカスは小瓶を取り出し、その中に詰められていた丸薬の一粒を口の中に放り込んだ。確かに保健室などで嗅ぐ薬品臭い匂いが瓶から漂う。
「それで、何と言っていたんだ?」
小瓶をしまいながら、改めて作戦の流れをラルカスは問う。
「俺とタバサが中に入る。あなたにはここでいったん待っていてほしい、とのことだ」
「わかった、ここで待って居よう。だがくれぐれも無理はするなよ、二人とも。ミノタウロスでなかったとしても、油断しないように」
「ご自分の体調不良も忘れなく」
すぐに返事が出ず、なぜか一呼吸分の沈黙が漂うラルカス。タバサに名を呼ばれて気が付いたようだが、シュウから改めて説明を入れてもらい、作戦の流れを今度こそ把握する。
ラルカスから確認を取ったところで、タバサが先に入っていく。シュウもディバイドシューターを構えて後に続き、洞窟へ飛び込んでいった。
「彼らだけで大丈夫だろうか」
一人残されたラルカスは、ポツリと不安を口にする。さっきも二人に行ったが、ミノタウルスでなくとも、野盗の中にメイジがいる可能性だってある。
「いや、だからといって共に行くようでは、全員そろって罠に引っ掛かるようなものか。やはり待つしかないか」
二人を案じて同伴するべきか考えたが、それはそれで二人の危険を承知での覚悟を無視したことになるだろうと、異変が見受けられるまで待つことにした。
「っぐぅ…」
だが、そこでラルカスの頭の中に、鈍器で殴られたような強い痛みが走った。その痛みに耐えかね、彼は洞窟入口の岩盤に背中を預け、両手で頭を掴みながら崩れ落ちた。
「はぁ…また…はぁ…はぁ…!!」
頭の次は胸を押さえつけ、一層脂汗が滴るラルカス。再び小瓶を開けて薬の一粒を飲もうとしたが、ふたを開ける前に小瓶を地面にポトリと落としてしまい、その場で四つん這いとなってうずくまる。
苦悶のあまり閉ざしていたその目は、次に開かれた瞬間…
怪しげな金色の光を放っていた。
洞窟を進む一方でシュウは…さっきのラルカスの反応が、なんとなく気になった。さっきの沈黙や突然の頭痛の際もなんとなく、なぜかタバサをじっと見ていたような気がした。昼間にジジを見つめていた時の、あの視線と同じだったような…。
(あの男のあの目…幾度も見たことがあるような気がする)
ラルカスの、タバサやジジを見ていたあの視線の意味に、覚えがあるような引っ掛かりを感じていた。
(いや、今は洞窟の中の連中の方が先か)
シュウは、今は洞窟内のイルククゥや、彼女を中に引きつれたニセミノタウロスの対処に集中することにした。
洞窟の中をかけていくと、内部に松明の灯りがすぐに見えた。イルククゥの周りを、野盗たちが囲っている。
タバサは洞窟に向かって駆け出す中で詠唱。それを完了させると即座に、洞窟内を照らしていたカンテラの灯りの持ち主のならず者に〈ウィンディ・アイシクル〉を放つ。シュウも麻酔弾を一発、別のならず者に向けて発射。
「が…!?」
「くそ!やっぱこいつら村の」
回し者かと言おうとしたが、その先はシュウの放った蹴りで遮られる。
ならず者たちは反撃に出ようとするが、タバサとシュウの二人の動きが速かった。シュウが素早い身のこなしで一人ずつ男たちを殴り倒していく間、タバサが氷の矢を、各一人の喉元に浮遊させながら突きつける。
「動けば刺す」
全員例外なく、氷の矢を喉元に突きつけられ、ならず者たちは誰も反撃できなくなった。苦々しく武器を捨てて降伏の意を示す。
それを見てタバサはシュウにロープを渡し、シュウもすぐにならず者たちを縛り上げ、ついでにイルククゥの見せかけのロープも解く。
「単刀直入に訊く。ここで何をしていた?」
「み、見ての通りの人売りでさぁ」
小物感丸出しで、拘束されたならず者の一人が、銃口を向けるシュウの質問にそう答えた。
「奴隷や情婦として売る…か」
言い方が悪くなるが、この世界が地球よりも文明が遅れ気味なせいもあるのだろう。その分治安も行き届きにくく、人を商品にして売り飛ばす、このような手だれがハルケギニア中にいる。
「イルククゥを物扱いして許せないのね!
って言うか、お姉様とお兄さん、気づいてたのね?」
イルククゥは、ならず者たちに怒りを表しながらも、疑惑の面を向ける。本当はシュウとタバサは、あらかじめ本物のミノタウロスなど犯人などではなかったのでは、と。
「ミノタウロスの生態事態、お前も知ってたんだろ。加えてミノタウロスが出したと言う手紙、あの時点で疑いを持つには十分だ」
「敵を騙すには味方から」
「…ろくな死に方しないのね」
シュウから遠巻きに、あんなわかりやすい要素が合ったのに気づきもしなかったのかと呆れたような言い方をされ、タバサからもこの有様。おそらくラルカスも聞かされているだろう。イルククゥは二人をやや恨みがまし気に睨んだ。
「ではもうひとつ聞かせてもらう」
シュウはならず者の銃口を向ける。
「な、なんでございやしょう?」
「エズレ村とこの領土一体で行方不明者が多発していた件だ。これもお前たちが攫った件か?」
「し、知らねぇ。俺たち、ミノタウロスがここにいたって話を聞いて、それを利用しようと思っただけでさぁ」
「嘘つくんじゃないのね!攫った他の人たちも返すのね!」
「本当でさぁ!嘘じゃねぇ!」
イルククゥの疑惑の指摘に、質問された男の一人が声を上げた、その時であった。ならず者たちに縄が一人でに、一斉に解けてしまった。
拘束を解く魔法だ。直後、タバサがよく使うものと同じ、〈ウィンディ・アイシクル〉が、ならず者たちの喉元に浮遊していた氷の矢を砕き、タバサの杖とシュウのディバイドシューターを弾き飛ばしてしまう。
「そこの小僧と小娘、動くなよ」
入り口の方から男の声が、歩み寄る音ともに音響しながら近づいてくる。振り返ると、酷く痩せこけ、ボサボサに伸びきって手入れもされていない髪と髭お生やした男が杖の先を向けてきていた。
「お、遅いっすよ『オルレアン公』!俺たち、見捨てられたんじゃないかってヒヤヒヤしてたんっすから」
「助けてやったんだからぐちぐち言うな」
ならず者の文句を、オルレアン公と呼ばれた男は一蹴する。見たところはぐれメイジのようで、このならず者たちのリーダーらしい。
「なんで、その名前を名乗ってるの」
タバサは、オルレアン公と呼ばれた男に問う。
「うん?あぁ、私もかつては貴族でね。兄に家督争いで煮湯を飲まされてこの様さ。名前なんてもうその時に捨てた。あの間抜けな王弟と同じになったから、この名を名乗らせてもらってるわけよ」
「同じじゃない」
感情が表に滅多に出ないタバサ声に、怒りがこもっていた。
「その名は…あなたが名乗っていい名前じゃない」
オルレアン公、愛する父の名をこんな欲望に塗れた目をした下衆に名乗られるなど、到底許せるものではなかった。
「しかし今日はいい日だぜ。貴族の娘と上玉の娘が手に入るとは。
だがそこの男は要らんな。殺しておくか」
タバサとイルククゥを堂々と売り飛ばす宣言をする自称オルレアン公は、シュウに杖を向け、再度氷の矢を放った。タバサと言えど、杖を失えば無力。その中でも一番の脅威が彼だと見ていた。
シュウは咄嗟にタバサを抱き抱え、降り注ぐ氷の矢から逃れんと走る。しかし身軽なタバサ一人ならまだしも、さらにもう一人も守りながらというのは無理があった。それに、ディバイドシューター等の対ビースト兵装は残弾数の限界もある上この異世界で専用の弾丸を新たに調達する手段がなく、ブラストショットもディバイドシューター同様、相手が悪人だろうと人に向けるべきものではない。そのナイトレイダーとしての誇りから来るこだわりは、人質という形で足かせとなった。
「動くんじゃねぇぞ小僧!この女がどうなってもいいのか?」
ならず者の言葉に、シュウは足を止めた。見ると、イルククゥはナイフを持ったならず者の一人に裸締めで動けなくなっていた。
「卑怯なのね!正々堂々戦うのね!」
「うるせぇ!黙ってろ!」
「よぉし、よくやったお前。
小僧、折角目を付けた商品を傷物にしたくないんだ。そこの貴族の小娘も捨ててこのまま帰れば、お前だけは助けてやってもいい」
オルレアン公を名乗るメイジの男が、杖を差し棒のように下に振って、タバサを下ろすようシュウに命じる。
(…放したところで、この男…確実に約束を反故にするな)
シュウは、メイジの男の言ってることが完全に嘘だと察した。あの男の眼を見れば、と悟らざるを得ない。口封じのために後ろから魔法でこちらを殺すつもりだ。だが、イルククゥを手中に収められているこの状態ではこちらが不利だ。
(…)
シュウはタバサを下ろし、目を合わせる。彼女もこちらの不利な状況を見て、シュウがこうするしかないと察し、自らシュウの腕の中から降りる。
「そうだ。そのまま銃を放り捨てろ。言っとくが、捨てたふりして、なんて思うなよ。もしそうなればこの女を刺す」
メイジの男もまた、シュウが抵抗の意思をまだ持っていることを察していた。腐っても戦い慣れしたメイジらしい。相手の目を見てその意図を探ることくらいはできるようだ。
幸い、奴らはまだパルスブレイガーまで銃器の性能を備えていることと、もう一丁の銃であるブラストショットまでは知らない。ラルカスの存在にもだ。
しかしミスする可能性も否定できない。最悪、人を守るためにと使ってきたこれらの銃で、相手を傷つけてでも自分の身を守るために使うことも考えるべきかもしれない。なんとか隙を突いてタバサの杖を回収し、イルククゥを奪還できるか。
(ラルカス、まだか?)
待ちきれない子供のようにぼやくつもりではないが、ラルカスの奇襲が待ち遠しくなってしまった。そろそろ彼もこの事態に気づいているはずだが…。
「お前たち。そこの小娘から縛り上げ…」
自称オルレアン公がそう言った、その時であった。
ザシュ!っと肉を割く音が鳴り響く。
「ぎゃああああああああ!!!」
自称オルレアン公の、右腕が切り飛ばされた音だった。腕を失い、噴水のように血が飛び出てもだえ苦しむ声が音響する。
「ひぃ!な、なんだ!?」
野盗たちも、自分たちのリーダーの重傷を見て騒然となった。
「グルオオオォォ…!!!」
洞窟の入り口方面から野太い咆哮と共に聞こえてきた声。
うっすらと何か巨大な影が、野盗が驚いて地面に落とした松明の炎で照らされた洞窟の壁に…それは映った。
(あれは!?)
シュウはそれを見て、目を見開いた。
巻貝のような大きな角と、壁画のように映る、
牛のシルエットらしき大きな影を。
「み、ミノタウロス!!本物じゃねぇか!!」
「ひいいいいい!!く、来るなぁ!!」
野盗たちは完全に恐怖に震え混乱し、ミノタウロスのものと思われる影に向かって銃を乱発していく。
この隙を、シュウとタバサ、イルククゥは見逃さなかった。
まず真っ先に、イルククゥは自分を拘束していた男の腕をかいくぐって抜け出した。その男はよほどミノタウロスの者と思われる影におびえてすぐに気づけなかった。
シュウは自分の銃とタバサの杖を回収、タバサに杖を投げつけ、タバサはそれをキャッチすると同時に、詠唱。
「〈ウィンディ・アイシクル〉」
「ぐあああ!!」
野盗たちは、タバサの氷の矢の魔法で足を貫かれていく。足を負傷し走ることも満足できない野盗たちに、シュウの手刀や拳が次々と野盗たちの意識を刈り取っていった。
「くそ!」
だが、最後に自称オルレアン公が往生際の悪いことに一人、配下の野盗たちを見捨てて一人逃げ出そうとしていた。既に入り口寸でのところまで逃げ延びていた。
「ラルカス!」
タバサが入り口に向かって叫ぶ。その途端、洞窟の入り口から突風が吹き荒れ、自称オルレアン公は洞窟内部へと吹き飛ばされてきた。風の魔法〈ウィンドブレイク〉だ。ラルカスのものだろう。
こちらへ飛んできた自称オルレアン公を、シュウは延髄蹴りで地面に叩き落とし、その意識を刈り取った。
「みんな無事だったか」
ラルカスがここで洞窟へと入ってきた。
「見たところけがはないようだな。良かった」
「イルククゥは心に傷を負った気がするのね」
ほっと安心するラルカスと、囮に使われたことを根に持つイルククゥ。
「ラルカスさん、ミノタウロスは?」
「ミノタウロス?」
シュウは、先ほど野盗たちが怯えたミノタウロスのものと思わしき影のことを尋ねる。ミノタウロスが現れたのなら、ラルカスも気づいているはずだ。
「…あぁ、さっきの影のことか?あれは私が錬金の魔法によって即席で作った、ミノタウロスの人形の影さ。それを灯りで灯し、後は適当に真似した声を風の魔法で送ってそれっぽく聞こえるようにした。張りぼて同然のからくりだが、連中をうまく騙せたようだ」
ラルカスはシュウたちにそう言って意識を失ったままの自称オルレアン公のもとに近づく。
「目を覚まされたら面倒だ。今のうちに縛るぞ。イル・ウォータル…」
ラルカスは、自分が斬った自称オルレアン公の腕を傷口にくっつけて詠唱。一筋の水色の光が瞬いた瞬間、自称オルレアン公の斬られた腕は、叩き斬られたことが嘘のように元通り接着された。
「腕をくっつけたのか?」
「腕があるほうがしっかり拘束できるからな。せめてもの慈悲にもなる」
「斬られた腕をこうも簡単に元に戻せるとは…凄いというほかないな」
魔法が空想にしか存在しない世界から来た身であるシュウから見て、魔法はまさに神の御業のようにも見えた。凄腕の医者の外科手術でも、これだけ短時間であることも含めて不可能だろう。地球の名医たちも嫉妬しそうだと思える。
「スクウェアクラス?」
「まぁな。これでもミノタウロスのほかにも魔物との戦いは心得ているからな。自然とこの域にまで達したものさ……!!!っぐ…」
タバサの問いに答えたその直後、ラルカスはまたも頭を抱えて苦しみ出す。
「どうしたのね?また発作なのね?」
「あぁ、心配をかけてすまないな。だが大丈夫だ。よくあることだ。尤も、私ももう年かもしれないがね」
「う、薬臭いのね…」
ラルカスは自嘲しながら、薬の入った小瓶から、頭痛薬の一粒を取り出してすぐに飲み込んだ。よほど臭いのか、イルククゥは鼻をつまんで匂いをかがないようにしていた。
そんなちょっと失礼な態度のイルククゥに起こることなく苦笑するラルカスは自称オルレアン公の腕を縛り付け、シュウたちも残った手下の人攫いたちを縛り上げていき、レビテーションの魔法で全員まとめて中空で浮遊させながら運び出した。
「ふぅ、ひとまず本物のミノタウロスじゃなくてよかったのね。こいつらを役人に引き渡せば一件落着なのね」
「辛い役を任せてすまないな、イルククゥ君」
「全くなのね。お姉様、イルククゥに後で特別手当のお肉を…」
口を尖らせるイルククゥをラルカスが詫びを入れる。
ふと、洞窟内部に石英の結晶が輝いてる箇所がイルククゥの目に入る。
「結晶?さっきは気づかなかったけど綺麗なのね」
「近づくな!」
「きゅい!?」
突如、イルククゥに向けてラルカスが怒鳴り出した。驚いてビクついた彼女を見て、ラルカスは我に帰る。
「済まない、以前ミノタウロスを退治したときにそこで足を滑らせたんだ。そこは土が剥き出しになって滑るんだ。さあ、早くこやつらを引き渡しに行こう」
「…」
先にラルカスが向かい、その後をイルククゥとタバサが着いていく。
先にタバサたちが入口へ向かっていく中、シュウはラルカスが言った剥き出しの地面に目をやる。
この洞窟の中で、一箇所だけ不自然に剥き出しになっている地面。ここが人の手を一切加えていない自然そのままの場所なら、あのような箇所があるのは不自然だ。
(ここに何かを埋めたのか?)
おそらく人為的に何かを埋めるために一度掘り起こした跡だろう。
シュウは気になってその地面の前に身を屈め、手を触れた。
(…これは…!)
超能力で彼はその地面から、『ある記憶』を垣間見た。
その地面から読み取った、凄惨な記憶に彼が目を見開いた。
「どうしたの?」
声をかけられ、シュウが後ろを振り返ると、タバサがじっとこちらを見つめていた。一人だけここに残ったことが、なんとなく気になってしまったらしい。
「気にするな。なんでもない」
たった今見えた『記憶』のことは、内容から言って言わないほうがよさそうだ。シュウはこのことについては誰にも言わないことに決めた。
「ミノタウロスの噂に乗じてこんな人攫い共がいたとは」
「このクソ野郎共が!よくも俺たちの村に!」
翌朝、シュウたちは捕らえた人攫いたちをエズレ村へ連行したあと当然ながら村人たちは自称オルレアン公たちへの恨み辛みをぶつけまくった。
「ラルカス様、それに旅の方々も本当にありがとうございました!まさかミノタウロスの正体がこんな人攫いだったとは。」
ジジの父をはじめ、ドミニクの一家はひたすら頭を下げ続けた。これでもう、ミノタウロスのことで悩まず枕を高くして眠れると安心しきっていた。
「全く、エメルダ様も忙しいとか言わんでこっちに手を回すべきだったんだ。どうせこいつらだったんだろ。あの方が今忙しくなってる原因も」
「あぁ、ジジを狙ってわざわざウチの村で悪さ仕掛けやがったんだ。他で噂になってる誘拐事件の犯人もこいつらだろうさ」
村人の一人である農夫たちが、縛り付けられている自称オルレアン公たちを見下ろしながら呟く。ラルカスに片腕を切り落とされた彼だが、せめてもの慈悲からか気絶してる間に、ラルカスの治癒魔法で切り落とされた腕をくっつけ直してもらっていた。
「メイジもいやがる。あの夜に見たミノタウロスも、このメイジの男が見せた幻だったかもな」
「ち、違う!それは私ではない!」
ジジの父や他の農夫たちが、しばらく前に目撃した大型のミノタウロスの正体がこのメイジの男が作り出した幻影だったのではないかという推察が広がっていく。実際に小さなニセミノタウロスを、部下の野盗たちに演じさせたから間違いないだろうと皆が思い始める。
だが自称オルレアン公はそれを否定した。
「ここにきて往生際が悪いぞ。どうせ貴様なんだろ!」
「本当だ!俺たちは、一週間前にここにきたばかりだ!10年前にミノタウロスが現れたと聞いて、それで…だいたい、俺に巨大なミノタウロスの偽物を用意できる魔法なんてない!」
「元とはいえ、貴族のくせに潔くないな」
「全くなのね」
ラルカスとイルククゥが顔を顰めながら言った。
「まぁいい、どうせエメルダ様のとこで尋問してもらえりゃボロが出るだろ。役人が明日に来るって話だ。せいぜい娑婆の空気を吸っとくんだな」
その後も村人たちから次々と吐き捨てられ、人攫い集団は村の空き倉庫へと閉じ込められた。
(巨大なミノタウロスの偽物を用意できない、か…)
連行されて行くならず者たちを見送りながら、シュウは自称オルレアン公の言葉を脳内で復唱した。
連続誘拐事件の黒幕を捕えたことでミノタウロスの騒動は収束に向かい、村は平和に戻る。エズレ村の人々はこれで安心して眠れると確信していた。
だが…事件は終わらなかった。
それはその夜に、起きた。
村の平和が戻ってきたのだと確信し、その夜はできうる限りタバサたちへのもてなしを終えた後の村は、騒がしかった昼間までの一時が嘘のように静まり返っていた。
シュウやタバサ、イルククゥ、そしてラルカスは、ジジの一家の家で寝泊まりさせてもらうことになった。もてなしの時間が夜まで続いたことが尾を引いて、せっかくだからうちで泊まっていってはどうかとジジの一家が提案し、それをシュウたちは受け入れたためだ。
村人全員が寝静まったその時間……
ジジの家の玄関扉が、ガチャっと開かれたのはそれからすぐのことだ。
何者かが、ジジの一家の皆と、シュウたち客人がそれぞれの寝床でぐっすり眠り続けている。
『それ』はジジの家の中でまだ起きている者が誰もいないことを確認すると、ジジの方へと目をやった。『それ』はジジに向けて手を伸ばす。
―――今ここでそうするのはまずい…
そこで『それ』は伸ばしかけた手を一旦引っ込める。。
今回はもう一人いる…『それ』はタバサの方にも目をやった。『それ』はジジに対してのみならず、タバサにもまた同じものを抱いた。
異常なほどの…食欲を。
だがタバサはジジとは違って戦う力がある。
彼女はこちらに背を向ける形で寝ており、その傍らには杖がある。少しでも騒げば彼女は目を覚まし、自分に向けて魔法を放ってくるはずだ。
二人同時では悟られやすいの
彼はその大きく太い腕で、まずはジジをその大きな手の中に収めると、目を醒さない彼女を連れて外へ出るのだった。
しかし『それ』は気づいていなかった。
既に目を覚ましている者がいたことに。
目を覚ましていたその人物は『それ』の後を追って行った。
『それ』は、眠り続けているジジを連れて、自称オルレアン公たちも利用したミノタウロスの巣穴だった洞窟へと辿り着き、そこでジジを横たえさせる。
ずっと待ち遠しく、ついにこの時が来たのだと、『それ』は歓喜に震える。
いざその時を楽しもうと、『それ』はジジに触れようとした…その時だった。
ヒュン!と空気を切り裂くように、ジジに触れようとしたその腕を、一発の弾丸が貫いた。
「ぐあぁ!」
腕を傷つけられた『それ』が入り口の方へ目を向ける。
「やはりあんただったんだな」
「君は…!」
そこにいたのは、銃口を『それ』向けていたシュウだった。
しかも握っている銃は麻酔弾を装填したディバイドシューターではなく、適能者が与えられる波動銃…ブラストショット。
その銃口を向けられていたのは…
ラルカスであった。
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