砲兵工廠
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第一章
砲兵工廠
この時サラリーマンでヤクルトファンの早乙女広樹は大喜びで東京ドームを後にしていた、東京ヤクルトスワローズの法被と帽子とメガホンに身を包んでいる、眼鏡をかけた穏やかな顔立ちの青年であり黒髪はおかっぱで少し出た所謂アホ毛がある、背は一七〇位である。
「ヤクルト巨人を三タテ、これで三位で巨人は二十連敗で最下位独走いいことだよ」
「そんなに嬉しいか」
「嬉しいよ」
隣から聞こえてきた初老の男の声に応えた。
「ヤクルト好きでね」
「巨人は嫌いでか」
「そうだよ、それで今僕に話しかけてるの誰かな」
早乙女は隣の声の主に問うた。
「一体」
「わしじゃ」
「わし?」
「お前さんの左隣を見るのだ」
声の主から言ってきた。
「そうすればわかる」
「じゃあそうするよ」
早乙女はその声に頷いてそちらを見た、すると。
今では珍しいというか早乙女ははじめて見たあばあのある顔に口髭を生やした切れ長の目の白髪の多いオールバックの着物の男がいた、その彼はというと。
「おじさん死んだよね」
「死んで百年以上経つな」
そのおじさんは着物の中で腕を組んで述べた。
「もうな」
「そうだよね」
「それでわしが死んだことを知っておるな」
「日本で知らない人滅多にいないよ」
早乙女はおじさんに答えた。
「おじさんの本を読んでことのない人はいてもね」
「本を読む者と読まぬ者がおるからな」
「うん、僕は読んだよ」
早乙女自身はというのだ。
「何冊かね」
「何を読んだのかのう」
「坊ちゃんとかこころとかね」
具体的な作品を挙げていった。
「読んでいったよ」
「そうなのだな」
「漢詩や俳句をね」
「そちらも読んでくれたか」
「おじさんが詩人俳人でもあるのも知ってるから」
このこともというのだ。
「これでも大学文学部だしね」
「そうなのか」
「八条大学ね」
「神戸の大学か」
「知ってるんだ」
「神戸には縁があるとは言えなかったが名前は聞いていた」
「あの頃からあったからね、八条大学って」
早乙女はそれでと答えた。
「それで今出張で東京に来ているんだ」
「生粋の東京人ではないのか」
「生まれは群馬だよ」
そちらだというのだ。
「前橋でね、ただ小学校から八条学園で」
「大学もか」
「それで大阪の会社に就職して」
「八条財閥今はグループか」
「そっちでね、それで今日は出張のお仕事が終わって」
「野球を観ていたのか」
「そうなんだ、ここでね」
東京ドームの方を振り返って話した。
「忌々しいけれどね」
「この大きな球場がだな」
「そうだよ、東京のど真ん中にでんとある」
早乙女は忌々し気な顔になって言った。
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