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世界はまだ僕達の名前を知らない

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決意の章
06th
  遭遇






「……白姉、アンタやべぇよ」

「…………ありがとう?」

「違う」

 褒められたと思った白女は感謝の言葉を述べてみたが、どうやら違ったらしい。黒男に否定されてしまった。

「……………………」

 ならどういう積もりで言ったのだろうか。少し考えた結果、思わず漏れたのだという結論に至った。

 ⸺白女が念じる度に、一人、また一人と衛兵達が気を失っていく。

 相手が『こちらに対して無警戒』『激しく動いていない』等といった幾つかの縛りは有るものの、今こうして次々と衛兵を倒すのを見ていれば『やべぇ』とも漏れよう。

「固まってる相手はやり辛いけどね」

 敵が複数人で居ると、先ず一人が倒れた時点で警戒される。『こちらに対して』ではないのでそれでも問題無く能力を行使できるが、やり辛いものはやり辛い。

 何より、相手が直ぐに他の場所に連絡に行こうとするのがマズい。

「……さっきのは?」

「あれもちょっと難しいんだけどね」

 先程の光景を思い出しながら黒男は問い、「疲れたからもうできないよ」と白女が答える。

 二〇人弱居た衛兵達を()()に気絶させてみせたアレを見ていれば、あれほど無理難題に思えていた今回の仕事が楽勝に思えてこようものだ。

「……これが白姉の本気かぁ」

 今回も、一纏まりの衛兵達が全滅した。詰所の西側、正面向いて右側に居た奴らである。因みに、一度に全滅させたのは詰所の裏側、裏口が有る所に居た奴らだ。

 白女はサポートメンバーである。サポートメンバーとして親に雇われたが故、サポートメンバーである。これまでもサポートメンバー以上の役は熟して来なかったし、黒男達も期待していなかった。

 だが、蓋を開いてみればこうだ。直接的な殺傷能力こそ無い様だが、聴けば記憶を改竄したり人を廃人にしたりできるという。人を精神的に殺すという面で見れば最高の能力だし、証拠の隠滅や捏造にも最適過ぎる。

「……俺に向けないよな?」

「今の所は、その積もりは無いよ。……それじゃ、私はここまで。もう能力使えない。索敵も」

「……そーかよ。まぁ半分削れただけでも大助かりだ。後は俺達でやれるだろ」

「うん。いざという時の為に後ろには居るから」

 『いざという時』の為の力は残っているらしい。

 黒男はこれだけの事をいとも容易く熟した挙句まだ余裕の有る白女に底知れぬ恐怖と、彼女が味方である事の心強さを覚えた。

「んじゃ、正面に居るアーニ達と合流⸺」

「⸺そこで何をしている?」

「ッ!?」

 突如として会話に割り込んでくる声。

 振り向けば、そこには筋骨隆々の大女⸺巨女が居た。今彼らが潜んでいる路地と直交する路地⸺ここから倒れた衛兵達が見える⸺の向こう側の位置である。

「こんな所でコソコソと……さては、お前らだな?」

 巨女は倒れた衛兵達を指差しながら言った。

 彼女は前衛兵より遊撃を言い渡されていた。全体を循環し、異常が⸺襲撃が有れば伝令が走る時間を稼ぐ役だ。尤も、今回は既に伝令に走る筈の人物が倒れているのだが。

 彼女は詰所の正面から、右側(ここ)、裏側、左側という順で回っていた。故に裏口の惨状はまだ見ていない。

「ハミー、勝てる?」

「……無理そう。アーニなら行けるんだろうけど……白姉は?」

「もう本当に最低限しか使えないから、ここで使いたくはないかな」

 ガンガン警戒されてるし、と白女。

「コソコソと何を? ははぁん、さては作戦だな? この私に正面切って戦ったのでは勝てないと思って逃げようとしているんだな? 臆病者め」

 逃がさんぞ? と巨女。

 彼女は白女の事を思い出せない。路地裏で会った時に、為す術も無く無力化された事を思い出さない。

 だが、前衛兵から話は聴いていた。信じるかどうかはまた別の話だが、それも先程まで。そこに倒れている多くの衛兵達を見れば、『触れてもいないのに人を気絶させる事ができる』というのも嘘ではないと判る。解らされた。

「…………………………」

 黒男は少し考え、

「逃げるぞ」

「うん」

 逃亡を選択した。

「あっ待て!」

 背を向けて走る二人を巨女が追う。

 仲間が居るのは丁度巨女が居る方向だ。なので仲間と合流するには回り道をする必要が有る。

「どう行く?」

「……裏側を回る。できればアーニ達と会う前に撒いておきたい」

「解った」

「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!!」

 三人は路地を駆ける。



     ◊◊◊



「……………………」

 トイレ男は目の前の惨状に立ち尽くす。

 しかし直ぐに頬を叩いて意識を無理矢理働かせ、一人の元に歩み寄った。

「……………………」

 息は……有る。死んではいない。どうやら他の衛兵達も皆気絶しているだけで、命までは喪っていないらしい。

「……………………」

 トイレ男は安堵した。

「……………………」

 そして思案する。

 これを為したのは十中八九白女だ。白女以外にこんな事ができる奴が居る可能性も有るが、思えないというか、考えたくないというか。居た場合、その時はその時だ。これまでで確認していないから、まぁ多分居ないだろう。

 では白女はこれを為す前に何をし、これを為した後はどこへ行ったのか。

「……………………」

 可能性は二つ。詰所の中か、外か。

 トイレ男が考えた敵方の目的に沿うと、中に入った可能性が高い。そうするとトイレ男と入れ違いになったか⸺()()()()()()()か。いや、後者は無い。トイレ男が右手に握る物を白女が見れば無視はできない筈である。接触が無いという事は、相手がこれを見ていないという事だろう。そして白女がトイレ男を見てこれを見逃すという馬鹿な真似をするとも思えないので、トイレ男とは合わなかったんだろう。……実はこっそり奪う機会を伺っているとか無いよな? 怖くなったトイレ男は右手を見た。ちゃんと有る。ほっとして、それを胸の前に持ってきて両手で包み込んだ。これならばいつの間にか取られているという事は有るまい。

 そしてよくよく考えれば、奪おうとするのならトイレ男の感覚を封じてしまいばいいだけの話だったので、後者は完全に棄却される。そして建物の中に入っておきながらトイレ男と全く会わなかった可能性だが……これも考え辛い。

 トイレ男が今敵の目的を持っている事から、トイレ男がエントランスに到着したのは確実に敵より前である。そしてトイレ男は多少は迷いつつ、それでも概ね真っ直ぐに裏口へ向かった。敵が裏口から入ってきたのであれば、余程迷ったのでない限り、トイレ男を見たりトイレ男が見たりする筈である。それが無いという事は、敵がかなりの方向音痴か、そもそも詰所に入らなかったという事だ。

 こうなってくると、後者の方が可能性が高い。

「……………………」

 では、今敵はどこに居るのか。

 恐らく、もうここに戻って来る事は無いだろう。だって理由が無い。衛兵は全滅し、裏口から中に侵入しようとする意思も無い。なのでここに来る理由は何も無い。では、ここで待っていても無駄だという事だ。トイレ男はその脚で、白女の所へ向かわなければならない。

「……………………」

 衛兵がどの様に展開しているのかが判れば少しは予想も付こうものだが、残念ながらそれまでは前衛兵に教えてもらっていなかった。

 取るべき行動は二つ。即ち右衛兵の所に戻って訊くか、それとも闇雲に歩き回るか。

「……………………」

 よし、戻ろう。そう思った時だった。

 ザッザッザッザッと、複数人が走る足音が聞こえた。

「!」

 白女かも知れない。違うかも知れない。衛兵かも知れないし、白女以外の敵かも知れないし、全く関係の無い一般人かも知れない。

「……………………」

 無視するべきか? 見に行くべきか? 早く決めないと、相手は遠ざかってしまう。

「……………………」

 決めた。見に行く。

 トイレ男は足音がした方⸺路地の方に足を進めようとして、

「チッ、退()け!」

「っ!?」

 そこから黒い服を着た男が跳び出してきた。彼は丁度進路上に居たトイレ男を突き飛ばすと、その侭去っていく。

 その後ろを追う者を見て、倒れて大きく動けないトイレ男の動きは、それでも早く速かった。

 砂を掴み、彼女の顔投げ掛ける。

「っ、」

 不快だったのだろう、トイレ男の事など無関心に通り過ぎようとしていた彼女⸺白女は彼の方を向いた。

 トイレ男は腕を⸺黒いネックレスを持った腕を、彼女に向かって突き出した。 
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