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世界はまだ僕達の名前を知らない

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仲間の章
06th
  トイレ男の半日





 お待たせ致しました。第二章開始です。そしてその前に幾つか注意点。

 ①ループしません
 これ大事。なんと、第二章は、全くしないとまでは言いませんが、殆どトイレに頭を打つけません。第一章みたいな、ループしつつの試行錯誤(?)や情報収集を期待している方が居ると思うので、予め言っておきます。理由は、第二章は章題に『仲間の章』と有る通り仲間を作ったり絆を深めたりする章です。メインがそっちなので、窮地を脱したり、誰かを救ったりという事が少ないんですよ。という訳で頭を打つける回数が減ります。

 ②雰囲気変わります
 前章は状況が状況(基本的に主人公の記憶が無い、或いは有ってもピンチ)なので笑い所と言えばシュールなシーンが主だったんですが、本章は割とそうでもないのでコミカルな会話が多くなります。前章は重めのシーンが有ったと思いますが、それも減ります。なので全体的に軽やかな雰囲気にります。

 注意点は以上。全体的な文量としては第一章と同程度、つまり三〇話一〇万字ぐらいを想定しております。それでは『世界はまだ僕達の名前を知らない』第二章『仲間の章』、お楽しみください。

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 トイレ男の朝は早……くはない、別に。

 カーテンの隙間から注ぎ込む陽光が目を醒ますに十分になるぐらいの時間帯に覚醒する。シパシパと数度の瞬きをして、ここが夢の国ではない事を確認してから起き上がる。以前、上体を起こした瞬間にハンマーで側頭部をぶん殴られるという夢を見てからというもの、この所在確認は日常のルーティーンと化している。

 軽く上半身を捻り、隣で一緒に寝ていたトイレを抱えるとベッドから降りる。ゔーっと伸びをし、欠伸を手で覆い隠しながら、寝室を出て居間へ向かう。天井にぶら下がる灯りに火を点けてから、大きなバケツを手に家を出る。

 家からそう遠くない所に井戸が有るので、それを使いバケツに水を満たしてゆく。これぐらいの時間に御近所さん達もやって来るので、挨拶(しかしトイレ男は会釈)を交わしながら井戸の順番を争う。この時、表立って先に行ってはならない。適当な会話を熟しつつ、自然なタイミングで弦を掴むのがよい。争いの姿勢を見せてしまえば、それは円滑な隣人関係を破壊する雷となる。なので、バチバチと火花を立てるのではなく、表面上は穏やかに、しかし水面下で熾烈な戦いを仕掛け、仕掛けられるのがコツだ。トイレ男は会話ができないので、自然と順番は最後に回される。「…………」、トイレ男は隅っこでニコニコ笑顔で相槌を打つだけだ。誰も話を振ってくれないので、只の置物と化している。

 トイレ男は隣人関係の中で孤立していた。三日前の、詰所の襲撃事件が原因である。突如として喋れなくなった上にトイレを持ち歩く様になったトイレ男に、隣人達は先ず困惑した。そしてそれが過ぎると、明から様にトイレ男を避け始めた。まぁ、トイレ男でもそうする。だって怪しいもん。君子危うきに近寄らず、君子でなくとも多少考える頭が有れば近付こうとは思わない。トイレ男だって、隣に常に洗面器を抱える喋れない男が引っ越して来たら遠巻きにする。一方的に親近感は覚えるだろうが、それだけだ。積極的に関わりたいとは思えない。

 そんな訳でトイレ男も自分からグイグイと接近はしない。一歩どころか二、三歩離れるのである。淋しくない訳ではない。ただ、グイグイと行って拒絶されるよりかはマシなだけだ。お前とは関わらない、と断言されるより、関わりたくないと態度で示されるだけの方が気が楽なのである。しかしこれは毎日会わねばならず、名前と顔は知っていて多少の会話もするがそれだけの隣人関係の上で成り立つ事であって、深い関わりの友人同士となるとキッパリ拒絶される方が楽なのであった。人間って難しい。

 水を汲み家に持って帰ると、コップ一杯分の水を飲む。そして焜炉に火を(おこ)して鍋に水を入れる。スープを作るのだ。材料は汲み立て新鮮の水と多少の野菜、味付けには塩を。これにパンを合わせれば朝食の完成である。質素だ。他のトイレ男と同じぐらいの稼ぎの独身男性でも、これよりかは多少は良い物を食べているだろう。しかしトイレ男としては朝食はこんな物である。故郷の田舎ではこんな物だったから、こんな物である。これ以上を食べると胃(もた)れしてしまうのである。しかし豪華な食事に対する欲が無い訳ではないので、昼食は他人よりも豪勢に屋台を使う。弁当なんて作らない。

 パンをスープに浸しながら完食し、最後にスープを飲み干したら食事完了だ。洗面所に行き、残った水を全て使い顔洗いとトイレ拭きをする。一晩中トイレ男に抱かれていたトイレにはトイレ男の汗や皮脂が付いている。多少なりとも付いている。ならば拭かねばならない。何故ならこれは最上級の芸術であr(以下略)。

 顔とトイレを洗い終えると、思い出した様に着替え始める。忘れていた。本当はスープを煮込んでいる間に着替えるのが通常である。が、今日はトイレに見蕩れていたので忘れてしまっていた。全く、罪なトイレだ。罪なトイレって何だ。無論、罪なトイレである。

 着替えが終わると、小銭をポケットに突っ込み、鞄を肩に回し、ここの所の生活必需品(マストアイテム)である紙とペンを持ち、トイレを抱えて家を出る。出勤の時間だ。

 家を出ると何気無く背後を確認する。今日の監視役は……(ひげ)(づら)だ。彼はトイレ男に見られた事に気付くと軽く会釈をした。トイレ男の監視は別に秘密裏の物ではないので、バレても問題無いのである。しかしそれにも関わらず潜む様に尾行しているのは、(ひと)えにトイレ男の生活の為。流石に常に衛兵が隣に居たのでは人と会話し辛いし、何より何やったんだコイツと悪印象を持たれる。という訳で、監視役の衛兵の皆様方はコソコソと隠れながらの監視をしてくれているのであった。因みに、監視役は髭面の他に(つぶ)(ばな)を確認している。最初となる一昨日の監視役が髭面で、昨日が潰れ鼻だったので、トイレ男の監視はこの二人の間でローテーションされるのかも知れない。

 トイレ男の家から勤務先の青果店までは地味に距離が有る。それはトイレ男がこの街に来た際、空いている家が少なかったからである。探しに探して見付けたのが今の家だから、勤務先からの距離なんて気にしている暇が無かったのである。……悲しい記憶だが、トイレ男が今の家を借りた次の日ぐらいに、勤務先から程よい近さに有る家が空いた時は悔しさに泣いた。

 そんな訳で、トイレ男の通勤はちょっとしたウォーキングである。トイレを右脇に挟み込み、他人(ひと)の邪魔にならない程度の歩幅と腕振りで歩いていく。道の隅を歩くと住人や主人に嫌な顔をされるので真ん中を歩く。この時間帯は丁度トイレ男の様に出勤する人が多く、道はそこそこに混んでいる。しかしトイレ男はそれをまるで意識しなかった。人々がトイレ男を避けるからである。言わずもがな、トイレの所為(おかげ)である。遠ざけられて淋しいやら歩き易くて嬉しいやら、トイレ男はどう感じたらいいのか判らない。取り敢えず、淋しく思ってもどうにもならないので嬉しく思う事にしている。あー、歩き易くて嬉しーなー! うぅれしーなー!! うぅーれしぃーなぁー!!!! 「…………」、淋しさは中和し切れない。

 そんな微妙な気分で朝の運動をしていると、遂に目的地の青果店に到着する。

「おっ、おはようツァーヴァスくん!」

「……………………(会釈)」

 ここの女店主の朝はトイレ男と違い早い。本当に早い。既に店を開き売り物の点検をしている。大柄な彼女はどことなく巨女を連想させるが、そこまで筋骨隆々ではないし、若くもない。彼女はヘタレな夫と気の強い娘を持つ気力(パワー)溢れるオバさんである。トイレ男がこんなになっても態度を全く変えないまでの広い度量も持つ。まぁ、気にしてないだけだが。彼女に取っては従業員がトイレ好きになろうが喋れなくなろうがそれ程大事ではないのである。従業員は最低限物を売れればいい、程度の認識である。……それはそれとして、トイレ男の両親と知り合いなので、トイレ男父とトイレ男母に手紙の一つは書いただろう。トイレ男は書いていない。暫く帰郷する積もりは無いし、今の自分は自立して生活できているので、報告する必要性は別に無いと考えているのである。

 店内のカウンターを回り、バックヤードに入る。流石に店に立つのにトイレは持っていられないので、持って来た鞄に入れる。鞄に入れて、その上から制服でもあるエプロンを着る。鞄は後ろ側に回せば、そんなに気にならない。トイレ男がトイレをなるべく近くに置いた状態で仕事をする為に編み出した仕事術である。女店主が特に何も言わないので、問題無い。

 そこに首から『諸事情に因り喋れません』と書かれた木の板を提げれば準備完了だ。「…………」、流石に喋れなくなった状態で、その侭店に立ち続けるのは無理が有ったので、これを首から提げておく事にしたのだ。これなら『店員が無愛想!』とか『全く喋らないから怖い!』とか文句を言ってくる客は居ない。

 デスクの上に置いてある紙に書かれた連絡事項に目を通し、それを憶えたら店に出る。

 仕事内容は簡素だ。客が買いたい品物を持ってカウンターに来るので、その分の代金を頂く。商品に就いて質問されたら、それに筆談で答える。それだけだ。店の主は基本的に立たない。商品の点検や搬入、そして仕入れで大忙しだからだ。但し、最近はトイレ男が喋れなくなった所為で客の呼び込みができなくなったので、隙を見ては店頭に出て来て「安いよ安いよ!」だの「ちょっと寄ってきなー!!」だの叫んでいる。「…………」、トイレ男の見た限り、ここの商品はそんなに言う程安いという訳ではない。至って平均的な品質と、平均より少し、ほーんの少し安いぐらいの値段、ギリのギリで嘘を言っていない程度である。それでも呼び込みの度に客が店に入ってくるのだから、そこにオバさんの力強さを感じられる。

 そんなこんなで果物を売り続け、軈て昼時になる。客が少なくなってきて、店主の仕事が一段落付いたらいよいよ昼食の時間だ。今日は何を食べようか? 
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