世界はまだ僕達の名前を知らない
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仲間の章
06th
対談
「……………………」
内装は思ったよりも普通だった。
窓が無い、有っても潰されているので外からの光が無い分薄暗いが、天井からぶら下がるランプが最低限以上の光量を提供しているので先が見えない程ではない。どうやらドアを潜った直ぐ先は通路になっているらしく、左右に幾つかのドアが有るのが判った。そして突き当たりには階段が。
「お父様は最上階、三階に居るから」
「…………解った」
トイレ男は一応罠を警戒しながら⸺しても気付けないだろうが、それでも一応念の為⸺進む。階段まで辿り着いたが、結局その類は無かった。肩透かしな気分を味わいながら階段に足を掛ける。
結局、何事も無く三階に到着した。
「……………………」
「お父様は突き当たりのドアの中よ」
「……あぁ」
言われたので、歩く。
突き当たりまでの距離はそんなに無かった。一〇歩も使ってない。トイレ男は扉にノックをしようとして⸺まぁ要らないか、と思い直してその侭ノブを掴み、捻る。
そしてそれを引⸺いても効果が無かったので、押⸺しても動かなかったので、左にスライドさせると思ったより滑らかにガラガラと滑った。「…………」、黒女が後ろで笑いを堪える気配がした。
幸先が悪いが、とうとう襲撃の首謀者との対面である。トイレ男は緊張と、どの様に振る舞うのかという思考と共に、暗い部屋の中へ入った。
「……………………」
先に述べた通り、部屋は暗い。
窓は全て固く閉じられており、更にその上にカーテンまで閉められている。光源は壁に掛けられた松明だけで、それはその周囲を照らしはせどもそれ以上はしないので、部屋が暗い事に変わりは無い。……松明? 何でランプじゃなくてそんな前時代的な物を使ってるんだ?
「よく来た」
部屋の奥からそんな声がした。
「……あ、ぁ、来たよ」
そっちの方に歩くと、途中でゴッと脛を打つけた。どうやら長いテーブルが有るらしい。「…………」、不用意に歩き回って転けたくないので、トイレ男はもうその場を動かない事にした。
「君をここに呼んだのは言うまでもない……」
暗闇の向こう側から響いてくる声。今更だが男声である。低めの、少し年季が入ってそうな声だ。
「……言、えよ」
「……………………」
相手が黙ってしまったので続きを促す。が、なかなか話し出さない。
それから少し待って、『イライラとか示した方がいいのか?』と思い始めたので靴裏で床を子気味よく叩いたりしてみた所、徐ろに言葉が紡がれ始めた。
「……かったのだ」
「?」
「……何も見付からなかったのだ…………」
「……………………、?」
「貴様の背後を洗った。何もかもだ。名前性別年齢出身趣味好物勤務先交友関係これまでの経歴大まかな収入は判った。知人も同様に調べた。だが、貴様の背後が見えん」
「……………………」
どうやら、相手はトイレ男の裏に何か、闇組織か何かが有ると思っているらしい。無いのだが。
これなら、衛兵達に対してと同じ様に『得体の知れない巨大組織が背後に居るぞ』ムーブができそうである。
「ハッキリ言ってどうかしてる。三日前の件以前は貴様は何かこちらに関わる様な事は何もしていない。していても判らない。更に以降も怪しい点は無い。明らかに可怪しい。何かすれば必ず証拠が残る筈なのだ。なのに一つも無い。何故だ? 何故貴様には証拠が無い?」
「…………、そ、れは」
「あぁいい言わなくていい。知りたくもない。正直に言うと、もう貴様と関わりたくない。得体の知れない奴は遠ざけるに限る」
「……………………」
トイレ男は闇の向かいで相手がしっしと手を払う様子を幻視した。
「……しかし、そういう訳にもいかんのだ」
はぁという溜息が聞こえた。
「貴様はどういう訳かこちらを知れる。一方的にだ。いいか、貴様はどういう訳かこちらの秘密を全て知っているんだ。最高機密を知っていたという事は詰まりそういう事なんだろうよ。非常に危ういが、それはもういい。お前が"開い"ているのかお前の知り合いの内誰かがそうなのか或いは全く別の方法で知っているのか、全てどうでもいい」
知りたくもない、と相手。
「一方的に知られるのは少々マズい。こちらが幾ら秘密を企てようと無駄だし、寧ろそこから攻められ兼ねない。よって、そっちを縛ろうと思う」
「……縛る?」
「あぁ、どうせ知ってるんだろう、ツァーヴァス・ニフロス・アマリア」
「……………………」
いや知りませんが。
しかしそれを言う事にはメリットが無いどころかデメリットしか無いので、言わない。『知ってますけど何か?』というスタンスを貫く。
「……ナコード」
「はいはい〜」
相手が名前を呼ぶと、その主と思われる人物が答えた。
「あ〜、やっとワテの出番が来ましたわ〜。取り敢えず、暗いの嫌いなんで明るくしますね〜」
「ぬぁっちょっまっ」
彼は懐から何かを取り出し、器用にも闇の中でマッチに火を点けた。そしてその火を何かに近付けると……それに火が灯り、周囲が明るくなる。
暗闇に目が慣れていたトイレ男はそれに目を焼かれ思わず手で顔を庇う。
暫くして腕をどけると、先ず思っていたよりもこの部屋に人が居た事に驚く。
「……………………」
トイレ男の認識では、この部屋に居るのはトイレ男、相手、そして灯りを点けた人物の三人だ。
しかしこうして明るくなって見れば、その倍の人数が居るではないか。
なんと、壁際に黒男に小黒男、大黒男が張り付いていたのだ。三人に共通するのは松明の明るさに晒されない位置取り、詰まりはトイレ男からは見えない位置だ。……若しや、何か有ればトイレ男に襲い掛かる積もりだったのだろうか? 恐ろしい。
「ナコードッ!」
相手⸺茶色の外套を羽織った男が、灯りを灯した人物を怒鳴り付ける。
「もうもうええやないのジエクラはん。"約束"をする相手やろ? なら対等ならなあきまへんわ」
「彼からこちらは見えず、こちらから彼も見えない。平等だ」
「残念ながら、いつでも奇襲を仕掛ける事ができる状況をワテは平等とは認めへんで〜」
茶男の叱責を軽々と躱す彼はそれで茶男との会話は終わったと判断したのか、人の好い笑顔を顔に貼り付け、フレンドリーに両腕を広げる。そして茶男の傍からこちらに寄ってきた。
「んぁんぁ、ワテはナコードちゅうモンです〜。そこらの人には『約束師』とか呼ばれちょりますわー。おおきにな」
「…………、お、おきに?」
その友好的な様子に思わず頷いて済ませようとするが、敵側の存在である事を思い出して喋る。それでも出た言葉はそんな情けない物であったが。
約束師はそんなトイレ男の様子に眉一つ顰めず、
「んぁんぁ〜、名乗られたら名乗り返しましょや〜」
「……あ、あぁ。ツァーヴァ、ス・ニフ、ロス・アマリ、アだ」
「はんはん、ツァーヴァ・ス・ニフ・ロス・アマリ・アゆうとですかー。名前いっぱいで大変そうやなぁ」
「……話すのは苦、手なんだ。ツァー、ヴァスと呼ん、でくれ」
「はぁはぁ、解りましたわツァー・ヴァスはん〜」
「……………………」
何と言うか、トイレ男がこれまでに見た事の無いタイプだった。
「……早くしてくれ」
「んぁんぁ、ジエクラは〜ん。それは無いやろー。今は初対面で友好を深める時間や〜ん」
「早く仕事をして帰ってくれ……」
茶男は溜息を吐いていた。どうやら約束師が苦手らしい。
「んぁー、それは無理やなぁ」
約束師は表情を変えない侭、居心地の悪そうな壁際の三人を指差し、
「彼ら帰してもらわなとても"約束"なんてできませんがな〜」
と言った。
「…………、解った。お前ら、戻れ」
茶男が指差しで命令すれば、黒男トリオはいそいそとトイレ男の背後に有るドアから退散した。その際鍵を開けていたので、知らぬ間にドアの鍵を閉められていたという事である。「…………」、今更ながら背筋がゾッとした。
「これでいいか?」
「んぁんぁ、オッケーですわー」
約束師はこれで一旦満足したらしく、うんうんと頷いた。「…………」、彼が敵なのか味方なのか図り兼ねるトイレ男だった。
というか"約束"って何だよ。
「じゃ、始めましょかー。ジエクラはんは立ち上がって、ツァー・ヴァスはんは向こう行きましょ」
約束師に腕を捕まれ、拒否も受容もせぬ侭に連れ去られる。
こうしてトイレ男は茶男の目の前まで来た。
「……………………」
彼は不機嫌そうだった。トイレに就いては事前調査で既に知っているのか、突っ込む様子が無い。
「ほんじゃ、やりましょ」
「ちょっ、と待、ってくれ」
約束師がトイレ男と茶男の手首を掴み近付けようとする。いよいよ"約束"とやらが判らなくなったトイレ男はマズいとばかりに声を上げた。
「? どうしはったんツァー・ヴァスはん?」
「……"約束"、って何だよ」
絞り出したその声に約束師は一度ポカンとして、
「……知らへんの?」
「……知らなかったのか?」
そこに茶男も加わり『あ、何かマズった?』と困惑するトイレ男であった。
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